COVID-19(新型コロナウィルス肺炎)禍から1年。自然災害が多発する日本にあっては、災害のたびに話題になるのが「備蓄」だ。長期保存食の大手メーカーである尾西食品(株)は2021年4月、賞味期限5年6か月と長期保存が可能なアレルギー対応食品「CoCo壱番屋監修尾西のカレーライスセット」を発売し、水かお湯を入れるだけで炊きたての状態に戻る米「アルファ米」が注目を集めている。災害とともに歩んできたアルファ米の歴史を、古澤紳一社長に訊いた。
――(株)壱番屋とコラボした長期保存カレーセットが好調です。
長期保存食は災害時に提供されることから、少なからず社会貢献にも関連してきます。通常、企業同士のコラボ商品というのは期間限定であり、話題性による企業・商品PRが主な目的ですが、今回の商品に関しては壱番屋さんも「社会貢献の側面が大きい」と仰っていました。そのため「長くこういった活動をしていこう」と話し合っています。
「CoCo壱番屋監修尾西のカレーライスセット」は、大人でも「これはココイチのカレーだ!」と思うような、ややスパイシーなカレーにこだわっていますし、同時に、アレルギー特定原材料等28品目不使用でもあります。「アレルギー対応食=子ども向け」というイメージは未だ根強いですが、最初から子ども向けにしてしまうと敬遠する大人も出てきますので、今回は「長期保存食だけどココイチのあのカレーが楽しめる」という大人向け商品にしました。次はこれをベースにしながら、子ども向け商品も投入していきたいと考えています。
今回の大きな進歩は、一般の方でも「アルファ米」を食べてみたいと思えるような商品に仕上げた点です。機能面での大きな特徴は、災害時やキャンプ時にお湯でアルファ米を作る際、カレーパウチを隣に置いて温めることで美味しいご飯とカレーが食べられるところですね。先日の会見後、企業の備蓄用や個人向けのアウトドア用などを中心に非常に多くのご注文を頂いており、こんなに売れた新商品は初めてだと思います。こうした商品の認知度が向上することによって、長期保存食自体の存在を皆さんに知っていただければ幸いです。
――尾西食品はアルファ米の最大手メーカーです。
アルファ米を簡単にご説明すると、水分値をコントロールしながら通常の炊飯米を急速乾燥したもので、水やお湯を加えると炊きたてのような状態に戻る特徴があります。レトルト米飯やフリーズドライとは異なり米の内部構造が崩れないので、食感や食味を維持できるのです。また、災害などでライフラインが途絶えたときに、水でも通常のご飯に戻して食べられるというのは非常に大きな利点ですし、水で戻しても本当に美味しいのです。
尾西食品は1935年創業ですが、アルファ米を手がけるようになったのは創業者の尾西敏保さんの経験によるものです。戦前、彼は蒸気機関車の機関士から潜水艦の乗組員に転身したのですが、当時の潜水艦で熱を使うと、煙が外に出て敵に感知されてしまうのです。そのためお湯すら沸かせず、現在でいう乾パンのようなものしか食べられなかった苦い経験から、尾西さんはアルファ米を思いつきました。戦時中は海軍に採用されましたが、製造・量産化を終えて出荷に至った直後に終戦を迎えています。
戦後はその技術を平和転換しましたが、いきなりアルファ米が売れたわけではありません。主なユーザーはアウトドアをする人や冒険家でした。例えば冒険家の植村直己さんは、尾西食品でバイトをしてアルファ米をたくさん持って帰り、冒険に出かけていったと当時の社長から聞いたことがあります。
アルファ米だけではビジネスが難しかったのでしばらくはそれ以外の商品も出していたのですが、アルファ米の大きな転機は阪神・淡路大震災です。ライフラインが寸断されて乾パンしか食べられないなか、アルファ米が美味しいと話題になりました。
その翌年の1996年、個袋タイプを発売し、さらに1997年、賞味期限を3年から5年まで延ばすことができるようになりました。包装も含めて様々な面から酸化を防ぐ技術が確立されたことで、「すぐに黄色くなって美味しくない」と言われていたアルファ米のイメージが一新されたのです。いまや普通の食品と全く遜色ありません。
そこで自治体からの採用が進み、東日本大震災でも当社の商品が注目され、アルファ米がどんどん伸びました。現在、長期保存食は約220億円の市場ですが、3分の1はアルファ米で、水や乾パンよりもシェアを占める最大の品目に成長しました。
――商品開発のポイントは。
商品開発の上では、ラインアップの拡充とマイノリティへの配慮を意識しています。まずラインアップの面では、6〜7年前に発売した「携帯おにぎり」が好評ですね。お湯か水を注げば握らずにおにぎりの形に出来上がるアルファ米商品で、もちろんアレルゲンフリー・ハラールに対応しています。1食個袋タイプのアルファ米商品も、現在はドライカレーやチキンライスなど洋食メニューが充実してきました。
そして東日本大震災から言われるようになったのが、長期保存食のアレルギー対応です。災害時に配布する自治体にとっては、アレルギーを持つ被災者がいた場合、どの食品にどんなアレルギー物質が入っているのかを調べるのは大変です。そのため、尾西食品では7割以上の商品をアレルギー対応商品にしています。
アルファ米に限らない商品として、米粉を使ったアレルギー対応の「ライスクッキー」は、東京オリパラに向けて東京都が50万食を備蓄しています。あとは「ひだまりパン」ですね。小麦粉を使用してはいますが、5年6か月は保ちますし、ミルフィーユ状に改良して美味しくなったこともあり、人気が出ています。
長期保存食でパンと言えば容器は缶ですが、災害時にはゴミがかさばってしまいます。小さくコンパクトで捨てやすいという要素も必要なため、アルミの個包装が好評です。また、麺類では米粉を使ったカレーうどんも出しているのですが、水ではなくお湯でしか作れないのでまだ改良の余地がありますね。
災害があったときのマイノリティへのケアという面では、ハラール対応も当社商品の大きな特徴で、当社の半分以上の商品がハラール認証を取得しています。「エスニックシリーズ」のビリヤニやナシゴレンは、日本人向けというよりは海外の方々が食べても美味しいと思えるような味付けになっています。売れる・売れないではなく、マイノリティも含め、日本にいる全ての方々が災害に見舞われた際に安心して食事できるような商品を出したかったのです。
――商品ラインアップの拡充とマイノリティへの配慮は、どちらも災害時に不可欠だと。
ええ。いま東京都は、災害に備えて3日分の備蓄を推奨しています。でも、ライフラインが3日間も止まって、何とか乗り切ろうとしているときに、乾パンや白米だけでは嫌ですよね。当社は個袋タイプのアルファ米だけで15種類も出しています。さらにおにぎりタイプやカレーライスセットを出すことで、我々の商品で3日間を乗り切れるような提案ができればと思っています。
欲を言えばクッキーやパンなどアルファ米以外の食べ物もあればさらに良いですしね。つまり商品開発の幅という点だと、アルファ米以外の拡充と、さらなるアルファ米の拡充という両方向で動いています。
そのベースに加えて、マイノリティの方々への配慮も忘れてはなりません。ある種、「ノンアレルギーの尾西」と認知していただけるようになれば、長期保存食と並行しながら、長期保存よりもアレルギー対応に重きを置いた商品を投入しても良いのではないかと考えています。「長期保存食の尾西」と「ノンアレルギーの尾西」という二つの顔ですね。
――原料調達や製造は。
アルファ米は原料米が加工用米扱いになりますから、単協と直接やり取りして事前契約を結んでいます。特に秋田であきたこまち系、新潟でコシヒカリ系の加工用米を様々な単協から仕入れています。いまは米の需給が緩んでいるなかにあって、おかげさまで当社は伸びていますので、昔からの付き合いの単協からは喜んでいただいています。
製造面だと、米粉関係やパンは外部に委託しています。もちろん、アルファ米商品は自社生産です。長期保存食をやってみたいという企業は増えていますが、製造には温度や水分など品種に応じた加工時のノウハウが欠かせません。興味のある方はお気軽にお声がけいただきたいと思っています。
――販売面はいかがでしょう。
長期保存食は普通の食品とは流通ルートが違います。取引先は自治体や官公庁、企業などが中心ですので、食品をメインに扱う卸ではなく、基本的に防災関連をやっている卸を介しています。
一般消費者向けで売上が大きいのは大手ネット通販経由ですね。ここが今後の課題です。我々の商品は売れないときは全く売れません。個人の方だと5年に1回しか買ってもらえないことだってありますから、スーパーで毎週買う商品とは違うのです。消費者が購入するタイミングを考えると、あまり食品スーパーやコンビニは合っていないと思っています。
――業界としての課題は。
何よりも、食べていただく機会をいかに増やすかが最大の課題だと思っています。食べていただくことで各家庭のストック意識が高まるので、そのためにはまず、食べたいと思っていただけるような商品を作るのが最優先です。
尾西食品では2021年4月に広報室を新設しましたが、これも会社や商品自体の宣伝がしたいというより、それが巡り廻って長期保存食というもの自体の啓発に繋がり、我々にも返ってくることを狙っています。
いまだに「長期保存食=長く保てば良い」という意識を供給側も持っているのかもしれませんが、尾西食品は第一に食品メーカーだと自負していますから、5年後であっても食べたときに美味しくない商品は絶対に出しません。今回のカレーがまさにそうですが、様々なアルファ米商品が登場し、日常の生活でも食べられるクオリティになっています。「これだったら普段から食べてみたい」と思われる商品を出せたのは、一つの大きな前進ですね。
――それでは最後に一言。
静岡や東京は自治体のストック意識が高い一方、他の地方だと不充分なところもまだまだ多いです。東京の「備蓄3日間」レベルのリスク管理・意識を持っていただけるように我々も頑張っていかなくてはなりません。企業もそうです。まだまだ乾パン備蓄が多く、企業に3日分を確保してもらうための啓発が必要ですね。
そして何よりも個人向けのストック意識を高めるためのPRに力を入れていきます。商品を通じて啓発していかなくてはなりませんので、様々な商品を出しながら発信力を高めて、個人のストック意識を高めたいです。まだ1ケタ以上は大きくなるはずですから。アルファ米の深化、それ以外のパンやクッキーの進化、そしてカレーや味噌汁などご飯と一緒に食べられる副食を揃え、自治体だけではなくて個人でも「食べてみたい!」と思える商品を投入することが、ストック意識の高まりに繋がり、もしもの時に誰かの役に立つのです。
そしてやはりマイノリティへの配慮ですね。尾西食品はこれがベースにあるので、マイノリティへの配慮と美味しい商品の2つをベースにしていきたいです。我々もまだまだ進化してまいります。
――ありがとうございました。ちなみに先日の会見では「創業者が潜水艦でマズいものを食べたから生まれた会社」と仰っていましたが、いまの商品は創業者に勧められますか?
もちろんです(笑)。これだけの種類と美味しさなら自信を持って勧められますよ!
〈米麦日報2021年4月28日付〉