機関投資家の行動指針「スチュワードシップコード」とは?メリット・デメリットを解説
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鈴木 まゆ子
鈴木 まゆ子(すずき・まゆこ)
税理士・税務ライター。税理士・税務ライター|中央大学法学部法律学科卒業後、㈱ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て2012年税理士登録。「ZUU online」「マネーの達人」「朝日新聞『相続会議』」などWEBで税務・会計・お金に関する記事を多数執筆。著書「海外資産の税金のキホン(税務経理協会、共著)」。

スチュワードシップコードをご存じだろうか。機関投資家に対して掲げられた行動規範である。

今回は、スチュワードシップコードの意味や背景、原則などをわかりやすく解説していく。コーポレートガバナンスコードとの違いにも触れているので参考にしてほしい。

目次

  1. スチュワードシップコードとは
    1. スチュワードシップコードにおける機関投資家の種類
    2. スチュワードシップコードとコーポレートガバナンスコードの違い
  2. スチュワードシップコードの背景
    1. スチュワードシップコードの発端はリーマンショック
    2. 2017年と2020年に改訂
  3. 日本版スチュワードシップコードの特徴
    1. 日本版スチュワードシップコードの原則8つ
    2. 日本版と英国版の違い
  4. スチュワードシップコードのメリット
    1. 企業が高収益を維持しやすい
  5. スチュワードシップコードのデメリット
    1. スチュワードシップコード実行の実情

スチュワードシップコードとは

スチュワードシップコードとは、コーポレートガバナンスの向上を目的とした機関投資家の行動規範だ。日本版はイギリス発祥のコードを元に策定・公表された。

スチュワードシップコードの目的は、機関投資家と投資先企業の建設的な対話を促すことだ。投資先企業の価値向上や成長を促し、顧客や受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図ることが、機関投資家の責任として提起されている。

スチュワードシップコードにおける機関投資家の種類

スチュワードシップコードは、機関投資家を2種類に分けている。「資産運用者としての機関投資家(投資運用会社など)」と「資産保有者としての機関投資家(年金基金や保険会社など)」だ。

「資産運用者としての機関投資家」の責務は、資金の運用等を受託し、自ら企業への投資を行い、投資先企業との対話を通じて企業価値の向上に寄与することである。

一方、資金の出し手を含む「資産保有者としての機関投資家」の責務は、スチュワードシップ責任を果たすうえでの方針を示し、自らあるいは「委託先の資産運用者としての機関投資家」を通じて、企業価値の向上に寄与することである。

投資先の企業価値に貢献することには変わりないが、後者は前者に比べてより間接的な形になる。

ただし、「資産運用者としての機関投資家」の責任は二重だ。投資先企業との対話による企業価値向上と、資金拠出者であるアセット・オーナーへの説明に関して責任を負う。

スチュワードシップコードとコーポレートガバナンスコードの違い

企業の価値向上を目指すものとして、コーポレートガバナンスコードがある。

コーポレートガバナンスは、企業が株主や顧客、従業員、地域社会等の立場を踏まえたうえで、公正かつ迅速な意思決定を行う仕組みだ。

スチュワードシップコードが企業の外部にいる機関投資家の行動規範であるのに対し、コーポレートガバナンスコードは企業を対象とした行動規範である。

前者は機関投資家の上場企業に働きかける。後者はステークホルダーとの関係を踏まえたコーポレートガバナンスを実現しつつ、企業が持続的成長を果たせるようにする。

いずれも企業の成長を促すので、スチュワードシップコードとコーポレートガバナンスコードは車の両輪のような関係だといえよう。

スチュワードシップコードの背景

スチュワードシップコードが誕生した背景を見てみよう。

スチュワードシップコードの発端はリーマンショック

発端は、2008年のリーマンショックだ。金融機関による投資先の経営監視が不十分であったことを受け、2010年にイギリスでスチュワードシップコードが誕生した

日本では2013年6月、アベノミクス第三の矢における日本再興戦略で、コーポレートガバナンスの見直しと公的資金運用の在り方について検討された。

受託者責任を果たす原則が閣議決定された結果、金融庁に有識者検討会が設けられ、日本版スチュワードシップコードが2014年2月26日に策定・公表される。

2017年と2020年に改訂

なお、日本版スチュワードシップコードは2017年と2020年に改訂されている。2017年版では、機関投資家の行動責任について見える化を進めた。

具体的には、議決権行使の意思決定や監督を目的とした第三者委員会といったガバナンス体制の整備を求めている。さらに、利益相反管理方針の策定も要求した。

2020年版は、コードの対象を債券など株式以外の保有にまで拡大した。さらに、年金運用コンサルタントなどに対して、利益相反がないよう管理体制を整備することを規定した。

改訂が重なるごとに、機関投資家の責任が拡充され、より重くなっている。

日本版スチュワードシップコードの特徴

スチュワードシップコードはソフト・ローであり、プリンシプルベース・アプローチ(原則主義)で策定されている。原則の実現にあたっては、それぞれの機関投資家が自らの環境に適した形で実践する。

スチュワードシップコードは当事者の合意、つまり金融庁と受入表明した機関投資家の間で運用されるルールである。

会社法と違い、すべての金融機関や企業に適用されるような法的拘束力はない。罰則が適用されるわけではないが、遵守しなければ説明が求められる。

日本版スチュワードシップコードの原則8つ

日本版スチュワードシップコードは8つの原則で構成されている。

原則1:基本方針の策定と公表

機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たすための明確な方針を策定し、これを公表すべきである。

原則2:利益相反の適切な管理

機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たす上で管理すべき利益相反について、明確な方針を策定し、これを公表すべきである。

原則3:投資先企業の状況を的確に把握

機関投資家は、投資先企業の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任を適切に果たすため、当該企業の状況を的確に把握すべきである。

原則4:建設的な対話を通じた認識の共有と問題の改善

機関投資家は、投資先企業との建設的な「目的を持った対話」を通じて、投資先企業との認識の共有を図るとともに、問題の改善に努めるべきである。

原則5:議決権行使と行使結果の公表方針を明確化

機関投資家は議決権の行使と行使結果の公表について明確な方針を持つとともに、議決権行使の方針については、単に形式的な判断基準にとどまるのではなく、投資先企業の持続的成長に資するものとなるよう工夫すべきである。

原則6:顧客・受益者に対する報告

機関投資家は、議決権の行使も含め、スチュワードシップ責任をどのように果たしているのかについて、原則として、顧客・受益者に対して定期的に報告を行うべきである。

原則7:投資先企業に関する深い理解にもとづく対話と判断

機関投資家は、投資先企業の持続的成長に資するよう、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解のほか運用戦略に応じたサステナビリティの考慮に基づき、当該企業との対話やスチュワードシップ活動に伴う判断を適切に行うための実力を備えるべきである。

原則8:インベストメント・チェーン全体の機能を向上

機関投資家向けサービス提供者は、機関投資家がスチュワードシップ責任を果たすに当たり、適切にサービスを提供し、インベストメント・チェーン全体の機能向上に資するものとなるよう努めるべきである。

引用:「責任ある機関投資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫(金融庁)

日本版と英国版の違い

英国版には、「ほかの投資家と協働すべき」という日本版にはない原則がある。その一方で日本版には、「機関投資家としての実力を備えるべき」という英国版にはない原則がある。

日本では、投資先企業との間における信頼性維持や秘密保持の観点から、機関投資家がほかの投資家と協働して投資先企業に何らかの行動を起こすことがない。

その代わり、建設的な対話を投資先と行うべく、機関投資家には相応の見識や深い理解が求められる。日本の実情に見合うように原則が調整されたのだろう。

スチュワードシップコードのメリット

スチュワードシップコードのメリットは、中長期的な価値向上を目指すことで、長期的な高収益体質を目指せることだ。

企業が高収益を維持しやすい

2008年の金融危機以降、投資家の短期志向やコーポレートガバナンスの強化、企業と投資家の対話などが国際的な議論となっていた。

特に投資家の短期志向は、「長期的な企業価値という指針がない」「経営者が比較的短期サイクルで交代する」という企業の短期主義経営を引き起こし、結果として持続的な低収益性をもたらしていた。

投資家と企業の建設的な対話が深まれば、企業の長期スパンでの取り組みが株価に反映されやすくなり、高収益を維持しやすくなるだろう。

スチュワードシップコードのデメリット

コードの実行にともなう作業が機関投資家や企業の負担になる。この点は、特に企業年金基金の間で受け入れられていない。

スチュワードシップコード実行の実情

2020年8月から9月にかけて「あずさ監査法人」が従業員300人以上の上場企業155社を対象に聞き取り調査をしたところ、スチュワードシップコードの対象となる確定給付年金を採用する企業の44%が受け入れに関して未検討と回答した。

業務の増加を避けたい企業が多いからだ。企業の年金実務は他部門との兼務も多い。スチュワードシップコードが目指す「機関投資家と投資先企業の建設的な対話」を増やしづらいのが実情だ。

透明性の向上だけでなく、負担の軽減措置を講じなければ、スチュワードシップコードの浸透は難しいのかもしれない。今後の動向に注目しておこう。

参考:機関投資家の行動指針、受け入れ「未検討」4割(日本経済新聞)

文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)

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