近年大きな注目を集めているESG活動は、投資の分野にも広がりを見せつつある。投資家や金融機関の間でESGの重要性が認識されるようになった影響でダイベストメントの事例が増加傾向だ。
ダイベストメントは、投資家にとって大きなメリットをもたらす。一方で企業にとっては対策しないと深刻な損失を与える要因となりかねない。
そこで今回は、ダイベストメントの定義や事例、企業に与える影響などを詳しく解説する。
ダイベストメントとは
はじめにダイベストメントの定義やESGの観点で注目される背景、日本における現状を確認しておこう。
ダイベストメントの定義
ダイベストメントとは、投資している株式や債券、投資信託などを手放したり融資している資金を引きあげたりすることを意味する。投資を意味する「インベストメント(investment)」と正反対の意味ということから「ダイベストメント(divestment)」と言われている。
なお従来は、企業価値を高める目的で赤字の事業から撤退したり主力事業に集中するためにノンコア事業を売却したりすることを「ダイベストメント」と呼んでいた。
しかし近年は、環境や社会といった観点(ESG)において好ましくない企業への投資や融資を止める意味で用いられるケースが増えている。
ESGの観点でダイベストメントが注目されている背景
ESGの観点でダイベストメントが注目される背景には、当然ながら「環境や社会に悪影響を与える企業に投資するのは好ましくない」という倫理的な考え方もある。しかし実は、金融機関や投資家は倫理的な観点のみでダイベストメントを行っているわけではない。
ダイベストメントが注目されているもう一つの理由は、化石燃料およびその関連資産が「座礁資産」とする考え方が広まっていることだ。
座礁資産とは、市場や社会環境が大きく変化することで価値が大きく減少する資産である。現時点で石油や石炭といった化石燃料は、生活において不可欠な資源でその価値は非常に大きい。
しかし近年は、気候変動対策として二酸化炭素の排出規制などが順次強化されておりその影響で今後は埋蔵されている化石燃料の多くが使えなくなる可能性が指摘されている。
エネルギー源として使用できなくなれば化石燃料が持つ価値や化石燃料に関連した事業を行う会社の収益や企業価値は大きく減少してしまう。投資家や金融機関の視点から見ると利益を得られないどころか投資した資金を回収できなくなるリスクがあるわけだ。
つまり化石燃料に関連した会社に投資すると損失をこうむるリスクがあるため、化石燃料を中心にダイベストメントの動きが加速しているのである。
日本におけるダイベストメントの現状
欧米を中心に活発化するダイベストメントだが日本ではあまり進んでいないのが現状だ。例えば経済産業省が公表した「平成29年度 エネルギー白書」によるとイギリスは1990~2015年にかけて化石燃料の使用量を大幅に減らしている一方で日本では1990~2016年にかけて化石燃料の使用量が大幅に増加している。
また2018年12月に発表された調査では、メガバンク3社(みずほ、MUFG、SMBC)が2016~2018年9月の期間に国際的な石炭開発事業者上位120社に融資した額は、それぞれ世界1位、2位、4位だったとのことだ。国内の主力企業が積極的に石炭開発事業者に融資していることから日本ではいまだダイベストメントの考え方は重要視されていないと言えるだろう。
ダイベストメントを行うメリット2つ
投資家や金融機関がダイベストメントを行う背景には、以下の2つのメリットがある。
1.財務リスクの軽減につながる
投資家や金融機関がダイベストメントで得られる最大のメリットは、財務リスクの軽減である。座礁資産を扱う企業や倫理上問題がある事業(タバコや武器など)に投資や融資を行うと事業の続行が困難になり業績が大幅に悪化する点がリスクだ。
その結果投資家や金融機関は、資金を回収できなくなり大きな損失を被りかねない。
一方でダイベストメントを早い段階で行っておけば資金を回収できなくなるリスクをあらかじめ軽減できる。
2.ESGへの積極的な取り組みを外部にアピールできる
環境や社会に配慮しているアピールにつながる点もダイベストメントを行うメリットの一つだ。近年欧米を中心に環境(Environment)や社会(Social)、企業統治(Governance)という観点も考慮する「ESG投資」に取り組む投資家は増えている。
2014~2016年にかけて日本におけるESG投資市場は70億米ドルから4,740億米ドルまで急拡大。
以上より環境や社会に配慮している旨を外部にアピールすれば投資家からの支持や資金を集めやすくなると言える。その手段としてダイベストメントは非常に有効となるだろう。
ダイベストメントの事例3つ
世界中では、すでに多くの団体がダイベストベントに取り組んでいる。今回は、その中から特に有名な3つの事例を紹介する。
1.オランダの公的年金「ABP」
2020年2月、オランダの公的年金である「ABP」は「2050年までにポートフォリオにおける炭素排出量を実質ゼロにする」という目標を発表した。この目標を達成する手段としてABPでは段階的なダイベストメントを行うとしている。
具体的には、2025年までにタールサンドや石炭採掘の事業を行う企業への投資を段階的に減らし2030年までにOECD諸国における発電用石炭への投資を引きあげるとのことだ。
2.アメリカの資産運用会社「ブラックロック」
2020年1月にアメリカの大手資産運用会社である「ブラックロック」は、顧客である投資家と投資先の企業に送付した書簡でESGを重視した資産運用を強化すると表明した。具体的に書簡では、以下の考えが示されていたとのことだ。
- 2020年半ばまでに石炭関連会社への投資を大幅に減らす
- ESG関連の上場投資信託の数を倍増させる
- 直面する気候変動リスクに関して投資先の企業が情報開示を怠った際には、意思決定のときに株主として反対票を投じる
同社のダイベストメントで特徴的なのは、投資先である企業に対しても行動変革を強く主張している点である。同社CEOは「気候変動が企業の長期的業績を決定する主な要因になりつつある」とし企業はESGに関する情報開示を急がなくてはならないと主張。
この事例のように投資先の企業に対して変革を迫ることもダイベストメントの場面ではしばしば見受けられる。
3.フランスの金融グループ「BNPパリバ・アセットマネジメント」
2019年3月にフランスの大手金融グループ「BNPパリバ・アセットマネジメント」は、売上高に占める燃料炭の割合が10%を超える企業を2020年初頭より投資対象から外すと発表。従来同社は、アスベストや武器、たばこに関連する会社に対するダイベストメントを行ってきた。
今回の決定によりダイベストメントの範囲がより一層広がる形となったのだ。
ダイベストメントが企業に与える影響
ダイベストメントの活動が活発化すると企業はどのような影響を受けるのだろうか?この章では、ダイベストメントが企業に与える影響と企業がダイベストメントを防ぐうえで行うべき取り組みを解説する。
株価の下落や融資の拒否といったデメリットが生じ得る
ダイベストメントされる側の企業にとっては「株価の下落や融資の拒否」といった点がデメリットになり得る。米エネルギー経済・財務分析研究所(IEEFA)が2019年12月に公開したレポートによると国内の石炭関連企業の株価は大きく下落したとのことだ。
このデータから日本の企業もダイベストメントに伴い株価を大きく落とすリスクがあると言えるだろう。
また今後日本の金融機関でダイベストメントが広がることで新規での融資を拒否される事態が増えることも十分考えられる。融資が拒否されると事業の拡大や立ち上げに必要な資金を確保することが困難となるだろう。
以上の通りダイベストメントは事業の続行や業績に大きな支障をきたす要因となり得る。企業としては、ダイベストメントされないための取り組みを行うべきだろう。
ダイベストメントを防ぐために企業ができる取り組み
ではいったいダイベストメントを防ぐにはどのような取り組みが有効なのだろうか。結論を言うと主体的にESG活動に取り組むことが有効だ。
例えば電力会社の場合は、座礁資産となり得る化石燃料から水素やアンモニアといった燃料を活用した発電に切り替えることが有効となり得る。またダイベストメントの対象となりやすいタバコ業界では、有毒性の低い製品開発などが効果的だ。
一方で直接ダイベストメントの対象となりにくい企業の場合、積極的にESG活動に取り組むことで投資家や金融機関、消費者などからの支持を獲得する効果が期待できる。例えば太陽光発電の機器を導入して脱炭素化を目指したり積極的にESGに関する情報を開示したりするといった施策が有効だ。
企業にとってダイベストメントは、事業運営に深刻な影響を与える要因となりかねない。
しかし一方でダイベストメントを防ぐ活動を積極的に行えばかえって大きな恩恵を得られる可能性もあるわけだ。
ESG活動に取り組みダイベストメントを防ごう
環境や社会をより良いものとするうえで投資家や金融機関によるダイベストメントは非常に意義のある活動だ。またダイベストメントは財務的なリスクを軽減するうえでも有用な手法である。
一方で企業にとってダイベストメントは「株価低下や融資の拒否といったリスクを生じさせる要因」となりかねない。
したがって積極的にESG活動に取り組むことでダイベストメントを防ぐ必要がある。
文・鈴木 裕太(中小企業診断士)