企業の朝礼で、社員全員が直立し企業理念を唱和する場面を見たことはないだろうか?現在は少なくなったのかもしれないが、昭和の時代には多くの企業で普通に行われていたことだ。全員そろっての唱和など若い世代は嫌がるだろうが、企業理念には企業人として理解しておかねばならない大切な意味がある。
理念のないところに人は集まらず、人が集まらなければ企業経営は成り立たない。大勢の社員が一つの方向に進んでいくためには、全員で共有できる普遍的な考え方が必要なのだ。今回は、企業として最も大切な企業理念について解説していく。
目次
企業理念とは
企業理念を一言で言えば「自社の存在意義とこれからの企業としてのあり方を言葉で明示したもの」となる。企業は法人とも呼ばれるように、人格が存在する。企業理念の作成とは「自社は何のために存在しているのか」、「自社が社会に向かって提供するべきものは何か」、「この先、企業としてどのようにあるべきか」などを言葉で表現することにより人格形成を行うことだと思えばよい。
企業理念はとても概念的、そして普遍的なもので、その理念を達成するための具体的な方策や時期などは通常明記されない。それは時に理想を並べただけのものに見えるかもしれないが、長期にわたって存在し地域や社会に貢献する企業であるために、企業理念は目先の目標であってはならないからだ。
経営理念、経営ビジョンとの違い
企業理念と似た言葉に「経営理念」や「経営ビジョン」という言葉がある。企業理念とこの2つの言葉は、何が違うのだろうか?
経営理念とは、企業の存在意義ではなく経営を行う上での基本的な考え方や価値観、経営者の思いを明示したものだ。企業を経営し組織を運営するという、より実戦に近い考え方を表したものと思えばよいだろう。
これに対して経営ビジョンは、経営理念を実現するための、より具体的な経営方針や目標を示したものだ。つまり3つの関係は、企業理念を最上位概念とする階層構造を形成しており、通常は経営ビジョンの下に中期計画目標や年度目標、今期(半期)目標などが並んでいくこととなる。
ただし3つはそれぞれに決まった定義が存在するわけではないので、企業によって理念やビジョンの使い方が違う場合も多い。
企業理念の役割
企業理念とは、時代が移り変わっても変わらない自社の存在意義や志を表し、社内に開示するのみならず、社外にも広く周知し社会の理解を得るためにも使われる。経営理念の一番の役割は、社員だけでなくステークホルダーと呼ばれる自社に関わる関係者すべてに、自社の存在する意義を共有することだ。
企業の方向性を決める際の指針
企業の長い歴史の中では、事業拡大により創業時の事業とは異なった事業を扱う場合もある。また、事業拡大のため別の会社を吸収合併し、違う風土と融合せざるを得ない場合もあるだろう。企業理念とは、企業の方向性を決定する場合の基本となる考え方であり、他社と合併する場合などにも揺るがない指針である。
企業内の風土醸成
企業のあらゆる目標は、先述のように企業理念からドロップダウンされていく。経営や数値の目標も企業理念から導き出されるが、企業理念に書かれた存在意義や社会に向かって提供すべきものには、企業内の文化形成や風土醸成に役立つ要素も含まれている。企業理念とは、人が集まって形成される企業の風土を作る役割も持っているのだ。
企業理念の作り方と注意すべき点3つ
それでは具体的に企業理念を作るには、どのような点に注意すればよいのだろうか。企業によっては「社是(しゃぜ)」、「社訓(しゃくん)」、「クレド」、「ステートメント」などと表現する場合もあるが、ほぼ同じものだ。
1.企業としての存在意義や普遍的な価値観などを示す
決まった定義があるわけではないが、一般的に企業理念には「Mission(果たすべき役割や存在意義)」、「Value(顧客を中心とするステークホルダーに提供する価値)」、「Vision(将来のあるべき姿)」が含まれていることが多い。示す理念の数は多くてもかまわないが、長文ではなくシンプルに、わかりやすく考え方を表現することが重要だ。
2.経営目標や数値目標を盛り込まない
先述のように、企業理念は時代が移っても変わらない自社の存在意義や志を表すものだ。したがって経済状況や自社の業績によって変化していく経営目標や数値目標は、一般的には盛り込まない。このような内容を盛り込むと、年度ごとや中期ごとに企業理念が変わることになってしまうからだ。経営や数値の目標は、経営理念や年度計画などに盛り込もう。
3.社内に浸透させることが重要
せっかく企業理念を作成しても、社内に浸透させ従業員などに理解して貰わねば意味がない。かといって朝礼などで、全員起立し唱和することは今の時代にはそぐわず、嫌気され逆効果となってしまう場合もある。全員が通る玄関への掲示や、企業理念を元にその年の目標を社員に作ってもらうなど、押しつけがましくない方法で認識して貰うのがよいだろう。
企業理念を設定するメリット3つ
企業理念には、経営的な目標などにはない独特なメリットがある。達成・不達成の判断基準のあるものではないが、企業が存続していくためには大切な指針だ。
1.企業としての価値観や判断基準の明確化
基本となる考え方や価値観を定めることで、判断基準が明確となりスピーディーな意思決定が可能となる。また社員に企業理念の遵守を徹底させることで、判断のブレも少なくなる効果がある。
2.社内の一体感醸成
統一された価値観や方針を元に、全社員が同じ方向を向いて事業を進めていける。同じ理念の元で働くという一体感や、連帯感の醸成にもつながる。
3.企業のブランド力向上
販売する商品やサービスの方向性がバラバラで統一感がなく、企業としての情報発信に行き当たりばったり感があったら、その企業は信頼に値する企業として認識されるだろうか?統一感のない行動や言動は、ステークホルダーのみならず、リクルート活動などにも影響を与えかねない。企業理念に基づく社員の一貫した行動は、企業のブランド力向上に寄与する。
有名企業が掲げる企業理念の例3つ
ここからは誰もが知る有名企業の企業理念をみていこう。理念というと漠然としたイメージが強いので、実際にどのような言葉が理念とされているのか確認しておこう。
JALグループ
JALグループは、全社員の物心両面の幸福を追求し、
一、お客さまに最高のサービスを提供します。
一、企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献します。
上記がJALグループの企業理念で、理念を掲げる理由は以下のように説明されている。
「公明正大で、大義名分のある高い目的を掲げ、これを全社員で共有することで、目的に向かって全社員が一体感をもって力を合わせていくことができると考えています。」
言うまでもなくJALは航空会社だが、ただ単に飛行機を飛ばして人や荷物を輸送するだけでなく、顧客に最高のサービスを提供すると宣言している。そして顧客に最高のサービスを提供するためには、全社員の物(現実的には給与)心(働きがい)の両面を満たすことが必要であり、ひいてはそれが会社の発展と社会の発展に寄与すると考えているのだ。
自社の存在意義を航空輸送に限定してしまうのではなく、すべてのステークホルダーを満足させるためにJALは存在する、という理念になっている。
トヨタ自動車
日本だけでなく世界を代表する自動車会社であるトヨタ自動車は、企業理念を「基本理念」としてホームページに掲載している。
・内外の法およびその精神を遵守し、オープンでフェアな企業活動を通じて、国際社会から信頼される企業市民をめざす
・各国、各地域の文化、慣習を尊重し、地域に根ざした企業活動を通じて、経済・社会の発展に貢献する
・クリーンで安全な商品の提供を使命とし、あらゆる企業活動を通じて、住みよい地球と豊かな社会づくりに取り組む
・様々な分野での最先端技術の研究と開発に努め、世界中のお客様のご要望にお応えする魅力あふれる商品・サービスを提供する
・労使相互信頼・責任を基本に、個人の創造力とチームワークの強みを最大限に高める企業風土をつくる
・グローバルで革新的な経営により、社会との調和ある成長をめざす
・開かれた取引関係を基本に、互いに研究と創造に努め、長期安定的な成長と共存共栄を実現する
グローバル企業であるトヨタ自動車の企業理念は、日本だけでなく世界を基本として制定されている。この理念に触れた社員はまず、自分が世界に冠たるグローバル企業の一員であること、それ故に守らなければいけない規律があり、地球環境をも守らなければいけない使命を負っていることを認識するだろう。
このような理念が全社員間に共有されれば、何事においても対世界や対地球が基本となる。全世界に36万人超の社員を擁するトヨタ自動車だからこそ、価値観を共有できる企業理念はとても重要なのだ。
アマゾン
インターネット販売の世界的大手であるアマゾンにも企業理念は存在する。それは「DNA」という名前で公開されている。
Amazon.comは「地球上で最もお客様を大切にする企業であること、お客様がオンラインで求めるあらゆるものを探して発掘し、出来る限り低価格でご提供するよう努めること」を使命とする。
この企業理念をステークホルダーに確実に伝えるため、アマゾンのCEOであるジェフ・ベゾスは世界中で講演するたびに以下の言葉を伝えている。
「The most important single thing is to focus obsessively on the customer.
Our goal is to be earth’s most customer-centric company.」
最も重要なことは、執拗なまでに顧客にフォーカスすること。我々の目標は、
地球上で最も顧客中心主義の会社になることだ。
「The common question that gets asked in business is, ‘why?’ That’s a
good question, but an equally valid question is,‘why not? ’」
ビジネスで尋ねられる一般的な質問は「なぜ?」だ。それはいい質問だが、
同じくらい良い質問は「なぜ、だめなのだ?」だ。
アマゾンは顧客に価値を提供するためなら、why not?を繰り返して価値を探し出し、同じくwhy not?を繰り返して、可能な限り低価格で提供すると言っているのだ。アマゾンはCEO自らが企業理念となり、全世界のステークホルダーに企業姿勢をアピールし続けている。
時代が移っても変わらない存在意義であることが大切
企業は単独では存在できない。社会や顧客、社員などのステークホルダーに認められて、はじめて存在できるものだ。「企業理念を、100年後も自社が存在するために作る」という経営者は多い。企業の寿命は30年ともいわれるが、100年後も変わらず存在しているということは、時代が移っても自社の存在意義をステークホルダーが認めているということに他ならない。自社の100年後を見据え、企業理念を見直すという英断も必要なのではないだろうか。
文・野口 和義(野口コンサルタント事務所代表 中小企業診断士)