買い物や投資などさまざまなシーンで、人間は不合理な判断を下してしまうことがある。プロスペクト理論は、確率論や期待値では説明しきれない人間の不合理な判断を説明する行動経済学の理論だ。
プロスペクト理論を理解して行動すれば以下のようなメリットを享受することが可能だ。
- より顧客の心理を踏まえた販促や広告宣伝が可能となる
- 投資で大損するリスクを軽減できる
そこで今回は、上記のメリットを得たい人に向けてプロスペクト理論の意味や具体例、マーケティングや投資での応用方法を解説する。
目次
プロスペクト理論とは
はじめにプロスペクト理論がどのような理論であるかを具体例や類似する理論との違いを踏まえつつ解説していく。
プロスペクト理論の簡単な例
まず、プロスペクト理論に関する有名な実験を紹介する。例えば以下2つの選択肢が提示された場合、あなたはどちらを選ぶだろうか?
(質問1)
- A:何もせずに200万円を受け取れる
- B:コインを投げて表が出たら400万円受け取れるが裏が出たら何も受け取れない
この場合、ほとんどの人は「確実に200万円受け取れるAの選択肢を選ぶ」といわれている。一方、現時点で400万円の借金を抱えている前提で以下の2つの選択肢が提示された場合はどちらを選ぶだろうか?
(質問2)
- A:何もせずに200万円の借金が免除され残りの借金は200万円となる
- B:コインを投げて表が出たら400万円の借金が免除されるが裏が出たら何も受け取れない
若干文言が違うものの、質問1と質問2の選択肢の内容はまったく同じだ。選択肢Aなら、確実に200万円分のメリットを享受できる。選択肢Bなら、50%の確率で400万円分のメリットを享受できるが、50%の確率で何のメリットも得られない。
しかし「借金を抱えている」という前提がつくことで、質問2では多くの人がBの選択肢を選ぶことが分かっている。
なぜ、人々の意思決定は変わってしまうのだろうか。この非合理的な意思決定を説明するのが、プロスペクト理論の核となる部分だ。
プロスペクト理論の概要
プロスペクト理論とは、1979年に行動経済学者であるダニエル・カーネマン氏とエイモス・トベルスキー氏によって提唱された理論である。
プロスペクト(prospect)とは「期待、見込み」という意味を持つ。単語の意味があらわす通り、プロスペクト理論は「不確実性を伴う状況において、ある事象が生じる確率やそこから得られる損得が分かっている場合にどのような意思決定を行うか」を表す理論だ。
もう少し分かりやすく説明すると、先ほどの質問1と質問2のような、不合理な判断が生じる理由を解き明かす理論といえる。
プロスペクト理論は、行動経済学における代表的な理論であり、各種の実験から得られた事実をもとに展開された点が特徴である。投資家の意思決定を現実的に説明した点や、心理学やファイナンスを組み合わせた新しい経済学の分野であった点などから、プロスペクト理論を提唱したダニエル・カーネマン氏は2002年にノーベル経済学賞を受賞するに至った。
プロスペクト理論を構成する2つの柱
プロスペクト理論には「価値観数」「確率加重関数」という2つの大きな柱がある。2つの関数を簡単に説明するので、まずは確認しよう。
価値関数
価値関数とは、横軸に「人間が感じる損失や利得の程度」縦軸に「価値の大きさ」を設定して、ある物事に対して感じる主観的な価値をグラフ化して表現する関数だ。人は、価値を得る喜びよりも損をする苦痛のほうが2倍以上大きく感じる特性があるといわれている。また損をしているとその損を取り戻そうとするため、目先の利益の価値を実際よりも高くとらえがちだ。
さらに現在得をしていると「そのまま逃げ切りたい」という感情が強くなり、結果として手元の利益の価値が高く思え、目先の利益は逆に低く見えるようになる。価値関数は、価値の感じ方と利益・損失、味わう苦痛と喜びの関係をグラフで分かりやすく表現しているのだ。グラフ化すると同じ金額を得る喜びよりも失う苦痛のほうが2倍以上も大きくなることがうかがえる。
確率加重関数
確率加重関数とは「低い確率と高い確率を目前にすると実際よりもゆがんだ確率として認識してしまう」という人の特性を人が感じる確率として表す関数である。人は、低い確率を実際よりも高く感じやすく逆に高い確率は実際よりも低く感じやすい。
これらの関数だけの説明ではイメージしにくいため、以降ではプロスペクト理論から分かる心理傾向について実例を交えながらもう少し分かりやすく解説していく。
プロスペクト理論から分かる心理傾向3つ
人間は、無意識に不合理な判断をしてしまうことがある。不合理な判断がどんなときに生じるのかを知っておくことで、無意識に惑わされず、合理的な判断ができるようになるだろう。
プロスペクト理論を読み解くと、以下に挙げた3つの心理傾向が分かるといわれている。
1.人は「得すること」よりも「損すること」を過大評価する
人間は、「得をすること」以上に「損をすること」を恐れる傾向がある。利益と損失が同額の場合、利益を得たときの喜びより損失を出したときの苦しみのほうが上回る。これを「損失回避性」と呼ぶ。
プロスペクト理論では、「実際に得られる価値」と「主観的な価値」の違いに注目し、この違いを「価値関数」で表すことに成功した。
横軸を「利益と損失(実際価値)」、縦軸を「満足と不満(主観価値)」とした場合、「利益を得た喜び」のグラフは傾きが小さく、「損失を出した苦しみ」のグラフは傾きが大きい。
例えば、10万円の利益を獲得した場合の喜びが「+10」ならば、10万円の損失をこうむったときの苦しみが「-20」になるといったイメージだ。
2.人は得している場面では安定志向、損している場面ではリスク志向になる傾向がある
得られる利益が同じ10万円でも、自分が置かれている状況によって、喜びの感じ方は変わってくる。例えば、ギャンブルで5万円負けている人にとって、10万円の利益は大きな喜びとなる。しかし、すでに50万円勝っている人にとって、10万円の利益は小さな喜びしかもたらさない。
その理由は、先ほど説明した「価値関数」にある。価値関数は、損益がプラスマイナスゼロの点を中心にS字カーブの形を示している。
利益が出ている場合、利益が小さくなるほどカーブは急になり、利益が大きくなるほどカーブは緩やかになる。つまり、ある地点を基準に同額の利益と損失が出た場合を比較すると、利益が出た喜びよりも損失が出た苦しみの方が大きくなるということだ。
逆に損失が出ている場合、損失が小さくなるほどカーブは急になり、損失が大きくなるほどカーブは緩やかになる。つまり、ある地点を基準に同額の損失と利益が出た場合を比較すると、損失が出た苦しみより、利益が出た喜びの方が大きくなるということだ。
つまり、得をしている場面ではリスクを負って大きな利益を獲得しようとはせず(安定志向)、損をしている場面ではリスクを負ってでも大きな利益を獲得しようとする(リスク志向)わけだ。
この価値関数の考え方によって、質問1と質問2で借金の有無によってABの選択肢を選ぶ人の数が反転する理由を説明できる。
3.利益や損失の金額が大きくなるほど、価値の変動は小さくなる
同じ100万円をもらった場合でも、すでに持っている資産によって感じ方は違ってくる。すでに1億円の貯金がある人よりも、貯金0円の人のほうが、100万円のありがたみを感じやすいだろう。
逆も同様で、借金がまったくない状態から100万円の借金を背負った場合、大半の人がショックを受けるはずだ。しかし、すでに1億円の借金がある状態で100万円の借金が増えても、大きな苦痛は感じにくい。
「価値関数」はS字カーブを描き、利益や損失が大きくなるほどカーブは緩やかになっていく。つまり、利益や損失が大きくなるほど、主観的な喜びや苦しみの変化は小さくなっていく。これをプロスペクト理論では、「感応度逓減性(かんのうどていげんせい)」と呼ぶ。
感応度逓減性は、買い物や投資における私たちの行動に直結している。大きな資産を持ったときや多額の借金を抱えたときは、損得への意識が麻痺してしまうため、金銭感覚が狂わないように注意したい。
プロスペクト理論をマーケティングで応用する考え方2つ
プロスペクト理論から導かれる3つの心理傾向は、消費者の購買行動を読み解くヒントになる。
ここでは、プロスペクト理論をマーケティングで応用する方法を2つ紹介する。現在よりも効果的な販促施策や広告を行いたい人は必見だ。
1.「損したくない」という気持ちに強く訴えかける
人間は「得をすること」よりも「損をすること」を恐れる傾向がある。この心理傾向を活用し、「損したくない」という気持ちに積極的に働きかける方法がある。
例えば、「資産運用をすれば資産を増やすことができる」というアピールより「資産運用をしないと老後の資金が足りなくなる可能性がある」というアピールのほうが、顧客を強くひきつけるケースがある。
「得したい」という気持ちをあおるのではなく、「損したくない」というニーズに着目することで、より効果的に商品やサービスを訴求できる可能性がある。
このような手法は、恐怖アピール(フィアアピール)と呼ばれることもある。ただし、いたずらに恐怖をあおる手法は、かえって消費者の印象を損ねてしまう恐れがあるので、あくまで消費者が潜在的に抱く「損したくない」という気持ちを汲み取るようにしたい。
2.リスクリバーサルで不安を取り除く
商品・サービスに魅力を感じていたとしても、「損したくない」という気持ちが購入の足かせになることがある。このような顧客の不安を売り手が肩代わりする手法を、リスクリバーサルと呼ぶ。
リスクリバーサルの具体的なやり方の例は次の通りだ。
- 無料期間を設ける
- 返金保証を設ける
- アフターサポートを充実させる
どの方法もあらゆるビジネスで一般的に用いられていることからも、リスクリバーサルの有用性が理解できるだろう。
ただし、商品の性質や顧客の属性によって、商品・サービスに抱える不安は変わってくる。そのため、リスクリバーサルを用いるときは、見込み客が何に対して不安を抱えているか明確にしたうえで、不安を的確に解消できる施策を実践することが重要だ。
プロスペクト理論を応用したマーケティング手法5つ
続いては、プロスペクト理論の「損失回避性」を活用したマーケティング手法を5つ紹介する。
1.無料・割引キャンペーン
顧客は、商品やサービスの無料・割引キャンペーンがあると、「この機会を逃すともったいない」という損失回避の心理が働く。キャンペーン期間を逃して損をすることを恐れ、「せっかくだからキャンペーン期間中に申し込みしよう」という意志決定につながりやすい。
2.期間限定・人数限定
「冬季限定」「先着20名様」など、期間や人数を限定するのも効果的だ。「今買わないと/今並ばないと損をするかもしれない」という心理が働くため、顧客の購買行動を後押しできる。
3.優遇情報
「チラシを持参した人だけ10%OFF」「今すぐ申し込むと三大特典を受け取れる」「2個頼むと1個無料」といった優遇情報も、損失回避性に働きかける効果がある。
人間は優遇情報を目にすると、「優遇のタイミングを活用しないと損をする」と感じることが多い。せっかく手にしたチャンスを活用するため、意思決定が購買に傾くことが多い。
4.ポイント付与
商品などを購入した際に、現金として利用できるポイントを付与する手法も、実は損失回避性に訴えかける効果を狙っている。
ポイントカードにポイントが貯まったAスーパーと、ポイント制度のないBスーパーがある場合、せっかくならポイントを使おうとAスーパーを選ぶ人は多いだろう。貯まったポイントを使わないことで、「損している」という感覚が生まれるからだ。
有効期限付きのポイントにすると、さらに「期限が切れて使えなくなる前に使おう」という気持ちが働きやすい。ただし、何度も有効期限が切れる経験をすると、「損をした」というマイナスの気持ちを無意識に避けるようになり、かえって足が遠のくリスクがあるため注意したい。
5.返金保証・修理保証
返金保証や修理保証などの各種保証は、「損したくない」という気持ちをカバーする効果がある。
特に高額な商品の場合、「使ってみて気に入らなかったら後悔しそう」「壊れてしまったらどうしよう」といった不安が生じやすい。支払った金額に対して見合うだけの価値が得られなかったならば、損してしまうことになる。この不安が購入の足かせとなることは非常に多い。
そのため、返金保証や修理保証などで、顧客の不安を解消するリスクリバーサルが効果的だ。高額な商品、故障の恐れがある商品、まだ普及していない新商品、使い心地や好みで満足度が分かれる商品などは、積極的に保証を取り入れて顧客にアピールしていきたい。
プロスペクト理論を活用した文章の作り方の具体例
プロスペクト理論は、文章作成にも活かすことができる。
例えば、キャンペーン情報やセール情報に次のような一言を付け足すことで、損失回避性の効果を高めることが可能だ。
- 「お急ぎください!」無料キャンペーン終了間近
- 「今だけ!」期間限定セール開催中
恐怖(フィア)アピールの活用
また、「恐怖アピール:フィアアピール」を活用した次のような文章で、商品・サービスを訴求するのも効果的だ。
- その英文、笑われているかも?
- 間違ったビジネスマナーで恥をかいていない?
スキルや常識に関しては、「できるようになりたい」という気持ちを「できないと恥ずかしい」という気持ちが上回っていることが多々ある。
他にも、健康や美容の分野でも、フィアアピールは効果的だ。
- ●●が足りないと骨がもろくなると判明
- シミ・シワの原因になる●●とは?
健康増進や美容効果をうたうより、健康や若さが失われるリスクを説いたほうが、顧客に刺さりやすいケースがある。
・フィアアピールは読み手の潜在不安の理解が必須
フィアアピールを活用するときに大切なのは、顧客が潜在的に抱いている不安を汲み取ることだ。無駄に恐怖をあおるような文章は、かえって顧客に敬遠されることになる。
また、フィアアピールを用いた後は、必ず顧客に有益な情報を提供して、適切に商品・サービスを訴求することが大切だ。顧客が潜在的に抱く不安を解消するための手段を提示することが、購買行動につながって顧客満足を生み出すだろう。
プロスペクト理論をマーケティングに活用する注意点
プロスペクト理論の「損したくない」という無意識な心理傾向は、私たちの行動に大きな影響を及ぼす。その分、プロスペクト理論をマーケティングに活用するときは、注意が必要だ。
キャンペーンやセールは顧客を強くひきつけ、その間の売上を伸ばす効果がある。しかし、キャンペーンやセールが顧客をひきつけるのは「この機会を逃すと損をする」という心理が働くからだ。
そのため、キャンペーンやセールが終了すると、とたんに客足が遠のくことが少なくない。通常の値段で購入することが、「損をすること」に感じられてしまうからだ。
キャンペーンやセールを実施するときは、実施期間中だけでなく、実施後の売上や利益の推移を継続的な確認が必要だ。そのうえで、キャンペーンやセールを実施しなかった場合の売上や利益と比較して、経営判断をするといいだろう。
プロスペクト理論を投資に活かす考え方4つ
プロスペクト理論は買い物だけでなく、投資家の行動にも大きく影響を及ぼすことで知られている。ここでは、プロスペクト理論を投資に活かす考え方を4つ紹介する。
1.投資のタイミングはよく見極める
投資初心者のうちは、「今投資しないと、損をするのでは?」という心理が働きやすい。
例えば、ある銘柄が値上がりしているというニュースを見て、数日株価をチェックしたとしよう。日に日に上昇する株価を見ていると、「昨日投資しておけばよかった」と感じ、損をした気持ちになる。すると、これ以上の損を回避しようと「明日投資するくらいなら、今日投資すべきだ」という判断にいたる。
しかし、情報収集や銘柄分析を怠って焦って投資した結果、大暴落によって大きな損失を出してしまうことも少なくない。「損したくない」という不安に負けて突発的に行動せず、慎重に投資のタイミングを見極めることが大切だ。
2.冷静さを欠いた損切りをしない
損切りとは、購入時より値下がりした投資商品の損失の拡大を食い止めるため、商品を売却して損失を確定させることだ。投資で成果を出すには「損小利大」が重要であり、損失を最小限に抑えるための損切りは、重要な意味を持つ。
しかし、投資初心者のうちは、値下がりした際に焦って必要のない損切りをしてしまうことがある。これも、「損をしたくない」という損失回避性が強く働きやすいからだ。損失が出たときの痛みは、利益が出たときの喜びを大きく上回るのだ。
しかし、投資で成功したいなら、損失が出たときに右往左往せずに冷静な投資判断をすることが大切だ。損失の痛みは想像以上に大きいということを理解し、そのときになっても慌てないように心の準備をしておきたい。
3.損したときこそ慎重な投資判断を
プロスペクト理論によると、人間は得をしているときほど安定志向になり、損をしているときほどリスク志向になる傾向がある。
例えば、損をしたときは「損失を取り戻そう」という心理が働き、値動きの激しいハイリスク・ハイリターンの投資商品に手を出してしまうことがある。
購入した投資商品が値下がりしているときや、損切りによって損失を確定させたときほど、自分自身がリスク志向になっていないかを省みる必要がある。
4.感覚が麻痺しないよう注意
プロスペクト理論の価値関数では、感応度逓減によって利益や損失が大きくなるほど喜びや苦しみの感覚が麻痺していく。つまり、大きく利益が出ているときや大きく損をしているときは、利益や損失の増減を見てもあまり心が動かなくなる。
当然だが、これはいい傾向ではない。たとえ大きな利益が出たとしても、気を抜けば損失に転じる可能性はいくらでもある。逆に大きな損失が出たときも、小さな損失の拡大を放置していると、取り返しがつかないほどに損失が拡大してしまうリスクがある。
利益や損失が大きくなったとしても、緊張感を持って投資判断をする必要があるだろう。
プロスペクト理論を新規事業創造に活かす方法
人間には「損をしたくない」という強い欲求がある。つまり、「ゼロをプラスにする」事業より、「マイナスをゼロにする」事業のほうが、顧客を強くひきつける可能性がある。
新規事業を創造するときは、日常生活に潜む不満や不便に着目してみると、ヒントを得やすいかもしれない。従業員や友人、家族と話すときも、不満や不便の声には積極的に耳を傾けるようにしたい。
プロスペクト理論を人材育成に活かす方法
プロスペクト理論の考え方は、人材育成に活かすこともできる。
プロスペクト理論では、プラスマイナスゼロの地点を設定して損得を見極めるが、現実ではこの分岐点は絶対的ではなく、人間が設定することが多い。例えば、営業ノルマや業績ノルマを設定すれば、それがプラスマイナスゼロの地点となる。
基本的に、マイナスにいるときほど損失回避性が働くため、ノルマは達成できるか否かのぎりぎりに設定する必要がある。
ただし、ノルマに全く届かない人やノルマを大きく超えてしまった人は、感応度逓減によって多少成績が上がっても喜びを感じにくくなる。そのため、個人の能力値に合わせて個別のノルマを設定することが大切だ。
コンコルド効果やフレーミング効果との違い
プロスペクト理論と同様に、コンコルド効果やフレーミング効果も人々の行動や心理を説明する理論だ。ただし、厳密にはそれぞれに異なる行動や心理を表すので、注意して使い分けるようにしたい。
コンコルド効果
コンコルド効果とは、損失を予測できているにもかかわらず、これまでに費やした時間やお金を取り戻そうと、投資を継続してしまう心理傾向のことだ。
事業が失敗しているにもかかわらず投資をやめられなかった「コンコルド」という超音速旅客機に由来がある。
例えば、ギャンブルや投資などで負けが続いたとき、いったん引いたほうがいいと頭で分かっていても「これまでの負け分を取り戻そう!」と勝負を続けてしまうことがある。
また、長年赤字が続いている事業でも、これまで費やした資金や労力を無駄にしたくないという心理が働き、赤字のまま事業を継続してしまうことがある。
コンコルド効果による判断ミスを防ぐには、いったん「これまで費やした時間や資金、労力」を脇において、ゼロベースで考えることが大切だ。
また、「▲万円分損をしたら一度中止する」「赤字が▲万円に達したら撤退する」といった基準をあらかじめ設定しておき、自分が定めたルールを厳格に守るのも効果的だ。
フレーミング効果
フレーミング効果とは、物事を表現するフレーム(枠組み)を変えることで、相手に与える印象が変わることをいう。
例えば「成功率95%の手術」と「100人中5人が死亡する手術」では、どちらも成功率は95%だ。しかし、「成功率95%の手術」には安心感を抱き、「100人中5人が死亡する手術」には不安を覚える人が大半だろう。
フレーミング効果もまた、マーケティングに応用しやすい理論だ。統計データなどを引用する場合、「いいケースと悪いケースのどちらをメインに伝えるか」「▲%などの割合で示すか、▲人に1人という表現にするか」などを慎重に検討したい。
対象の動き、心理を「プロスペクト」したマーケティングを
今回紹介したようにプロスペクト理論を学べば消費者や投資家が行う非合理的な意思決定の仕組みを解明できるようになる。特にマーケティングの分野では、理論を応用して優れたマーケティング施策を打ち出すことも可能だ。ぜひ今回紹介した内容を参考にプロスペクト理論を応用したマーケティングや投資を実践していただきたい。
プロスペクト理論に関するQ&A
Q.プロスペクト理論とは簡単に?
A.人は、株取引などの投機やギャンブルなどの不確実な状況下で数値的な事実をそのまま受け取れず、認知的なゆがみを生じる傾向がある。プロスペクト理論とは、特定の物事が発生する確率や得られる損得が分かっている場合に、人がどのような意思決定を行うかを理論化したものだ。
具体的には、同じ金額を得る喜びよりも失う苦痛のほうが2倍も以上も大きくなる。低い確率を実際よりも高く感じやすく、逆に高い確率は実際よりも低く感じやすい傾向を理論化している。
Q.プロスペクト理論の柱となる考え方は?
A.プロスペクト理論には、大きく分けると「価値観数」「確率加重関数」といった2本の柱がある。価値関数とは、横軸に「人間が感じる損失や利得の程度」縦軸に「価値の大きさ」を設定して、ある物事に対して感じる主観的な価値をグラフ化して表現する関数だ。人は価値を得る喜びよりも、損をする苦痛のほうが2倍以上大きく感じるという特性がある。
価値関数は、価値の感じ方と利益・損失、味わう苦痛と喜びの関係をグラフで分かりやすく表現できる。グラフ化すると同じ金額を得る喜びよりも、失う苦痛のほうが2倍も以上も大きくなることがうかがえるだろう。
一方、確率加重関数とは、低い確率と高い確率を目前にすると実際よりもゆがんだ確率として認識してしまうという人の特性を人が感じる確率として表す関数である。人は、低い確率を実際よりも高く感じやすく、逆に高い確率は実際よりも低く感じやすい。
Q.プロスペクト理論の例にはどのようなものがある?
A.プロスペクト理論の有名な例として、金銭授受に関する2つの質問を紹介する。
(質問1)
A:何もせずに200万円を受け取れる
B:コインを投げて表が出たら400万円受け取れるが裏が出たら何も受け取れない
この場合、ほとんどの人は「確実に200万円受け取れるAの選択肢を選ぶ」といわれている。しかし現在借金が400万円あるという前提で、以下の質問をされるケースを考えてみよう。
(質問2)
A:何もせずに200万円の借金が免除され残りの借金は200万円となる
B:コインを投げて表が出たら400万円の借金が免除されるが裏が出たら何も受け取れない
若干文言が違うものの、質問1と質問2の選択肢は同じ内容を意味する。選択肢Aなら、確実に200万円分のメリットを享受できる。選択肢Bなら50%の確率で400万円分のメリットを享受できるが、50%の確率で何のメリットも得られない。しかし「借金を抱えている」という前提がつくことで質問2では、多くの人がBの選択肢を選ぶことが分かっている。
この非合理的な意思決定をしてしまう人の特性を理論化したのが、プロスペクト理論だ。
Q.プロスペクト理論の応用例にはどのようなものがある?
A.プロスペクト理論をマーケティングに応用した主な例としては、以下が挙げられる。
・無料・割引キャンペーン
・期間限定・人数限定
・優遇情報
・ポイント付与
・返金保証・修理保証
いずれもプロスペクト理論の損失回避性を利用したマーケティング施策である。
Q.プロスペクト理論の別名は?
A.プロスペクト理論は、得をするよりも損をしたくないという人の特性である損失回避性から、「損失回避の心理」と呼ばれることもある。
Q.プロスペクト理論の由来は?
A.プロスペクト理論とは、1979年に行動経済学者であるダニエル・カーネマン氏とエイモス・トベルスキー氏によって提唱された理論である。プロスペクト(prospect)とは「期待、見込み」という意味を持つ。単語の意味があらわす通り、プロスペクト理論は「不確実性を伴う状況において、ある事象が生じる確率やそこから得られる損得が分かっている場合にどのような意思決定を行うか」を表す。
Q.プロスペクト理論とフレーミング効果の違いは何?
A.フレーミング効果とは、物事を表現するフレーム(枠組み)を変えることで、相手に与える印象が変わることをいう。例えば「成功率95%の手術」と「100人中5人が死亡する手術」では、どちらも成功率は95%だ。しかし、「成功率95%の手術」には安心感を抱き、「100人中5人が死亡する手術」には不安を覚える人が大半だろう。
プロスペクト理論との大きな違いは「状況によって異なる結果を選ぶ」という点だ。フレーミング理論は、損得のみを考える理論であり状況という要素は入ってこない。
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