新型コロナウイルスが、航空業界に深刻なダメージを与えている。そのような状況下で全日本空輸(ANA)も窮地に陥っており、通常時では考えられないような取り組みも始まる。社員をさまざまな業種に出向させるというものだ。では実際、ANAの社員たちはどんな業界で働くことになるのだろうか。
ANAが経営に大ダメージ、5,100億円の最終赤字へ
国と国との往来禁止、そして日本国内での行き来の自粛が要請された。新型コロナウイルスによるこれらの影響で移動需要が低下し、航空会社は運航便を減らさざるを得ない状況に陥った。運航便を減らすことは売上の低迷に直結する。飛行機を飛ばして初めて売上が立つのが、航空業界だ。
このような状況により、ANAは経営に大ダメージを受けている。2020年10月に発表した2021年3月期第2四半期の連結業績(2020年4~9月)は、売上高が前年同期比72.4%減の2,918億3,400万円で、営業利益と経常利益、そして最終損益はいずれも黒字から赤字に転落している。
2021年3月期第2四半期の通期(2020年4月~2021年3月)見通しでは、最終損益が5,100億円の赤字となる見込みだ。もちろんこの数字は過去最悪のものだ。ANAは資金調達や賃下げなどを通じて需要低迷の長期化に備えているが、さらなる負担軽減が求められている。
ANAが社員の異業種への外部出向計画を発表!
このように厳しい状況の中でANAが発表したのは、社員の異業種への外部出向計画だ。その計画についてANAは以下のように説明している。
「接遇サービススキル向上や交流を通じた人財育成と、グループ外企業での就労経験で獲得した知見などを、ANAグループにおける新たな価値の醸成に活用することを目的として、人員が不足しているANAグループ外の企業などへの出向を実施」
余剰人員を出向させることで、人件費負担を減らすことにつなげたい考えもあるとみられるが、上記のように、人材の育成と出向先で得た知見をANAの将来に生かすことも狙っているようだ。ちなみに、外部出向は公募制であり、社員本人の意思が尊重される形となっている。
ANA社員の出向先として考えられるのは?
では、ANAの社員が活躍でき、かつANAの将来に生きる知見を得られる業種とはどこだろうか。
ホテルのコンシェルジュ
例えば、ANAの客室乗務員が有しているスキルとしては、コミュニケーション能力や語学力、危機管理能力などが挙げられる。ANAのさらなる接客サービスの質の向上のためには、このような能力において個々人が幅広い対応力を向上させるのが望ましい。
そこで考えられるのが、例えば、ホテルのコンシェルジュだ。もちろん、ホテルのコンシェルジュ業務の内容を全て機内サービスに生かせるわけではないが、普段の仕事では知り得なかった視点やノウハウを習得して応用していけば、機内サービスのブラッシュアップにつなげることができるはずだ。現にANAも、ホテルのコンシェルジュを外部出向先として有力視しているようだ。
大手家電量販店や高級スーパー
そのほかの具体的な出向先としては、大手家電量販店のノジマや高級スーパーとして知られる成城石井などが候補に挙がっているようだ。ANA社員が接客を担当するのか、企画・営業などに携わるのかは不明だが、いずれにしても異業種で働きながら気づいた点は本業にフィードバックできるだろう。例えば、家電量販店の接客では「販売力」が向上し、機内販売に生かせるかもしれない。
また、コールセンターなども出向先の候補となっているほか、企業の受付・事務・企画業務などを担当させる計画もあるようだ。ANAによると、今年12月までに10社に100人程度を出向させ、来春には400人規模に出向人員を増やすという。
自治体も出向先の有力候補に
ちなみに出向先としては民間企業のほか、自治体も候補に挙がっている。例えば、佐賀県はANAグループから10人を早々に受け入れる方針のようだ。そのほか、石川県や三重県、鳥取県などでも受け入れの検討が始まっており、観光や子育ての分野で活躍してもらう考えだという。
新型コロナウイルスの収束後も続けられるべき取り組み?
ANAのライバルである日本航空(JAL)でも、社員の出向計画がすでに動き出している。民間企業では、通信大手のKDDIや宅配大手のヤマトホールディングスが受け入れを検討しており、受け入れを表明する自治体も多く出てきているようだ。
このように、新型コロナウイルスをきっかけに航空業界の企業から異業種への出向が始まるわけだが、新たな能力や知見の獲得は、将来的にその企業に良い影響を与える可能性が高い。新型コロナウイルスが収束したあとも、このような取り組みは続けられるべきかもしれない。
まずは今回のANA社員の出向計画がうまく軌道に乗るのか、関心が集まる。
文・岡本一道(金融・経済ジャーナリスト)