従業員を雇用する場合、企業は原則として雇用保険に加入することになる。雇用保険制度は生活や雇用の安定、また雇用の促進のために従業員や就業意欲のある失業者に様々な給付を支給する制度だが、今回は制度や給付の内容、保険料負担や加入メリットなど、雇用保険制度の概要や仕組みについてお伝えする。
目次
雇用保険とは?制度の位置付けと役割
雇用保険は政府が管掌する強制保険制度だ。従業員がいる事業は、その業種、規模などを問わず、農林水産業の一部を除き原則としてすべて強制的に適用事業となる。また従業員がいる事業の経営者は保険料の納付や「雇用保険法」の規定による各種の届出などの義務も発生してくる。
しかし、ごくまれに雇用保険の対象とならない場合もある。例えば、「1週間の労働時間が20時間未満」、「同一の事業主に継続して31日以上雇用されることが見込まれない」場合には、雇用保険の適用は除外される。
失業等給付と雇用保険二事業
被保険者である従業員は、次のような場合に給付を受けられる。
失業し所得を喪失してしまった場合……「求職者給付」
再就職をした場合……「就職促進給付」
仕事上必要な技能などを身につけるために教育訓練を受けた場合……「職業訓練給付」
育児・介護などで休業をした場合……「雇用継続給付」
上記4つを合わせて「失業等給付」と呼ぶ。いずれも従業員の生活および雇用の安定と就職の促進のための給付となっている。
また、失業の予防や従業員の雇用状態の是正・雇用機会の増大、従業員の能力開発・向上、その他従業員の福祉の増進を図るための「雇用安定事業」「能力開発事業」の「雇用保険二事業」を実施している。このように、従業員の雇用に関する総合的機能を有しているのが雇用保険制度である。
失業等給付を受けるための条件
失業等給付を受けるにあたっては、まず「離職した理由」が何であるかを明確にする必要がある。理由の内容によって、求職者給付の基本手当(いわゆる失業手当)の給付の期間が変わるのだ。
離職理由には大きくわけて「一般の離職者」「特定理由離職者」「特定受給資格者」の3タイプがある。ハローワークで実際に失業等給付の受給申請をする際は、自分がどのタイプに当てはまるのかを事前に認識しておこう。
・一般の離職者
一般の離職とは一身上の都合により退職した人を指す。
例えば、現在の職場における待遇・環境に満足できず、他社に活躍の場を求めて転職した場合は一般の離職に該当する。
また、現在の企業で得た知識・ノウハウ、コネクションを活かして独立開業を考え、それにより退職した場合も一般の離職に当てはまる。
倒産や解雇など会社都合による退職ではなく、自分自身が望む仕事内容や待遇、環境を求めて退職した場合、基本的に一般の離職として扱われる。
ただし、退職するにあたって自分の意思に反する正当な理由があるときは、会社都合による退職ではなくても、一般の離職には分類されない場合がある。例えば、親が倒れて介護が必要になったときなどである。その場合、次の「特定理由離職者」に該当する。
・特定理由離職者
特定理由離職者とは、一身上の都合による退職であっても、家庭の事情などで自分の意思に反して退職した人を指す。
特定理由離職者に該当するのは以下の場合である。
1.親の介護など家庭事情の急変によって離職した場合。
2.出産・育児に伴い離職して、失業手当の受給期間の延長措置を受けている場合。
3.配偶者・扶養家族と別居生活を続けることが難しくなって離職した場合。
4.特定の理由により、通勤することが難しくなって離職した場合。
5.企業が希望退職者を募り、それに応募して離職した場合。
退職届には「一身上の都合で退職」と記したとしても、親の介護や出産・育児などで退職するのであれば、失業等給付を受給する際は特定理由離職者として扱われる。
後述するように、特定理由離職者は一般の離職者よりも失業等給付の際に有利となるので、転職・起業のために離職した場合とは異なる分類になることは覚えておこう。
・特定受給資格者である場合
特定受給資格者とは、企業の倒産あるいは企業側からの解雇通告により、再就職に向けた準備期間が少ない状態での退職を余儀なくされた人を指す。この点も後述するが、特定受給資格者は特定理由離職者と同様、失業等手当を受ける際に有利となる。
ここで注意したいのは、企業の希望退職者の募集に応じた場合は特定理由離職者であり、特定受給資格者とはならない点である。失業等給付を申請する際、この点を誤って記述しないようにしたい。
企業による希望退職者の募集は事実上の人員整理ではあるが、一方的な解雇には当たらない。会社都合による退職といえなくはないものの、特定受給資格者には該当しない点に注意が必要だ。
パート・アルバイトも雇用保険の対象
失業等給付は正社員だけでなく、パート・アルバイトも受給できる。離職者の区分は正社員と同じく、「一般の離職者」「特定理由離職者」「特定受給資格者」の3種類である。
雇用保険の被保険者となる条件は、週あたり20時間以上の所定労働時間があって、雇用期間が31日以上見込まれることだ。そのため、就労期間が30日以下である短期のパート・アルバイトは対象外となる。
また、週あたり20時間以上というのは、会社側との契約した労働時間を指す。契約上は週あたり16時間で、繁忙期に20時間以上働いた週があったとしても、雇用保険の被保険者とはならないので注意しよう。
失業等給付を受給するには、ハローワークで求職の申込みを行っている「失業」状態にあること、離職の日以前の2年間で、被保険者期間が通算で12か月以上あることが必要だ。なお、特定受給資格者と特定理由離職者だと、離職の日以前の1年間に、被保険者期間が通算で6か月以上でも可となる。この給付条件は、後述する正社員の場合と同じである。
会社・従業員の保険料負担は?
従業員に対する様々な給付を行うために、雇用保険では事業者・従業員の両方から保険料を徴収している。従業員の「賃金」の額に一定の料率を掛けた額を保険料として納めることになり、料率は年度ごとに決められる。なお事業によって保険料率が異なり、さらに従業員の保険料負担は「失業等給付」部分のみとなるが、事業者は失業等給付に加えて「雇用保険二事業」部分の保険料も負担することになる。2021年4月1日から2022年3月31日までの雇用保険料率は次の通りとなる。
【雇用保険料率】
・「一般の事業」の雇用保険料率:0.9%
従業員負担:0.3% 事業主負担:0.6%
・「農林水産・清酒製造の事業」の雇用保険料率:1.1%
従業員負担:0.4% 事業主負担:0.7%
・「建設の事業」の雇用保険料率:1.2%
従業員負担:0.4% 事業主負担:0.7%
※園芸サービス、牛馬の育成、酪農、養鶏、養豚、内水面養殖および特定の船員を雇用する事業については一般の事業の率が適用される。
どのような給付が受けられる?
では従業員は、失業等給付によってどのような給付を受けられるのだろうか。ここでは4つの失業等給付である「求職者給付」「就職促進給付」「職業訓練給付」「雇用継続給付」の主な内容をお伝えする。
求職者給付……倒産・解雇・定年・契約期間満了などで離職した場合に受けられる給付
ここでは、「1.一般被保険者」が受給できる、基本手当・技能習得手当・寄宿手当・疾病手当と、「2.高年齢被保険者」が受給できる、高年齢求職者給付金について、それぞれの特徴や給付要件などを解説する。
1.一般被保険者に対する求職者給付
・基本手当
《受給要件》
次の2つのいずれにも当てはまる場合に受給できる。
a.ハローワークに来所し、求職の申込みを行い、就職しようとする積極的な意思があり、いつでも就職できる能力があるにもかかわらず、本人やハローワークの努力によっても、職業に就くことができない「失業の状態」にあること。
b.離職の日以前2年間に、被保険者期間(※)が通算して12か月以上あること。ただし、特定受給資格者(倒産・解雇などにより再就職の準備をする時間的余裕がなく離職を余儀なくされた受給資格者)または特定理由離職者(期間の定めのある労働契約が更新されなかったことにより離職した者)については、離職の日以前1年間に、被保険者期間が通算して6か月以上ある場合でも可。
※被保険者期間
(離職日が2020年7月31日より前の方)
雇用保険の被保険者であった期間のうち、離職日から1か月ごとに区切っていた期間に賃金支払いの基礎となった日数が11日以上ある月を1か月として計算する。
(離職日が2020年8月1日以降の方)
離職日から1か⽉ごとに区切っていた期間に、賃⾦⽀払の基礎となる日数が11日以上ある月、または、賃⾦⽀払の基礎となった労働時間数が80時間以上ある月を1か月として計算する。
つまり、就職活動をせずに働いていない場合には雇用保険の基本手当は受けられないということになる。また、病気・ケガ、妊娠・出産・育児、結婚による家事への専念など、すぐに就職できない状態にある場合にも基本手当は受けられない。さらに、離職日以前に一定の雇用保険の被保険者期間が無い場合にも給付対象とはならないので、短期間で就職・退職を繰り返した場合には、給付対象とならない可能性がある。
《受給期間》
原則として離職した日の翌日から1年間。離職時の年齢や、倒産・解雇などにより再就職の準備をする時間的余裕がなく離職を余儀なくされた「特定受給資格者」や期間の定めのある労働契約が更新されなかったことにより離職した「特定理由離職者」、障害者などの「就職困難者」、一般の離職者によって受給期間が異なる。それぞれの受給期間は下記の通りとなる。
《支給額(基本手当日額)》 離職した日の直前の6か月に毎月きまって支払われた賃金(賞与などは除く)の合計を180で割って算出した「賃金日額」の約50~80%(60歳~64歳については45~80%)となっており、基本手当日額は下記の年齢区分ごとに上限額が定められている。
・新型コロナウイルスの影響による基本手当の給付日数の延長措置
新型コロナウイルスの感染拡大による影響を考慮し、「雇用保険臨時特例法」が2020年6月12日に施行され、雇用保険の基本手当の給付日数が延長する特例が設けられている。
延長される日数は、地域に関係なく全国一律で60日(一部30日)。対象となるのは、35歳以上45歳未満で所定給付日数が270日の人と45歳以上60歳未満で所定給付日数が330日の人で、コロナ禍の影響により2020年5月26日以降に離職した特定受給資格者と特定理由離職者(雇止めの場合に限る)である。就職困難者については、当初から所定給付日数が長いとの理由で、対象とはされていない。
なお、特例延長給付の対象となる人は、認定日にハローワークにて自動で延長の処理を行うので、別途申請手続きなどは必要ない。該当する人は、延長処理が行われているかどうかをハローワークに確認するとよいだろう。
・技能習得手当
受給資格者が再就職を促進するために、公共職業安定所長または地方運輸局長の指示により公共職業訓練などを受講する場合に基本手当とは別に受けられる手当。職業訓練を受ける場合に支給される「受講手当」と通所のために公共交通機関・自動車などを利用する場合に支給される「通所手当」の2種類がある。
《支給額》
受講手当:日額500円(支給上限額2万円)
通所手当:月額最高4万2,500円
・寄宿手当:月額1万700円
受給資格者が公共職業訓練などを受けるために、家族と別居して寄宿する場合に支給される。
・傷病手当:基本手当日額と同額
受給資格者が離職後、公共職業安定所に来所し、求職の申込みをした後に15日以上引き続いて疾病または負傷のために職業に就くことができない場合に支給される。なお14日以内の疾病または負傷の場合には基本手当が支給される。また30日以上引き続いて疾病または負傷のために職業に就くことができない場合には、申出によって基本手当の受給期間を最大4年間まで延長することができる。
2.高年齢被保険者に対する求職者給付
・高年齢求職者給付金
高年齢被保険者が失業した場合には、被保険者期間に応じて基本手当日額の30日分または50日分に相当する高年齢求職者給付が支給される。なお高年齢被保険者とは、短期雇用特例被保険者や日雇労働被保険者に該当しない65歳以上の被保険者が該当する。
《受給要件》
次の3つのいずれにも当てはまる場合に受給できる(保険者期間の計算方法は一般の被保険者と同様)。
a.離職により資格の確認を受けたこと。
b.労働の意志および能力があるにもかかわらず職業に就くことができない状態にあること。
c.算定対象期間(原則は離職前1年間)に被保険者期間が通算して6か月以上あること。
《支給額》
被保険者期間に応じて次の表で定められた日数分の基本手当の額が支給され、基本手当日額は被保険者期間として計算された離職前の6か月間に支払われた賃金を基礎として計算される。
就職促進給付……再就職をした場合などに受けられる給付
・再就職手当
基本手当の受給資格者が安定した職業に就いた場合に基本手当の支給残日数(就職日の前日までの失業の認定を受けた後の残りの日数)が所定給付日数の1/3以上あり、一定の要件に該当する場合に支給される。
《支給額》
基本手当の支給残日数により、以下の通り異なる。
残日数が所定給付日数の2/3以上の場合:所定給付日数の支給残日数×70%×基本手当日額
残日数が所定給付日数の1/3以上の場合:所定給付日数の支給残日数×60%×基本手当日額
なお、基本手当日額の上限は、6,165円(60歳以上65歳未満は4,990円)となり、この金額は毎年8月1日以降に変更される可能性がある。
・就業促進定着手当
再就職手当の支給を受けた人が再就職先に6か月以上雇用され、かつ再就職先で6か月の間に支払われた賃金の1日分の額が雇用保険の給付を受ける離職前の賃金の1日分の額(賃金日額)に比べて低下している場合に給付を受けることができる。
《支給額》
(離職前の賃金日額-再就職手当の支給を受けた再就職の日から6か月間に支払われた賃金額の1日分の額)×再就職の日から6か月間内における賃金の支払いの基礎となった日数
こちらも支給額に上限があり、「基本手当日額(上限は再就職手当と同様)×基本手当の支給残日数に相当する日数×40%(再就職手当の給付率が70%の場合30%)」が上限額となっている。
・就業手当
基本手当の受給資格者が再就職手当の支給対象とならない常用雇用等以外の形態で就業した場合に、基本手当の支給残日数が所定給付日数の1/3以上かつ45日以上あり、一定の要件に該当する場合に支給される。
《支給額》
就業日×30%×基本手当日額(上限1,831円(60歳以上65歳未満は1,482円))
教育訓練給付……教育訓練を受講した場合などに受けられる給付
教育訓練給付金には、従業員の能力開発やキャリア形成を支援するための教育訓練受講に支払った費用の一部を支給する「一般教育訓練給付金」「専門実践教育訓練給付金」と、2022年3月31日までの時限措置である「教育訓練支援給付金」の3種類がある。
・一般教育訓練給付金
《支給対象者》
a.受講開始日現在で雇用保険の支給要件期間が3年以上(初めて支給を受ける場合には1年以上)あること。
b.受講開始日時点で雇用保険の被保険者でない場合には、被保険者資格を喪失した日(離職日の翌日)以降、受講開始日までが1年以内(適用対象期間の延長が行われた場合は最大20年以内)であること。
c.前回の教育訓練給付金受給から今回の受講開始日前までに3年以上経過していること。
など、一定の要件を満たす雇用保険の被保険者(在職者)または離職者が厚生労働大臣の指定する教育訓練を受講し修了した場合に支給される。
《支給額》
教育訓練施設に支払った教育訓練経費の20%(上限10万円)で、4,000円を超えない場合は支給されない。
・専門実践教育訓練給付金
《支給対象者》
a.受講開始日現在で雇用保険の支給要件期間が3年以上(初めて支給を受ける場合には2年以上)あること。
b.受講開始日時点で雇用保険の被保険者でない場合には、被保険者資格を喪失した日(離職日の翌日)以降、受講開始日までが1年以内(適用対象期間の延長が行われた場合は最大20年以内)であること。
c.前回の教育訓練給付金受給から今回の受講開始日前までに3年以上経過していること。
など、一定の要件を満たす雇用保険の被保険者(在職者)または離職者が厚生労働大臣の指定する教育訓練を受講し修了した場合に支給される。
《支給額》
教育訓練施設に支払った教育訓練経費の50%(年間上限額40万円、訓練期間最大3年間で上限額120万円)で、4,000円を超えない場合は支給されない。
・教育訓練支援給付金(2022年3月31日までの時限措置)
《支給対象者》
初めて専門実践教育訓練(通信制、夜間制を除く)を受講する人で、受講開始時に45歳未満など一定の要件を満たし、訓練期間中、失業状態にある場合に支給される。
《支給額》
基本手当日額×80%×2か月ごとに失業の認定を受けた日数
※訓練受講中の基本手当の支給が受けられない期間について支給される
【雇用継続給付】高齢者の雇用継続や育児・介護休業時に受けられる給付
・高年齢雇用継続給付
雇用保険の被保険者であった期間が5年以上ある60歳以上65歳未満の一般被保険者が、60歳以降の賃金が60歳時点に比べて一定の割合に低下した場合に「高年齢雇用継続基本給付金」が支給される。
《支給額》
賃金の低下率によって、以下の通り異なる。
61%以下に低下した場合:各月の賃金の15%相当額
61%超75%未満に低下した場合:低下率に応じて各月の賃金の15%相当額未満の額(各月の賃金が36万3,359円を超える場合は支給されない)
・育児休業給付
雇用保険の被保険者が1歳または1歳2か月(支給対象期間の延長に該当する場合は1歳6か月または2歳)未満の子を養育するために育児休業を取得した場合に「育児休業給付金」が給付される。
《支給要件》
a.休業開始前の2年間に賃金支払基礎日数11日以上ある月が12か月以上ある。
b.育児休業期間中の1か月ごとに、休業開始前の1か月当たりの賃金の8割以上の賃金が支払われていない。
c .就業している日数が支給単位期間ごとに10日(10日を超える場合には就業している時間が80時間)以下。
《支給額》
支給対象期間(1か月)あたり、原則以下の通り。
休業開始時賃金日額×支給日数×67%(育児休業の開始から6か月経過後は50%)相当額
・介護休業給付
家族を介護するための休業をした被保険者に給付される。
《支給要件》
a.休業開始日前2年間に、賃金支払基礎日数が11日以上ある月が12か月以上ある。
b.介護休業期間中の1か月ごとに、休業開始前の1か月当たりの賃金の8割以上の賃金が支払われていない。
c.就業している日数が支給単位期間ごとに10日以下。
《支給額》
各支給対象期間(1か月)あたり、原則以下の通り。
休業開始時賃金日額×支給日数×67%
会社・従業員それぞれに加入のメリットがある
雇用保険は従業員の雇用の安定や教育訓練などのスキルアップを図る目的があると共に、会社が雇用を継続するための様々な助成を受けられる制度となっており、双方にとってメリットがあるといえる。この機会に制度の内容や仕組みを確認してみてはいかがだろうか。
文・THE OWNER編集部