家の食事が絶品に変わる~日本一のおいしさを探せ
新型コロナウイルス感染防止のため、外出自粛が続く日々。家でおいしいものが食べたいという願いをかなえてくれる店が、東京・港区の六本木ヒルズで営業している「グランドフードホール六本木」、通称「グラホ」だ。
おしゃれなスーパーを思わせる店内には見たことのないおいしそうな商品がずらり。「グラホのいちごジャム」(1026円)は、とちおとめの果肉がゴロゴロ詰まったジャム。旬の真っただ中に収穫した完熟食感が楽しめる。パスタソースにも最適というのは、鳥取県産ベニズワイガニのカニみそ「かにみそバーニャカウダ」(1150円)。ニンニクと生クリームを加えたコクとうまみは病みつきに。取れたての新タマネギをすりおろした「新たまねぎ生ドレッシング」(500ml734円)も人気。新鮮そのものの甘辛さは、どんな料理も手軽に引き立ててくれるという。
そんな絶品を集めたセレクトショップ「グランドフードホール」の本店は兵庫・芦屋市。地元住民が普段使いするこの店には、客が使い込んだ鍋やタッパーなどの容器を持ち込んでくる。そこに入れるのは、ガラスケースにずらりと並んだおいしそうな総菜だ。
「グラホ」では、売り場に併設された厨房で一流のシェフが腕を振るい、出来たての総菜も出している。女性客が持参した容器にジューシーなローストビーフをたっぷりと入れた。
総菜がおいしい理由も、店で売っている絶品商品のおかげ。シェフが使っていたのは「トリュフバター」(3024円)。トリュフバターを塗ったパンに分厚い出汁巻き卵を挟んで完成したのは「トリュフバター香るたまごサンド」(1026円)。「店の商品を使っていれば間違いない」(シェフ・山下晴康)
気になる商品があれば、まず総菜で味わって、気に入れば購入するという仕組みだ。
「グラホ」には、客をつかんで離さないポリシーがある。
いろいろな種類があるはずの牛乳売り場には、石川県産の「牧夫の愛情」(500ml264円)1種類だけ。卵売り場も「お宝卵」(6個入り507円)1種類。そばやキムチ、チューブタイプのマヨネーズも扱うのはやはり1銘柄のみ。カステラも長崎から取り寄せる、月に2度しか入荷しない「琴海の心」(1080円)だけだ。「グランドフードホール」には、店が「最もおいしい」と判断した商品だけしか売っていないのだ。
「グラホ」を運営するスマイルサークルの年商は23億円。日々、何人ものバイヤーが全国を飛び回り、知られざる絶品商品を発掘し続けている。
この日、本社では最も重要な集まりが開かれていた。同じジャンルの中から最高においしい一品を選ぶ試食会だ。
スイーツに強いバイヤーの多島亜樹は、全国津々浦々のレモンタルトから「これは」と思った9品を取り寄せていた。順番に味わって、一番おいしかったものを店に置く。試食をするのは、その舌で絶品を探し続けてきたというスマイルサークル社長、岩城紀子だ。
「情報は一切なく、まず味だけでチェックします。先入観が入るとぶれるんです」(岩城)
岩城は妥協を許さない。7つほど食べた岩城の元へ、かわいらしいレモンタルトが登場。すると、一瞬で目の色が変わった。「めちゃくちゃおいしい」と言う。
かわいらしいレモンタルトを作っているメーカー「お菓子のアトリエ ひみつのひとさじ」は同じ芦屋にあった。さっそく岩城が訪ねてみると、出てきたのは2人の姉妹。店はなく、ネットのみで販売しているという。
そのタルト作りは驚くべきものだった。焼き上がった生地の上に細かく砕いたクルミとアーモンドクリームをのせていくのだが、その上でわざわざ2度焼きして風味を引き立たせるという。さらに、レモンと卵を混ぜ、丁寧に裏ごしして特製クリームを。なめらかな舌触りに徹底的にこだわっていた。
「本当に最後までおいしく食べていただきたいので」(パティシエ・大聖寺真理子さん) 「ここまで面倒くさいことをしている人はいない」と岩城は笑った。
「最高の味」を探すスゴ腕女性~こだわりのメーカーに光を
日本中のおいしさを見つけてきた岩城。その自宅の冷蔵庫の中にあったのは各地の味噌やジャムなどの数々。探し出した商品は、生活の中で徹底的に味わいつくすという。店に並べる条件は、空になるまで食べ続けても飽きのこないおいしさ。試食した商品の中で店に並ぶ確率はわずか100分の1だ。
「グラホ」誕生のきっかけは、もともと岩城が手がけていた別のビジネスにある。
岩城の本業は、百貨店などのためにさまざまな商品を買い付けるバイヤーだ。その目利き力は「外れはほぼないです。めちゃくちゃ助かります」(京阪百貨店食品統括部・矢谷達担当部長)と言うほど。大阪・枚方市の京阪百貨店くずはモール店を訪ねると、いたるところに岩城が全国から見つけ出した商品があった。
そんなバイヤー業で見つけ出したおいしい商品を、一堂に集めたのが「グランドフードホール」なのだ。
岩城のビジネスには隠れた狙いがある。兵庫・淡路島の小さな製麺会社「井上商店」。経営する井上さん夫婦が作っていたのは、鳴門海峡でとれたミネラルたっぷりのワカメをペースト状にし、丁寧に小麦に練りこんだ栄養豊富なわかめ麺だ。
「3分の1がワカメでできています。極限までワカメを入れてみようと」(井上賀夫さん)
発売当初は誰も買ってくれなかった。
「味には自信がありましたが、全く売れなかった。どこをターゲットに売ったらいいか、暗中模索の状態でした」(正子さん)
そんな時、その驚くような喉越しと健康的なおいしさを知ったのが岩城だった。
「食べた瞬間、『これはいける』と思いました。すぐバイヤーに『電話して』と」(岩城)
岩城はすぐに買い付けを決意。ヘルシーな商品として熱心に百貨店などに売り込み、いつしかわかめ麺は大ヒット商品に。年間12万袋を売るまでになった。
「手間暇をかけていい原材料で一生懸命作っている人たちの商品を、知っていただくのが私の役目だと思っています」(岩城)
岩城の最大の狙いは、おいしさにこだわって作る人々の優れた商品に光をあてること。しかも、ただ見つけて売るだけじゃない。
「宝塚牧場ヨーグルト」(464円)はざらめ入りのヨーグルト。「オープンした時からのベストセラー」(岩城)だと言う。兵庫県の宝塚牧場で牛にストレスを与えない環境にこだわり、手間暇かけて作られている。だが岩城は、おいしさを伝えるために手を加えた。
「おいしかったけど、うちのオリジナルでざらめを変えてほしい、と」(岩城)
種子島のざらめをたっぷり混ぜ込み、スイーツのような味わいに変え、客をつかんだ。
味だけではない。例えば、品質にこだわる冷凍食品メーカーの商品撮影をサポート。デザインのノウハウがなく、競争力の低かったパッケージも、岩城の手によって見違えるような雰囲気になった。
「岩城さんがいなかったらここまで完成度の高いものにならなかったと思います」(エスエルクリエーションズ・佐藤健社長)
あらゆる手法を駆使して優れた食品作りを応援するのが岩城。「実際に販売してお客様の手元に届くまでサポートするのが私の仕事です」と言う。
「最高の味」ハンター誕生秘話~もっと日本により良い食を
岩城が向かったのは、芦屋の本社から車で4時間もかかる広島・三次市。おいしい噂が聞こえてきた、道の駅のような直売所「トレッタみよし」だ。目にとまった商品を次々とかごの中へ。直感的に選んでいるように見えるが、保存料などが極力入っていないものだ。自然な製法が買い付ける商品の大原則だという。
1972年、兵庫・宝塚市に生まれた岩城。料理が得意だった祖母・君枝さんの影響で、食への関心が人一倍強い子供だった。アパレルなどいくつかの会社に勤めたが、食への強い思いから、32歳で機能性食品を開発するベンチャーへ転職した。
上場を果たすほど急成長したその会社で、岩城の運命を変える出来事が起こる。岩城がある食肉加工品メーカーに営業に行ったときのことだ。応対してくれた工場長から驚くべき言葉を聞かされた。
「ここだけの話、妻には『うちの商品だけは絶対に買うな』と言ってるんです。やっぱりいろいろ入ってますからね」
その理由は、製品を腐らなくするために保存料などを大量に使用しているからだった。 「本当にびっくりした。衝撃でした。工場長は使っている原材料を知ってますから」(岩城)
幾つもの食品メーカーで同様な現場を目の当たりにした岩城は、「もっと自分たちが食べたいと思える食品を流通させる仕事をしたい」と、考えるようになる。そして、2008年に設立したのが、優れた商品を探し出し紹介するスマイルサークルだった。
「体を健康にする食のバイヤー代行業務をやろうと決めました」(岩城)
だが、立ち上げ当初、発掘した商品を大手百貨店に売り込んでも、「中小メーカーの商品は、売れたらすぐ欠品になるので、扱いたくない」と敬遠された。大手はある程度、生産量を確保できるメーカーとしか付き合いたがらないのだ。
なんとかいい商品を作る中小メーカーを知ってもらいたい。そんな思いで始めたのが、自分たちが選び抜いたものだけを扱う、「グランドフードホール」だった。
岩城の挑戦は今やさらに広がっている。この日、やってきたのは神戸市の食品メーカー「フーズパレット」。大量の総菜を試食する準備が進められていた。
ここはデパ地下で中華総菜のブランドをいくつも展開する老舗。売り上げが低迷する中、岩城にメニューの刷新を依頼してきた。ある麺料理を食べると、岩城の表情が変わった。商品を長持ちさせるため、必要以上に保存料を入れてしまっていたという。
「いつの間にか(保存料などの)添加物が非常に多くなってしまった。本来の料理人さんが作るおいしいものに戻そうとしています」(岩城)
岩城の手法は、食材本来のおいしさを徹底的に引き出す調理法に変えること。商品がおいしくなることで、料理人たちのモチベーションも上がっているという。
「厳しいことをおっしゃるように聞こえますが、岩城さんの力を借りて改良を進めています。全幅の信頼を寄せてついていこうと思います」(「フーズパレット」渡邊靖也社長)
職人も感動~廃業の危機を救った秘策
岩城のおいしい食への執念を象徴するのが、2年前、岩城が資金を出してオープンした
芦屋市の「エレファントリング」。看板商品は素朴な味わいの「バウムクーヘン」(M・3780円)だ。おいしさの秘密は69歳の職人・香山宏さんの手作業による丁寧な菓子作りにある。
「私はこの味が大好きなので、これをなくすのは絶対もったいないと思ったんです」(岩城)
香山さんは以前、神戸市内に店を構えていたのだが、経営難となり廃業を決意していた。すると、ファンだった岩城が香山さんのために新たなブランドの店を作ったのだ。
「『あんたが焼くなら店を作る』と。『あんたの味をなくしたらあかん』と言われた時は嬉しかったですね」(香山さん)
そんな岩城の元に、また経営難の中小メーカーが。1947年創業の京都市の「種嘉商店」は、和菓子店から依頼されるもなかの皮を作っている下請けメーカーだ。サクサクで香ばしい皮は老舗からの引き合いも強かったが、卸先が次々と潰れ、経営が厳しくなる。
「仕事がだんだんなくなってきています。大変です」(三代目・舟越高さん)
そんな中、岩城に相談を持ち込むと、驚くべき提案が。工場の一部を店舗に改装し、オリジナル商品を売るというのだ。一家総出で取り組むことになった、皮だけじゃないオリジナルもなか作り。ミックスナッツを生地に練り込み、そこに詰めるのは、「グラホ」で販売する人気のアーモンドバターだ。
「何としても成功させたいという気持ちでいっぱいです。(岩城は)勇気をくれましたし、一歩踏み出す力を与えていただいた。足を向けて寝られません」(舟越さん)
店のオープン(6月5日予定)も間近になり、初めての接客の練習にも熱が入る。おいしさに真剣に挑めばどんなメーカーも生き残れる。それが岩城の信念だ。
一方、東京・新橋に去年オープンしたカレーの店「スパイスドリーム」。客を引き付けるのは390円という安さの「ドリームカレー」だ。安くてもおいしい秘密はルーにある。
ルーを作っているのは、兵庫・尼崎市の「三興食品工業」。この道60年になる岡本弘さん(79)が生み出した味だ。後継者がなく悩んでいたところを、岩城が事業を継続してくれる企業を見つけ、新たな販路まで開拓、味を守ってくれたのだ。
「気に入ってくれている人のためにも残したかった。私には女神に見えました。残してくれて本当にありがとう」(岡本さん)
~村上龍の編集後記~
おいしいものを食べるときと、おいしくないものを食べるときの表情がこれだけ違う人も珍しい。グランドフードホールが有名だが、おいしいものに関わることはすべてやっている。売上23億円でバイヤーはたった5名。でも岩城さんがともに仕事をやりたいという人材はそう多くはないはずだ。
「黒子になってみなさまの代わりにおいしいを届けます」とサイトに。ギフト企画、食品コーディネートから、企業マッチングまで事業は多い。だが中心は「おいしいを届ける」だ。新型コロナで生活が変わる中、おいしいが届くのはうれしい。
<出演者略歴>
岩城紀子(いわき・のりこ) 1972年、兵庫県生まれ。1988年、アメリカ・コロラド州の高校に留学。2008年、スマイルサークル設立。2014年、グランドフードホール芦屋オープン。
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