社長
(画像=One/stock.adobe.com)

「手ごろなサイズ」に戻りたい社長

先日、社長をやっている友人からこんな話を聞きました。「会社の規模拡大目指して頑張ってたんだけど、社員が増えると苦労ばかりだし、資金の問題も出てきたし、ちょっと迷いが出てきてね。いったん事業縮小して、手ごろなサイズに戻ろうかと思うんだ」。

冒頭の社長はこうも言いました。「会社が大きくなったら好きでもない仕事が増えてきたんだよね。社員同士のトラブル解決なんてごめんだし、資金繰りの心配をするのもすごく消耗する。本来、WEBサービスとかアプリの開発をコツコツとやってるのが好きなんだ。それさえやっていれば幸せだったんだよ」と。

久能 克也
久能 克也(くのう・かつや)
Opty.G.K.代表。「社長が自分で自分をクビにできる」メソッドを伝える。2002年東京外国語大学を卒業後、大手人材会社に入社し3,000人の組織にてマーケティング業務を経験。退社後単身中国上海に渡り、コンサルティング会社を起業し共同経営者に就任した。帰国後、自社や顧問先の経営を劇的に変えたEOS®(Entrepreneurial Operating System/起業家のための経営システム)の普及活動に従事している。10年後のビジョン達成のために「今」すべきことだけに集中し、経営者の負担を軽くしながら業績アップさせるコンサルティングが得意。座右の銘はLess Is More。
訳書:TRACTION トラクション 〜ビジネスの手綱を握り直す中小企業のシンプルイノベーション〜

MBAホルダーとメキシコの漁師

私はこういう社長の話を聞くと、いつも「MBAを持ったアメリカ人とメキシコの漁師」のエピソードを思い出します。あなたも聞いたことがあるかも知れません。要約してここに示しますね。


MBAをもったアメリカ人がメキシコで釣りをしている漁師に出会い、こう言った。

MBA:いい魚だね。どれだけの時間で捕れるんだい?

漁師:ほんの数時間だよ

MBA:残りの時間は何してるの?

漁師:子どもと遊んだり、妻と昼寝したり、村で仲間とギターを弾いて歌ったりしてるよ

MBA:もっと時間かけてたくさん釣って、余った魚は売って、お金貯めて漁船を買って、自社工場を立てて、メキシコシティからロスかニューヨークに進出して企業組織にしたらいい。15年か20年かかるがね

漁師:そのあとは?

MBA:IPOして金持ちになるのさ。億万長者だ。

漁師:それはすごい。それで何をするんだ?

MBA:ここからがすごい。海辺の村に引っ越して孫と遊んだり、妻と昼寝したり、仲間とギター弾いて歌ったりして過ごすんだ


いやいや、今すでにそんな生活してるよ!というオチです。

「努力して経済的成功」には価値がない?

これは本来はコンサルタントとか、資本主義社会を揶揄するための寓話ですよね。つまりお金だ、ビジネスだ、MBAだと努力して得るものってそんなに価値があるの?そんなの、ふつうの人はもう満喫してるよ・・・と。

しかし、私のとらえ方は違います。

もちろんIPOだけがイグジットの方法ではありませんし、このMBAコンサルタントの描く事業発展プロセスに全て同意するわけではありません(笑)。しかし、経営に足を踏み入れた以上は、それを捨てて自給自足の南の島に移住するよりは、経営をやり遂げてキャッシュマシンを作り、経済的自由も確保した上で自分の好きな生き方、働き方を実践するほうが良いのではないか?と思うのです。

手ごろなサイズ=職人経営者

手ごろなサイズに戻ることは、仕事を売る「職人」に戻ることと同義です。職人は手を止めたらビジネスも止まってしまいます。時間的自由は遠のくでしょう。あなたが倒れたら収入は途絶えてしまいます。その意味ではリスクがまったく管理できていない状態と言えます。

その状態に限界を感じ、いちどは成長を志したはずなのです。それなのに、少なくない経営者は「手ごろなサイズ」に戻りたいと思ってしまいます。いったいなぜなのでしょうか?

手放すことへの本能的恐怖

それは、「手放す」ことには本能的な恐怖が伴うためです。誰もが頭では「仕事を手放して部下に任せ、空いた時間で社長本来の仕事をすべき」と分かっているのです。それでもできないのは「恐怖」が合理的な判断を曇らせているからです。

行動経済学においても「人は得る喜びよりも損失の痛みのほうを大きく感じる」(プロスペクト理論)と提唱されています。これを経営・マネジメントに当てはめてみると、社長は「部下に任せて自由や利益が増える喜びよりも、仕事やコントロール感を部下に取られる痛みを大きく感じる」となります。少々大げさですが、「手放す」ことの痛みに過剰に反応してしまうことは確かなようです。

手放すことに慣れる方法

そのため、EOS®(起業家のための経営システム)ではまず最初に「手放す」ことを社長に促し、実践してもらいます。手放す瞬間は恐怖を感じるが、じつは対処可能であることを体験してもらい、慣れてもらうためです。

慣れてくると、「部下が多少の失敗をしてもリカバリーできる」「顧客に多少迷惑をかけても誠実に対応すれば大事にはならない」そして何より「部下は小さな失敗を繰り返しながらも成長して、満足のいく仕事をできるようになる」というある種の信頼感が生まれてきます。

自走する組織にしてから好きな仕事に戻る

そうやって手放すことが苦痛でなくなってきたら、次は適切な人を採用してあなたが描いた目標を達成できる組織をつくっていくいことです。そのためには「年商10億円突破する「最強組織」の作り方とは?」でご紹介した「アカウンタビリティ・チャート」が役に立つでしょう。

そうやって自律、自走する組織をつくることができたら、その時は自分がもっとも得意で好きな仕事(冒頭の社長ならサービスの開発・改善)に戻り、オーナー兼ボードメンバー兼サービス開発ヘッドとして活躍すればよいのです。そうなったら、会社の成長力は極限まで高まっていることでしょう。

選択権のある社長になる

または、社長業そのものに楽しさを感じるのであればそこに集中するのも自由です。あなたは選択権を手に入れたのですから。

MBAと漁師の話に戻ると、おそらく漁師には漁師を続けるしか選択肢はないでしょう。しかし自走する組織を作ったならば、組織トップでい続けることも会社を売却することも、漁師に戻ることも自由です。あなたならどちらに魅力を感じますか?

文・久能克也(Opty.G.K.代表)

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