マクドナルドは国内最大手のハンバーガーチェーンだが、その道のりは決して平坦なものではなかった。2014年の「期限切れの鶏肉を使用していたのでは」という疑惑は、記憶に新しい。一度は経営危機に陥ったが、その後は何とか持ち直し、見事にV字回復を果たして現在に至る。危機はなぜやってきたのか。どうやってそこから脱出できたのか。これらを「経営戦略」という視点で解説していく。
目次
2014年の期限切れチキン問題 実はチキン問題の前から売上高は減少していた
マクドナルドの経営危機は、チキン問題が発端だったわけではない。確かに期限切れチキンの問題は大々的に報じられ、経営に甚大な影響を与えたことは間違いない。しかしそれ以前から、マクドナルドには経営悪化の兆しがあった。日本マクドナルドホールディングスのデータによれば、売上高と営業利益率は、それぞれ2008年と2011年をピークに減少している。
チキンショックは言わば「とどめの一撃」
マクドナルドの業績推移を見ると、チキン問題を発端に経営危機が始まったのではなく、それが「とどめの一撃」だったことがよくわかる。チキン問題がなかったとしても、いずれマクドナルドは戦略転換を迫られていただろうが、世間のバッシングが高まったことにより、経営危機の到来が早まったのである。つまりマクドナルドは袋小路に突き当たる運命にあり、経営を根本から見直さなければならないフェーズにあったということだ。
たとえばマクドナルドは、同業他社やコンビニチェーンなどと比べて、自身の健康を気にする層やシニア層をうまく取り込めていなかった。新商品はほとんどがアメリカ本社のリメイクに留まり、様々な顧客を取り込めるような魅力に欠けていた。
要するに「日本の消費者が、今、何を求めているのか」という重要な視点が抜け落ちていた。これはマクドナルドに限ったことではないが、この頃にはすでに、多様化する現代の日本に対応するための課題が山積していたのだ。
過去最大となる約350憶円の赤字
チキン問題の後も、「ナゲットにビニールが混入」「ポテトに人間の歯が」といった異物混入問題が取り沙汰され、消費者からのバッシングもさらに激しくなった。そして、ついにマクドナルドの「食の安全」への信頼が失われてしまう。「食の安全」や「清潔さ」などは外食産業では命綱のようなもので、これによってマクドナルドはどん底へと落ちていった。
業績は悪化の一途をたどり、ついに2015年12月には約350憶円という過去最高の当期純損失を記録した。これは、「日本の外食史上最大級の赤字だった」と言っても過言ではない。
マクドナルドの経営戦略
マクドナルドは、客離れに歯止めをかけ、失った信頼を回復する必要があった。次の章では、マクドナルドの具体的な経営戦略について見ていく。「コスト・リーダーシップ戦略」というワードの簡単な説明をした後、マクドナルドがどのように経営戦略に転換したか、というところにスポットを当てながら解説していこう。
コスト・リーダーシップ戦略
コスト・リーダーシップ戦略とは、アメリカの経済学者であるマイケル・ポーターが提唱した経営戦略の一つで、「競合他社よりも低いコストを実現することによって競争に勝つ」という戦略である。
マクドナルドの経営戦略はまさにこれに当たり、食材の調達や加工、販売(フランチャイズシステム)の段階において圧倒的な低コストを目指す。これは大企業だからこそなせる業であり、他社にはない強みでもある。
フランチャイズチェーンには、コスト効率のために、商品やサービスが画一化するという特徴がある。マクドナルドであれば、東京でも大阪でも北海道でも沖縄でも、どこに行ってもほとんど同じメニューが食べられる。各店舗が勝手にメニューを開発するとなれば、調達する食材や加工工程もばらばらになり、高いコストがかかってしまうからである。
効率的であることは、素晴らしい。しかし、それによって現代の「多様化する」消費者の要望に応えられなくなってしまうこともまた事実だ。フランチャイズ化すれば、ただちに食のトレンドに適合できると考えるのは誤りで、FC化にこだわりすぎたこともマクドナルドの凋落の一因だろう。
現在のマクドナルドのメニューは、100円マックや「ちょいマック」を充実させながら、グランシリーズなども販売するという、低価格帯と中価格帯をバランス良く取り入れたものになっている。
チキンショック後の戦略転換
チキンショック後、マクドナルドの「食の安全」に対する信頼が揺らぎ、大きな赤字を計上したことに触れた。低価格で商品を提供するだけでは、食のトレンドに適応することはできず、失った信頼を取り戻すこともできない。マクドナルドは、どのような方策を打ったのだろうか。
まず、不採算店舗を閉店した。2015年は実に150店舗以上を閉店し、採算の改善を図った。表参道など、おしゃれな一等地であるがゆえに固定コストが重くのしかかるような店舗もその対象となった。
ある特定の地域に展開されている店舗は、接客の質や店の清潔さ、周辺にある競合他社の影響を受けやすい。店舗の近くに個人営業の新しいハンバーガー店ができれば、確実に様々な影響を与えてくる。常に不採算店舗を洗い出し、それを閉店するという採算改善は、見極めが少々難しいものの、決してないがしろにしてはならないことなのだ。
このタイミングで従業員の給料を上げたことも、大きな方策だった。日本式の経営では、ピンチの時には従業員の給料を下げ、そのままコストカットを図ろうとするだろう。しかし当時のCEOサラ・カサノバ氏は、逆に従業員の給料を上げ、高いモチベーションを維持しようとする方策を打ったのだ。前CEOの原田泳幸氏はコストカットの手腕に優れた人物だったが、カサノバ氏は彼とは逆の方向に舵を切ったのである。
『Fun Place To Go』という理念
詳しくは後述するが、SNSを利用して様々なキャンペーンを行ったことにより、『Fun Place To Go』というテーマを体現できたことも大きかった。『Fun Place To Go』は、お客様が楽しめるような場を作るというものだ。
単に食事をするだけでなく、ちょっと楽しい体験をし、そしてそれを他者と共有する。そんな場所を作るためには、徹底的に顧客目線で考える必要があった。そしてマクドナルドは、今でも多くの人が覚えているような斬新で面白いキャンペーンを次々と実施した。チキン事件後は「不謹慎」という空気が流れていたが、それをぶち壊すように、マクドナルド本来の遊び心を盛り込んだキャンペーンで顧客を喜ばせた。
たとえば、チョコポテトの販売を覚えている人も多いだろう。普段販売しているマックフライポテトにチョコソースをかけたもので、開発段階から社内でも賛否両論あったという。しかし「賛否両論あった」というところがミソで、「おいしいかどうか」ではなく「話題になるかどうか」に焦点を当てたのだ。チョコポテトは見事にヒットし、SNSでも連日「おいしい」「まずい」の議論が繰り広げられた。マクドナルドの狙いは、見事に的中したのだ。
SNSを積極的に活用
キャンペーンで、マクドナルドは積極的にSNS、特にTwitterを活用した。Twitterは、口コミを拡散したり、議論を紛糾させたりするには格好のサービスだ。
それを象徴するキャンペーンがあった。「名前募集バーガー」を覚えている人は多いだろう。2016年2月2日に発売された「北海道産ほくほくポテトとチェダーチーズに焦がし醤油風味の特性オニオンソースが効いたジューシービーフバーガー(仮称)」の名前があまりにも長いので、一般の人に名前を付けてもらおうというキャンペーンだ。
採用された人には、ハンバーガー10年分の賞金が出た。これがTwitterを中心に話題になり、応募総数は500万を超えたという。結局名前は「北のいいとこ牛っとバーガー」に決まるわけだが、どのような名前に決まるかということよりも、ネット上で話題になったことが重要だった。
Twitterでは連日「#名前募集バーガー」というハッシュタグが話題になり、まるで大喜利のような様相を呈していたが、これにより多くの人にキャンペーンが浸透した。マクドナルドに興味がなかった人々を大量に巻き込んだ一大イベントとなったのだ。
V字回復へ
その後もマクドナルドは、様々なキャンペーンを打ち出した。そして食の安全や清潔感、接客の改善にも取り組んだ。これらによってマクドナルドは見事にV字回復を果たし、2015年に約350憶円もあった純損失は、すぐさま黒字へ転換。営業利益や経常利益も順調に伸び、現在の経営は好調のようだ。
ちなみに2019年の通期決算資料を確認してみると、売上高は5,490憶円で創業以来最高額、1店舗当たりの平均月商は約1,500万円で上場以来最高、店舗数も11増え、既存店売上の前年比増はなんと50ヵ月続いている。2020年の業績見通しでも、売上高、営業利益、経常利益、当期純利益の増加が見込まれ、まさに乗りに乗っている状態だ。
この中で、面白いデータがある。外食産業の市場規模は、2018年時点で約15兆4,980億円だが、そのうち5,242億円がマクドナルドで、外食産業全体の約3%を占めていることになる。これは驚嘆の数字だ。
本来のアイデンティティと消費者からの信頼を取り戻したマクドナルドの躍進に、これからも注目していきたい。
経営戦略の重要性
時代はめまぐるしく変わり、人々の欲望も多様化する。どんな時代でも通用するような経営戦略はなく、時代を俯瞰しながらチューンナップしていくしかない。
マクドナルドは時代をとらえ、経営を根本から見直すことによって、見事にV字回復を果たした。目先の利益にとらわれず、着実に歩みを進めていったサラ・カサノバ氏の功績も大きい。また、危機的状況にありながら、店舗で奮闘した店長や従業員の存在も忘れてはならない。彼らの存在なくしては、マクドナルドの復活はあり得なかっただろう。
彼らを根本から支えたのが、他でもない経営戦略だ。マクドナルドはスタッフをクルーと呼ぶが、経営戦略はその船を進めるための航海図なのだ。
文・THE OWNER 編集部