9月10日、フォルクスワーゲン(VW)は「2029年まで雇用を保証する」とした雇用保障協定の破棄を労働組合に通知、コスト削減策の一環として「検討中」とされてきたドイツ国内工場の閉鎖が現実の問題として従業員に突き付けられた。国内工場の閉鎖は1937年の設立以来はじめてであり、国内約30万人の従業員に与えたインパクトは大きい。ドイツ最大の産業別労働組合「IGメタル」は直ちに反対を表明した。
VWの国内リストラの背景にはエネルギーコストの高止まりといったドイツ固有の問題もある。しかし、販売不振の要因は言うまでもなくEV市場の失速だ。VWはディーゼル車の排ガス不正問題を契機に一挙にEV投資に舵をきった。しかし、中国の新興専業メーカーの急速な台頭と低価格化、そして、中国、欧州、米国における成長鈍化が事業計画を狂わせた。“見込み違い” はVWだけではない。「2030年までに完全EV化」を宣言していたメルセデス・ベンツやボルボは達成時期の再考を表明、GMやフォードもEV投資の縮小を発表、テスラも当期業績見込みを下方修正した。
EV市場の低迷が顕在化する中、ハイブリッド(HEV)需要が伸長、トヨタの “全方位” 戦略への評価が高まる。とは言え、そもそもエンジン車(ICE)からEVへの “転換” が思惑どおり進まないのは欧米日など巨大なICE産業と成熟した市場を擁する地域の話であって、自動車産業の育成と本格的な市場形成が “これから” の国では様相が異なる。東南アジアは今がそのタイミングであり、地理的にも有利な中国EVメーカーにとって輸出と直接投資の恰好のターゲットだ。結果、これまで “日本車の牙城” と言われてきた東南アジアにおける日本勢のプレゼンスはEV比率の拡大とともに低下が避けられない情勢だ。
国際エネルギー機関(IEA)はEVの成長要因として①気候変動対策、②石油依存に対する経済安全保障上のリスク軽減、③イノベーション、の3つを挙げる。しかしながら、①脱炭素は大事だけどトータルコストはまだまだ割高だ。②電池材料に対する経済安全保障上のリスクも無視出来ない。とすれば③だ。EVはITやAIとの親和性が高く、したがって、自動運転のプラットフォームにも乗せやすい。既存のICE市場の “置き換え” に止まらない需要創造領域が新たな競争フィールドでもある。「やっぱりトヨタは正しかった」などと安堵している場合ではない。今こそ未来のその先に向けて、事業戦略の問い直しとイノベーション投資を加速すべきである。
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今週の“ひらめき”視点 9.8 – 9.12
代表取締役社長 水越 孝