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会社都合人事から本人希望重視の人事への、ダイナミックな変化

社員の転居を伴う転勤に配慮する企業が、増えつつあります。特に、家庭の事情などで社員が望まない転勤をなくすことは、採用や定着の上でも必須事項となってきています。会社都合の転勤・単身赴任の廃止や、日本国内なら住む場所や働く場所を自由に選択可能とする企業も出てきています。背景には、結婚・出産後も働き続ける女性の増加や、介護や病気治療と仕事との両立を要する中高年者など、ワークライフバランスを重視する働き手の意識変化があります。

さらには、若者のなかに「配属ガチャ」を嫌がる傾向が強まり、リモートワークができない企業は就・転職の候補から外すという層すら生まれているからです。一部揺り戻しで、出社を基本に戻す会社も出てきているものの、コロナ禍でリモートワークが浸透したことも影響しています。住宅費が高い都市部から、郊外や地方に引っ越す人も増えました。ワーケーションも浸透しつつあります。2024年4月からは、労働基準法施行規則等の改正で、社員に対し将来の就業場所・業務の変更の範囲を明示するよう、企業に義務付けもされました。

これまで、地元密着の小規模企業ならともかく、手広く事業展開する企業に就職したからには、異動や転勤はやむなしとしてきた日本の常識が揺らぎ始めています。個人や家庭の事情で異動や転勤を望まなければ、正社員からパート・派遣など非正規雇用に変わらざるを得ないと考えていた人たちも、正社員に留まれる可能性が高まっているとも言えます。会社都合人事から個々人の希望を尊重する人事へ、ダイナミックな変化が起きているのです。

「働く個人の尊重」が企業選択の重要要件に

社員が望まない転勤をなくすと発表したある大企業では、新卒応募者が約10倍伸びるという驚異的な副次的効果があったといいます。育児や介護や病気治療等との両立といった、やむを得ない事情のまだ少ない若者にとっても、個人の希望を尊重する会社に好感度が高くなることの象徴例と言えるでしょう。

厳密には、新卒入社後3年間は必要な経験を積むために転勤ありとしているのですが、その後は勤務地を選択でき、将来どこで働くか個人に選択肢が移ることが好感されたようです。終身雇用を信じない若手は会社都合の強制人事は受け入れがたいと感じるようになってきています。働き方の自由度が、企業選びの重要な要素になりつつあるのです。

ただし、この若者意識はいまに始まったものではありません。私が前職リクルートで就職・キャリア関連メディアの編集長をしていた20年ほど前、企業選びの視点に「地元で働けること」を挙げる若者は常に多数派を占めていました。

ただ、当時は、正社員として就職し、かつ転勤なしを実現するには、地元の中小企業に勤めるか非正規雇用になるしか選択肢はありませんでした。比較的高待遇で将来の安心が得られる大企業に正社員就職するからには、転勤は受け入れるしかないというのが相場でした。現代は、「転勤なし」と「待遇・安心」のおいしいとこ取りが可能になってきたとも言えるでしょう。

起点は、女性活躍推進、育児・介護や病気治療と仕事との両立支援など、ワークライフバランス施策への関心の高まりですが、いまや働く個人を尊重することが企業選択の重要要件となってきているのです。人事権を振りかざし、社員を掌握しようとする企業は敬遠されるようになっています。就職人気企業であっても、この変化の潮流を軽視すれば、採用もおぼつかない時代に入ったとも言えるでしょう。

逆に言うと、全国展開やグローバル展開していない中小企業は、働く地域や職種も限定的であることが多いため、若者の採用に有利な面も出てきたと言えるかもしれません。

実は、自力でのキャリア開拓が求められる厳しさと表裏一体

転勤や異動などを自分で決められることは、働きやすく、個人にとって優しい会社が増えて良いことだと感じる人も多いでしょう。会社都合の人事を所与の条件として働いてきた30代以上の人にとってみれば、若手を甘やかすものではないかと感じるかもしれません。しかし、私はむしろ働き手にとって非常に厳しい時代に入ったと考えています。

なぜでしょうか。かつては想定外の異動や転勤を命じられ、そこで多様な人や仕事との出会いがありました。その結果、意外な自身の強みや可能性が見つかり、成長の機会を得られたものです。スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授も、偶然の出来事によってキャリアは拓けていくというプランドハプンスタンス理論(計画された偶発性理論)を主張しています。

しかし、これからは、会社都合の人事による偶然の出会いによってキャリアが拓けていく可能性は減少する可能性があります。将来の可能性あふれる若者であれば、なおさらです。ともすれば、狭い世界に留まり続ける井の中の蛙になりかねません。

世の中は目まぐるしく変わり続けているのに、現状維持のままスキルも磨かれなければ、早晩市場価値の低い人材になってしまうでしょう。当然、長く活躍することもおぼつかなくなります。そうならないためには、自ら想像力を働かせてさまざまな選択肢を考え、自分の意思とチャレンジによってキャリアを切り拓いていかなければならない。これは容易なことではありません。

経営者・上司に必須となる、部下の可能性を見出し育て活かす手腕

また個人尊重の潮流は、会社経営の難度が飛躍的に上がることにもつながります。コロナ禍や天災、戦争など想定外の変化が次々と起こる現代においては、機敏に戦略を変更し、人事・組織も変えることが求められます。そのなかで社員個々の事情も配慮しなければならないことは、二律背反になりかねないからです。当然、上司による部下のマネジメントも難度が増すことになります。上司は部下に対し、会社・組織の都合を一方的に押し付けることはできないからです。

私が営む会社が開講する「上司力®研修」の受講管理職からは、個人一人ひとりに配慮するマネジメントに苦慮する声が高まる一方です。だからといって、部下への一歩踏み込んだ関わりを疎かにしてはいけません。強制力が効かない関係のなかで、部下一人ひとりと積極的に対話し、本人の持ち味や可能性を見出しながら動機づけ、育て、活かしていく手腕が必要になるのです。

『ビジョナリーカンパニーZERO』(日経BP、2021)で、ジム・コリンズらはリーダーシップについてこう説きます。

「真のリーダーシップとは、従わない自由があるにもかかわらず、人々が付いてくることだ」 「リーダーシップとは、部下にやらなければならないことをやりたいと思わせる技術である」

人事は個人が決める時代の幕開けとも言えるいま。会社経営層は社員一人ひとりと対等な立場で向き合い、現場の上司は部下一人ひとりと共にいかに働いていくか。前例のないチャレンジが必要であり、ダイバーシティマネジメントの進化が求められているのです。

※本稿は前川孝雄著『Z世代の早期離職は上司力で激減できる』(株式会社FeelWorks刊)より一部抜粋・編集したものです。

Z世代の早期離職は上司力で激減できる
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師

人を育て活かす「上司力®」提唱の第一人者。(株)リクルートで『リクナビ』『ケイコとマナブ』『就職ジャーナル』などの編集長を経て、2008年に (株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、研修事業と出版事業を営む。「上司力®研修」シリーズ、「ドラマで学ぶ『社会人のビジネスマインド』」、eラーニング「パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」、「50代からの働き方研修」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員サポーター、(一社)ウーマンエンパワー協会 理事等も兼職。30年以上、一貫して働く現場から求められる上司や経営のあり方を探求し続けており、人的資本経営、ダイバーシティマネジメント、リーダーシップ、キャリア支援に詳しい。連載や講演活動も多数。
著書は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks)、『部下を活かすマネジメント“新作法”』(労務行政)、『本物の「上司力」』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等約40冊。最新刊は『Z世代の早期離職は上司力で激減できる!「働きがい」と「成長実感」を高める3つのステップ』(FeelWorks、2024年4月1日)

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