※本稿は寄稿者の見解に基づく原文を掲載したものであり、THE OWNERの見解を示すものではありません。

次世代を担う「経営者人材」育成の原則 押さえるべき「5つのS」とは
白木 俊行
著:株式会社リンクアンドモチベーション ベンチャー・インキュベーション部門 責任者 白木 俊行
早稲田大学理工学部卒業後、新卒入社。組織人事コンサルタントとして、大手企業から中堅・成長ベンチャー企業まで幅広い顧客の組織変革を成功に導く。R&D部門の立ち上げやコンサルティング部門の事業責任者を歴任したのち、出資に加えて組織人事に関するコンサルティングを通じて企業の上場を支援する、ベンチャー・インキュベーション部門の責任者を務める。

経営人材育成は「重く」「深い」課題

「経営を強化したいが、思い浮かぶ役員候補がいない……」

「調整役はたくさんいるが、リーダーシップを発揮できる事業責任者が育たない……」

「サクセッションプラン(後継者計画)を立てたいが、何から始めればいいのか分からない……」

いずれも、経営者から良く聞かれる声である。筆者は組織コンサルティングの領域で15年以上にわたり、経営者が抱える「組織の悩み」に寄り添ってきた。そこで実感しているのは、数ある組織課題のなかでも「経営人材育成」は特に「重く」「深い」課題であるということだ。

●重い

「重い」とは、言い換えるなら「重要度が高い」ということだ。経営者をはじめとする経営陣は、企業の成長に最も影響を与える存在である。過去の例を紐解くまでもないが、スティーブ・ジョブズ氏復帰後に時価総額世界1位へ躍動したApple、稲盛和夫氏の着任以降に見事な復活劇を果たしたJALなどは、経営者の重要性を示す最たる例だろう。

また、経営陣の「層の厚さ」も重要な要素である。直近では、ファーストリテイリング社の2023年8月期決算で興味深い発表があった。過去最高の業績発表とともに示された未来展望において、その未来の確からしさの証左として示されたのが経営層の厚さだ。

「経営人材の層の厚みが、成長の原動力」であるとし、「何層もの経営人材・チームができあがりつつある」というユニクロ 塚越社長の力強い発表(※)は、大変印象的だった。柳井社長も「次の時代を担う20代~30代の経営者候補を発掘し、育成するサクセッションプランをつくり、世界各地で実行しつつある」と述べた(※※)。

※出典:株式会社 ファーストリテイリング.“グローバルワン・全員経営で世界中で飛躍する”.(2023).https://www.fastretailing.com/jp/ir/library/pdf/20231012_tsukagoshi.pdf (参照:2024-02-07)
※※出典:株式会社 ファーストリテイリング.“ファーストリテイリング今後の展望”.(2023). https://www.fastretailing.com/jp/ir/library/pdf/20231012_yanai.pdf (参照:2024-02-07)

事業戦略も組織戦略も最後に成否を分かつのは経営陣の能力であり、層の厚さである。経営人材育成は、まさに経営のセンターピンと言っても過言ではないだろう。

●深い

「深い」とは、言い換えるなら「解決が難しい」ということだ。経営人材育成が重要度の高い課題でありながら、いつまでも解決できないのは明確な処方箋がないからだ。

「経営幹部を育成する社内大学を設立し、知識・教養を身に付けさせるべきだ」

「自分で経験しなければ成長しない。どんどん修羅場に飛び込ませるべきだ」

「大切な候補者には経営メンターを付けて、いつでも相談できる環境を整えるべきだ」

このように、経営人材育成に関しては様々な「べき論」が交わされている。一つ言えるのは、「他社の成功事例を模倣しても経営人材は育成できない」ということだ。当然のことだが、企業によって過去の経緯や事情はまったく異なる。そのとき、その会社でうまくいった取り組みを真似してみても、自社でうまくいく例は皆無だろう。

経営人材育成にどう向き合うか

この重くて深い「経営人材育成」という課題にどう立ち向かえばいいのだろうか。それは、「普遍的な原理原則」を徹底することである。原則論に準ずれば、全ての会社で100点を狙えなかったとしても、少なくとも70点くらいは期待できるだろう。これは、世界で最も売れた自己啓発本『7つの習慣』でも言及されている「原則中心主義」に近い考え方だ。

では、なぜこれまで経営人材育成には原則がなかったのだろうか? 大きく2つの理由が考えられる。

一つ目は「情報の秘匿性」だ。経営人材育成は、その「重さ」ゆえ、その情報が出回りにくい。いわば、経営の「秘伝のタレ」に相当する情報をオープンにする企業は多くない。

二つ目は「事例の希少性」だ。経営人材は分母となる育成対象が少ないことに加え、その「深さ」ゆえ、育成の成功事例そのものが少ない。

今回は、重くて深い「経営人材育成という壁」の突破口を提示したい。20年以上にわたって組織専門のコンサルティングを提供してきた当社において、特に経営幹部育成を支援してきた専門性、および学術的な理論適用やクライアント以外の事例収集も広くおこなっている立場を活かし、経営人材育成の「普遍的な原理原則」をまとめたい。

経営人材育成の「普遍的な原理原則」5つのポイント

経営人材育成に関する重要なポイントは「5つのS」に集約される。

①Shuffle:候補者の入れ替え
発掘と刺激のため、定期的に候補者の入れ替えをおこなう

②Specify:個別の経験デザイン
候補者個々の成長テーマに合わせ、オーダーメイドで経験デザインをおこなう

③Shake:修羅場経験の提供
圧倒的な不足を感じ、非連続な変化が求められる修羅場経験を提供する

④Single-Mentoring:経営の専属メンタリング
経営陣がコミットし、一人の責任者が成長に向けた内省支援をおこなう

⑤Sharing:集団での知見共有
内省した経験を能力に昇華させるため、集団で知見のアウトプットをおこなう

①で「Who(誰に)」、②で「What(何を)」を「設計」し、③④⑤の「How(どのように)」を繰り返して「実行」に移していく流れだ。

経営人材育成 5つのポイント

5つのSは、成功している会社に見られる共通項だが、それぞれのSには「陥りがちな落とし穴」が存在する。そこで、落とし穴を避ける方法や具体的な取り組み事例を交えながら、それぞれのSのポイントを詳しく解説していきたい。

●①Shuffle

経営人材候補となる対象者の入替えを定期的に行うのが、Shuffleだ。

よくある間違いが、「年齢や役職の高い人材を、固定的に少数選ぶ」というやり方である。

当然、非常に骨の折れる取り組みであるし、重要度も高いため、厳選した候補者でやり抜きたいという意図は理解できる。しかし、候補者を絞ると、潜在的な才能を秘めた新たな人材を発掘するのが難しくなってしまう。

また、候補者側は「脱落したくない」という気持ちから守りに入り、チャレンジが促されなくなる。加えて、候補者に選出されたことで「よくない安心感」が生じ、競争心や刺激が薄れてしまうこともある。

それでは、どうすれば良いのか。このような状況を避けるには、年齢や役職に関係なく、幅広い候補者を対象にするとともに、定期的に候補者の入れ替えをおこなうことが重要だ。そうすることで、新たな才能を発掘することができるし、候補者にも刺激が与えられ続ける。

実際に、一度候補者から外された人材がその悔しさをバネに奮起し、再び候補者に選出され、桁違いの成長を遂げたケースもある。

たとえば、ファーストリテイリング社は、3年に一度、候補プールの入れ替えをおこなっている。また、GEの経営者選抜で選ばれ、17年にわたって同社の成長を牽引したジェフリー・イメルト氏は、いわゆる「一軍候補」ではなかった。それでも、候補プールの入れ替えの度に頭角を現し、異例の牛蒡抜きを果たしてCEOになった人物だ。

●②Specify

候補者の特性や強みをもとに、個別の経験デザインをおこなうのがSpecifyだ。

よくある間違いが、「知識や能力のデザインに傾倒する」ことである。

「経営人材とはどのような人材で、どのような人材を育てるべきか?」というゴールの議論から始めるのが理想的ではある。しかし、知識や能力のデザインに傾倒するがあまり、「どのような機会を与えれば育つのか?」という設計がないがしろにされてしまうことがある。また、「自社の人材は、そのように育ち得るのか?」といった検証が疎かになってしまうことも少なくない。

当然のことながら、一人ひとりの候補者の特性・強みによって、「どのような経験を経て、どのような経営人材を目指すべきか?」は変わってくる。

人材育成において有名な「ロミンガーの法則」では、リーダーになるために効果があるのは、「経験」が70%、他者からの「薫陶」が20%、「研修」は10%と言われる。つまり、研修だけでは人材は育たないし、どのような「薫陶」を受け、どのような「経験」をすれば経営人材を目指せるのかは、候補者によって異なるのである。

そうであるなら、実現可能性の低い経営人材像を描くことに腐心するよりも、それぞれの候補者の強みや伸び代、成長の意思をきちんと理解したうえで、本人に最もフィットする経験をオーダーメイドで設計することに注力すべきだ。

米国のベンチャー企業からフォーチュン500企業まで、幅広く経営アドバイザーを務めてきたラム・チャラン氏は、著書『CEOを育てる』のなかで、個々の強みをもとに仕事や経験の難易度を広げていく考え方を「コンセントリックラーニング」と呼んでいる。まさに、コンセントリックラーニングが経営人材を育てるための基本概念であり、Specifyの本質だと言えるだろう。

実例を挙げれば、ファーストリテイリング社では、「FGL(Future Global Leader)イニシアティブ」という取り組みをおこなっており、候補者が己の志をもとに「どのような試練を体験したいか」を経営陣とすり合わせたうえで、アサインメントを決めている(※)。

※出典:宇佐美潤祐.「ユニクロに学ぶ経営者人材の育て方」.ダイヤモンド社.(2017)

また、リクルート社では「人材開発委員会」という仕組みがあり、次期経営幹部層にどんな経験を課していくかを、経営陣が一日かけて年2回議論する場を設けている(※)。

※小林雅,榎戸貴史,戸田秀成,石川翔太.“リクルートが人材育成を徹底議論する「人材開発委員会」とは?”.Industry Co-Creation.(2017). https://industry-co-creation.com/special/12898 (参照:2024-02-07)

●③Shake

自らの身の丈を超えた成長が求められる修羅場経験を提供するのが、Shakeである。

よくある間違いが、「過度なプレッシャーによる離脱」や「使われない知識提供」である。

「過度なプレッシャーによる離脱」とは、「過酷な環境ほど成長できる」という前提のもとで、候補者の努力ではどうにもならないほどハードなアサインメントをしてしまうことを言う。結果として、過度なプレッシャーに心身ともに押しつぶされ、再起不能になってしまう例もある。

「使われない知識の提供」はこの逆のパターンで、「大切な候補者が失敗しないように」と、入念に知識をインプットすることを指す。結果として「頭でっかち」になるだけで、成長環境が提供されることはない。

それでは、どうすれば良いのか。Shakeにおいて重要なのは、候補者が「ちょうど乗り越えられる」ギリギリのラインで、なおかつ非連続な成長が求められるハードアサインをおこなうことだ。

しかし、このラインの見極めは非常に難しく、候補者にフィットする修羅場経験を与えるのも簡単ではない。だからこそ、事前におこなう個別の経験デザイン(②Specify)が重要になってくる。加えて、過酷な環境下においては、常に心の支えになってくれるメンター(④Single-Mentoring)の存在も大切だ。

これらの困難を勘案してでもなお、修羅場経験を提供することのメリットは大きい。適切な修羅場においては、候補者は自らの圧倒的な不足を突き付けられることで、成長の必要性を心底理解する。これが、経営人材としてひと皮剥けるきっかけになるのだ。

たとえば、NTTグループは、経営人材育成施策「NTT University」の名物プログラムとして300名以上の候補者に「ハードアサイン」を実施するなど、数多くの企業が経営人材育成にShakeを取り入れている。(※)

※堀越功.“「管理職から解放されてうれしい」NTTが新人事制度で専門人材強化”.日経ビジネス.(2024).https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00550/011200055/?P=3 (参照:2024-02-07)

●④Single-Mentoring

経営陣がコミットし、一人の責任者が成長に向けた内省支援(メンタリング)をおこなうのがSingle-Mentoringだ。ポイントは「Single」であることだ。

よくある間違いが、「複数人での無責任・低解像度のフィードバック」である。

「多角的な視野」というお題目のもと、複数の経営陣が好き勝手なフィードバックをするため、候補者は混乱に陥りやすい。また、その候補者の近くにいない経営陣からのフィードバックは得てして解像度が低く、参考にならないものが多い。

あるべき姿は、一人の経営陣が一人の候補者の成長にコミットし、責任を持って深い内省ができるように支援することだ。そうすれば、メンタリングの頻度も増え、解像度の高いアドバイスが提供されるようになるため、候補者は非連続な成長を遂げやすくなるだろう。

たとえば、以前サイバーエージェント社では、新規事業を創出する「CAJJプログラム」にて、「担当役員制度」を設けており、いつでも専属役員に相談ができる体制を取っていた(※)。

※ 2022年10月より、新制度「CAKK制度」に移行 出典:上阪徹(2020),『サイバーエージェント 突き抜けたリーダーが育つしくみ』,日本能率協会マネジメントセンター

また、ファーストリテイリング社では、先述の「FGLイニシアティブ」に参加する候補者には、役員が専属メンターとしてつけられ、3年間の育成にコミットし、責任を負う仕組みがつくられている(※ )。

※出典:宇佐美 潤祐.「ユニクロに学ぶ経営者人材の育て方」.ダイヤモンド社.(2017)

●⑤Sharing

内省した経験を能力に昇華させるため、集団で知見のアウトプットをおこなうのがSharingだ。

よくある間違いが、「個々の能力接続なきインプット」である。

名高い経営者を招いて、講話や研修を受ける機会を設けるのは喜ばしいことである。しかし、多くの企業では、受け身なインプットだけで終わってしまい、その後に議論の場があったとしても明確な目的が設定されていないケースが多い。

それならば、自身が学んだことを能力として概念化することを目的として、他者へアウトプットする機会を設けたほうが、高速で学習サイクルを回すことができる。

特に、修羅場で経験したことを一度ですべて会得するのは難しい。だからこそ、同じ境遇の候補者にアウトプットする機会を設けたい。そうすることで、自身の変化を俯瞰できるだけでなく、同じ境遇の同志から客観的なアドバイスをもらうことで意識や行動の変容が促されるはずだ。

たとえば、サイバーエージェント社では、執行役員と選抜された4人がチームになり、新規事業や経営課題への提案で競い合う「あした会議」を年に2回開催している。課題解決および知見共有の場として活かされている(※)。

また、ファーストリテイリング社では、先述の「FGLイニシアティブ」に参加する候補者に対し、3ヶ月に一度「FGLセッション」と呼ばれる場で柳井社長をはじめとする経営者と直接対話している。3年間の経営者修行中、アウトプットの機会を定期的に設けているのだ(※※)。

※出典:株式会社サイバーエージェント.“新規事業の創出”. https://www.cyberagent.co.jp/sustainability/info/detail/id=26070. (参照:2024-02-07)
※※出典:宇佐美潤祐.「ユニクロに学ぶ経営者人材の育て方」.ダイヤモンド社.(2017)

ぜひ「5つのS」をベースにして、自社の経営人材育成の枠組みを再構築してみてほしい。

5Sの具体説明

「PCマトリクス」で経験と内省の精度を上げる

「5つのS」の説明をすると、必ずと言っていいほど聞かれるのが、「良い経験とは何か?」「良い内省とは何か?」ということだ。その回答になり得るのが、以下で示す「PCマトリクス」だ。

これは、筆者がこれまで組織変革に携わってきた経験から、経営の全体像を捉えつつ、組織変革を実現するためのポイントをまとめたものである。組織変革を実現する際の「経営の見取り図」のようなものだと捉えていただきたい。

PCマトリクス

前述した柳井社長の「経営とは実行であり、経営者は成果を上げる人である」という定義に基づくと、まさに組織を動かし成果を上げる、経営活動のエッセンスが詰まった図とも言えよう。

具体的には、経営において重要な「4つのP」(Philosophy、Positioning、Performance、People)とそれを接続する「4つのC」(Corporate-identity、Center-pin、Confidence、Commit)をまとめている。

詳細は、拙著『組織X』をご覧いただきたいが、上図をもとに、「4つのP」を明確化する経験と、「4つのC」を繋ぎこむ経験をデザインし、その出来栄えを内省していくだけでも、その精度は上がるはずだ。

おわりに

最後になるが、これらはあくまで一つの原則に過ぎず、これをなぞるだけでは、重くて深い「経営人材育成」という課題は解決できない。柳井社長は「自分の時間の3割を人材教育に使う」と明言し、すでに経営人材として50名以上の執行役員を育て上げている。過去の事例を紐解いても、成功に不可欠なのは「経営陣のコミット」である。それが、取り組みの細部に魂を宿らせ、成功への最高のエッセンスとなるはずだ。

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