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(画像=PIXTA)

会社売却とは自社の経営権を譲渡することで、いわゆるエム・アンド・エー(M&A)の1種だ。近年、大企業の事業拡大や中小企業の跡継ぎ問題の解決方法として注目されている。

日本の人口は減少傾向にあり、地方を中心に少子高齢化が進んでいる。いくら会社が質の高い技術・サービスを提供していたとしても、後継者がいなければ事業を存続できない。人材不足を理由に経営能力の乏しい人間に会社を託せば、業績悪化は免れないだろう。

優れた経営能力を有する買い手に企業を売却するM&Aが、この問題を解決する手段として注目されている。この記事では、会社売却における価格査定の方法や注意点について紹介する。

売却価格を決める3つの算定方法

会社売却を検討する際、最も気になるのが「自社がいくらで売れるのか」だろう。売却価格の査定方法はいくつかあり、その選択によって価格は変わる。ここでは、時価純資産法(のれん代付き)、類似会社比較法(マルチプル)、DCF(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー)法について解説する。

時価純資産法(のれん代付き)

時価純資産法とは、貸借対照表に記載される純資産を時価に換算して売却価格を計算する方法だ。この際、会社のブランド、ノウハウ、従業員の能力などの無形価値を表す「のれん代」を上乗せすることで、売却価格を引き上げることができる。時価純資産法や簿価純資産法などのコストアプローチは、査定者の主観が介在しにくい計算方法なので、査定価格が近似する傾向がある。

中小企業庁が示す計算例を紹介しておこう。なお、わかりやすくするため簡略化してある。

・貸借対照表の情報
資産:600
負債:400
純資産:200

・貸借対照表に計上されていない情報
土地の含み損:マイナス30
保険の解約返戻金:プラス10
退職給付引当金:マイナス20

上記の情報から純資産を時価に換算すると、以下のような計算式になる。

200+{(-30)+10+(-20)}=160

「160」が、時価純資産法で計算した純資産の値となる。

・のれん代の情報
売上高:500
経常利益:30

上記の情報から経常利益の2年分をのれん代とすると、以下のような計算式になる。

30×2=60

時価換算した純資産「160」とのれん代「60」を合計した数字が、のれん代付きの時価純資産法で計算した企業価値となる。

160+60=220

この計算結果は、あくまでも一例だ。貸借対照表に記載されない項目やのれん代の見積もり方によって、価格が変動することがあるので注意してほしい。

類似会社比較法(マルチプル)

類似会社比較法(マルチプル)は、類似する上場会社の株価指標を参照して企業価値を計算する方法だ。「マルチプル」は、株価指標を指す。類似企業の選定方法は、以下のとおりだ。

・ステップ1
売り手と類似する企業を、上場企業や過去の買収企業データから選定する。

・ステップ2
ステップ1で選定した類似企業の企業価値が、売上高や当期利益などの指標に対して何倍になっているかを計算して、平均倍率を求める。これが、価格計算の指標である「マルチプル」だ。

・ステップ3
売り手の特定指標に、ステップ2のマルチプルを乗じる。

これによって企業価値が算定される。ただしマルチプルには複数の種類があるため、売り手の特性に応じて適切な指標を選択しなれければならない。指標には、株価収益率や株価純資産倍率、株価売上高倍率などがある。

DCF(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー)法

DCF法は、会社買収後に想定される収益を「割引率」を用いて割り引くことで企業価値を計算する方法だ。将来のキャッシュ・フローに着目するため、事業特性が反映されやすいという特徴がある。

インターネット上では、M&Aの現場で最もよく使用される査定方法として紹介されているが、必ずしもそうではない。特に、M&Aを速やかに進める場合、DCF法による価格査定は複雑であり時間的コストがかかるため、あえて避ける業者も多い。具体的なプロセスは、以下のとおりだ。

・ステップ1
売り手のターゲット市場の成長性、競合他社の動向を分析する。

・ステップ2
売り手の事業モデルを把握した上で、競合他社に対する優位性を分析する。売り手が今後市場で生き残ることができるかどうかを、市場動向から判断するのだ。

・ステップ3
財務調査からバリュー・ドライバーを把握する。バリュー・ドライバーとは、企業価値を高める要素のことだ。買い手が経営権を取得した後の収益を予想するためには、事業の潜在的可能性を含めたバリュー・ドライバーを掌握する必要がある。

・ステップ4
将来のキャッシュ・フローの予想モデルを作成する。買収後5年間を目安に収益を計算する。これによって、買い手はM&Aによって得られるキャッシュ・フローを判断する。

・ステップ5
割引率を決定する。割引率とは将来価値を現在価値に換算する際の割合のことだ。少々複雑なので、現在価値と将来価値の違いについて簡単に説明しておこう。

もしあなたが500万円をもらえるとしたら、今と5年後のどちらを選ぶだろうか。金融理論上合理的なのは、今を選ぶことだ。たとえば、今500万円を手にして年5%で運用すれば、1年後には525万円になっている。5年後はもっと増えているだろう。もらう時期によって金額が変わらないのであれば、5年後にもらうよりも今もらったほうが得なのだ。

この理屈を企業価値に反映させるために、割引率を設定する。

・ステップ6
ステップ4で算出した将来のキャッシュ・フローの合計を、ステップ5で設定した割引率を用いて割り引く。

こうして、DCF法による企業価値が算出される。DCF法は複雑なので、買い手と売り手が企業価値の算出根拠を精査することが難しく、時間的コストもかかる。

会社売却で注意すべき3つのポイント

次に、会社売却で注意すべきポイントを確認しておこう。

【注意1】情報漏洩を防止する

企業価値を評価する際、売り手は仲介会社・アドバイザリー会社に内部情報を共有する必要がある。その中には機密情報も含まれるため、情報が漏洩しないように細心の注意を払わなければならない。特に、第三者に損害を与える可能性がある情報については、秘密保持契約を交わすことを徹底すべきだ。

また売り手は、M&Aの方針が確定するまで安易に他人に知らせるべきではない。会社売却は経営戦略の1つとして認知されつつあるが、ネガティブに捉える消費者や取引先も少なくないだろう。「会社売却=経営が厳しい」という噂が市場に流れると、事業に支障をきたすおそれがある。

【注意2】仲介業者の候補は最初から絞らない

M&Aでは、財務や税務、法務、人事、事業などの分野をそれぞれ評価する必要がある。また売り手は最適な買い手を選定するために、異業種も含む広範囲のネットワークを持つ必要がある。大企業ならまだしも、中小企業にとってはハードルが高いだろう。

このことから、仲介会社・アドバイザリー会社にM&Aを委託するという発想が生まれる。ただし、複数の業者と協議した上で最終的に1社に絞ることをおすすめする。自社の意向を反映できる業者を選定しなければ、納得のいく会社売却は実現しない。仲介業とのミスマッチによって、不要な支出が発生するといった失敗事例は少なくない。

【注意3】事業領域が制限される

売り手がM&Aで会社を売却した後、同じ事業領域でビジネスを始めれば買い手の競合になる。それは買い手の利益を損ねることになるため、M&Aが終了してから数年間は当該事業への参入が制限されることがある。いわゆる「競業避止義務」だ。

競業避止義務は、M&Aの最終契約で設定されるのが一般的だ。期間は、10~20年が多い。M&Aを利用して、ゼロベースで経営者として再出発したいと考えているなら、「競業避止義務」に留意しておく必要があるだろう。

会社売却で成功するためには?

会社売却で成功するためには、自社の企業価値を適切に評価できる仲介会社・アドバイザリー会社との契約が不可欠だ。仲介業者の担当者の中には、「契約さえ結んでしまえば、後はこっちのものだ」と考えている人も少なくない。営業マンの口車に乗せられて不適切な判断を下せば、思わぬ損失を被ることになる。

仲介業者に何もかも任せるのではなく、売却価格の根拠や提案内容の妥当性を確認することが重要だ。そのためには、売却価格を決定するルールについて最低限の知識は持っておかなければならない。

M&Aの件数は年々増え続けているが、成功事例は多いとは言えない。グローバル経済で取り残されつつある日本が再び活性化するためにも、売り手と買い手がM&Aのリテラシーを向上させて、優良な企業が生き残る文化を醸成することが求められている。

文・THE OWNER編集部