矢野経済研究所
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東京電力福島第一原発 “処理水” 放出への中国側の対応はあらためてこの国の異質さを浮き彫りにした。背景には米中分断以後の日本の立ち位置への不満と足元の経済成長に陰りが見えてきたことへの苛立ちがあるのだろう。同様の対外姿勢は他国にも向けられる。8月28日、中国は領有権を巡って対立する地域、海域のすべてを “中国領” と記した地図を発表する。当然ながら当事国は一斉に反発する。ASEAN首脳会議を直前に控えたタイミングであえて新たな火種を作り出す戦術は文字通り “戦狼外交” だ。

こうした中国の対外姿勢は相手国の国民感情を硬化させるに十分だ。処理水に関する議論や表立った懸念の表明はすっかり封印されてしまった感がある。多核種除去設備(ALPS)は、溶融核燃料(デブリ)によって発生する高濃度汚染水に含まれるトリチウム以外の放射性物質を規制基準以下に除去する。そのうえでトリチウムを含む処理水を海水で希釈し放出する。これが処理水の海洋放出である。つまり、規制基準以下の微量値とはいえトリチウム以外の放射性物質も残存する。ここが懸念の要諦である。

現時点で基準を満たす処理水は全体の3割、残りの7割は再処理が必要だ。新たに発生する汚染水は1日あたり約90トン、雨水や地下水の流入は止まっていない。放出期間は30年、その間、設備や運用上の品質は担保されるのか。30年を越えることはないのか。残存物質の放出総量はどのくらいになるのか。ストロンチウム90の半減期は28.8年、セシウム137は30.2年、炭素14は5700年、、、生体濃縮の心配はないのか。大気放出やモルタル固化など代替案に再検討の余地はないのか。問題の本質はコストではないし、ましてや外交問題ではない。風評被害を防ぎ、漁業者に理解いただき、環境を守るためにも予断を排した議論と誠意ある行動をもって不安の解消に努めていただきたい。

そもそも廃炉における最大の問題は技術的な困難さに加えて、最終的な解決までに途方もない時間を要することにある。震災から既に、いや、まだ12年半、東京電力は今も原子力事業者としての「適格性」を原子力規制委員会から問われている。同社は「緊張感をもって対応する」と約束するが、安全に対して組織的な弛緩はないか。表明した緊張感を次世代、次々世代、その先の世代につなぐ覚悟はあるか。福島は「安全神話」の犠牲となった。今、海洋放出を新たな “神話” にしてはならない。より確実な技術、より信頼できる選択肢があれば躊躇なく決断し、未来への安心を担保していただきたい。我々世代は廃炉の顛末を見届けることは出来ないのだから。

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今週の“ひらめき”視点 9.3 – 9.7
代表取締役社長 水越 孝