この記事は2022年10月27日に「テレ東プラス」で公開された「稀代のヒットメーカー~鉄道から街へ広がる「感動体験」:読んで分かる『カンブリア宮殿』」を一部編集し、転載したものです。
豪華寝台列車「ななつ星」~イラスト・図面は1万枚
横浜市にある「水信フルーツパーラー」。シャインマスカットがたっぷり入った贅沢なパフェや、柿やイチジクなど10種類のフルーツを使ったパフェなど、季節に合わせた厳選フルーツを使ったスイーツが味わえる。それもそのはず。運営するのは、創業100年を超える老舗果物店。
しかし、客のお目当ては絶品スイーツだけではない。店の内装は美しい細工が施され、天井にはステンドグラスが。床に目をやれば一枚一枚違った模様が並ぶ。客はこの空間も楽しみに訪れている。こんな凝った店舗をデザインしたデザイナーの名は、客の間でも知られていた。
▽床に目をやれば1枚1枚違った模様が並ぶ
そのデザイナーが長崎駅に来ていた。自分が手がけた列車のデビューイベントだという。鉄道ファンが一緒に写真を撮りたがっていたのは、鉄道デザインの第一人者でドーンデザイン研究所の水戸岡鋭治(75)だ。
▽鉄道デザインの第一人者でドーンデザイン研究所の水戸岡鋭治さん
「期待値を超えているもの、見たことがないもの、知らないものが出てくれば、みんなが喜ぶ」(水戸岡)
水戸岡の代表作が「ななつ星in九州」。アメリカの旅行誌「コンデナスト・トラベラー」で2年連続世界1位に選ばれた豪華寝台列車だ。九州7県を周遊する鉄道旅。予約は常に高倍率となる。
その車内はクラシックな美を追求。老舗高級ホテルのような風格が漂う。列車の後ろには大きな窓を配置。中からは九州の絶景を一望でき、まるで「動く絵画」だ。組子細工をはじめ、伝統工芸の数々も採用されている。
「照明器具一つからオリジナルでデザインして、どこにもないものをつくる。既製品を買えば世界中にいいものはあるが、それをしない」(水戸岡)
内装だけでなく家具や調度品まで水戸岡がデザイン。「世界にここだけのもの」ばかりなのだ。10種類以上ある照明の1つ1つから障子やカーテンに至るまで、全てに水戸岡の血が通っている。そのために描かれたイラストや図面は「ななつ星」だけで1万枚近くになると言う。
工夫も施した。例えば椅子は、通路側の肘掛けが短い。狭い車内で出入りしやすいようにと考えた。ネジの穴はプラスやマイナスではつまらない。「ななつ星」だからと星型に。わざわざ専用のドライバーまで作った。
▽「ななつ星」専用のドライバー
「豊かな空間とは何か?」。水戸岡の答えがここにある。
拠点のドーンデザイン研究所は東京・板橋区にある。「思いついた時にすぐ描いちゃう、どこでも」と、水戸岡が描いていた紙にはキティちゃんのイラストが。「銀行でくれるメモ帳が一番描きやすい」と言いながら、アイデアをすごい速さで絵にしていく。
▽アイデアをすごい速さで絵にしていく水戸岡さん
「A案、B案、C案、D案と描いていって、そのままプレゼンできちゃう」(水戸岡)
事務所に保管してあった貴重な「ななつ星」のデザイン画を見せてくれた。最初に描いたのは、ガラス張りの近未来的なデザインだった。それをクラシックな様式に変更。描いては考え直し、現在のようになったのだ。
「どこにもないオンリーワンの空間。最初に見た人たちが『これはいいね』と言ってくれる。その一言のために日々、頑張っていくんです」(水戸岡)
子どもも大人も笑顔になる~ヒット連発の極意
2022年9月23日、水戸岡の最新作「ふたつ星4047」がデビューした。シンボルマークはふたつの星だ。乗客の小さな子供がテーブルの下の床に何かを見つけた。シンボルマークの星が、隠れるようにあったのだ。子どもの目線でしか気づかないところに仕掛けた、水戸岡からのプレゼントだ。
▽9月23日、水戸岡さんの最新作「ふたつ星4047」がデビュー
沿線の駅で大歓迎を受けながら進んでいくと、いよいよ「ふたつ星」1番の見どころがやってくる。客が一斉に写真を撮り出した。車窓に広がったのは大村湾の絶景。「ふたつ星」が走るのは佐賀県と長崎県の海沿い。有明海や大村湾の眺めを楽しめるのだ。
片道3時間程の旅は、武雄温泉駅~長崎駅が4,180円。長崎駅~武雄温泉駅が4,500円。リーズナブルに贅沢な気分が味わえる。
「ふたつ星」でしか食べられない、佐賀牛の入ったオリジナル弁当にも乗客は大満足だ。さらに停車駅には、その町ならではの“お楽しみ”が待っている。佐賀・肥前浜駅に並んでいたのは地元の銘酒。古くから酒造りの盛んな土地で、飲み比べを用意していた。普通の鉄道旅とは一味も二味も違った旅が水戸岡の列車から生まれていく。
「人ってほとんど思い出で生きるんです。『感動体験』という思い出が最も大事で、最後に出来上がったものは多くの人の『感動体験』を生むものでなければいけない」(水戸岡)
2022年9月23日に運行を始めた西九州新幹線「かもめ」も水戸岡のデザイン。顔にはかわいい鼻がついている。
水戸岡の列車はどれも独創的だ。浦島太郎伝説の土地を走る「指宿のたまて箱」(鹿児島中央駅~指宿駅)。髪の色が黒から真っ白になるのを車両で表現した。「ゆふいんの森」(博多駅~由布院駅・別府駅)は森の中を走っていくのだが、車内も椅子や天井を緑にして、森に迷い込んだ気分に。たちまち人気列車となった。
かつてはひなびた湯治場だった由布院が大勢の観光客で賑わうようになったのも、観光列車の力が大きかったのだ。
水戸岡のデザインに惚れ込み依頼してきたJR九州4代目社長の唐池恒二さん(現・取締役相談役)は水戸岡をこう評した。
「水戸岡さんは妥協しないんです。コンビで列車を10本以上つくりましたが、斬新なデザインは実は飽きられるんです。水戸岡さんのは斬新なデザインながら飽きがこないという、稀なデザイン。できるようでなかなかできないですね」
水戸岡は駅もデザインしている。大分駅は大きな門をくぐるイメージ。入ってみると汽笛が響き、ミニトレイン「ぶんぶん号」が走っている。駅のイメージを変え、子どもたちが楽しめる場所にしようと考えた。以前はどこにでもあるようなローカル駅が大変身。屋上には緑がいっぱいの公園も。小さな子どもたちが大喜びだ
駅の隣の「JR九州ホテル ブラッサム大分」もデザイン。こちらは年配の客を満足させる高級感にこだわった。ビジネスホテルとは思えないゆったりした造り。しかも一室一室、デザインを変えた。最上階には温泉があり、地元の人たちも楽しみにやってくる。
「僕はいつも6歳以下の子どもと定年退職した65歳以上の人を対象にデザインしている。この2つが納得するものができると、放っておいても真ん中の人は納得するんです」(水戸岡)
特別公開「走る茶室」~豪華寝台列車が大進化
水戸岡の代表作「ななつ星」が大規模なリニューアルを行っていた。中には箱のように仕切られた空間が。ここに新たな目玉をつくる。それが茶室だ。
▽「ななつ星」の大規模なリニューアル「茶室」
今回のリニューアルでは乗車定員が30名から20名に減らされる。逆に料金は、3泊4日(2名1室利用時、1人あたり)で、83万円~(2022年春コース)だったのが、125万円~(霧島コース)に引き上げられる。そこで水戸岡は、乗客の満足度をこれまで以上に高めるミッションを託されたのだ。
「本当にこの茶室に商品価値があるのか。『どこにもないもの』でなくてはいけない」(水戸岡)
リニューアルを終えた「ななつ星」の試運転に同行した。気になる茶室は畳敷きだが、正座が苦手な人を考慮し、テーブルスタイルになった。接客にあたるクルーが訓練中。乗客は「走る茶室」で本格的な茶道を体験できる。
お土産が買えるギャラリーショップも新たに誕生。全国から集めた銘品の数々や、「ななつ星」でしか買えないオリジナル商品を展示販売する。さらに本格的なバーラウンジも新設。より豪華に、より贅沢になった「ななつ星」は2022年10月15日、運行開始となる。
「日本の鉄道はダサい」~常識破りのデザイナー
水戸岡が鉄道をデザインする際、真っ先に描くものがあると言う。
「まず椅子を最初にデザインします。椅子は唯一自分が占有できる、リラックスする場所です」(水戸岡)
椅子にこだわるのは、その生い立ちに理由があった。1947年、岡山県生まれ。実家は家具製作所で、職人たちが椅子を作るのを見て育った。
小学校ではボーッとしていることが多く、鋭治という名前をもじって「鈍治(ドンジ)」というあだ名をつけられた。絵を描くのだけは得意で、岡山工業高校の工業デザイン科に進学した。
1971年、24歳の時にデザインの修行で1年半に渡ってイタリアへ。その間、鉄道の周遊パスを使いヨーロッパ中の列車を乗って回った。この体験が今の仕事の原点になる。
帰国すると25歳にして個人事務所を設立。ドーンデザイン研究所と名付けた。
「『どんちゃん』というあだ名が小学校、中学校、高校とずっとついていた。全然腹が立たなくて気に入ったので、そのまま会社の名前にしました」(水戸岡)
入ってくる仕事はデザインではなく、不動産広告などのイラストばかり。なんとか食いつなぐ日々だった。
そんな中、39歳の時に転機が訪れる。きっかけは九州・福岡にできるリゾートホテルのポスターの依頼。半島のホテルを空から眺め、原色を使って海の中にあることを表現したところ、これが大好評を得た。するとホテル側が内装や従業員のユニフォームなどのデザインも任せてくれた。
招待されたホテルのオープニングセレモニーで運命的な出会いが。隣に座ったのがJR九州・初代社長の石井幸孝さんだった。「日本の列車をどう思う?」と聞かれた水戸岡は、JRの社長だとは知らず、「すごくダサくて、カッコ悪いと思います」と言い放った。ヨーロッパでの体験が言わせた言葉だった。
「贅沢だけどミラノからスイス、フランスと、いい電車なんです、個室になっていて。それを味わったから、日本の電車はダサくて狭くて色も形も悪いと思った」(水戸岡)
すると石井さんは「面白い。うちの鉄道デザインをやってくれないか」。1987年にJR九州は国鉄から分割民営化したばかり。赤字路線が多く、先行きが不安視されていた。石井さんは突破口を探していた。
「鉄道の仕事はしたことがないので『全然分からない』と石井さんに言ったんだけど、『分からないほうがいい』と。『一般的なタブーを超えた、ないものをつくってほしい』と言われた」(水戸岡)
鉄道デザインは初めての水戸岡は、常識破りのアイデアを次々と提案していく。最初に手がけたのは、リゾート列車のリニューアル。真っ白なボディに青いラインの入った列車を提案した。ところが技術者たちの猛反対に遭う。白い車両は汚れが目立ち、掃除も大変と鉄道業界ではタブーだったのだ。水戸岡は「斬新な列車でなければ客は呼び込めない」と、白で押し切った。
1988年、異例の白い列車「アクアエクスプレス」がデビューすると、海沿いの景色に映え大評判となった。現場も白が際立つよう懸命に磨き、人気列車となったのだ。
1992年には特急「つばめ」をデザイン。この列車で初めて外観から内装、販売グッズまで総合的に任された。床や装飾には「燃えるからダメ」とされてきた木材を使用。燃えない加工を施し、車内に味わいを与えた。
水戸岡の仕事は技術者たちにも次第に理解され、信頼を勝ち取っていったのだ。
希代のヒットメーカー~街へ広がる感動体験
この日、水戸岡の事務所に来客があった。長野県を走る「しなの鉄道」の人たちだ。
「『しなの鉄道』は通勤通学の“生活の足”に特化した路線だったのですが、人口が減っていく中で、全国からお客様を呼べるような観光列車を入れたいと」(土屋智則社長)
しなの鉄道はそのため水戸岡にデザインを依頼。8年前に生まれたのが、真田一族の家紋、「六文銭」をモチーフにした観光列車「ろくもん」だ。
▽真田一族の家紋「六文銭」をモチーフにした観光列車「ろくもん」
車内には子どもが遊べる木のボールが入ったプールや、大人たちが食事をゆっくり楽しめる仕切られた座席を用意。水戸岡のアイデアは客を呼び、業績も好調だった。
しかし、コロナ禍で赤字に転落。社長自らアドバイスを求めてやってきたのだ。
「『ろくもん』の中に特別空間、値段の違う空間をつくればいいと思う」(水戸岡)
水戸岡は全国の鉄道会社から頼りにされる存在なのだ。
今では大都市からの依頼も。東京・池袋の駅前に停まっていた真っ赤なバスも水戸岡のデザイン。乗り込むと床や座席の柄が水戸岡ワールドになっていた。池袋の新たなシンボルとして2019年に導入された電気バス「IKEBUS」だ。
「是非、水戸岡さんに」と指名してきた高野之夫区長はこう語る。
「池袋の“ダサい、暗い、怖い”というイメージをなんとか払拭したい。バスの効果は素晴らしいものがあると思います」
バスに続いて「としまキッズパーク」という公園もデザインした。遠くから親子が遊びに来るほどの大人気だ。
デザインの力で「感動体験」を。水戸岡の仕事は鉄道から街づくりにまで広がっている。
▽「としまキッズパーク」デザインの力で「感動体験」を
~村上龍の編集後記~
水戸岡さんは、自分の作品を「商品」と呼ぶ。出世作となった1992年の787系つばめでは、基本コンセプトから外観、内装、システムまでを総合的にデザインした。
「建築空間を作る感覚で、町並や住宅、ホテルを車内に持ちこむこと」それはどう考えても作品だが、なぜ商品なのか。
「作品」には客の反応や、反映がない。客に喜んでもらわなくてはデザインする意味がない、水戸岡さんはそう考えているのだ。6歳児、65歳が喜べば、すべての人が喜ぶらしい。正しい気がする。
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<出演者略歴>
水戸岡鋭治(みとおか・えいじ)
1947年、岡山県生まれ。1965年、岡山工業高校デザイン科卒業後、サンデザイン入社。1972年、ドーンデザイン研究所設立。1988年、初めて列車のデザインを手がける。2013年、「ななつ星in九州」運行開始。
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