この記事は2022年7月21日に「テレ東プラス」で公開された「斜陽産業でも大躍進!~知られざるキタムラ復活劇『カンブリア宮殿』」を一部編集し、転載したものです。
熱烈ファンが急増中!~客絶賛の「やりすぎ接客術」
会員数1万2000人以上という日本最大級の写真サークル「カメラガールズ」。この日は東京・江東区の亀戸天神で光にこだわる撮影会を行っていた。彼女たちが使っているのは本格的な一眼レフのカメラばかり。中には「これは二眼レフで60年前のもの。これまでレンズを含めて30台、500万円くらい使いました」という女性もいた。
こんなカメラ女子たちが「間違いないです」と勧めるカメラ屋が、赤い看板でおなじみの「カメラのキタムラ」。全国に600店舗以上を展開する業界最大手のカメラ専門店だ。
埼玉・坂戸市の坂戸店。店内には超高速で動く物も撮れる連射機能搭載の「パナソニック ルミックスG9」(20万8010円)やアナログテイストの写真が撮れる「富士フイルム X-S10」(14万8500円)、若者に人気のインスタントカメラ、小型カメラ、ドローンカメラなど、この店だけで120種類以上を取り揃えている。
しかし、客を引き付けるのは品揃えだけではない。
人気の秘密1「親切が先」の接客
入社17年目の木下佳樹が対応していたのは初めてカメラを買うという男性客。まず木下が聞いたのは「動画を撮るかどうか」。撮りたいものを聞くと、次は予算を確認。「本格的なものを」と、40万円ぐらいを予定しているという。すると木下が選んだのは「キヤノン イオスRP」(14万6520円)だった。
「だいたい初心者用のカメラを使っている方は、最終的に大型センサーのカメラに買い替えることが多い。だったら最初から大型センサーのカメラにしたほうがいいと思うし、中級者向けの性能を備えているので、当分使い続けられます」(木下)
▽初めてカメラを買うという男性客
勧めたのは中級者向けの3年前の型落機種。安い上に、最新の初心者向け機種より高画質の写真が撮れると言う。木下はその後もこの客と話し込み、2時間以上も接客。結局、客はこの日は買わずに帰ったが、木下は「気に入って買っていただくのが一番ですから」。
こんな店の儲けより客を優先する「親切が先」の姿勢がファンを増やしている。
人気の秘密2「泣く子も笑う」写真館。
キタムラの事業の中で急成長しているのが「スタジオマリオ」。全国に360店舗を展開している。七五三や入学祝いなどの記念撮影を行ういわば街の写真館だ。
個人店の写真館は減っているのに、どうしてここは客が殺到しているのか。その答えは店舗のスタッフにあった。千葉・流山市のおおたかの森SC店。撮影料金は一律3300円。衣装や小物などを400点以上揃えていて、どれだけ着替えてもOKだ。
▽キタムラの事業の中で急成長しているのが「スタジオマリオ」
スタジオで撮影が始まると、店長の松原美幸が子ども大きな声で子どもに話しかけ続ける。全力で子どもを笑顔にする。親も「笑わせる技術がプロですよね」と感心する。泣いている子にはおもちゃを使って一瞬で泣き止ませた。
▽「笑わせる技術がプロですよね」全力で子どもを笑顔に
我が子のかわいい笑顔を引き出してもらえば親もご機嫌に。アルバム1万1990円~、3面台紙3万4500円。あれもこれもと、つい財布の紐を緩めてしまうのだ。
新サービスに絶賛の嵐~「斜陽産業でも復活」の秘密
キタムラは家電量販店では、あまり見かけない中古カメラも充実している。例えばフィルムカメラはメーカーが製造をやめ、今は中古品しかないが、キタムラには置いてある。そんな中古品を生まれ変わらせる秘密の工房、千葉・習志野市の「ユー・シー・エス」にカメラが潜入した。
この日、吉成昭裕が修理に当たったのは、発売が45年前という年代物のカメラ。明るさを調節する機能が壊れていて、メーカーでも直せないと言われたそうだ。修理用の部品はもうメーカーにもない。でもこの工房では代替部品を独自に調達し、職人が取り替えてくれるのだ。
「交換部品がないカメラなので、状態等も見ていきながら修理します」(吉成)
キタムラ・ホールディングス社長・武田宣(61)は、以前はツタヤなどを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブの副社長だった。
カメラは門外漢だが、出荷台数が2008年の10分の1まで落ち込む逆風の業界に乗り込み、倒産寸前だったキタムラを5年で復活させた。
「もともとキタムラには潜在的なポテンシャルがいっぱいあった。それを生かすのが一番大きなテーマです」(武田)
例えばもともと持っていたポテンシャル、プリント技術を駆使して、新たなサービスを始めた。その一つが。届いた年賀状を持ち込むだけで宛名や絵柄を印刷してくれるサービス。また、幼稚園や小学校では持ち物一つ一つに名前をつけなければいけないがその手間を減らしてくれる名前シールのサービスも開始した。
▽名前シールのサービスも開始
さらに、武田肝いりで始めたのが「思い出サービス」だ。伊藤寿枝さんが持ち込んで来たのはVHSのビデオテープ。「母が去年亡くなったのですが、母の映像が私たちの結婚式しかないので」と言う。
キタムラではこうしたVHSや8ミリのビデオテープをDVDに焼いてくれるのだ。カビの生えたテープも、わざわざ専用のクリーニングマシーンを開発。テープを不織布の間に通すとカビを絡め取った。状態の悪いテープでも可能な限り対応してくれるのだ。
結婚式のビデオを持ち込んだ伊藤さんが、注文から一カ月後、ダビングの終わったDVDを受け取りに来た。そこには、亡くなった母、かよこさんの姿が映っていた。大切な思い出が形になった。
こうしたサービスを次々に導入。売り上げを追うのではなく、利益を伸ばす戦略で、去年は過去最高益を達成した。
「写真のない社会は想像できない。今後を考えたらカメラや写真はまだまだ成長産業だと思っています」(武田)
リストラなしで存続させる~倒産危機からの復活劇
名だたるカメラの販売店が集まる激戦区・新宿。カメラ好きには聖地とも言えるこの街に、武田は2年前、特別なカメラ店を作った。それが「北村写真機店」だ。
▽激戦区・新宿に特別なカメラ店「北村写真機店」
通りから見える1階には若者をターゲットにした手頃なカメラがズラリ。「チェキ」の最新モデル「instax mini Evo」(2万5800円)は液晶モニター付きで、撮れた映像を確認してからいるものだけをプリントできる。しかもスマホにこの映像データを送ることもできるのだ。
この店は武田が蔦屋書店で培った店舗設計のノウハウを使い、他のキタムラとは違ったセンスで売り場を作り上げた。
「我々キタムラが『カメラと写真を本気でやる』という象徴の店だと思います」(武田)
その本気度は並んでいる商品に現れている。例えば天体望遠鏡のような巨大なレンズ「キヤノンEF600mmF4L」(142万2100円)。中古品だが、フォーカススピードが速く、スポーツ撮影などにもってこいだ。
▽天体望遠鏡のような巨大なレンズ「キヤノンEF600mmF4L」
店舗には秘密の展示室も。例えば「ライカM3ブラックペイント」の値段は3080万円。「もともと数が3000台ぐらいしか世に出ておらず、世界的にもライカの『ブラックペイント』は希少価値が高まっているので」という。こうした貴重なものも含めて1万点を展示販売。品揃え日本一の店を作ったのだ。
▽「ライカM3ブラックペイント」貴重なものも含めて1万点を展示販売
キタムラの創業は1934年。最初は高知県の街の一軒のカメラ屋さんだった。1970年代になるとロードサイドに大型店を続々と出店。全国1000店舗を超える巨大チェーンに成長していく。
破竹の勢いだったが、2000年代に入ると大きな転機が訪れる。写真は携帯やスマホで撮るのが当たり前になり、キタムラの大きな収入源だったフィルムの現像は激減する。
キタムラを躍進させた2代目社長の北村正志は当時の状況を「2000年以降、不安じゃない時はなかったです。写真プリント業界は市場規模が5分の1ぐらいになった」と、振り返る。
キタムラはスマホの販売に参入しなんとか凌いでいたのだが、追い打ちをかけるように2016年、総務省がスマホを極端に安く売る「実質ゼロ円販売」を禁止。この結果、キタムラには収益の柱となる事業がなくなり、創業以来、初めて赤字に転落。129店舗を閉店するという窮地に追い込まれた。
その時、救いを求めたのが、以前、キタムラの社外取締役を務めていたカルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭社長だった。
「会社の存続と従業員の雇用継続。それを条件にお願いしました」(北村)
当時、北村が増田に宛てて書いた手紙を増田が見せてくれた。そこには「原因は我にあり、変化に対応できていない」と自らの非を認めた上で、じくじたる思いが綴られていた。
「で、最後に『よろしく、よろしくお願い申し上げます』と。年下の僕にこんなことを書かれる気持ちが伝わりました。断る理由は見つからなかったので、やるしかないと」(増田)
そこで増田は、会社の副社長で自らの右腕でもあった武田を送り込んだのだ。
効率化&ネット戦略~笑顔をつくる写真ビジネス
「雇用を守りながら企業を存続させるのは相当な覚悟がいる、というのが正直な気持ちでした」(武田)
武田はまず事業を一から見直した。そして打ち出した戦略の一つが複合店の推進。今までは別々だったカメラの販売店とスタジオを一緒にした店舗を作り、協力し合うことで人手の効率化をはかった。
例えば東京・世田谷区の二子玉川店。「スタジオマリオ」の店長だった塚本千晴は、客の少ない平日は、カメラ売り場で商品を補充。一方、販売店の店長だった乗本誠二は、スタジオが忙しくなる週末になるとカウンターに入り、受付業務をサポートする。こうしてお互いの仕事をフォローし、人手を有効に使う仕組みを作り上げた。
「撮影している時にカウンターにお客様がいらっしゃっても、キタムラのスタッフが対応してくれるので、安心して撮影することができます」(塚本)
そこで余ったマンパワーを、武田は中古カメラの買い取り事業につぎ込んだ。専門的な知識を持つ販売店のスタッフを配置し、全国の店舗で家庭に眠っていたカメラを買い取る仕組みを作ったのだ。買い取った中古カメラはネットで販売。ただしここにも、キタムラならではの客が喜ぶやり方があった。
「北村写真機店」の男性客は、キタムラのサイトに載っていた愛知と福岡の店舗にあった古いレンズを取り寄せてもらい、見に来ていた。キタムラでは地方の中古品を取り寄せ、店員と相談しながら直に触って選ぶことができるようにした。気に入らなければ、もちろん買わなくてもいい。
これが全国600軒の実店舗を生かしたキタムラのネット戦略だ。
「北村写真機店」で今年4月、新しいサービスが始まった。
この日は高校時代の同級生だという女性7人組が来店した。始まったのは写真撮影。でもスマホの自撮りとは訳が違う。照明はプロ仕様。そしてカメラは一眼レフの高級機。リモコンを使い、自分たちだけで写真を撮っていくセルフ写真館「ピック・ミー」だ。15分間、撮り放題で料金は3800円~。QRコードを読み取れば写真データがもらえる。
▽高校時代の同級生だという女性7人組
そして最後には驚きのサプライズサービスも。撮影した写真で、独自のプログラムを使った30秒のオリジナル動画が作ってもらえるのだ。しかも別料金はかからない。
~村上龍の編集後記~
武田さんはライカを買ったらしい。キタムラは、リユース、スタジオ、思い出サービスの3つに事業をシフトした。ライカへの敬意はずっとあったようだ。日本のカメラは同じ形に見えるが、ライカは違う。
キタムラも、「気軽に入れて何も買わなくても出られる店」を、CCC主導でも守ってきた。「ライカ、どうですか?」と言うと「いやあ、それだけじゃないんですけどね」武田さんは笑顔になった。カメラの真髄を理解していると思った。
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<出演者略歴>
武田宣(たけだ・のぶる)
1961年、大阪府生まれ。1984年、関西学院大学卒業後、近畿大阪銀行入行。2014年、カルチュア・コンビニエンス・クラブ副社長就任。2017年、カメラのキタムラ会長就任。2019年、キタムラ・ホールディングス社長就任。
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