アレックス・カッツ(1927-)はニューヨーク・ブルックリン生まれ、2022年7月に95歳を迎える現役アーティスト。絵画や版画を中心に、カットアウト彫刻と呼ばれる半立体作品や大規模なパブリックアートでも知られる。
抽象画の全盛期に具象を貫き、シンプルながら大胆にトリミングされた絵画を発表してきたカッツ。そのスタイリッシュな作品観に世界中の多くの人々が魅了されている。世界各国の主要美術館にコレクションされ、アカデミックな称賛を受けてきたカッツは、近年はマーケットでの人気も高まりを見せている。
この記事では、カッツの人物像や作風をまとめて紹介する。これからさらに注目すべきカッツの魅力を、ぜひ再認識してほしい。
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年表
人物
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子供時代から親しんだ芸術
カッツ両親はロシア生まれで、別々にニューヨークに移住したのち結婚し、アレックスとバーナードという2人の息子をもうけた。ユダヤ劇場のスター女優だった母親は6ヶ国語を操り芸術に造詣が深く、4歳のカッツにエドガー・アラン・ポーを暗唱させたという。おかげでカッツは幼少期より小説や詩、百科事典を読み込んでいた。
「私はやりたいことを何でもやった。それが間違っていたら、両親は“同じ過ちを繰り返さないように”と言い、私を罰したりはしなかった」とカッツは語っている。
小学校2年生の時、市立学校の児童を対象とした絵画コンクールで最優秀賞を受賞。その後、高校で工業デザインを学びながら古典的なデッサン技術を身につけた。バスケットボールや陸上に打ち込み、社交ダンスをたしなむなど、運動にも長けていたという。また、学生ながらズートスーツを7着持っているなど服装にこだわりを見せていた。
最愛のミューズ、妻エイダ
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カッツが描いた身近な人物の中でも、突出して頻繁に作品に登場するのが妻エイダ。エイダの肖像画は200点以上にのぼり、さらに膨大な量のスケッチをしてきた。
エイダはイタリア系移民の娘で、がん臨床研究で知られるスローン・ケタリング研究所の生物学研究者だった。子育てのために辞職してからも、カッツのスタジオの運営や劇場の設立を行うなど、重要な役割を果たしている。
エイダは紛れもなく夫にとってのミューズだ。カッツは妻について「身のこなしが完璧だ。それに唇がふっくらして、鼻が低めで、目がパッチリしていて、典型的なアメリカ美人だよね。ヨーロッパ美女ともいえる」と描写している。
また、パブロ・ピカソのミューズで傑作《泣く女》のモデルとして知られる愛人ドラ・マールと比較し、「瞳はドラのほうがきれいだったかもしれないけど、アーダのほうが首や肩がきれいで、体つきがはるかに美しいんだ」と語っている。
強烈な意欲と競争心
詩人・作家として成長したカッツの息子ヴィンセントは、父親を「強烈な意欲と競争心を持った人」と表現している。「父は他のみんなが何をやっているか見ている。そのうえでトップに立つことを目標としているんだ」
抽象画が幅を利かせる潮流の中で、カッツはアート業界から数々の批判も受けてきた。それでも自分のアートに自信を持ち、ネオ・ダダの先駆者であるロバート・ラウシェンバーグやジャスパー・ジョーンズと対面しても、自分のほうが優れたアーティストだと信じていたという。共感できる画家は絶賛するが、印象派やレンブラントは「嫌い」と明言している。
思ったことをはっきり述べる性格のため、周囲と仲違いすることも珍しくない。舞台セットと衣装を30年にわたりデザインしていた振付師ポール・テイラーとも、舞台装置をめぐって一時決裂。しばらくして無事和解した。
作風
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「〇〇イズム」に属さない独自路線
カッツが画家として世に出始めた1950年代、アート業界を牽引する作品の多くは抽象画だった。ウィレム・デ・クーニングやマーク・ロスコら抽象表現主義がもてはやされていた時代だ。しかしカッツは一貫して具象画家を志している。芸術教育で定評のある私立大学クーパー・ユニオンで、キュビスム、バウハウス・デザイン、抽象表現主義といった典型的なモダニズム教育を受けたカッツだが、一切心を動かされることはなかった。
カッツが目指しているのは、「目の前にあるものを描く」という一見シンプルなこと。しかし自分のスタイルに辿り着くまで10年程かかった。
額縁店でバイトをしながら試行錯誤していた頃、ジャクソン・ポロックのような決まった形のないスタイルを望みながらも答えが見つからず、「1000枚の絵をぶち壊して暖炉に放り込んだ」という。自信を失いかけていた1957年、妻となるエイダに出会い、ポートレートを描き始めたことでスランプから脱した。
最も重視する「スタイル」
カッツが絵画において最も重視しているのは「スタイル」。「スタイルのない絵はただの工芸品」とまで言い切っている。「スタイルの上にあぐらをかくのは嫌だ」というデ・クーニングの言葉も、「まったくの戯言」と一蹴した。
カッツは作品の主題を無視し、とにかく描かれているイメージに意識を集中させている。絵の背景にある物語が重要視されていた伝統的な西洋絵画も、カッツにとっては「絵の具を塗ったオブジェ」だという。何が描かれているかではなく、視覚的にどう描かれているかに注目しているのだ。
もちろん、伝統的な絵画に感動しないというわけではない。「マサッチョの絵を初めて見た時、衝撃を受けたよ。グレーや青、赤、肌色が素晴らしくて。それから30年後、ある人が”あれは磔刑の絵だよ”と教えてくれたけど、そんなことには気づかなかったんだ」
自身が描いている時にも、キャンバスに絵の具がうまくのっているかどうか、きれいに見えるかどうか、ということだけを考えているという。具象ではあるが単なる”写実”ではなく、ディテールを省いたりモチーフを大胆に切り取ったりなど、被写体を最も効果的に見せるために構成されているのも特徴だ。
色褪せることない「永遠の“今”」
カッツは制作のスピードが非常に速いと言われている。考えるより先に筆を動かし、フロー状態で制作するのだ。大作に取りかかる前には1週間ほどエネルギーをためておき、楽器でセッションをするように一気に描きあげる。幅1メートルを超えるリトグラフ《Song》は5時間で描いたという。
インスピレーションを受けるものも、その時代や瞬間をとらえようとするメディアが主だ。たとえばテレビ広告、映画におけるクローズアップの手法、浮世絵(特に喜多川歌麿)、ビルボードなどに大きな影響を受けている。
また、おしゃれにこだわる父親の影響もあり、ファッションにも敏感だ。ダンサーの衣装デザインを手掛け、ファッション・モデルをモチーフとして取り入れている。カッツによればファッションこそ「今この瞬間」に直結したもの。「ファッションには常に興味があった。はかないものだからね」
代表作・代表的なシリーズ
「ブラック・ドレス」シリーズ
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《The Black Dress》は、モダンなリトル・ブラック・ドレスを着た女性たちを等身大で描く「ブラック・ドレス」シリーズの原点ともいえる作品。カッツは身近な人物のポートレートを数多く描いてきており、本作は6人とも繰り返し起用した妻エイダがモデル。
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魅力的な女性をシンプルでありながら表情豊かに描きあげた本シリーズは、著名なファッションデザイナーのカルバン・クラインにも絶賛された。全員がリトル・ブラック・ドレスに身を包み同じようなポーズをしているにもかかわらず、それぞれの個性が端的にとらえられている。
ANDARTでは、このうちオーストラリアの女優イヴォンヌ・ストラフスキーをモデルにした1作を取り扱い中。
《Blue Umbrella I》(1972)
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200点以上描かれたエイダの肖像画のひとつ。日常の一コマを切り取ったようでありながら、凛とした眼差しで佇むエイダは、美のアイコンとしての永遠性をも感じさせる。クロード・モネやルネ・マグリットを想起させる「傘」、ロイ・リキテンシュタインの「泣く女」に重なる雨粒など、美術史を凝縮したような遊び心も感じられる一作。2019年、フィリップスオークションで予想をはるかに上回る約4.7億円で落札され、カッツのオークションレコードを更新した。
パブリックアート・プロジェクト
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《Nice Women》は、1977年にニューヨークの中心街タイムズスクエアに描かれたビルボードペインティング。約73メートルのビルボードと高さ約18メートルのタワーを、それぞれ高さ6メートル超もある23人の女性の頭部で構成している。3ヶ月かけて下絵とマケット(雛形)を作成し、カッツ監督のもと壁画に色が塗られていった。現代的なモチーフと設置された立地が相まって、アートの商業的な側面を象徴しているようだ。
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《Nice Women》の後もパブリックアート・プロジェクトに参加してきたカッツ。2022年には、米国テキサス州ウッドランズに巨大な壁画《Flowers, 2022》が登場した。ビルが立ち並ぶ水辺の街を花で包み込むような約109 × 32メートルの大作は、テキサス州屈指の大壁画として話題を呼んでいる。
《TRACY ON THE RAFT AT 7:30》(1982)
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クーパー・ユニオン卒業後、スコウヒガン絵画彫刻学校の夏期講習に参加したカッツ。そこで戸外制作を学んで以来、自然光の中の色彩を大切にしており、描く風景画やポートレートは基本的に色彩豊かだった。しかし、1980年代から対象が闇に沈んでいくような作品を描くようになる。そのうちのひとつである本作は、思春期の少女がひとりでいかだに座る姿がノスタルジックで鑑賞者の心を打つ。
「夜の絵」シリーズ
Courtesy of Alex Katz 画像出典:https://www.tate.org.uk/
戸外制作を重視し、自然光が降り注ぐ風景画を描いてきたカッツだが、 1986年頃から夜の絵のシリーズの制作を始める。新しいタイプの光の表現を追求する中で、1990年代に入ってからは、枝から落ちる光がたびたび描かれるようになった。イギリスのテート・ギャラリーに収蔵されている本作には、幾何学的な建物の窓と、大きくしなった冬の木の枝の間に、こぼれるような光の粒が描かれている。
カットアウト彫刻
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カッツの手法として「カットアウト彫刻」もよく知られている。アルミニウム板や木板を切り抜いてつくられる、平面と立体の境界にあるような肖像だ。
このシリーズは1959年に偶然生まれた。もともと人物の背景を塗りつぶす傾向にあったカッツは、気に入らない背景を消すために人物を切り取り、ベニヤ板に貼り付けてみた。その後、金属にペイントして電動ノコギリで削り出す「絵画彫刻」として発展させていった。
原点として、晩年切り絵に没頭したアンリ・マティスの影響が考えられる。カッツはフランシス・ゴヤ、エドゥアール・マネと並ぶ好きな画家として、アンリ・マティスの名を挙げている。学生時代にマティスの作品を目にした時には、「こんなに上手に絵を描ける人がいるなんて!」と技法に感嘆したという。カットアウトに到達する前の1950年代には、マティスの切り絵に触発されるように小さな切り紙のコラージュに着手していた。
マーケットでの評価は2019年に急上昇
すでに90歳を迎え、アーティストとしてのキャリアも長いカッツだが、常にスターだったわけではない。時代の潮流に抗うようなスタイルから理解が得られないことも多く、過小評価が続いていた。
40代で開催されたニューヨークのホイットニー美術館での回顧展は好評を博し、順調にキャリアを築いているように見えたが、マーケットからの評価はさほど芳しくなかった。ホイットニー美術館では1986年にも再び回顧展が実現したものの、世間からあまり興味を持たれていないように感じていたという。本人いわく「作品が新しすぎたからだろう」。常に新しいところを目指そうとするカッツの姿勢に、時代がなかなか追いつかなかったのかもしれない。
それが、ここ数年で一気に人気が高まり出した。2019年、フィリップス・ロンドンに出品された《Blue Umbrella I》が象徴的である。予想落札価格の3倍以上となる約4.7億円で落札されたのを皮切りに、それまでの自身のオークションレコードを上回る作品が続出。現在高額落札ランキングの上位10作品は、すべて2019年以降に出品されている。
Artprice.comによるオークション年間売上高を見ても、2014年頃から徐々に伸び始め、2018年、2019年と大幅に増加。2020年、2021年はコロナ禍の影響もあり市場全体が不安定だったが、2022年は回復傾向にあり、下半期だけですでに前年の総額を超えている。(2022年のグラフは6月時点での売上高)
さらに、同社算出の作品価格指数もゆるやかに上昇を続けており、売上高と同じ2014年頃から伸び率が大きくなった。2000年を100とし、S&P500(アメリカの代表的な株価指数)と比較すると、カッツの作品が著しく成長していることがわかる。
あなたもアレックス・カッツ作品のオーナーに
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90代の今も精力的に活動を続けているカッツ。「常に誰も行ったことのない場所を目指している」と語るカッツは、独自のスタイルを軸としながら果敢に新しい描き方に挑戦している。マーケットでの注目も引き続き高まることが期待される中、移り変わる時代とともに更新されていくカッツのアートから目が離せない。
ANDARTでは、カッツ作品の中でも人気の高い「ブラック・ドレス」シリーズの《Black Dress 6 (Yvonne)》を取り扱い中。当初のオーナー権は完売し、会員間での取り引きが可能となっている。アートとして評価されている作品であることはもちろん、マーケットでも好調なことから投資目的で保有する人も増えている。
ANDARTの会員登録は無料。カッツ以外にも国内外のさまざまな本格アートを1万円から共同保有できるだけでなく、オークション情報や話題の展覧会情報など、今が旬のアートニュースを受け取れる。
文:ANDART編集部
参考:
https://www.alexkatz.com/
https://www.newyorker.com/magazine/2018/08/27/alex-katzs-life-in-art
https://www.artspace.com/magazine/interviews_features/book_report/alex-katz-robert-storr-interview-54050