東京大田区・弁当屋のすごい経営
菅原 勇一郎(すがはら・ゆういちろう)
1969年東京生まれ。立教大学卒業、富士銀行(現みずほ銀行)入行。流通を学ぶため、小さなマーケティング会社に転職し、1997年から「玉子屋」に入社。葬儀やパーティ用の仕出し屋「玉乃屋」も設立。2004年社長になり、97年当時12億円くらいだった売り上げを、90億円までに。2015年からは、世界経済フォーラム(通称ダボス会議)にも、フォーラムメンバーズに選出されている。

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「悪ガキ」が玉子屋で輝き出す理由

企業は人なり。
松下幸之助さんの有名な言葉です。

いつの時代も企業にとって最大の資産は「人」です。資産が乏しい中小企業ともなれば、競争力の源泉は「人」しかない。

いかにスタッフを優秀な人材に育て上げていくか。いかにスタッフのやる気と能力を引き出していくか。玉子屋の成長の源泉も、突き詰めれば「人」に尽きると思います。

しかしながら、中小企業では人材確保もままならない。弁当業界も恒常的に人手不足に悩まされてきました。特にバブル期などは人ひとり雇うのも厳しかったと会長から聞いています。

玉子屋に集まってくるのは、世間一般で言う「優秀」な人材ではありません。学校で落ちこぼれたり、夢を追いかけていたり。その夢に破れたり、どこかでつまずいたり、挫折をしてドロップアウトしたような人間が多い。元番長もいれば、元暴走族もいる。高校や大学を中退したフリーターも珍しくありません。

そんな社員のことを会長は親愛の意を込めて「悪ガキ」と呼んでいました。中には集金してきた会社の金を使い込んだ者もいます。しかし会長は「悪ガキ」を積極的に採用して、玉子屋の貴重な「戦力」に育て上げてきました。

彼らの中に眠っている能力、本人が気づいていない可能性を見極め、「原石」として採用し、その能力と可能性を開花させてきたのです。

なぜ「悪ガキ」を好んで採るのか。会長は養殖の魚と天然の魚を例にこう説明してくれたことがあります。

「養殖の魚は生け簀の中で餌をもらって育つ。人間で言えば親や学校の先生が敷いたレールの上を走るタイプだよ。決められたことは守るし、言われたことは上手にこなすかもしれないが、人間自身が持っているエネルギーは少ない。

一方、天然の魚は自ら餌を取る。人間で言えば自分で物事を考えて決めてきたタイプ。悪ガキたちはこれに当たる。そういう人間は心の中に大きなエネルギーを持っている。ウチの社員は天然ものばかりだからね。心に火がつくとすごい力を発揮するんだ」

玉子屋には根性のある「天然もの」が入ってきます。喧嘩の仲裁に入って指を食いちぎられたり、通り魔事件に遭遇してケガを負いながら出社してきた猛者もいる。腹から血が滲んでいたので、「どうした!?」と尋ねたら、「昨日、駅前で刃物を振り回してるヤツがいて、止めに入ったら刺されました」という。「大丈夫か」と心配すると「午前中の配達は大丈夫です。やらせてください。でも午後は早退させてください」。

そんなエピソードを挙げたらきりがありません。

ビジネスには決まった答えがあるわけではありません。

特に玉子屋は刻一刻と注文状況が変わるので、その日の朝に決まったことを数時間後に変更するなど日常茶飯事です。弁当の配達にしても、配る弁当の数やルートが1日のうちに何回も変更されます。

そうした状況下で、機転を利かせてテキパキと動けるのが、「天然もの」の悪ガキ社員なのです。「養殖もの」は指示通りにやらなければと考え過ぎるから、何か変更があると動揺したりフリーズして、的確な判断が下せないことが多い。

顧客志向という点においても、「悪ガキ」社員のほうがしっかりお客様に向き合おうとする傾向が強いように思います。

普通の会社員はお客様からの評価よりも、上司からの評価を気にします。ところが「悪ガキ」社員は上司の顔色をうかがうよりもお客様が気になるというタイプが多い。

褒められた経験が少ないから、お客様から褒められることが何より嬉しい。だからお客様のためなら上司とも平気で喧嘩する。

玉子屋ではスタッフが「もっとお客様のために改善したい」と上司を突き上げる場面を、日常的に見かけます。

採用のポイントは「素直な心」、「感謝する気持ち」、「他人のせいにしないこと」

荒削りな「原石」をどう見極めるか。新卒にしても、中途やパート、アルバイトにしても、やはり採用時の面談が重要になります。

私が玉子屋に入る以前、採用は会長の仕事でした。

身内を褒めるのは気が引けますが、会長の人を見る目は本当にすごい。面談で目を見て言葉を交わせば「コイツはものになる」とか「口だけで言っている」とわかると言います。私自身、人事を動かすときに会長の助言に随分助けられました。

「子どもの頃に命からがら大陸から引き揚げてきたり、田舎でいじめられたり、ガキ大将で子分を引き連れていた経験がものを言っている」と本人は言いますが、社員は皆、不思議がる。

どういうタイプがものになるのか、一概には言えないそうです。見た目だけは判断できない。

一見、反抗的な態度に見える人もいれば、表面上はイエスマンを演じる人もいる。ただ、ものになる「原石」の多くに共通することがあります。それは何かの理由でドロップアウトしたとしても、親や親戚あるいは周りの誰かから愛情を受けているということ。

特に上に立って人を使う仕事ができるかどうかは、子どもの頃に誰かしらの愛情を受けていることが大きな鍵で、「そういう人は他人に対する寛容さ、許容範囲を持ち合わせている」と会長は言います。

一方で、「コイツは使えない」というタイプにもある程度の共通点があるとか。代表的なのは何でも他人のせいにするタイプ。

たとえば「前の会社をどうして辞めたのか」と聞いて「自分なりに一生懸命やったが、評価してもらえなかった」などと弁解するようでは見込みが薄い。この手のタイプには常に言い訳がついてくるからです。

自分レベルで頑張るのではなく、他人が要求するレベルで頑張る。そうでなければ世の中では通用しません。

私が入社した1997年以降、採用も会長から私が引き継ぎました。会長の眼力には及びませんが、私なりに面談で重視していたポイントは三つです。

「素直な心」、「感謝する気持ち」、そして先代譲りの「他人のせいにしない」。

学校の成績などは参考にならないからほとんど見ません。

一番大事なのは生い立ち。子どもの頃、どのような過ごし方をしたのか。ご両親や兄弟との関係はどうだったか。どのような愛情を注いでもらったか―。

「自分の性格をどう思う?」とか、「自分は親友からどう思われてると思う?」などと質問して自己分析させつつ、具体的なエピソードを引き出します。

そうした会話のやり取りから、「素直な心」、「感謝する気持ち」、「他人のせいにしない」といった心性がどれほどかを探る。

それから自然な笑顔ができるかどうかも大事なポイントです。

緊張する場面ですから、なかなか笑顔は出てこない。「笑ってごらん」と言っても引きつって笑えない子が今でもいっぱいいます。男の子でも女の子でも。

配達スタッフに笑顔は必須だし、内勤でも笑顔で働いている人は気持ちがいい。だから自然な笑顔ができる人材は得点が高いのです。