公的年金75歳まで繰下げ可能だけど何歳で受け取るのが得? 損益分岐点を徹底考察!
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2022年4月から公的年金の受け取りを最長75歳まで繰下げできるようになった。年金受給を繰下げることで実際に受給する際の年金額が増額される。人生100年時代ともいわれ長いリタイア期間が予想される現代においては、現役中だけでなくリタイア後も年金額を増やすことを考える必要があるかもしれない。

しかし「繰下げ損」といったデメリットには注意が必要だ。年金繰下げのメリット・デメリットとともに、繰下げ受給の損益分岐点について説明する。

公的年金制度改正に伴い、75歳まで繰下げ可能に

公的年金には、主に会社員が加入する厚生年金と主に自営業者が加入する国民年金があるが、どちらも本来受給開始となる年齢は65歳だ。しかし65歳になる前に受給したり65歳より後に受給したりすることもできる。前に受給することを「繰上げ受給」、後に受給することを「繰下げ受給」と呼ぶ。

年金繰下げのメリット

繰上げ受給は65歳よりも前に年金をもらうため、受給年齢によって一定割合で減額される。一方、繰下げ受給の場合は増額されることになる。しかもいったん受給を開始した後は、増額された年金額を一生続けてもらえるため、長い老後を過ごすうえでは頼もしいメリットだ。また増額率が大きい点も魅力のひとつだろう。

具体的には、1ヵ月受給を遅らせるごとに本来の年金額の0.7%、年間8.4%(0.7%×12ヵ月)だ。2022年3月まで、繰下げ受給は最長70歳までと決まっていたが2022年4月からは最長75歳まで繰下げ可能となった。75歳から年金をもらい始める場合、1回あたりの受給額は本来の年金受給額の84%アップとなる。

年金繰下げのデメリット

繰下げ受給のデメリットも押さえておきたい。例えば本来受給開始となる65歳から年金を受給した場合に比べてトータルで受給できる年金額が少なくなる可能性がある。なぜなら受給する年金から社会保険料(国保や介護保険料など)や所得税・住民税などが天引きされるため、繰下げ受給で年金額が増えるとこれらの徴収額も増える可能性があるからだ。

また増額後の年金額によっては「現役並み所得者」とみなされ医療や介護サービスなどの自己負担額が増える可能性も否めない。何よりせっかく繰下げて1回あたりの年金額を増やしても長生きできずにトータルの受給額が少なくなってしまう可能性は充分に考えられる。

繰下げ受給の損益分岐点

繰下げ損にならないためにも手続き前に損益分岐点を知っておきたい。65歳からもらい始めた場合、総受給額が上回るのは、年金をもらい始めてから12年目だ。仮に年金額を年間180万円として計算してみよう。

・65歳受給開始の場合
年間180万円の年金額で70歳時点(丸6年)では総額1,080万円、81歳(丸17年)で3,060万円、86歳(丸22年)で3,960万円となる。

・70歳0ヵ月受給開始の場合
年金額は、42%増額となり年間255万6,000円(180万円×142%)となる。70歳時点では、総額0円だが81歳(丸12年)時点で3,067万2,000円となり、65歳受給開始を上回るため損益分岐点は81歳。

・75歳受給開始の場合
年金額は、84%増額となり年間331万2,000円(180万円×184%)となる。75歳時点まで総額0円だが86歳(丸12年)時点で3,974万4,000円となり、65歳受給開始を上回る。ただしこの時点での70歳受給開始の場合の受給総額は4,345万2,000円(丸17年)。70歳まで繰下げた場合に比べると受給総額は下回る。91歳になってやっと70歳受給開始を上回ることになる。

整理すると以下のようになる。

【65歳受給開始との比較】
・70歳受給開始の損益分岐点は81歳
・75歳受給開始の損益分岐点は86歳

【70歳受給開始との比較】
・75歳受給開始の損益分岐点は91歳

何歳から繰下げ受給をするのが良いかは個人の資産状況や寿命によっても大きく異なるため、一概にはいえない。しかし損得にこだわらず自分が老後に悠々暮らしていけそうな年金額に到達する年齢を目安にするのも選択肢のひとつだ。繰下げ受給は、66歳までは1年単位、66歳以降は1ヵ月単位でできるため、いろいろとシミュレーションしてみてはいかがだろうか。

繰下げ受給するまでの収入確保も必要

繰下げ受給をする場合は、当然受給開始の手続きをする年齢まで年金をもらえない。そのため年金という収入源がなくても生活できる資金を確保しておくことが大前提となる。老後もできるかぎり働いて労働収入を得るのも良いだろう。しかし労働収入を得る場合は、在職老齢年金と繰下げ受給の関係も知っておきたい。

60歳以降、厚生年金に加入しながら(働きながら)受け取る老齢厚生年金を在職老齢年金という。しかし年金額と報酬額(月給・賞与)に応じて年金額が減額されるため注意が必要だ。繰下げ受給をすれば年金受給までは労働収入だけとなることが予想される。そのため例えば、「70歳まで働き(繰下げ)、70歳から増えた年金をもらおう」と考える人もいるかもしれない。

しかし在職老齢年金により支給停止の部分は、繰下げても増額の対象外となる。例えば65歳以降の在職老齢年金による支給率が平均して60%(支給停止部分が40%)という人の場合、繰下げ受給により増額の対象となるのは、本来65歳で受給手続きをすることで受け取れる老齢厚生年金のうち60%の部分だ。

在職老齢年金として減額されるかどうかは、年金額と報酬額の関係によって異なってくる。しっかりとシミュレーションしてみることが大切だ。他にも現役中に資産を作っておき、取り崩しながら繰下げ後の年金受給する日を待つ方法もある。

現役中から労働・投資などで資金を増やす

今回は、繰下げ受給のメリットや損益分岐点について説明した。年金額が老後生活を送るのに充分な額であれば、あえて繰下げする必要はないだろう。国民年金は、年金満額が決まっているが厚生年金は年金加入期間と加入期間中の平均報酬額で受取年金額が大きく異なる。年金の繰下げは、超低金利時代においては、驚くべき高利の運用ともいえるだろう。

ただし繰下げ受給をする場合は、十分にデメリットや損益分岐点も考慮して決定することが重要だ。現役中にしっかりと稼ぐだけでなく、あわせて投資などで資産形成を継続していく心がけが大切になってくるだろう。

續 恵美子
著:續 恵美子
ファイナンシャルプランナー(CFP®)。生命保険会社で15年働いた後、FPとしての独立を夢みて退職。その矢先に縁あり南フランスに住むことに。夢と仕事とお金の良好な関係を保つことの厳しさを自ら体験。こうした経験をもとに、生きるうえで大切な夢とお金について伝えることをミッションとして、マネー記事の執筆や家計相談などを行う。
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