【第11回】業績を上げていた現場管理職のパワハラ問題に、経営者はどう対応すべきか?
(画像=NOBU/stock.adobe.com)

パワハラ問題に苦慮するある経営者

私が受けた、ある経営者からの相談事例を紹介しましょう。
その会社では、管理職のパワハラ問題が浮上し、経営として早急な対応が求められているとのこと。人事部に上がってきた訴えは、ある50代のベテラン部長が若手男性社員を頻繁に夜の飲食に誘い出し、休日もゴルフに同行させたりと、時間外の付き合いを強要しているというもの。

若手社員は、親子ほども年齢が離れた上司に正面から断れず嫌々応じてきたものの、我慢も限界にきて人事部に駆け込んできました。人事によるヒアリング調査の結果、このまま放置すれば若手社員のメンタルヘルス問題や離職にも繋がりかねず、経営にベテラン部長への懲戒や降格について決裁を仰いできたのです。

実は、パワハラを指摘されている部長は、その経営者が自らヘッドハントした人物で、業績面でも申し分ありません。部長本人にも悪気はなく、若手と密接に関わりながらしっかり育成したいと、熱意の表れのようです。しかし、当の若手社員も人事部もそうは捉えておらず、経営が黙認するわけにはいかず、板挟みで悩んでいるというのです。

経営者が考える対処案は、その部長を降格させることなく事業戦略上と別の理由をつけて人事異動を行い、本人がこれまで連れ回すこともなかった他の女性社員たちを部下につける形で、四方穏便にすませようというもの。こうした対応でどうだろうか、という相談でした。

組織モチベーションが下がりシラケが蔓延する理由

私は、人を活かす経営に向けて、その対応には3つの問題があると答えました。
第一に、その部長が女性社員に積極的に近づかないのは、裏返せば女性を育成対象と見ていない可能性があることです。男性には厳しく女性には当たり障りない場合、女性には仕事の厳しさを求めず、しっかり育てる意識がないのかもしれません。もしそうなら、同部長のこの考え方を容認して女性を部下につけるのは、大切な社員の成長機会を奪うことになります。

第二に、その部長自身が自らの経験値のみによるマネジメントの問題に気づけず、結果、リーダーとして環境変化に学び成長する機会を阻むことになることです。時間外に飲食やゴルフに誘うのは、自分が若手の頃上司に可愛がられた心地よい方法かもしれません。しかし、それが通用しない今、今後も組織でリーダーシップを発揮するには、本人自身が変わらなければなりません。

第三に、さらに大きな問題として、この対応が組織全体のモチベーション低下につながることです。経営にまで上がるほどのパワハラ問題ですから、周囲の社員にも周知の事実でしょう。それを人事部の調査の末、会社が四方穏便にすませれば、現場はどう受け止めるでしょうか。
この会社はパワハラ幹部がいても、正当な処罰や注意喚起をしない。経営者は目先の業績のみ気にして、現場の問題に正面から向き合わず、臭い物に蓋をしたと見るはずです。

「経営幹部は、自ら責任を取らない」「問題を指摘しても報われない」こうして社員たちの働く意欲は削がれ、職場にはシラケが蔓延します。経営者の曖昧な姿勢こそが、現場の士気を下げるのです。積み重なれば、不正や隠蔽の温床にもなりかねません。

リーダーは、問題のすり替えや言い訳をしてはいけない

かの松下幸之助翁の「熱海会談」のエピソードをご存じの方も多いでしょう。高度経済成長の陰りのなか、松下電機がグループ業績悪化を背景に、熱海に全国の販売会社代理店の店長を集め、終期を定めず開催した会談でのことです。

会談の序盤、松下側は各店の経営赤字の原因は、それぞれの甘い経営にあると指摘。店長たちに堅実経営を求め、難局打開を図ろうとしました。これに対し参加者からは松下側への不満や批判が噴出。糾弾大会となり、収拾がつかなくなったのです。

しかし会談3日目に、参加者の話を聞いていた幸之助翁が壇上で頭を下げ、「皆さんの言い分はよく分かった。松下が悪かった」と涙を流して詫びたのです。そして、松下が弱小の頃から長らく販売に尽力してくれた参加者にあらためて感謝し、その恩に報いるには松下がまず心を入れ替え、非を改め、出直したい。その上で、共に業績改善を目指したいと真摯に語ったのです。

これに胸を打たれた参加者たちの態度は一変し、共にがんばろうと固い団結を誓い合う場に変わったといいます。熱海会談後、幸之助翁は自ら営業本部長代行となり、陣頭指揮でグループの業績向上に奔走しました。

このエピソードが示すのは、リーダーは問題のすり替えや言い訳をせず、問題に真っ向から向き合い、自分の言葉で語るべきということです。歴史に残る熱海会談はスケールが大きく、現場リーダーにはやや遠く感じるかもしれませんが、根は同じです。
リーダーは自分の持ち場で部下としっかりと向き合い、日々生じる問題を正面から受け止め、自ら改めるべきは改め、部下に自分の言葉で語り、共に歩む姿勢が求められるのです。

※本稿は前川孝雄著『人を活かす経営の新常識』(株式会社FeelWorks刊)より一部抜粋・編集したものです。

職場のハラスメントを予防する「本物の上司力」
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師/情報経営イノベーション専門職大学客員教授

人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ、バワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の「上司力」』(大和出版)等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)
及び『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)

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