デイヴィッド・ホックニーのここがすごい!

デイヴィッド・ホックニーは、1937年イギリス・ブラッドフォード生まれのアーティスト。イギリスのポップアートムーブメントの重要人物に数えられ、1960年代以降はアメリカのロサンゼルスを主な拠点として活動している。60年にも及ぶアーティスト活動の中で、一貫して具象画に取り組み、とりわけスイミングプールを題材にした作品で知られる。

デイヴィッド・ホックニー
(画像=デイヴィッド・ホックニー)

引用:https://www.latimes.com/

2022年に85歳を迎えるという高齢でありながら、iPadを活用した絵画制作を行うなど、常に積極的に新しいメディアを取り入れている。また、今と違ってセクシャルマイノリティへの理解が乏しかった時代、10代で自身がゲイであること公表し、作品でも同性愛を堂々と表現するなど、慣習にとらわれない姿勢も魅力のひとつだ。

そして、2022年1月現在、現存する世界中のアーティストのオークション落札価格で2番目に高い記録を持っているのが、ほかでもないホックニーなのだ。2018年11月、ニューヨークで開催されたクリスティーズオークションの戦後・現代美術セールに《Portrait of an Artist (Pool With Two Figures)》が出品された。落札価格は、なんと9031万2500ドル(約103億円)!

《Portrait of an Artist (Pool With Two Figures)》Photograph: David Hockney/AP
(画像=《Portrait of an Artist (Pool With Two Figures)》Photograph: David Hockney/AP)

引用:https://www.theguardian.com/

それ以前のレコードは、2015年に落札されたジェフ・クーンズの《Balloon Dog (Orange)》の5200万ドル(約59億円)だったので、一気に記録を跳ね上げたことになる。2019年5月、クーンズの《Rabbit》が再び記録を塗り替えたが、ホックニーとの差は1億円に満たない。

ちなみにバンクシーのオークションレコードは、「シュレッダー事件」で世間を騒がせた《Love Is in The Bin》の2543万ドル(約29億円)。ホックニーが世界1、2を争う“高額な”現役アーティストであることは間違いないだろう。(※2022年1月時点のレートを参考に、1ドル=114円で換算)

驚きの制作方法!「Paper Pools」シリーズの魅力
❚ 人気シリーズ「Paper Pools」とは?

ホックニーの最高傑作のひとつに数えられる29点の「Paper Pools」は、1978年夏、ニューヨークにあるケネス・タイラーの版画工房で制作された。少し前にオペラ《魔笛》の舞台美術を手がけたホックニーは、大勢との共同作業に辟易し、ひとり静かに絵画制作を行うために現在も拠点とするカリフォルニアへ向かおうとしていた。しかし運転免許証の再発行のためにしばらくニューヨークに留まることになり、その間にタイラーの熱意に押されて版画に取り組むことに。

版画は通常プリンターと呼ばれる技術者との協業になるうえ、ホックニーが得意とする線の質感を活かした表現がしづらい。それでも、タイラーが手がけたエルスワース・ケリーやケネス・ノーランドの版画作品の出来栄えに感心したホックニーは、工房に滞在して制作することを決意した。そして、タイラーが考案した新しい技法によって、他に類を見ない名作が誕生することとなる。

《Autumn Pool (Paper Pool 29)》(1978)
(画像=《Autumn Pool (Paper Pool 29)》(1978))

引用:https://www.phillips.com/

❚ ひとつずつ手作業!複製できない1点モノの“版画”作品

「Paper Pools」は、刷り師であるタイラーが技法の発案者であるために版画の一種であるリトグラフに分類されているが、実際にはユニーク作品に近い独特の技法で制作されている。

リトグラフとは、平らな石版(または金属板)に油分を含んだ描画材(クレヨンや解墨)で直接描き、油が水をはじくことを利用して描画部分にのみインクを付着させ、プレス機で圧力をかけて転写するというもの。彫る工程がなく、描いたとおりに印刷できるのが利点で、パブロ・ピカソやアンリ・マティスら現代の巨匠たちも好んで用いてきた。

しかし、制作には職人に頼らざるを得ないところも多く、アーティスト自身が制作過程から遠ざけられてしまうのも事実である。ホックニーは版画について「制作法としてはたしかにおもしろいけれども、心からわきでてくるものを活かしきれないのがもどかしい」と語っていた。そこでタイラーが考案しホックニーが採用した手法は、次のような独創性あふれるものだった。

・ベースとなる紙を湿らせる


・「ビスケット・カッター」と呼ばれる型を置いて仕切りにする


・型に色付けしたパルプ(製紙に用いる繊維)を注ぐ


・型をはずし、手を使ってパルプと液体染料を加え、彩色の仕上げをする


・水圧式プレス機にかけ、水分を除いて乾燥させる


「Paper Pools」シリーズ1作目となる《Sunflower 1》の制作過程。
(画像=「Paper Pools」シリーズ1作目となる《Sunflower 1》の制作過程。クッキー型のような「ビスケット・カッター」で作った仕切りにパルプを流し込んでいる。 Photographer: Larry Stanton. National Gallery of Australia, Canberra. Gift of Kenneth Tyler, 2002. )

引用:https://www.artsy.net/

手作業で「Paper Pools」シリーズの調整を行うホックニー。
(画像=手作業で「Paper Pools」シリーズの調整を行うホックニー。 © DAN FREEMAN/ NATIONAL GALLERY OF AUSTRALIA, CANBERRA. ARTWORK: © DAVID HOCKNEY 2020. )

引用:https://www.sothebys.com/

版を用いることもなく、一般的な「版画」とは全く異なる過程であることが分かる。ホックニー自身も「これは版画ではない。ひとつひとつぼくが自分でつくったものだ。ものすごく大きな水彩画と呼んだほうが事実に近い」「版画をつくったわけではない。版画は、つまるところ、同じエディションならどれも寸分ちがわないけれども、これはちがう。タイラーに刷ってもらうように頼んで、自分では制作現場から離れたりすることはできないんだ」と述べている。

❚ 印象派のモネに通じる、移ろう光の探求

1964年、初めてカリフォルニア州を訪れたホックニーは、いたるところにスイミングプールが設置されていることに驚き、繰り返しスイミングプールを描くようになった。何よりホックニーを魅了したのは、降り注ぐ光とともに刻々と移ろう水面である。「プールは見るたびに違う青色をしていて、見るたびに違う性質を帯びている。水面を見ても、水底を見ても、水中を見ても、毎日違って見えるんだ」

水面の揺らめきや太陽光の反射を研究するため、タイラー邸のプールを撮影するホックニー。
(画像=水面の揺らめきや太陽光の反射を研究するため、タイラー邸のプールを撮影するホックニー。 IMAGE: © KENNETH TYLER/ NATIONAL GALLERY OF AUSTRALIA, CANBERRA. )

引用:https://www.sothebys.com/

降り注ぐ光によって刻々と移ろう効果をとらえようとする姿勢は、印象派のクロード・モネが「積み藁」や「ルーアン大聖堂」の連作をとおして行った探求を想起させる。モネが積み藁や大聖堂で検証した光の反映を、ホックニーはプールの水で表現しようと試みたのだ

ホックニー自身、モネの精神に共感を示しており、2021年には「睡蓮の間」で有名なパリのオランジュリー美術館で、モネへのオマージュとなる作品を発表。iPadを使ってノルマンディー地方の光や天候の変化を描いた100枚以上の絵が、全長91メートルにもなる大型作品《A year in Normandy》として展示された。

オランジュリー美術館の展示風景。モネの代表的なモチーフ「積み藁」も。
(画像=オランジュリー美術館の展示風景。モネの代表的なモチーフ「積み藁」も。 © Sophie Crepy )

引用:https://www.causeur.fr/

❚ AP(アーティストプルーフ)を東京都現代美術館が収蔵

《Pool Made with Paper and Blue for Book》は、1980年にタイラー・グラフィックス(タイラーの工房)から出版された限定版書籍とともに販売された。石版とアルミニウム版を3枚ずつ使用した6色刷りリトグラフで、100のAP(アーティストプルーフ)を含むエディション1000が存在する。書籍では、1978年夏に制作された「Paper Pools」29点の図版とともに、ホックニー自身の言葉で制作過程が綴られており、付属する本作もホックニーの懸命な探求を感じさせるものとなっている。

2021年12月16日のボナムスオークション(ロンドン)に同エディション作品が出品された際には、予想落札価格約273〜379万円を大幅に上回る約912万円で落札され、同じくホックニーの「ウェザー・シリーズ」の一作と同列で同オークションの落札価格ナンバーワンとなった。(ボナムズオークション落札結果をお伝えする記事はこちら)

《Pool Made with Paper and Blue Ink for Book》(1980) 
(画像=《Pool Made with Paper and Blue Ink for Book》(1980) )

引用:https://www.sothebys.com/

APは、当初最終確認のための試し刷りを指していたが、現在ではアーティストが保存しておく目的でつくられ、エディションの10%以内の数に収めるのが通例となっている。本作の貴重なAPのひとつを所蔵しているのが、東京都現代美術館だ。

同館は他にも、「Paper Pools」シリーズと同時期に制作された「水のリトグラフ」や、日本美術の気象表現に着想を得た「ウェザー・シリーズ」など、ホックニーのリトグラフ作品を所蔵している。有名美術館に所蔵されているという事実は、アーティストや作品の価値を測るひとつの基準になる。日本屈指の現代アートコレクションを誇る公立美術館が持っているということは、本作がアカデミックな世界でも高く評価されていることの証明といえるだろう。

ANDARTでホックニー作品取り扱い決定!

ANDARTでホックニー作品取り扱い決定
(画像=ANDARTでホックニー作品取り扱い決定)

東京都現代美術館がAPを収蔵しているエディション作品《Pool Made with Paper and Blue for Book》を、ANDARTの共同保有作品として取り扱うことが決定しました。2022年1月27日(木)正午からオーナー権の販売を開始いたします。上記で紹介したとおり、代表的なモチーフであるスイミングプールを描いた一作。アカデミックな評価とマーケットでの人気を両立している注目アーティストの作品を手に入れるチャンスをお見逃しなく。

❚ 仕入れチームからのおすすめポイント

すでに一定の評価を得ているアーティストで、今後価格が落ちることは考えにくいと見ています。本作は徐々にマーケット価格が上昇しており、短期間で爆発的に跳ね上がるというよりは、引き続き安定的な上昇が見込める作品です。時代の進化に合わせて最新のテクノロジーを取り入れ、さまざまなスタイルの作品を発表することで有名であるという点も、後世にわたり評価されていくであろうポイントとなっています。1980年代からホックニーの作品を集めているコレクターやホックニーをメインに取り扱うアートディーラーがいるため、将来的な売却先として、米英を中心としたこれらのコレクターやアートディーラーの方を想定しています。

ANDARTでは、ホックニーのように資産として将来性も期待できる本格アート作品を1万円から共同保有することができます。バンクシーや奈良美智など、国内外の人気アーティストの作品を取り扱っているので、ぜひチェックしてみてください。会員登録は無料!会員の皆様にはオークション速報や新作販売のお知らせなどお得な情報をお届けしています。

文:ANDART編集部

参考文献
東京都現代美術館編『デイヴィッド・ホックニー版画 1954-1995』淡交社、1996年
Nikos Stangos編『David Hockney paper pools』Harry N. Abrams,Inc.、1980年

参考サイト
https://www.artsy.net/article/phillips-david-hockney-paper-pools
https://www.sothebys.com/en/buy/auction/2020/evening-sale-london/david-hockney-pool-on-a-cloudy-day-with-rain-paper