経営者が身につけたい「人を活かす経営の新常識」
(画像=naka/stock.adobe.com)

転職したある若者の落胆

社会人8年目で初めて転職したA君。新卒で就職したのは非上場ながら創業経営者が確たる理念を持つ会社で、人材育成にも熱心でした。A君はその現場で順調にキャリアアップし、管理職候補になっていました。

会社に大きな不満はないものの、30歳を前にもう一段のキャリアアップを望みました。今の会社でこのまま働き幹部を目指す道もありますが、事業規模から活躍できるステージは限られます。
30代半ば以降は転職先も限られると悩んだ結果、より大きなステージで自分の実力を試そうと大手上場企業への転職を決断しました。何より社会の公器とされる上場企業なら、さらなる経験を積めると期待したからです。

ところが新たな職場で働き始めると、管理体質が強く短期的な営業目標の達成ばかりが求められる毎日に驚きました。前職でも営業経験があり数字の大切さはわかります。しかし会社では理念やビジョンがほとんど語られず、ただただ数字を追う体質に違和感が高まる一方。
上司に疑問を訴えるも取り合ってもらえず、次第に憔悴していきます。そして勤めて半年ほどで心身の健康を崩し、結局1年で退職してしまいました。

A君のような挫折感を覚える転職者は少なくないと私は見ています。背景にあるのは、社会貢献への実感や働きがいを得られる場に上場企業がなり得ていない場合が少なくないことです。A君も理想が高すぎ、上場企業というだけで過大な期待を抱いたかもしれません。

しかし、上場すると会社は株主からの厳しい目にさらされ、経営は短期的な収益向上の圧力を受けざるを得ません。経営が株主の利益配当への要求を強く意識すれば、必定現場も数値目標を追うばかりになり、長期視野での企業理念や仕事の目的が置き去りになりやすいのです。

非上場企業化目指す企業の目的

こうしたなかで、上場企業の非上場化の動きも起こっています。少し前になりますが、ファッション業界大手のワールドの例は象徴的でした。同社は2005年にMBO(経営陣参加の買収)で一度上場を廃止し、2018年に再上場を果たしました。非上場化の理由は「長期的、持続的な企業価値の最大化を図るため」。行き過ぎた株主中心の経営から従業員や取引先中心の経営を目指すものでした。
株主利益と会社利益の乖離が著しく、中長期的視野での経営改革や投資のための一時的な業績低迷には資本市場がネガティブに反応。短期利益ばかりを主張する株主が足かせだったのです。

また、芸能プロダクション大手のホリプロも非上場化しています。音楽プロダクションから総合エンターテイメント企業となった同社ですが、2012年に上場を廃止。その理由を創業経営者は「上場していると株主の目もあり萎縮する部分もある。創業家がリスクをとって大胆にチャレンジすることが必要」と述べています。

経営者と従業員の倫理観の大切さ

一方で、非上場企業の中には、コロナ禍にあっても社会の公器として顧客ニーズにしっかり寄り添い業績向上を果たした、優良企業も少なくありません。星野リゾートやアイリスオーヤマなどは注目に値します。これらの企業はその躍進ぶりから上場すれば莫大な資金を得られるにもかかわらず、自社のビジョンを全うし続けるため、あえて上場を避けていると映ります。イノベーションを実現するビジョナリーな企業には、非上場企業が目立つとすら感じます。

本来、資本主義社会において上場企業は社会の公器であるはずです。しかし、会社は株主のものとする資本主義は完璧ではありません。言葉だけ一人歩きしている感もありますが、首相ですら「新しい資本主義」を目指す現代です。株主利益の尊重と社会の公器が一致しない事態に、対応しづらいのです。こうしたジレンマを解消するため、ESG投資が台頭するなど、試行錯誤が続いているのが現代。その動きの一つが非上場化でしょう。

企業が社会の公器として大きな役割を果たすには、何が必要でしょうか。もちろん、企業が経済的な成果を生み出し続けることは大切です。しかし、利益は企業が持続成長し顧客や社会への貢献を途絶えさせないために必要なものです。
利益が第一目的になるとA君のように従業員は働く意欲を失い、結果顧客離れにつながり、巡り巡って業績不振に陥り、株主からも見放されてしまうのではないでしょうか。目的と手段が逆転すれば、結局、企業としての存在価値を守れないのです。

とはいえ資本主義に替わる有効な仕組みが見出せないなかでは、上場非上場に関わらず、経営者と従業員が企業理念を共有し社会に貢献した結果として、然るべき報酬と評価を得ていく姿勢を重視することです。
古くは三方良しの経営、最近ではSDGs経営が注目されるように、働く全ての人には倫理観をもって資本主義の暴走を食い止め、社会を善くし次世代に渡す心構えが求められるのです。

※本稿は前川孝雄著『人を活かす経営の新常識』(株式会社FeelWorks刊)より一部抜粋・編集したものです。

職場のハラスメントを予防する「本物の上司力」
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師/情報経営イノベーション専門職大学客員教授

人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ、バワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の「上司力」』(大和出版)等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)
及び『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)

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