ロサンゼルスの邸宅やプールを描いた風景画などで知られるイギリスを代表するアーティスト、デイヴィッド・ホックニー(David Hockney)。2018年には、その代表作《芸術家の肖像画―プールと2人の人物―》がオークションで約102億で落札され、現存アーティストとしては当時の過去最高額を記録したことが話題となった。

また昨今では、オークション市場でも重要なアーティストの一人として、ジェフ・クーンズと並んで名前が上がっている。活動初期より様々な手法を試み、80歳を超えた今も旺盛な探究心で絵画制作を続けるデイヴィッド・ホックニーについて、解説していきたい。

デイヴィッド・ホックニー とは?

デイヴィッド・ホックニーは1937年7月9日、イギリス・ブラッドフォード出身の画家で、20 世紀の現代美術を代表するアーティストの一人。表現のスタイルはデッサン、水彩画、油絵から自身で撮影した写真を使ったフォトコラージュ作品、その他にもiPadなどの端末で創作するアートまでその手法は幅広く、多岐にわたっているのが特徴。その他にもポスターや版画制作、スカラ座やメトロポリタン歌劇場などのための舞台芸術なども手がけている。

ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(ロンドン王立美術大学)在学中にイギリスのポップ・アートシーンの立役者、ピーター・ブレイクと出会い、共に「若手現代芸術家展(Young Contemporaries)」に出展するなど、早くからその才能を表すようになった。また在学中にはロナルド・B.キタイらと同期であったこともあり、1960年代のイギリスのポップ・アートムーブメントを牽引した人物として、アートシーンから高い評価を受けている。

デイヴィッド・ホックニー
(画像=デイヴィッド・ホックニー)

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デイヴィッド・ホックニーの作風と特徴

1963年以降は、故郷のイギリスからアメリカのロサンゼルスに拠点を移し、制作をスタート。現地の家庭に設置されている「スイミングプール」にインスピレーションを受け、それをモチーフにした絵画シリーズの創作を始めるようになった。また、当時アーティストたちの間で新しく普及し始めたばかりのアクリル絵具に着目し、いち早く表現の中に取り入れたことでも話題となった。

ホックニーは活動初期の頃、フランシス・ベーコンの影響が見られる比較的暗い色調の絵画を描いていたが、ロサンゼルス移住後は作風が一転。西海岸の明るい陽光が感じられるような鮮やかな色彩の絵画を多く制作するようになる。またそれと共に、スイミングプールやシャワールームでの日常風景、親しい人々のポートレイトを描くなど、生活の中にある身近なものごとをモチーフに、当時斬新であった独自の世界観を構築していくことになった。一目見ればわかる「ホックニーらしさ」は、1960年前半から70年代頃に、しっかりとその素地が確立されたといえるだろう。

巨匠・ゴッホや日本の浮世絵からの影響も!?

ホックニーは1971年に初来日した際に、京都市美術館で開催されていた「京都日本画の精華展」を訪れた。その際に目にした福田平八郎の絵画、《漣》や《新雪》といった作品の色使いや構図に圧倒されたという。これはのちにホックニーの「ウェザーシリーズ」の《雪》《雨》《太陽》《富士山と花》などを創作するインスピレーションへと繋がったようだ。彼は19世紀日本の葛飾北斎の浮世絵やクロード・モネの印象派の絵画に注目したと言われているが、こうしたエピソードからも日本への造詣がうかがえる。

デイヴィッド・ホックニーの絵画
(画像=デイヴィッド・ホックニーの絵画)

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なお、浮世絵からの影響があると見られる巨匠・ゴッホの絵画が、ホックニーの作風に影響を与えているといった見方もある。そんな二人の共通点を探る特別展「ホックニー=ファン・ゴッホ:ザ・ジョイ・オブ・ネイチャー」は2019年、オランダのゴッホ美術館で開催され盛況となった。

デイヴィッド・ホックニーの絵画2
(画像=デイヴィッド・ホックニーの絵画2)

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学生時代からポートレイト(肖像画)を得意としていた、ホックニー

ホックニーは活動初期より、ポートレイトを描くのを得意としていたことでも知られている。自身の肖像画はもちろん、スタジオのアシスタントやオフィスのスタッフ、家族、友人など、身近にいる人々を生き生きと描いた作品が多くある。

デイヴィッド・ホックニーの絵画3
(画像=デイヴィッド・ホックニーの絵画3)

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そんなホックニーの「ポートレイト」のみを集めた展覧会が、2018年にグッゲンハイム美術館で行われた。LAのスタジオで描かれた82枚の肖像画からは、親しい人たちに向けられたホックニーの温かい眼差しが伝わってくるようだ。

デイヴィッド・ホックニーの代表作
《Portrait of an Artist (Pool with Two Figures)(芸術家の肖像画―プールと2人の人物―)》(1972)

本作は、ホックニーが1960年代後半から1970年代前半にかけて描いた作品のテーマである「プール」と「二重の肖像」を融合させた絵画で、ホックニーの代表的作品の一つとして知られている。

デイヴィッド・ホックニーの絵画4
(画像=デイヴィッド・ホックニーの絵画4)

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舞台は、南フランスのサントロペ付近。プールサイドに立った男性が、下着姿で平泳ぎをしている男性を見下ろす姿が描かれているが、この人物はホックニーのかつての恋人でありミューズでもあった、画家のピーター・シュレシンジャーがモデルであると言われている。二人の関係は1971年に終わりを迎えたというが、つまりその翌年、1972年に本作が描かれたことになる。1972年はホックニーにとって「非常に生産的な年」であったと言われているが、これは画家としての旺盛な創作意欲という理由の他にも、愛する人との別離の苦しみから逃れるために制作に没頭した、といった別の側面もあったのかもしれない。

本作は、明るい色彩に加えて、ホックニーらしいシンプルでフラットな前景と背景に広がる木々に囲まれた丘の景色が特徴的だが、それとともにどこかデカダン的な、哀愁の空気が漂っているような印象を受ける。

なお本作は、2018年にクリスティーズ・ニューヨークで開催されたオークションにて、現存するアーティストで過去最高の約102億円という高額落札額を記録した。

《A Bigger Splash(とても大きな水しぶき)》(1967)

《A Bigger Splash(とても大きな水しぶき)》(1967)は、ホックニーがカリフォルニア大学バークレー校で教鞭をとっていた1967年4月から6月にかけて描かれた作品。本作は、跳び込み板から跳び込んだところと思われる、姿の見えない人物が起こした大きな水しぶきに乱されたモダンな家の横のプールを描いている。イメージの一部は、ホックニーがプールの建設に関する本で発見した写真に由来している。

デイヴィッド・ホックニーの絵画5
(画像=デイヴィッド・ホックニーの絵画5)

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なお本作は「水しぶき」をテーマにした3つのホックニーの作品の中で最も大きく、最も印象的な作品だといわれている。

また、ホックニーを題材にした伝記映画『デヴィッド・ホックニー 彼と彼 とても大きな水しぶき』(1974年)は、この絵画にインスピレーションを受けたジャック・ハザン監督が映画化したもの。映画はホックニーの、ピーター・シュレシンガーとの関係の破局に集中して描かれているが、この映画のタイトルは絵画にちなんで命名されたというエピソードが残っている。

《Pool Made with Paper and Blue Ink for Book, from Paper Pools(紙と青いインクによるプール)》(1980)

ホックニーは1964年から、プールを題材にした作品を数多く制作しているが、こちらの作品もそのひとつ。ホックニーはこの主題について、こう語っている。

「プールというのは池とは違ったふうに光を反射する。プールの絵では、踊っているような線を使っているんだけど、本当に水の表面に見えていたものなんだ。波打ちながら動く鏡のようだなって思ったよ」と。

デイヴィッド・ホックニーの絵画6
(画像=デイヴィッド・ホックニーの絵画6)

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本作でところどころに立ち現れている線も、おそらくホックニー自身が視覚で直に捉えた光景なのだろう。絶え間なく変化し続ける水面の様子を描くことは苦労もあっただろうがその分、観察の面白さや取り組みがいがあったに違いない。「水」や「光」は人々の生命にとって欠かすことのできない普遍的なテーマであるがゆえに、画家にとってはある種の挑戦を強いられるような難しいモチーフでもあるのかもしれない。しかし淡い色彩で水彩画のように彩られた本作にそんな雰囲気はなく、むしろ燦々と輝く太陽に照らされたアメリカ西海岸の空気感を運んでくれるような、爽やかな心地よさが感じられる。

なお本作と同シリーズのリトグラフ作品は、昨年12月に行われたロンドンのボナムズオークションと日本で行われたマレットジャパンオークションでも落札額トップ5へランクインを記録している。

《We Two Boys Together Clinging(私たち2人の少年はいちゃつく)》(1961)

抱擁しながら熱くキスを交わしている二人を描いた本作は、同性愛者の愛をテーマに描かれた作品。ホックニーは早い段階から、同性愛者であることを自らカミングアウトしており、そのテーマを要素として作品の中にも積極的に取り入れている。(これは《芸術家の肖像画―プールと2人の人物―》も同様に同性愛のテーマが作品に現れている)

デイヴィッド・ホックニーの作品1
(画像=デイヴィッド・ホックニーの作品1)

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本作は、ホックニーがロイヤル・カレッジ・オブ・アート(ロンドン王立美術大学)に入学した2年目の終わりに完成させたもので、モデルは当時付き合っていた恋人だと考えられている。当時はイギリスではまだ同性愛が違法とされていた時代であったが、そうした状況に躊躇うことなく、ありのままに表現しようとしていた。そんなホックニーの一貫性と画家としての姿勢が、この一枚からもうかがえるだろう。

この他にも同性愛をテーマにした作品は多くあるが、中でも《DOMESTIC SCENE LOS ANGELES(ドメスティックシーン) 》(1963)は、同テーマを扱った作品として有名。

デイヴィッド・ホックニーの作品2
(画像=デイヴィッド・ホックニーの作品2)

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iPadを使って初めて制作された「The Yosemite Suite」シリーズ

ホックニーは1960年代の初期、当時市場にで始めたばかりのアクリル絵具を制作に取り込んだことを始め、写真を使ったフォトコラージュ作品、コピー機やFAXなど新しいメディアを積極的に取り入れた画家として知られている。そうした中でとくに象徴的だったのが、iPadを使って制作を始めたことだろう。

デイヴィッド・ホックニーの作品3
(画像=デイヴィッド・ホックニーの作品3)

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2010年にiPadが発売されると、ホックニーはいち早くドローイングツールとして導入した。ちょうどこの頃にカリフォルニアのヨセミテ国立公園を訪れたホックニーが、iPadを使って初めて作った作品が「The Yosemite Suite」シリーズである。iPadのタッチスクリーンをキャンバスにアプリを使用して描かれた本作は、鮮やかな色彩が多層的に重なり合うように構成されており、カリフォルニアの雄大でダイナミックな自然が今にも目の前に迫ってくるような迫力がある。

なお、ホックニーはiPadという当時の最新機器を使い始めたことによって、色彩に対する取り組み方に変化が生まれた。通常、キャンバスに絵画を描く場合、目に映る光景をなるべく早く表現するために記憶に留めておかなければならないが、iPadでは色の調整をデバイス上で瞬時に処理することができる。そのため色彩感覚そのものに何かしらの変化が生まれたのではないかと考えられる。事実、2010年以降に制作された作品は、以前にも増して作品のトーンがより鮮明になった印象を受けるだろう。

なお、iPadを使った作品は他にも多くあるが、2017年に制作された《A Bigger Interior with Blue Terrace and Garden(大きなインテリアとブルー・テラスとガーデン)》も有名。本作はピカソのキュビズムからの影響が感じられる。最新のテクノロジーばかりでなく、興味を持った手法には貪欲にチャレンジしてきたホックニーの足跡が垣間見れるような作品だ。

デイヴィッド・ホックニーの作品4
(画像=デイヴィッド・ホックニーの作品4)

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なお、ホックニーはiPadを手にしてから作品数も増えており、最新作としてはiPadを使ってノルマンディー地方の光や天候の変化を捉えた作品を100枚の絵にして発表したばかり。こちらは昨年2021年の10月にはフランス・パリのオランジュリー美術館にて、ロックダウン(都市封鎖)中に制作された全長91メートルの大型作品《A year in Normandy(ノルマンディーの1年)》とともに展示され、話題を呼んだ。

ホックニーを知るための書籍 おすすめ3冊

ホックニーは「絵画」というものに対して驚くほど熱心な探究心を持っており、古今東西の美術史を巡る考察はもちろん、歴史に名を残した巨匠たちの絵画の構造、色彩、それから絵画の大切な構成要素である「線」について並々ならぬ情熱をもって考察を続けている。そんなホックニーが築いた知的体系は代表的な書籍として『秘密の知識』をはじめ、いくつかの書籍や画集にまとまっている。今回はその中から、3冊をピックアップしてご紹介したい。

1)『秘密の知識』〈普及版〉

現代の巨匠、ホックニーが科学的、視覚的根拠により初めて実証した好著。500点に及ぶ膨大な絵画やスケッチの複製がホックニーの解説とともに掲載。さらに多くの古文書や近現代文書の抜粋が、一層興味深いものとして示されている。主な掲載作家は、カラヴァッジョ、デューラー、ベラスケス、ファン・エイク、ホルバイン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、アングルなど。豊富な図版、詳細な解説は、美術学的にも必携の大著。世界中で一大センセーションを巻き起こした美術史における新発見。(青幻舎 HPより引用)

デイヴィッド・ホックニーの書籍1
(画像=デイヴィッド・ホックニーの書籍1)

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2)『絵画の歴史 洞窟壁画からiPadまで 』〈増補普及版〉

デイヴィッド・ホックニーによれば、画像(Picture)を用いることは目で見たものを説明する唯一の方法です。しかし、三次元の人物、物、場所などを、二次元の絵画に置き換えるには、どうすればよいのかー。絵筆、カメラ、コンピューター・ソフトウェア用いて描かれた「画像」は、私たちが周囲の世界、ひいては私たち自身をどのように見ているかを理解するにはための大きな手がかりとなります。本書は、絵画(画像)の歴史を、著名な芸術界の第一人者同士の対話によって叙述したものです。鋭い洞察を備え、自由な思考を促し、現実を表現する様々な方法に関する私たちの理解を深めるのに大いに役立つことでしょう。(青幻舎HPより引用)

デイヴィッド・ホックニーの書籍2
(画像=デイヴィッド・ホックニーの書籍2)

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3)『はじめての絵画の歴史: 「見る」「描く」「撮る」のひみつ』

洞窟絵画からモナリザ、浮世絵、写真、コンピューターグラフィックスまで、古今東西のアートに隠された表現の情熱、視点の変化、影響の受け方、道具の発明……。アートをもっと自由に楽しめるヒントの数々を、かわいいイラストとともに、ホックニーとマーティンが語り言葉でナビゲートします。(青幻舎HPより引用)

デイヴィッド・ホックニーの書籍3
(画像=デイヴィッド・ホックニーの書籍3)

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まとめ

デイヴィッド・ホックニー
(画像=デイヴィッド・ホックニー)

画像引用:https://www.thetimes.co.u

80歳を超えた現在もその旺盛な活動は衰えることなく、さらなる多作へとチャレンジしている、デイヴィッド・ホックニー。もともと持っている絵画への探究心は新たな手法を次々と試みるばかりでなく、最新の機器をうまく表現に生かすことによって、今後もさらに多様な作品を見せてくれるに違いない。今なお日々進化を続ける現代アートの巨匠・ホックニーの活躍に、これからも注目していきたい。

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文:ANDART編集部