2021年、米国防総省の元幹部や元グーグルCEOが立て続けに「AI分野において米国は中国に負ける」と警告し、世界に衝撃が走った。ここに来て、世界最強とされる米4大テック、GAFA(Google、Amazon、Facebook*現Meta、Apple)が、中国の巨大テック企業に追い抜かされる可能性がにわかに現実味を帯びてきた。
「データを制する者がAI時代を制する」といわれる今、どちらがAI世界最強の王冠を手にするのか。
AI国家戦略を加速させる中国
冒頭の発言は、米国防総省で初の最高ソフトウェア責任者を務めたニコラス・チャイラン氏と、GoogleのCEOからNSCAI(米国人工知能安全保障委員会)のトップへ転身したエリック・シュミット氏によるものだ。両者ともに、「数十年後の中国に対抗できるチャンスはない」と、AI分野において中国が米国にとって最大の脅威であるとの見解を示している。
AI研究・開発で世界に出遅れた感の強かった中国だが、2017年に『次世代AI開発計画』を発表するや否や、瞬く間に世界トップの座を米国と競い合うまでに発展した。この計画は「2025年までに一部のAI分野で世界をリードし、2030年までに総体的なAI分野で世界トップになる」ことを目標に掲げたものだ。
中国の発展は目覚ましく、AI関連の論文数や特許数、AIスタートアップへの投資、コンピューター科学者の輩出数など、複数の領域ですでに米国を追い抜いている。
有力企業抱え込み、国家規模の徹底網羅展開
これほどまでに急成長したのは、世界最大の市場と自国のAI発展に有利な規制環境、巨額の研究・開発資金、驚異的なデータ収集能力、そして国家規模の徹底網羅によるところが大きい。徹底網羅とは、AI発展のカギを握る膨大な量のデータ収集や技術を集結する目的で、AIを国家戦略に組み込み国内企業を強力に抱え込む強硬体制を意味する。
AIの分析・予測精度を向上させ活用範囲を拡大する上で、良質のデータソースは不可欠な構成要素だ。極端にいうと、突出した技術力のある優秀な人材を有していても、基盤となるデータが不足していてはAI分野を制することは難しい。
中国政府が白羽の矢を立てたのは、BATH(Baidu/百度、Alibaba/アリババ、Tencent/テンセント、Huawei/ファーウェイ)を筆頭とする中国巨大テックだ。ちなみに、ファーウェイの代わりにシャオミを加えた「BATX」、音声認識技術企業iFlytek(アイフライテック)と深層学習企業Sense Time(センスタイム)を加えた「BATIS」などもある。
これらの企業は政府から開発補助金などの寛大な支援を与えられる代わりに、自社が保有するデータや技術を政府と共有することが義務付けられている。このような政府と企業の密接関係が後に「国家安全保障に関わる重要なデータ」を巡るスパイ活動疑惑の火種となり、ファーウェイを含む中国テック企業が米市場から閉め出しを食らう事態に発展した。
GAFA 「AI倫理」と迫りくるデータ保護法の壁
中国AIの台頭を迎え撃つ米国は、世界各国のAI発展度(技術・投資・規制環境など)を評価する数々のランキングで首位を維持しているが、その地位を危ぶむ声も上がっている。
同国で膨大なデータを牛耳るGAFAは、世界に先駆けて、膨大なデータを収集・分析・活用する独自のエコシステムを築いた「データ収集の王者」だ。たとえば、Googleは自社が開発したブラウザ「Chrome」やスマホのOS(オペレーションシステム)「Android」を介して、ユーザーの個人データや使用状況データを収集している。
ヴァンダービルト大学の調査によると、Chrome搭載のAndroidスマートフォンは、1日340回も位置情報をGoogleに送信しているという。これは1日に送信されるデータの35%に相当する。
これらのデータはGAFAにとって、自社の技術をさらに進歩させる貴重なリソースであると同時に、巨額の利益をもたらずマネタイズの手段でもある。世界各国の軍事領域でAI軍拡レースが展開されている現在、米政府にとっても、GAFAの技術力とデータは喉から手が出るほど欲しいはずだ。
ところが、GAFAは「AI倫理」を理由に、政府への協力を拒んでいる。民主主義国家において、プライバシーや人権を侵害する不当な監視活動、兵器開発など、非論理的な目的で民間企業が活動・協力することは、バッシングの標的になりかねない。
また、欧州を中心に消費者のデータ保護を強化する動きが高まっていることも、不安材料の1つだ。GAFAはデータ保護違反により、欧州諸国で続々と巨額の罰金刑に課せされている。少なくとも欧州におけるGAFAのデータ収集能力は、以前より低下していると見て間違いないだろう。
GAFA、BATH 勝負の土俵は違う?
中国のように政府が民間企業を監視下に置き、プライバシーや個人の権利よりデータ利用を優先する環境が、今後のAI発展に大きく貢献することは十分にあり得るだろう。
しかし、GAFAは世界、BATHは中国国内と勝負の土俵が異なる点を考慮すると、一方が一方を追い越すという次元ではなく、それぞれがそれぞれの強みを活かし、目的や需要に合った戦略を展開していくことが予想される。
米中巨大テックともに、自動運転車(AV)を筆頭に、医療や教育、小売、カスタマーサービス、交通機関、検索エンジン、エンターテイメントなど、多様な領域におけるAI技術の活用に余念がない。AIの演算処理を高速化するAIチップの開発も加速しており、AI競争がさらに過熱する兆しを見せている。
「データの囲い込み」強化する中国
最後に、中国においても2021年11月に初の個人情報保護法が施行されたことを付け加えておくべきだろう。ユーザーの同意なしでデータを収集することは、違法行為と見なされる。その一方で、国内データの海外持ち出しを禁ずる規制案が発表されるなど、「データの囲い込み」を強化する動きがある。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)