ここ1〜2年で急速に拡大しているNFTマーケット市場。高額で取り引きされるデジタルアートも登場し、アート業界でもたびたび話題になっている。とはいえNFT自体が新しいため、内包される可能性や課題については未知の部分が多く、誰もが模索中の段階にある。いろいろな問題の答えが出るのは先のことだが、黎明期だからこそ、議論をしながら未来に思いを巡らせるのは楽しいものだ。
2021年、キュレーターの南條史生氏が代表取締役を務めるN&A(エヌ・アンド・エー株式会社)は、アートの重要なトピックについてのトークセッションや講演を通してアートについて学ぶ「N&A アートトーク・シリーズ」を開催。7月には第1回として「爆発するNFT市場とアートの行方」をテーマとしたトークイベントが行われた。12月の第2回では、デジタルテクノロジーの第一人者である伊藤穰一氏がゲストに招かれ、南條氏とNFTやその周辺をめぐる議論を展開。アート業界の変化からテクノロジーの役割まで、幅広いテーマにわたる刺激に満ちた意見が交わされた。本記事ではその一部を抜粋して紹介する。
伊藤 穰一
ベンチャーキャピタリスト、起業家、作家、学者として、主に社会とテクノロジーの変革に取り組む。
現在は、千葉工業大学の変革センターの所長を務めている。
2011年から2019年までは、米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの所長に奉職。非営利団体クリエイティブコモンズの最高経営責任者のほか、ニューヨーク・タイムズ、ソニー、ナイト財団、マッカーサー財団、ICANN、Mozilla財団の取締役を歴任した。
パーソナリティを務めるポッドキャスト番組「Joi Ito’s Podcast – 変革への道-」では、ゲストやリスナーとの交流を通じて新たなコミュニティを醸成実験を行っている。
https://joi.ito.com/jp/bio.html
南條 史生
1949年東京生まれ。1972年慶應義塾大学経済学部、1977年文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。
1978-86年国際交流基金、1986-90年ICAナゴヤディレクター、1990年-2002年及び2014年-エヌ・アンド・エー(株)代表取締役、2002-06年森美術館副館長、2006年11月-2019年同館館長、2020年-同館特別顧問。
国際的には、ベニスビエンナーレ日本館コミッショナー、ターナープライズ審査員、台北ビエンナーレ、横浜トリエンナーレ、シンガポールビエンナーレ、茨城県北芸術祭、ホノルルビエンナーレ等のディレクターを歴任。
1点モノより1万点のNFTが強い? 価値の逆転が起こっている
伊藤氏は1990年代にはデジタル・キャッシュの実験に参加、書籍『デジタル・キャッシュ―「eコマース」時代の新・貨幣論』の執筆もしており、いずれ暗号資産(仮想通貨)の時代が来ると予想していた。当時でもブロックチェーンの技術は8〜9割方できており、ビットコインやイーサリアムなどの通貨が誕生した当初は不正な使い方もあったが、しだいにシステムが強化されてきている。ブロックチェーンに使われているスマート・コントラクトと呼ばれる概念の仕組み自体はそこまで複雑ではないが、まだ構造を理解している人が少ないために、NFTアートなどの制作が少人数に独占されている状態だという。
南條氏との対談にあたって伊藤氏が興味を示したのは、1点モノのアートが今後どうなっていくのかという点だ。「現状、『クリプトパンクス』のようにプロフィール画像に使えるようなアートが安定して伸びており、おそらくゲームを遊んだことのある子たちにとって集めやすいのだと思います。でも1点モノのアートは、センスがないとなかなか買えないので、値がつきづらいですよね」
これに対して南條氏は、イギリスを代表する現代アーティスト、ダミアン・ハーストのプロジェクトを例に挙げた。1万点の版画をNFTで販売するプロジェクト「The Currency」は、所有者が作品購入から1年後に「NFTを物理的な作品と交換してNFTを破棄する」のか、「NFTを保持して物理的な作品を破棄する」のかを選択しなければならないというものだった。その後セカンダリー市場で価格の上昇を見せたが、南條氏によれば、そもそも版画を1万点も刷ることが異例であり、通常は数十点〜数百点に留めるものだという。多数存在するものよりも1点しかないもののほうが貴重だという価値観にしたがえば、それは当然のことのように思える。
しかし、南條氏が以前ジェシカ・ワン氏(万通投資控股有限公司 副総裁、芸術商業メディア社⻑)と「NFT上のアートの価値はどのように維持されるのか」について語り合った時、ワン氏から返ってきた答えは「それを信じているコミュニティの大きさ」だった。つまり、かつての価値観は通用しなくなり、1万人に持たせて1万人に「これは良いものだ、価値が上がってほしい」と思われたほうが価値が安定するというのだ。同じものを持っている人たちの間の連帯感による価値の上昇は、これまでのアートにはなかった観点ではないだろうか。
NFTの真の魅力はコミュニティ。画像の裏にある“権利”とは
「Bored Ape」や「Moon Cats」など複数のNFTシリーズを所有する伊藤氏は、ブランドに近いものがあると述べる。同シリーズの所有者はコミュニティとして一括りにされるため「ふさわしい人に持ってほしい」という思いが生まれ、コミュニティの中身も大事になる。
NFTの大きな魅力となっているのが、この「コミュニティ」だ。たとえばBored Apeでは、「かっこいいBored Ape」を集めた人がバンドを組んだり、所有者だけが入場できるパーティーが開催され、参加者にのみアイテムが配られるなど、コミュニティ内の活動が拡大している。所有者でないと各種イベントに参加できないため、高額になってもなかなか売らない人が多いという。
NFTアートはコピーできるという勘違いも多いが、「コピーを持っていても、パーティーなどのイベントには行けないし、Twitterなどでは今後認証してニセモノと表示する動きもある。表に見えているのは画像ですが、裏に付いている権利などに価値があるんです」と伊藤氏は語る。
また、NFTの拠点となっているのが「Discord」というチャットサービスだ。さまざまなチャンネルに「このNFTを持っている人しか入れない」といった設定があるため、まず購入を検討しているNFTのDiscordチャンネルでコミュニティの雰囲気を味わう。ファンが多く皆で助け合っていることもあれば、言葉遣いが荒く危険な香りがすることもあり、買うかどうかの判断基準のひとつとして活用されている。近年オンラインサロンも隆盛を見せたが、「このコミュニティの一員になりたい」という気持ちがNFTの盛り上がりを後押ししているようだ。
社会のゴールを変えるのは、議論ではなく美学
NFTアートの在り方を問うていく中で、美学の変化にも話が及んだ。南條氏は、NFTアートはモニターを通して見ざるを得ないという点を指摘。「モニターを通して良く見えることが大切であって、細かい筆の跡などは見えなくなってくる。NFTのアートでは、リアルのアートとは違う美学が発達するんじゃないでしょうか」
テクノロジーに特に造詣が深い伊藤氏は、「テクノロジーは社会の構造を効率よくするためのもの」であり、その前提には「社会の目的、ゴール」があると語る。人間は必要に応じて容易に変化するというのが伊藤氏の意見だが、社会のゴールが変化するために必要なのは美学の変化だという。さらに「美学を変えるのはアートやコミュニケーションだと思っています。議論して勝ったからといって相手は変わらないと思うんですよね」と続けた。
南條氏も呼応するように、誰かに注意する時に「それはやってはいけない」と言うよりも、「それをやったらかっこわるいよ」と言うほうが説得力が強い気がすると言う。「“かっこわるい”というのは一種の美学だから、人間は実はそういうふうに動くのではないかという印象を持っています」
社会を動かす重要なファクターとして美学が挙げられたことに軽い驚きを覚えたが、言われてみればそうかもしれない。アートやファッションなど審美的な要素の強いものは、必要不可欠ではない「+@」のものと見なされがちだが、実際は時代の転換点に大きく関わっていることも多い。NFTアートによって、これからその証明を目の当たりにできることに期待したい。
結局、NFTはアートなのか?
繰り返し議題に挙がったのが、「NFTはアートだと思うか」だ。
伊藤氏は「僕は何でもアートだと思ってしまう人だから」と前置きしたうえで、「コミュニティのこともあるし、NFTの構造のしくみだとか、毎日のようにおもしろいクリエイティビティの発揮とイノベーションが起きていると思う。だから『Art』と言えるかどうかは分からないけれど、『art』では絶対にあると思います」と言いきる。大文字と小文字の違いで示しているのは、「アート=NFTアート」という絶対的なものではないにしても、アートと呼ばれるものに含まれるということだろう。
また、アンディ・ウォーホルに代表されるポップアートや、バンクシーに代表されるストリートアートなど、ひと昔前はアートと見なされなかったものも現在では認められているという事実が、NFTの界隈ではよく語られるのだという。
長年アカデミックなアート界で活動してきた南條氏の意見も非常に気になるところだ。南條氏は「これまでのアートがなくなるわけではないけれど、新しいアートが加わって、アートというもののドメインを拡張していくことになるんだろうと思って見ている」という。そして、その後の発言になるほどと思わされた。
「基本的にクリエイティブなプロダクトはアートだというふうに定義してしまうと、かなりのものがアートなんですよね。いまやアートの定義を語るよりも、『クリエイティブか否か』を語るほうが意味があるような気がします」。なぜなら、育った環境などによって人それぞれ「アート」の定義自体が異なり「ズレているところを解消する言語的な定義がない」ため、議論はおもしろいが答えは存在しないというのだ。
たしかに、「アートとは何か」という問い自体が決着をみないものである以上、「NFTはアートか」という議論もある意味では不毛なのかもしれない。それでも、伊藤氏や南條氏が言うように、NFTがアート界で無視できない存在になっているのは紛れもない事実だ。今後NFTを取り巻く世界にどんなことが起こるのか、引き続き目が離せない。
次世代をつくる重要な存在として注目を浴びているNFT。2人の有識者による議論によって、その興味深さがますます浮き彫りになった。トークの様子はYouTubeやポッドキャストで公開されているので、本記事で紹介しきれなかった部分も含めてぜひ視聴してみてほしい。
N&A アートトーク・シリーズ No.2 「伊藤穰一に聞く:NFTからデジタル庁まで」
JOI ITO’S PODCAST:https://joi.ito.com/podcast/episodes/0011/index.html
開催日:2021年12月26日
出演:伊藤穰一(千葉工業大学変革センター所長、株式会社デジタルガレージ共同創業者 取締役) 、南條史生(エヌ・アンド・エー株式会社代表取締役、森美術館特別顧問)
主催:エヌ・アンド・エー株式会社
協賛:JAPAN WAY株式会社
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文:稲葉 詩音