中村 太郎
中村 太郎(なかむら・たろう)
税理士・税理士事務所所長。中村太郎税理士事務所所長・税理士。1974年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。税理士、行政書士、経営支援アドバイザー、経営革新等支援機関。税理士として300社を超える企業の経営支援に携わった経験を持つ。税務のみならず、節税コンサルティングや融資・補助金などの資金調達も得意としている。中小企業の独立・起業相談や、税務・財務・経理・融資・補助金等についての堅実・迅速なサポートに定評がある。

企業買収とは、会社を買い取ることでありM&Aの代表的な方法である。2019年、国内のM&Aの件数は4,000件を超えて過去最高となっており、M&Aに興味のある経営者も多いだろう。本記事では、企業買収について事例を交えながら解説し、合併や業務提携などの用語との違いを解説する。

目次

  1. 企業買収とは
    1. 企業買収の目的
  2. 企業買収の方法5つ
    1. 1.株式譲渡とは
    2. 2.事業譲渡とは
    3. 3.公開買い付けとは
    4. 4.第三者割当増資とは
    5. 5.株式交換・株式移転とは
  3. 企業買収の5つの事例
    1. 株式譲渡の事例
    2. 事業譲渡の事例
    3. 公開買い付けの事例
    4. 第三者割当増資の事例
    5. 株式移転・株式交換の事例
  4. 企業買収と合併、業務提携の違い
    1. 企業買収と合併との違い
    2. 企業買収と業務提携・資本提携との違い
  5. 企業買収の注意点
  6. 企業買収の事例を参考に自社にとっての方向性を探ろう
  7. 企業買収に関するQ&A
    1. 企業買収のメリットは?
    2. 企業買収するとどうなる?
    3. 企業買収のやり方は?
    4. 企業買収の目的は?
企業買収の方法は?4つの事例をもとに学ぶ買収の意味
(画像=moonrise/stock.adobe.com)

企業買収とは

企業買収とは、他企業の経営権を買い取ることである。具体的には、買収先企業の発行済み株式の50%超を買い取ったり、事業部門を買い取ったりすることを指す。企業買収の目的は、買収先企業が保有する営業基盤、技術、人材などの経営資源を吸収することである。

企業買収の目的

企業買収の目的は、自社の経営改善や事業拡大を効率的に達成することにある。

他社が整えた人材・設備・ノウハウなどの事業基盤を自社の経営に吸収することで、短期間で新しい市場に参入することや、自社の既存の技術と組み合わせて生産性を向上させたり新しいニーズを獲得したりすることに活用される。

企業買収の方法5つ

本記事では、企業買収を株式譲渡や事業譲渡とするため、これらに準じた企業買収の4つの方法を、事例を交えながら解説する。

1.株式譲渡とは

株式譲渡とは、売り手の発行済み株式を買い取る方法である。売り手企業にとっては、会社のオーナーと経営者が変わるだけで、従業員や第三者との契約は存続する。

買収した後の権利関係が複雑でなく、手続きが比較的わかりやすいといった理由から、中小企業のM&Aにもよく用いられる。

2.事業譲渡とは

事業譲渡とは、売り手企業が保有する事業の全部または一部を売却する方法である。その事業に属する建物や機械などの資産や借入金等の負債、ノウハウや知的財産が対象となる。

株式譲渡とは異なり、どこまでを買収の対象とするかは個別契約となる。そのため、債権債務や雇用契約などのそれぞれについて、相手の同意を得ていかなければならない。

事業譲渡のメリットは、個別の事業ごとに買収できることである。自社の発展に必要な事業部門だけを買い取れるため、資金効率がよいといえる。

3.公開買い付けとは

公開買い付けとは「買取期間」「買取価格」「買取数」を公告し、不特定多数の株主から市場外で株式を買い集めることであり、「TOB(Take Over Bid)」と呼ばれる。

TOBといえば、敵対的買収をイメージする経営者も多いだろう。敵対的買収とは、買収する相手が同意していない状態で、公開買い付けを仕掛けることだが、公開買い付けの全てが敵対的買収を意味するわけではない。グループ会社を完全子会社化する場合、流通する自社株を取得する場合などにも用いられる。

ここでは、近年の敵対的買収の事例と、それ以外の公開買い付けの事例を紹介する。

4.第三者割当増資とは

第三者割当増資とは、特定の社外の者に、新株や新株予約権を発行して金銭の払い込みを受けるものである。企業買収において活用するには、発行済み株式の50%超の新株を発行し、相手の子会社となることが一般的である。

5.株式交換・株式移転とは

持ち株会社を設立して完全子会社化するなど、経営統合や組織再編の手法でよく用いられる「株式交換」や「株式移転」についても解説する。

・株式交換
株式交換とは、売り手の発行済み株式のすべてを、買い手企業の株式と一定比率で交換する方法である。買い手が支払う買収の対価が株式であるため現金が不要であり、売り手は完全子会社となるといった特徴がある。

・株式移転との違い
株式移転とは、2社以上の会社が発行済み株式の全てを、新設する持ち株会社(親会社)に取得させる方法である。親会社が新設されることが、株式移転と大きく異なる点となる。複数の会社の経営を統合するために利用されることが多く、「共同株式移転」ともいう。

企業買収の5つの事例

企業買収はさまざまな業界で盛んに行われており、その買収方法は状況に応じて異なる。ここでは、5つの買収方法に分けて事例を紹介する。

株式譲渡の事例

・事例:九電工・中央理科工業(株式取得による子会社化)
【時期】
2021年8月

【目的】
消防・防災分野の中央理科工業と協業し、九電工グループの営業ネットワークと技術ノウハウを、中央理科工業グループの営業基盤や技術力と融合させ、事業拡大を目指す。

(参考)株式会社九電工:プレスリリース(2021年8月4日)

事業譲渡の事例

・事例:JR九州と有限会社綱屋の飲食店事業ほか
【時期】
2021年10月1日

【目的】
株式会社綱屋が展開する「焼肉ヌルボン」などの飲食店事業と、有限会社ロイヤルフーズの精肉・食材卸販売事業を買収するために行った事業譲渡である。JR九州の発表によると、買収の目的は、コロナ後を見据えた外食事業の強化や鉄道沿線・郊外の発展への貢献としている。

買収の方法は、JR九州が100%出資する完全子会社「株式会社ヌルボン」を設立し、同社が上記の事業を買収する。

(参考)JR九州:ニュースリリース(2021年8月3日)

公開買い付けの事例

・事例1:伊藤忠商事株式会社の株式会社ファミリーマートの敵対的買収
【期間】
2020年7月9日~2020年8月24日

【価格と買収予定株式数】
1株あたり2,300円
予定252,557,288株、下限50,114,060株

【目的】
伊藤忠商事株式会社の発表によると、ファミリーマートを取り巻く経営環境の悪化等から、公開買い付けを実行している。買い付けの下限数であった約5,011万株を上回る約7,900万株の応募があり、これによって保有株式が50.1%から65.71%となった。

(参考)伊藤忠商事株式会社

・事例2:日本製鉄株式会社の東京製綱株式会社に対する敵対的買収
【期間】
2021年1月22日~2021年3月8日

【価格と買収予定株式数】
1株あたり1,500円
上限162万5,500株

【目的】
日本製鉄株式会社は、東京製綱株式会社の株主である。日本製鉄によると、東京製綱が経営上の問題を抱えていることや、問題に対する有効な対応策を講じず業績が悪化している状況があることから、企業価値の回復・向上に寄与するための公開買い付けであるとしている。

このTOBにより、保有株式の割合は9.91%から19.9%となった。

(参考)日本製鉄株式会社:プレスリリース

・事例3:NTTとNTTドコモ(組織再編のための公開買い付け)
【時期】
2020年9月

【目的】
NTTドコモを完全子会社化するために行われた買収である。NTTドコモのリリースによると、NTTドコモの競争力強化とNTTグループ全体の成長のためとされている。

(参考)NTTドコモ:ニュースリリース

第三者割当増資の事例

・事例:ヤマダ電機と大塚家具(第三者割当増資を用いた資本提携)
【時期】
2019年12月

【目的】
大塚家具からは家具販売のノウハウ及び人的リソースの提供を行い、ヤマダ電機からは家電やリフォーム等の家具販売以外の分野のノウハウの提供を行うという業務提携である。資金調達と並行した株主作りの一環で、第三者割当増資による資本提携に至ったものと説明されている。

なお、大塚家具は2021年9月、株式交換によってヤマダ電機の完全子会社となった。

(参考)株式会社大塚家具

株式移転・株式交換の事例

・事例1:LINEとZホールディングス(株式交換による経営統合)
【時期】
2021年3月

【目的】
経営統合契約に基づき、LINEとZホールディングス両社の親会社であるソフトバンク株式会社及びNAVERを含む4社の経営統合のために実施されたものである。

(参考)ZホールディングスとLINEの経営統合が完了

・事例2:株式会社第四銀行と株式会社北越銀行(共同株式移転による経営統合)
【時期】
2017年10月

【目的】
株式移転により、完全親会社となる「株式会社第四北越フィナンシャルグループ」を設立したもの。株式会社第四北越フィナンシャルグループの発表によると、付加価値の高い金融仲介機能と情報仲介機能を発揮することや、経営の効率化を目的としている。

(参考)株式会社第四北越フィナンシャルグループ

企業買収と合併、業務提携の違い

企業買収と合併との違い

企業買収と合併は、どちらもM&Aの手段の一つだが、M&A後の会社の状況に違いがある。企業買収は、あくまで会社のオーナー・経営者の変更であり、買収された会社は子会社として存続する。

これに対して合併は、元の会社は消滅して1つの会社に統合され、元の会社の設備や権利義務は、合併後の会社に承継される。

企業買収と業務提携・資本提携との違い

業務提携とは、共同研究や共同開発等を成功させるため、互いの情報や技術を共有するために行う契約であり、資本の異動がない点で資本提携や買収と異なる。

一方、資本提携は、提携する相手に出資することで経営にも参画し、業務提携よりも強固な関係を築く契約である。

仮に資本提携として50%超の株式を取得して相手を子会社化したとしても、ベースが業務提携にあるときは、一般的に企業買収という表現は用いられないようである。

企業買収の注意点

企業を買収する際には、注意すべき点が大きく2つある。

・買収先の企業を正しく分析すること

企業買収は、買収先の経営資源を正しく分析し、自社の既存の経営資源と掛け合わせたときのシナジーで効果的に業績を上げることを目指すものでなければならない。

・株式の割合による経営支配関係に違いがあること

企業買収を株式の移動を伴う方法で行う際に知っておかなければならないのは、「議決権割合」と「決議事項」の関係だ。

会社の意思決定は、株主総会の決議で行われる。普通決議であれば、過半数の議決権があれば決議できるため、50%超を超える株式を取得すれば、その会社の経営に関する意思決定を下せる立場になる。

一方で、以下のような決議事項は、3分の2以上の議決権が必要となる「特別決議」が必要だ。

・譲渡制限株式の買い取り
・募集株式・募集新株予約権の発行
・株主に株式・新株予約権を割り当てる決定
・定款の変更
・事業譲渡の承認
・事業の譲受・賃貸
・解散
など

言い換えると、3分の1を超える株式を買収すれば、買収した者が単独で上記の特別決議にかかる事項の決定を阻止できるようになる。

したがって、発行済み株式数の3分の1超・半数超え・3分の2超が、企業買収において相手から取得する株式数の基準になる。

企業買収の事例を参考に自社にとっての方向性を探ろう

企業買収の意味や目的、合併や資本提携などを除く4つの方法について、実際の事例を交えながら解説してきた。

企業買収の事例は豊富にあり、買収の成功事例だけでなく失敗事例もある。自社が企業買収という道を選ぶのか、または合併や資本・業務提携などの道を選ぶのか、これまでの事例も参考にしながら考えてもらえれば幸いだ。

企業買収に関するQ&A

企業買収のメリットは?

企業買収をするメリットは、短期間で自社の経営改善や事業拡大ができることにある。買収先の事業基盤(人材、設備、ノウハウ、顧客など)を吸収することによって、新しい市場への参入はもちろん、自社の既存事業とのシナジー効果によって新しい商品の開発やニーズの獲得につなげられる可能性がある。

デメリットは、買収先企業の見極めや価格交渉が難しいことにある。デューデリジェンスの際には専門家を活用し、買収先企業が経営上のリスクを隠していないかなどを十分に確認しながら、粘り強く交渉する必要がある。

企業買収するとどうなる?

企業買収をすると、買い手は売り手から買い受けた株式によって株主となり、その経営に関われるようになる。特に、売り手の「普通決議」を支配できる50%超、「特別決議」を支配できる3分の2超を取得することにより、売り手の経営を強く支配できる。ただし、企業買収には資本の移動を伴わず、特定の事業部門のみを買収する方法もある。資本の移動がない企業買収であれば、売り手の経営そのものを支配することはない。

企業買収のやり方は?

企業買収のやり方には、売り手の株式を取得することによって経営を支配する方法(例:株式譲渡、株式交換、公開買い付け、第三者割当増資)と、株式の移動を伴わずに事業を買収する方法(事業譲渡)がある。どのやり方を選ぶかによって、法務・税務上のリスクや買収にかかるコストなどに違いがあるため、企業買収をする目的に合わせて適したやり方を選ぶことが重要となる。一般的に、中小企業が企業買収をする場合、手続きがわかりやすい株式譲渡か事業譲渡によって行われることが多い。

企業買収の目的は?

企業買収の目的は、他者の経営基盤を吸収して効率的に自社の経営改善や事業拡大を達成することにある。人材や設備を短期間で整えられることから、早期に新市場に参入したい時や、自社の既存技術と組み合わせて生産性を高めたい、新しいニーズを獲得したい時などに利用される。

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文・中村太郎(税理士・税理士事務所所長)