昨今、日本では新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着きを見せはじめている。第6波への懸念も残ることから、引き続き十分な警戒が必要だが、早いうちにアフターコロナとなり、企業の経済活動も大幅に再開することが望まれる。
だが、企業を取り巻く政治リスクはその間も流動的に変化している。本稿では、外交安全保障、経済安全保障分野の専門家である筆者が考える政治リスクについて説明するとともに、それに関する最近の事例を簡単に紹介したい。
政治リスクとは?
政治リスクについて、厳格な定義はない。しかし、筆者なりに定義すれば、「輸出入制限や関税引き上げなど進出先での経営状況を含め、会社全体の利益に悪影響及ぼす恐れのあるリスク」、また「暴動や抗議デモ、テロや戦争など現地に滞在する駐在員や出張者(その帯同家族を含む)の仕事や生活に悪影響を及ぼす恐れのあるリスク」となる。
前者は社長や役員など経営層に対するリスクで、後者は海外に派遣される社員に対して生じるリスクといえるだろう。当然ながら、グローバル経済の中で企業が注視すべきリスクは、雇用リスク、法務リスク、生活リスク、医療リスク、情報システムリスクなど多岐にわたり、政治リスクはその中のひとつでしかない。
しかし、政治リスク(特に後者のリスク)は、瞬時もしくは短いスパンでリスクが一気に爆発し、経済活動の根底にある国家や社会基盤そのものを不安定化する。最悪の場合、社会基盤を破壊し、それによって他のリスクを悪化させる危険性を内在している。
最近の政治リスクの事例
では、最近の事例にはどのようなものがあるのか。
新疆ウイグルの人権問題をめぐる経済摩擦
経営層や会社全体に影響を及ぼすリスクとして、新疆ウイグルの人権問題を巡る経済摩擦が挙げられる。人権を重視するバイデン政権になってから、米中(もう少し厳密に言えば欧米VS中国)の間では新疆ウイグルの人権問題を巡り、抗争が激化している。
米国と英国、カナダなどが3月、中国がウイグル族に対して不当な扱いをしているとして中国政府関係者に対して資産凍結などの経済制裁を発動した。それ以降、ナイキなどの欧米企業は新疆ウイグル自治区で生産された綿花の使用を停止すると発表し、一時中国国内での不買運動に直面した。
また昨今、企業も人権を重視した経済活動をするべきとした人権デューデリジェンスへの意識が欧米を中心に強まり、それによって日系企業も影響を受ける形になった。
たとえば、ユニクロは、生産するTシャツが新疆ウイグル産綿花を使用しているとして、今年1月から米国に輸入を差し止められ、フランスでは強制労働や人道に対する罪を隠匿しているとして、現地人権NGOなどから刑事告発された。
また、ミズノやカゴメは新疆ウイグル産綿花やトマトの使用停止を発表した。これに関して、9月下旬に共同通信が公表した統計によると、日本企業18社のうち13社がウイグル産綿花の調達見直しを検討しており、うち5社が今後中止する、1社が一時的な停止、4社が使用量の縮小と回答するなど、企業活動への制限も拡大している。
ミャンマーのクーデターによる現地社員へのリスク
一方、海外に派遣される社員や出張者へのリスクの例としては、たとえば、今年2月のミャンマークーデターがある。近年、ミャンマーは経済フロンティアとして世界の注目を集め、進出する日系企業の数が増えるだけでなく、日本とミャンマーを結ぶ直行便も運航している。
しかし、2月初めに発生した国軍によるクーデターという一瞬の出来事をきっかけに実態は一変した。今日までに国軍による市民殺害が相次ぎ、国際社会のミャンマーへの風当たりが厳しくなっている。そして、電車やバスなど公共交通機関が麻痺し、生活必需品の品薄や価格高騰、ネットの遮断などが相次ぎ、現地で安心して生活できる環境は一瞬のうちになくなった。
それによって、日系企業の間では駐在員や帯同家族の帰国が進み、中にはミャンマーから撤退する動きを検討する企業も出てきている。現在も予断を許さない状況だ。
アフターコロナの政治リスク
以上のように、コロナ禍でも世界では政治リスクが大きな問題となり、日系企業はその影響を受けている。幸いなことに、現時点で大きな経営的、人命的な被害は出ていないが、世界では日本人が犠牲となるイスラム過激派によるテロ事件が断続的に続いている。グローバル経済の中で政治リスクは企業にとって大きな課題である。
今後も米中対立から生じる日中経済への影響、台湾や朝鮮半島有事における駐在員の安全保護・退避など注視すべき事態があり、企業は政治リスクと経営、経済が表裏一体の関係にあることを重視する必要がある。岸田政権が経済安全保障担当の大臣を設置したのもその証だ。
文・地政学リスク専門家