オーストラリアが米英との安全保障協力を優先させ、原子潜水艦開発を巡るフランスとの提携関係を破棄したことで、米英豪対EU諸国の関係に亀裂が生じている。米国は3ヵ国間の新たな同盟関係について「世界平和を守るための対中国包囲網の一環」と主張しているが、インド太平洋地域の防衛上重要な意味をもつことから、中国の軍事活動をあおる結果になるとの懸念もある。
豪「仏との潜水艦開発は国益にならず」米が助言
2021年9月14日、世界に衝撃が走った。米英豪が安全保障協力の枠組み、「AUKUS(オーカス)」の発足を発表したのだ。
さらに驚いたのは、発表の数時間後、オーストラリアがフランスとの370億ドル(約4兆2,223億2,900万円)規模の潜水艦開発の提携関係を破棄し、米英との技術提携によって8隻の原子力潜水艦を建設する意向を明らかにした。事実上の契約反古である。仏豪は正式な契約を結ばす、両国間の提携関係に基づく信頼関係で2016年からプロジェクトを進めていた。
米英という鳶(とんび)に油揚げをさらわれたフランスが、怒涛の如く憤慨したのは言うまでもない。「(提携関係の破棄は)外交上の大きな過ち」「同盟国間においてあってはならないこと」「(バイデン大統領の)強引で予測不可能な決定はトランプ前米大統領と同じ」などと3ヵ国を激しく批判し、駐米・駐豪大使を召還するなど物理的な抗議にでた。
一方、欧州連合(EU)外相は、9月にニューヨークで開催された国連総会で、フランスとの連帯を表明し、月末に予定されていた米国との貿易・技術に関する会合準備を反古にした。
これに対してオーストラリアは、フランスとのディール(取引き)は以前から多数の問題点やリスクが指摘されており、フランスもそれを認識していたと反撃した。2018年にはドナルド・ウィンター元米海軍長官が率いる独立系監督委員会が、フランスからの潜水艦購入がオーストラリアに国益をもたらすかという点を疑問視し、代替案を検討するようオーストラリアに助言していた。
「AUKUS」発足、真の狙いは?
両国の言い分はどうあれ、なぜ、オーストラリアは他国からの信用低下という深刻なリスクを負ってまで、米英との協力を選択したのか。また、米英にとってフランスはNATO(北大西洋条約機構)の同盟国であるにも関わらず、調和を乱す行動にでた理由はどのようなものなのか。改めて浮き彫りとなるのは、AUKUSの存在だ。
2021年6月に英国主導で開催された主要7ヵ国(G7)首脳会議に、モリソン豪首相が招待されていたことは記憶に新しい。メディアの報道によると、3ヵ国はG7会議開催中に非公式の会議の座を設け、他の参加国には内密でAUKUSの創設計画について具体的に話しを詰めたという。
AUKUSとは豪(A)・英(UK)・米(US)の頭文字をつなげたもので、3ヵ国は原子力潜水艦の建造技術のほか、AI(人工知能)などのテクノロジー分野でも技術提供を行う計画を明らかにしている。しかし、その真の目的は、軍事力を増す中国ににらみを利かせることである。3ヵ国はすでに豪駐在の米空軍の規模を拡大することに合意したほか、協力して対中姿勢を強化していく構えだ。
米国は冷戦以降、原子力潜水艦を開発し続けてきた、いわば原子力潜水艦のエキスパートである。原子力潜水艦は蓄電池とディーゼルエンジンを搭載した通常の潜水艦と比べると、静かで半永久的に潜水できるという特徴がある。
現在、米国の他に原子力潜水艦を保有しているのは米・英・仏・露・中・印の5ヵ国のみで、米国は68隻と圧倒的な保有数を誇る。中国の保有数は12隻にとどまるが、その凄まじい軍事力の拡大と技術の成長速度を考慮すると、米国やロシアに追いつく日はそう遠くはないだろう。
「20世紀に引き続き、21世紀の脅威に立ち向かう」というバイデン大統領の言葉が示唆するように、米国としては英豪を取り込むことで原子力潜水艦競争を制したい。それと同時に欧州とインド太平洋地域の軍事力を拡大し、中国の脅威から保護する思惑がある。
中国、AUKUSに警告「平和と安定を著しく損ない、軍拡競争を激化させる」
3ヵ国の同盟関係を軍事的脅威と見し、警戒している国もある。特に中国にとっては、米国の新たなけん制以外の何者でもないはずだ。外務省の広報担当者、趙立堅氏はAUKUSの創設を受け、「地域の平和と安定を著しく損ない、軍拡競争を激化させる」ことへの懸念を示した。在米中国大使館は、「冷戦精神とイデオロギー的偏見」とあからさまに批難した。
また、マレーシアの首相官邸は中国を名指しにすることは避けたものの、「この地域、特に南シナ海における他の勢力(=中国)の活動が活発化するだろう」と警告した。
日本にとっては新たな頭痛の種?
原子力潜水艦開発を巡る米英豪の独走的な動きは、フランスと連帯するEU圏だけではなくインド太平洋地域にも飛び火する可能性が高い。台湾問題で米中の両国から圧力をかけられている日本にとっては、新たな頭痛の種になるかも知れない。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)