ネタニヤフ首相「必ず復活する」 12年ぶりの政権交代に揺れるイスラエル
(画像=urza/stock.adobe.com)

イスラエルで野党8党による連立政権が発足し、「イスラエルの王」と称えられたベンヤミン・ネタニヤフ氏の首相退陣が確定した。12年ぶりの政権交代は、イスラエルにどのような未来をもたらすのか。「ネタニヤフ下し」の背景と共に、旧政権復活の可能性や今後の動きを考察する。

ネタニヤフ氏の繁栄と転落

1996年、イスラエル建国後初の首相として就任した右翼リクード党党首、ネタニヤフ氏は、同国最年少の首相かつ在任日数最長の首相として、通算15年間(1996~1999年、2009~2021年)にわたり政権を独占した。選挙で4回勝利し、首相に5回就任した記録は、イスラエルの73年の歴史の中で最多である。

極右から中道、左、アラブ系など多種多様な小政党が乱立するイスラエルにおいて、連立交渉からパレスチナ・イラン紛争、外交、経済、安全保障に至るまで手腕を発揮してきた。好戦的なアプローチを武器に「中東の敵対勢力からイスラエルを最も安全に守ることができるリーダー」というイメージを創り上げ、「魔術師」や「イスラエルの王」などの異名をとった。

しかし、水面下では長期政権に対する国民の不満や疲労が蓄積され、「魔法」の効力が徐々に失われつつあった。好戦的なアプローチは、時として敵を作ることを厭わない。むしろネタニヤフ氏は、「意図的に党や国を分断し、生みだされた憎悪を巧みに利用して権力を維持してきた」との見方もある。そして「権力を維持するためには自らのイデオロギーを捻じ曲げる」と、ヘブライ大学のガイル・タルシル政治学教授は分析している。

最たる例がパレスチナ政策だ。ネタニヤフ氏は、1996年の就任時からパレスチナとの和平交渉を「イスラエルへの脅威」として猛烈に反対していた。しかし、就任後は米からの圧力でパレスチナとの合意に調印した。首相の座に返り咲いた2009年に、ネタニヤフ氏はパレスチナが非武装化しイスラエルをユダヤ人国家として認めることなどを条件に、パレスチナ人国家の独立交渉を試みるも、パレスチナ側に拒絶された。2021年5月にパレスチナのガザ地域の武装勢力とイスラエル軍の紛争が続発し、パレスチナ側で多数の死者が出たことで国際批判を浴びた。長引く紛争に、「国民の分断を招いて支持率を上げるためパレスチナ危機を煽っている」とまでささやかれるようになった。

「ネタニヤフ氏はかつて自由民主主義とユダヤ人国家の両方を尊重する首相だったが、今は民主主義を犠牲にしてでもユダヤ人国家であることを優先させようとしている」「そのような考えを受け入れられるイスラエル人は一握りだろう」。タルシル政治学教授は以前から、近い将来にネタニヤフ政権の終焉が訪れると予測していた。

致命打となった汚職疑惑スキャンダル

国内で不満が蓄積される中、致命打となったのは2016年に浮上した汚職疑惑スキャンダルだった。2019年には3つのケース(事件)で贈収賄・詐欺・責任の罪に問われ、支持率が減少に転じた。真相はどうあれ、汚職疑惑で政治的求心力が低下したのは誰の目から見ても明らかだった。巻き返しを狙って過去2年で4度も総選挙が行われたが、リクード党が議席で最多数を獲得したにもかかわらず、新たな連立政権の樹立に必要な過半数を獲得するには至らなかった。

2021年4月に開始された裁判において、同氏はすべての疑惑を否定し「反対派勢力による魔女狩り」「クーデター」などと反発したが、反ネタニヤフ陣営による「ネタニヤフ下ろし」のシナリオはすでに完成していた。

新政権は前途多難? 「ネタニヤフ政権復活」の可能性は?

2021年6月13日に国会から承認を受けた新政権は、右派国家主義者であるナフタリ・ベネットが首相を務める。同氏の任期は2023年9月までで、その後の2年間は中道派イエシュ・アティドの党首、ヤイル・ラピド氏が引き継ぐ。ベネット氏は「新政府は全国民のために尽くす」とし、教育や医療、官僚主義の改革を優先事項に挙げた。

しかし一方では、新政権の前途多難を案じる声もある。新政権はネタニヤフ長期政権に終止符を打つためだけに発足したもので、それぞれ政治的・社会的思想が真っ向から対立する党も参加している。将来的に8党が衝突し合う可能性もあり、ベネット氏は政権の維持に翻弄されそうだ。そのような点から見ると、新たな基盤を整えるまでの腰掛政権となるかもしれない。いずれにせよ、「今すぐにイスラエルが大きく変わる」といった見方は少ない。

一部ではすでに「ネタニヤフ政権復活」の可能性も議論されている。連立政権発足を「100年に一度の詐欺」と猛批判し、切り崩しに奔走していたネタニヤフ氏だが、承認後は「飛ぶ鳥跡を濁さず」とばかりにベネット氏に歩み寄り握手を交わした。しかし、「必ず復活する」と国会で宣言するなど闘争意欲は失っておらず、今後はリクード党の党首として復活のチャンスを狙うつもりなのだろう。

新政権がわずか1票差(賛成60・反対59)で発足した事実を、ネタニヤフ氏の時代が完全に過ぎ去ったわけではないと受け止めることもできる。新政権が不安定なまま月日が過ぎれば、ネタニヤフ氏が再びトップの座に返り咲くというシナリオも想定される。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)

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