種苗法(しゅびょうほう)の改正によって、日本の農家事情は大きく変わる可能性がある。企業は思わぬところで影響を受ける恐れがあるため、改正内容はしっかりと押さえておくことが重要だ。世の中の動向も含めて、改正による影響や変化などをひとつずつ確認していこう。
目次
そもそも種苗法はどんな法律?
種苗法とは、農産物の独占的販売権を認める法律のことだ。農林水産省に出願した品種が「登録品種」として扱われると、一般的な農作物は25年、樹木の場合は30年の独占的販売権が認められる。
種苗法は農産物の著作権
種苗法は、農産物の著作権と考えると分かりやすい。例えば、ある農家が生み出した品種が盗まれると、もともと開発をした農家の利益が損なわれてしまうため、日本では種苗法によって品種改良をする農家を守っているのだ。
ちなみに、独占的販売権が認められるものは登録品種のみであり、伝統的に栽培されてきた品種は登録品種には該当しない。また、登録品種から外された品種も独占的販売権が認められることはないので、合わせて覚えておこう。
なぜ種苗法は改正されたのか?
種苗法はもともと1998年から施行されている法律だが、2021年4月からは改正された新種苗法の施行が決まっている。では、なぜ種苗法はこのタイミングで改正されたのだろうか。
従来の種苗法には、登録品種を海外に持ち出すことを規制する内容が含まれていなかった。その影響で、日本で開発された品種が海外に持ち出されるケースが増えており、輸出量の減少などにより開発者の利益が大きく損なわれていた。
具体例としては、ブドウの登録品種である「シャインマスカット」が挙げられるだろう。シャインマスカットは日本の研究機関が開発した品種だが、実はアジアには中国産や韓国産の製品が多く存在している。
これらの製品は日本のものより安く販売されており、もともとの開発者である日本は大きなダメージを受けてしまった。
このような品種の流出を防ぐために、種苗法は改正されたのである。現在ではイチゴやサクランボをはじめ、さまざまな品種が海外に流出してしまっているため、種苗法改正による影響は多方面に及ぶことが予測されている。
種苗法の改正で何が変わる? 知っておきたい2つのポイント
ここからは、種苗法の改正内容について詳しく解説しよう。細かく見るとさまざまな点に手が加えられているものの、主な改正点としては以下の2つが挙げられる。
1.登録品種の育成者が、許諾なしで輸出国や栽培地域を選べるようになる
ひとつ目の改正点は、登録品種の輸出先に関する内容だ。新種苗法が施行されると、種苗の育成者(開発者)が輸出国や栽培地域を許諾なしで指定できるようになり、これに違反し指定の栽培地以外に持ち出した者には罰則が科せられる。
指定できる範囲は国内のみ、もしくは特定の都道府県のみとなるが、種苗が海外に持ち出されるリスクを抑えられる意味合いは大きい。また、育成者には差し止め請求をする権利も付与されるため、種苗の持ち出しに後から気づくようなケースにも対応可能だ。
2.登録品種の自家増殖をする場合に、育成者からの許可が必要になる
登録品種の自家増殖が制限される点も、農業関係者が押さえておきたいポイントになる。
これまでは、自治体などが優良な種苗を安く販売しており、その種苗を自家増殖させて利益を得る農家が存在していた。しかし、2021年4月からは育成者の許可を得ない限り、登録品種を自由に自家増殖させることができなくなる。
ちなみに、この制限の対象には個人も含まれるが、食べることのみを目的とした栽培は規制の対象外だ。あくまで、登録品種の持ち出しによる利益を規制するための改正なので、その点は誤解せずに覚えておきたい。
種苗法改正で日本はどうなる? 農業や食、ビジネスへの影響
では、実際に種苗法が改正されると、日本にはどのような変化が生じるだろうか。改正による影響は多方面に及ぶため、以下では「農家・一般家庭・企業」の3方面に分けて想定される変化を解説していく。
1.農家への影響
種苗法が改正されると、まず登録品種の育成者の権利がますます強まる。
例えば、個人的に種苗を開発する農家は長年にわたって独占的な販売体制を築けるので、育成者の利益は増える可能性が高い。また、ほかの農家による自家増殖を許可する代わりに、金銭を受け取れる可能性がある点も育成者にとっては大きなメリットになる。
その一方で、登録品種の自家増殖によって生計を立てていた農家は、経済的に大きなダメージを受ける。特に登録品種の割合が多い農作物を育てている農家は、別の農作物への転換を余儀なくされるケースも出てくるだろう。
2.一般家庭への影響
種苗法の改正によって農作物を転換する農家が増えると、特定の農作物の供給量が減ってしまう。その結果、これまで普通に購入していた食材が高騰したり、近所のスーパーに陳列されなくなったりといった影響は十分に想定されるので、一般家庭への影響も軽視はできない。
また、種苗の多様性が失われると、特定地域の食文化が衰退していく恐れもある。なお、前述の通り自家消費を目的とした栽培は規制対象外であるため、家庭菜園に関しては特に影響は生じないと予想される。
3.企業への影響
企業への影響については、業界や業種によって変わってくる。そこで以下では、業界・業種別に想定される影響をまとめた。
○種苗法の改正によって生じる主な影響
上記は必ずしも生じる変化ではないが、今後の動向次第では十分に可能性があるものだ。登録品種を取り扱う企業には少なからず影響が生じるため、該当する企業は世の中の動きをこまめにチェックしておきたい。
種苗法改正には反対の声が多い? 具体的な意見やその理由
実は種苗法の改正には、農家からの反対の声も多い。本来は農家を守ることが目的であるはずだが、なかには前述のようにダメージを受ける農家も存在するためだ。
では、実際にはどのような反対の声が多いのか、農家に発生するメリットと合わせて紹介していこう。
○種苗法改正によって生じるメリットと反対の声
上記を見ると分かるように、種苗法改正の反対派は「自家増殖の規制が農家にとって負担になる」と考えている。確かに、登録品種の割合が高いサトウキビやコメ、果樹などを自家増殖している農家にとって、この規制は厳しいものになるかもしれない。
農林水産省はこの点について、「改正の影響を受ける品種は少ない」「種苗費に占める許諾料の割合は低い」と説明している。しかし、明確な影響が明らかにされていなかったり、許諾料の相場が固まっていなかったりなど、政府の説明不足を指摘する声も多く聞かれるのが現状だ。
このままの状態で新種苗法を施行するとなれば、広範囲に混乱が生じるようなリスクも考えられる。
種苗法改正について、経営者が考えておきたい3つのこと
最後にここまでの内容を踏まえて、経営者が今後考えておきたいことをまとめていこう。種苗法の改正は多方面に影響を及ぼすため、農作物との関連性がそれほど高くない企業に関しても、以下のポイントは強く意識しておくことが重要だ。
1.どこにどのような影響が生じるのか、しっかりと予測しておく
種苗法改正にスムーズに対応するには、改正の影響をしっかりと予測しておくことが必要になる。前述では「農家・一般家庭・企業」への影響を解説したが、そのほか以下のような影響も考えられるだろう。
・農作物の転換によって化学肥料や農薬が必要になり、その結果として土壌が痩せる
・利益率が低い登録品種は、生産継続が難しくなる
・外国企業が種苗の支配に乗り出す
改正によってどこにどのような影響が生じるのかは、実際に新種苗法が施行されてみないと分からない。しかし、事前に影響を予測しておけば、さまざまな変化に対して迅速な行動を起こせるはずだ。
2.制度を正しく理解し、新たなフローを整理しておく
新しい制度を正しく理解しておくことも、国内企業にとっては必須となる。本記事では簡単に概要を解説したが、自家増殖の対象範囲や登録品種の扱われ方をはじめ、改正内容については誤解されている部分も多い。
また、制度を正しく理解した後には、改正後に発生する新たな業務フローを整理しておくことも重要だ。企業によっては仕入先やサービスの調整、登録品種に関する手続きなどが必要になるため、混乱しないように早めに動き出すことを意識しよう。
3.海外の動向をこまめにチェックしておく
海外企業の動向によっては、農家や国内企業を取り巻く状況が一変したり、さらなる法改正が加えられたりする可能性も考えられる。そのため、新種苗法が施行された後の海外の動向は、可能な限りこまめにチェックすることが必要だ。
種苗の流出は国益に関わる問題なので、海外の動向次第では頻繁にルールが変わるかもしれない。どのような改正が加えられてもスムーズに対応できるよう、日本の現状と海外の動向は常に意識しておこう。
引き続き種苗法改正による影響をチェックしよう
今回解説したように、種苗法の改正は多方面にさまざまな影響を及ぼす。改正によって生じるのはメリットだけではなく、立場によっては深刻なダメージを受けるので注意が必要だ。
「自社には関係がない」と感じていても、思わぬところで悪影響やリスクが生じる可能性もあるため、引き続き政府や世の中の動向をチェックしていこう。