コロナ地獄のインド モディ首相が犯した「大失態」
(画像=Wirestock/stock.adobe.com)

「医療対策より政治優先の指導者」これが世界の目に映る、現在のモディ首相の姿である。2014年の首相就任以来、繰り返し政策失敗への非難を巧みにかわしてきたが、今回ばかりは苦戦を強いられるとの見方が強い。コロナ第二波の破壊的脅威にさらされているインドで、モディ首相がなりふり構わず築いてきた「有能な指導者」の虚像が、今音を立てて崩れ去ろうとしている。

コロナ感染に加え、ムコール症の感染拡大がインド国民をさらに苦しめる

統計サイト「ワールドメーターズ(Worldometers)」のデータによると、同国の感染者は2021年5月21日の時点で2,626万人、死者は29万人を突破した。米国に次ぐコロナ被害国となっている。「聖なる川」と呼ばれるガンジス川の水面には数百もの遺体が漂い、川辺では無数の遺体が昼夜を問わず焼却される。政府は「医療用酸素の生産増加、供給、確保に全力を尽くしている」と主張しているが、医療用酸素不足は深刻化するばかりだ。

世界最大のコロナワクチン製造国であるにも関わらず、国内では慢性的な供給不足が続いており、3月以降は他国への輸出を差し止めるほど緊迫している。さらに追い打ちをかけるように、極めて致死率の高い真菌感染症「ムコール症」がコロナ患者の間で急拡大しており、5月下旬には感染流行宣言が出された州もある。一部の医師は、コロナの治療に使用されているステロイドが、ムコール症感染者の増加要因ではないかと指摘している。多くのコロナの治療薬は、真菌感染を防ぐ免疫機能を低下させてしまうためだ。

インドを危機から救うべく、4月下旬の時点で40ヵ国以上が医薬品や酸素などの供給支援を申し出た。この中には敵対国であるパキスタンも含まれる。

自国を敵の見えない戦場に変えた「スーパー拡散者」モディ首相 

第一波でコロナ封じ込めに成功したはずのインドが、なぜこのような悲惨な状況に陥ってしまったのか。非難の矢面に立たされているのは、政治を優先させるために専門家からの警告を無視し、自国を「敵の見えない戦場」に変えた政府だ。

2020年3月、インドに最初のロックダウン(都市封鎖)が発令された。早期対応で第一波の封じ込めに成功したものの、発令から封鎖までわずか4時間しか与えられなかった国民は満足な準備すらできず、その多くが飢えに苦しんだ。

モディ政権にとっては、「数値」のみがすべてだった。早期経済回復を目指して6月にはロックダウンの緩和を段階的に開始したが、感染者は緩やかに増え続けていた。早計なコロナ対応策に非難が高まる中、政府は経済活動の正常化に汚名返上のチャンスを見出す。

大規模な宗教祭や集会の開催を容認し、「新型コロナウイルスとの闘いに勝利した輝かしい国」「世界の薬局」などという自国絶賛と共に、「インドを世界に知らしめたモディ首相のリーダーシップ」を世界にアピールした。2020年11月には、第二波を警戒した議会常任委員会から対策強化の要請があったが、美辞麗句に酔いしれていたモディ政権は聞く耳をもたなかった。

インドが再び不穏な空気に包まれたのは、感染者が急増し、インド変異種(B.1.617)が発見された2021年2月のことだ。しかし、モディ政権は国民の懸念もどこ吹く風と、4月には西ベンガル州で大規模な選挙集会を実施した。モディ首相が「こんなに大勢の群衆は見たことがない」と陶酔感に浸っている間、資金も設備も不完全な病院に続々とコロナ患者が運び込まれていた。

大半がマスクを着用していない群衆に向かって演説を繰り広げるモディ首相を、インド医師会の副会長ナヴジョット・ダヒヤ博士は「スーパー拡散者」と呼んだ。また、モディ政権の支持者も「首相はこの重要な時期に、コロナではなく選挙の票のために戦っている」と冷ややかにコメントした。

州議会選で苦戦 中流階級層の「モディ離れ」加速

医療対策より政治優先のコロナ政策を目の当たりにした国民が、モディ首相の指導者としての能力に疑問をもち始めているのは明白だ。西ベンガル州議会選ではモディ首相率いるインド人民党(BJP)の天敵、全インド草の根会議派(TMC)が圧勝した。南部タミルナドゥ州や南部ケララ州などでも、他党に圧される結果となった。

州議会選での苦戦は、インド人民党(BJP)を支えて来た中流階級層の間でも、「モディ離れ」が加速していることを反映している。政治学者のミラン・ヴァイシュナフ氏は、「対応が不十分なだけではなく、状況の悪化に積極的に貢献した政府」と痛烈に批判した。

国民の怒りや不信感を煽っているのは、コロナ対応策だけではない。その一例がコロナ救済基金「PM CARES」の行方だ。メディアの報道によると、設立から2ヵ月で14億ドル(約1,525億1,527万円)を超える寄付金が集められた。政府は基金の一部を医療従事者のワクチン接種に回し、酸素生産プラントの建設・増設に投じる計画を発表しているが、不透明な部分がある点が指摘されている。

モディ政権の「富の創造者」優先主義も、ここに来て非難の的となっている。富の創造者とは石油化学大手のリライアンス・インダストリーズ(Reliance Industries)やコングロマリットのアダニグループ(Adani Group)など、インドの多国籍企業を指す。また、パンデミックはインドの超富裕層にも巨額の富をもたらした。同国のビリオネア(保有資産10億ドル/約1,089億3,948万円以上)の純資産は、2020年4~7月にわたり35%増えたという。

モディ首相はコロナ感染拡大の責任を転嫁して逃げ切れるか?

モディ政権にどのような運命が待ちうけているのか、今はまだ分からない。ノッティンガム大学アジア研究所のディレクター、キャサリン・エードニー氏いわく、「首相は自らの目的のためならば、他に責任を転嫁することなど朝飯前だ」。インドの国民は政治に関してはパッシブ(受動的)との指摘もあるが、数十万人もの死を目の当たりにした国民が、その元凶となった主導者を許すことができるのだろうか。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)

無料会員登録はこちら