損害1200億円超えか?難航予想されるスエズ座礁事故の賠償責任は誰に?
(画像=CoronaBorealis/stock.adobe.com)

スエズ運河でのタンカー挫傷事故から約3週間が経過した2021年4月12日現在、損害賠償問題が難航する可能性が浮上している。エジプト当局は賠償金が支払われない限り、出航を許可しない意向だ。賠償額は、離礁作業費用と通行料の損失だけでも、最大約1,203億円と推定されている。巨額の補償支払責任を問われるのは、一体誰なのか。

断絶された国際サプライチェーン 広範囲な産業に影響

3月下旬、世界最大級のコンテナ船「エバー・ギビン号」が中国からオランダへ向かう途中、エジプトのスエズ運河で座礁した。しかし、6日間にわたる作業の末にようやく完全に離礁したのも束の間、現在もスエズ運河に隣接するビター湖で「出航許可待ち」の状態だ。

スエズ運河庁(SCA)は事故発生当初から、再渡航に向けた安全確認と事故原因の追究を理由に、離礁後も即座に出航許可を与えない意向を示していた。さらに4月8日、オサマ・ラビーSCA会長自ら、出航許可の条件に「賠償金の支払い」を追加した。つまり、賠償問題が解決するまで、エバー・ギビン号は「質権」として差し押さえられているということだ。

そもそも、座礁した場所が不運だった。スエズ運河は1日あたり約100万バレルの石油と世界貿易の約12%相当の物質が行き来する、国際貿易の大動脈である。そこを全長400メートル、総重量20トンを超える超大型コンテナ船が、6日にわたり立往生したのだ。座礁により運行が遮断されたことで、待機や迂回を余儀なくされた船数は400隻以上にのぼる。

影響が最も大きいとされるのは、英国やフランス、ドイツ、オランダなどの欧州諸国だ。輸送の大幅な延滞による影響は、飲食業から卸売・小売業、医療サービス、化学薬品、自動車、石油産業まで広範囲に及ぶ。その他、H&M やウォルマート(Walmart)を含む米小売業者なども、サプライチェーン断絶の被害を受けた。座礁後、石油製品タンカーの運賃は2倍近くに跳ね上がったという。

最悪のシナリオでは約1,200億円超え?

正確な金額を見積もるのには時期尚早とされているが、莫大な金額が動くことは疑う余地がない。

エジプト当局の見積もりによると、離礁作業の費用が最大10億ドル(約1,093億9,079万円)だ。そこに通過料金の損失、およそ9,500万ドル(約103億9,216万円)が加算されると、英財務分析会社であるRefinitivは見積もっている。つまり、エジプト側からの請求だけでほぼ11億ドル(約1,203億1,158万円)という計算になる。

賠償請求がさらに膨張する可能性も否定できない。積み荷を足止めされた船舶やビジネスは、いずれも被害を被っている。これらの「被害者」がこぞって損害賠償を請求した場合、その金額は我々の想像をはるかに上回るだろう。

これについては、専門家の意見が分かれるところだ。今回のような事故では、遅延が直接的に被害をもたらした因果関係を立証することは難しく、荷主や船舶などが船主に賠償する可能性は低いという。一方、英ロイズ保険組合のブルース・カーネギー・ブラウン会長はロイターの取材で、「エバー・ギビン号だけではなく、通航できなかった他の船舶も補償の対象になる」との見解を示した。

「共同海損(GA)」宣言で賠償プロセスが複雑化 責任の所在は?

被害の最終的な賠償責任は、一体誰にあるのか?

エバー・ギビン号を所有しているのは、愛知県の船舶貸付会社、正栄汽船だが、運行していたのは台湾の傭船社、エバー・グリーン(長栄海運)だ。一般的な輸送時の事故では、船主(今回のケースでは正栄汽船)が損失の責任を負う。そのため、長栄海運は4月1日、「賠償責任は正栄汽船にある」「長栄海運の責任範囲である積み荷に関しては、加入している保険で補償される」との見解を示した。

ところがその翌日、正栄汽船が「共同海損(GA)」を宣言した。共同海損は、航海中に生じた損害を、船主や傭船社(運送業者)、荷主などで分担する制度だ。これにより、賠償プロセスが複雑化することが予想される。

正栄汽船は、東京海上日動など3社の船体保険に加入しているほか、賠償保険は英P&Iクラブ(賠償責任保険組合)に加入している。費用負担に関しては、事故原因が解明された後、これらの保険会社との話し合いで決まるという。

当日、現地は最大風速31マイルという強風に見舞われており、悪天候が主な原因との見方が示されていたが、SCA議長はこれを否定した。一方では、船員の技術的あるいは人為的ミスが原因となった可能性を指摘する声もある。VDR(航海情報記録装置)の解析を含め、事故原因の追跡捜査が行われているものの、現時点で決定的な原因は明らかになっていない。

損害賠償金を支払うのは誰?負担割合の協議が難航

巨額の賠償請求は、保険会社の頭痛の種でもある。すでに保険業界は、新型コロナによる損害保険支払いの膨張に頭を抱えている。ブラウン会長は「ロイズの損失は1億ドル(109億4,046万 円)を上回る可能性がある」と語った。同社は全再保険請求の5~10%を引き受けると予想されている。

いずれにせよ、事故原因が解明され、補償の合意が成されるまで、エバー・ギビン号はビター湖に浮かんだまま、どこへも行くことが許されない。船主であれ保険会社であれ、「誰か」が賠償金を支払うことになるのは間違いないが、負担の割合を巡る協議は難航しそうだ。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)

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