
中小企業は、資本金や企業規模、社員数、知名度などで大企業に劣る。しかし、戦い方を工夫すれば中小企業でも大企業を圧倒できる。そこで参考にしたいのがランチェスター戦略だ。今回はランチェスター戦略の概要をはじめ、ビジネスで弱者が強者に勝つ戦略を解説していこう。
目次

ランチェスター戦略とは?
ランチェスター戦略とは、弱者と強者を区別したうえで勝機を探る競争理論だ。
中小企業が大企業に勝つための「弱者の戦略」として知られているが、もともと戦争で発案された戦略理論である。
戦争でもビジネスでも勝敗を決めるのは戦闘力だ。戦闘力が高いと有利にみえるかもしれない。しかし、戦闘力の定義を見直すことで、弱くても勝てることが判明した。
現在は、競争戦略のバイブルとして多くの企業で用いられている。
ランチェスター戦略の歴史
ランチェスター戦略の発端は、第一次世界大戦だ。
考え出したのは、イギリス人の航空工学エンジニアF・W・ランチェスター(1868年~1946年)だ。当時、戦闘機の開発に従事していた彼は、自分の製造した戦闘機が実践で生み出す成果に興味をもち、研究に着手する。
結果、兵力数と武器性能が敵への損害に大きく影響することを発見した。これがランチェスター法則の始まりである。
ランチェスターの法則は第二次世界大戦中、米軍に徴用されたコロンビア大学の数学教授であるB・O・クープマンらにより、ランチェスター方程式ともいわれるクープマンモデルに発展する。
軍事研究の成果は産業界にも応用され、現代の経営戦略の源流になった。
日本では、コンサルタントの田岡信夫(1927年~1984年)が、ランチェスター法則から戦略思想を、クープマンモデルから市場シェア理論を学び取り、競争戦略理論として体系化する。
この戦略理論がランチェスター戦略と呼ばれるようになった。
ランチェスター戦略の要点3つ
ランチェスター戦略の要点は3つにまとめられる。
要点1.ナンバーワン主義
ランチェスター戦略の要はナンバーワンを目指すことだ。ここでいうナンバーワンとは、単なる1位ではない。2位以下を大きく引き離す1位である。
なぜ、突出した1位でなければ意味がないのだろうか。1位と2位の差がわずかだと、2位の立場は常に1位の立場を攻めてくるので、激しい競争が続く。
結果として1位の立場は、地位の確保のために収益や資源を大きく消耗し、安定は得られない。
しかし、1位と2位の差が大きいと、2位の立場は諦める。1位に戦いを挑むと自社のリソースを消耗するからだ。最終的に争いを避け、棲み分けを考えるようになる。
そして1位の立場は、収益性・安定性・成長性を維持できる。
要点2.強者と弱者の定義
多くの人が、弱者は強者に勝てないと直感的に感じる。しかし、そもそも弱者と強者をどのように判断しているのだろうか。
ランチェスター戦略では、弱者と強者を具体的に定義した。ビジネスにおいて市場シェア1位を強者、2位以下を弱者としている。
経営規模で決めるわけではない。商品別・地域別・販路別・顧客別に見極めたうえで判断する。
日本の自動車産業について考えてみよう。自動車市場でトヨタが1位、ホンダが2位以下だったとする。商品を二輪車に替えると、ホンダが1位で強者となるケースもあり得る。
なぜ、弱者と強者を分けるのだろうか。強者と弱者では戦い方が異なるからだ。自分の立ち位置を見極めないと戦法を間違える。
要点3.勝ち易きに勝つ
弱者が強者に勝とうとするとき、強者の真似をしてしまいがちだ。残念ながら、この戦法では勝てない。
シェアを大幅に占有する強者との競争は、弱者にとっては消耗戦にしかならないからだ。
また、強者にとって弱者の参入は、市場の拡大と需要の活性化につながる。そして、消費者が選ぶのは常に強者だ。弱者が強者と互角に戦うのは避けたほうがよい。
資源を消耗せずシェアを伸ばしていくなら、勝てる市場でナンバーワンを積み重ねるのが無難だ。
そのためには市場を細分化し、上位に引けを取らないエリアや、下位より圧倒的に有利なエリア、強者の死角になっているエリアなどを選んで、重点的に営業をかけていく。
そのほか、商品を見直して長所を磨いていくのも、勝ち易さにつながる。
ランチェスター戦略の基本原則2つ
ランチェスターは、戦い方ごとに戦闘力の方程式も導き出した。一騎打の近距離戦における方程式を第一法則、集団の広域戦における方程式を第二法則という。
第一法則
第一法則は、1対1の戦いに関する法則だ。一騎打戦、局地戦、接近戦など、狭い範囲で敵に近づいて戦う際に当てはまる。
方程式で表すと、戦闘力=質×量となる。
質とは、商品の品質や性能のほか、売り方、サポート、価格、提案力などを指す。量とは、営業担当者数や営業拠点数、商談頻度、サービス数、店舗面積などが該当する。
第一法則は、基本的に弱者がとるべき戦法だ。現代ならば、顧客に自ら近づいて直接販売を行い、売り切る戦略を指す。
第二法則
第二法則は近代的な戦い方に関する法則だ。
一人ひとりの敵を狙い撃ちするのではなく、集団が複数の敵を攻撃する状況を想定し、広域戦や確率戦、遠隔戦に当てはまる。
方程式で表すと、戦闘力=質×量2だ。
第二法則は、強者がとるべき戦法だ。広告で多数の顧客に働きかけたり、卸売の力をフル活用したり、指名買いを促すマーケティングを行ったりする。
弱者に付け入る隙を与えない戦略である。
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ランチェスター戦略の4つの実務体系
ランチェスター戦略がよく用いられるシーンは、「地域戦略」「流通戦略」「営業戦略」「市場参入戦略」の4つに分けられる。実務体系によって意識すべきポイントは異なるため、それぞれの戦略の概要をチェックしていこう。
1.地域戦略
地域戦略は、主にシェアナンバーワンとなる地域をつくるために行う。具体的には、営業地域を「メーカーごと」「店舗の商圏」「流通のテリトリー」などに細分化し、自社が重点的にビジネスを行うエリアを見極めていく。
特に小売店や販売型店舗の場合、地域戦略はビジネス全体の成功を左右するポイントになる。販促イベントや外販営業などを行うことがないので、その代わりに地域戦略を充実させなければならない。
なお、ターゲットエリアを決める際には、人口や世帯数などの定量的なデータに加えて、地域住民の特性といった定性的なデータも確認する。したがって、市場分析には十分な時間をかける必要がある。
2.流通戦略
流通戦略とは、主に流通・販売チャネルをうまくコントロールして、シェアを広げていくための戦略である。
どのような業界でも、基本的には大企業が最大の流通・販売チャネルを有している。したがって、中小企業がビジネスを安定させるには、大企業とは違ったチャネルを確立させることが重要だ。
近年ではSNSやポータルサイトなどが発達した影響で、ネット通販などオンライン上のチャネルを活用するケースが多い。ただし、間接販売は顧客とのコミュニケーションを取りづらいため、中小企業にはインターネットを利用しない直接販売が向いていると言われている。
3.営業戦略
営業戦略では、顧客別の営業方針や訪問頻度などを見直しながら、営業に最適な体制を整えていく。マネジメントの正しい方向性は企業によって異なるが、以下の法則を意識すると戦略を立てやすくなる。
営業戦略 3つの法則 | 概要 |
---|---|
営業員攻撃力の法則 | 攻撃力=活動の質×活動の量 「優秀な人材」と「正しい方向性の活動の量」が揃えば業績(攻撃力)は上がっていく |
営業員攻撃量の法則 | 攻撃量=商談の時間×商談の頻度 顧客とのコミュニケーションを取る時間・頻度が増えるほど売上の機会(攻撃量)は多くなる |
営業チーム攻撃力の法則 | 攻撃力=活動の質×活動の量 正しい方向性の活動を多くこなせるチームがあれば生産量や業績(攻撃力)は相乗効果で上がっていく |
上記の法則をもとに営業戦略を考えれば、戦略全体の方向性がズレることを防げる。具体的な戦略を立てたら、上記の式に当てはめて「高い効果を得られるか?」や「コストや手間をかけるメリットがあるか?」などを慎重に検討しよう。
4.市場参入戦略
市場参入戦略では、主に参入する市場やタイミング、開発する新製品などを検討する。細かく見ると製品開発戦略や多角化戦略、市場開拓戦略などに分けられるが、どの戦略に関しても以下の点を意識して策定をすることが重要だ。
・狙っている市場が今どんな時期にあるのか?
・自社がいまどんな状況で戦っているのか?
・投入する製品は先発、後発のどちらに該当するか?
つまり、市場や自社の状況、製品を投入する順番などによって、とるべき市場参入戦略は変わってくる。
ランチェスター戦略を使うときのポイント3つ
弱者が強者に勝ち、シェアを伸ばしていくためには、弱者の戦法である第一法則をとる。第一法則で戦うときのポイントを3つ解説していく。
ポイント1.一点集中主義
ランチェスターの第一法則・第二法則からは、量が勝敗を決めるとわかった。営業担当者数や営業拠点数で劣る弱者には勝ち目がないように思えるが、工夫をすれば量を増やせる。
強者でも、すべてをカバーできるわけではない。実際の営業では、リソースを分散せざるを得ないからだ。
県全体では強者だが、一部の市は手薄になりがちなケースはある。また、現役世代のファンは多いが、高齢者層は未着手といったこともある。
つまり、勝てそうな分野に狙いを定めて一点集中で営業をかけるとよい。全体で量が少なくても、一部の領域ではライバルに勝れる。
ちなみにゴールは、ナンバーワンになるまでだ。標準では2番手の√3倍(約1.7倍)、2社間競争や顧客内での単品シェアに関する競争なら3倍の差をつける。
ポイント2.差別化
弱者が強者に勝つには、一点集中主義だけでは足りない。戦闘力の要素である質で対抗することも必要だ。
質を磨いて差別化を実現すれば、強者を圧倒できる可能性が生じる。
差別化の視点は主に下記の通りだ。
・マーケット(事業領域や客層)の差別化
・製品・サービス(性能や売り方、用途、見た目、サポートなど)の差別化
・価格の差別化
・流通(販売経路)の差別化
・地域の差別化
・販促(広報や情報発信、ブランディングなど)の差別化
・営業(営業方法や顧客満足、問題解決など)の差別化
・理念の差別化
ポイント3.市場の細分化
ナンバーワンを目指すべきだが、2位以下の企業が競合他社のトップシェアを突然奪うことはできない。
したがって、細分化した市場でナンバーワンを積み重ね、最終的に強者の立場を目指す。具体的なプロセスは下記の通りだ。
- 市場を細分化する
- 勝ち易い市場を定めて集中的に営業を行う
- 細分化した市場で1位になる
- 強者の戦略で2位以下と差をつける
- 少し規模の大きい別市場でトップを目指す
小さな市場であってもナンバーワンになれば、収益性・安定性・成長性が増す。結果、余力を蓄えられるので、別市場のトップも目指せる。
市場を細分化したあと、ランチェスターならではのABC分析や地域戦略を実施し、厳密に勝ち易い対象を選定したうえで、効率的に営業する。
ランチェスター戦略で成功した事例
今は大手として知られている企業も、実はランチェスター戦略で現在の地位を築いているケースがある。ここからは、ランチェスター戦略で成功した事例をまとめたため、戦略を策定する前にチェックしていこう。
1.アシックス
スポーツ用品メーカー国内最大手の『アシックス』は、当初はミズノよりも小さいシェアだった。しかし、バスケットボールシューズの製造販売に一点集中したことをきっかけに、業界内でのポジションは大きく変わっていく。
また、在庫商品を店舗に並べるのではなく、先に競技者のニーズを調査してから製品をつくり始めた点も参考になるポイントだ。これは弱者がとるべき基本的なランチェスター戦略であり、アシックスもこの戦略によって着実にシェアを伸ばしていった。
2.アスクル
文具業界二番手プラスの子会社だった『アスクル』は、通販という新たな販路にいち早く取り組み、強者である『コクヨ』を上回るようになった。一方で、コクヨは代理店・特約店・小売店という販売網がすでにあったため、競合する通販業務には注力できなかった。
アスクルのように強者の弱みをうまく突ければ、弱者である中小企業にも十分にチャンスはある。
3.アパホテル
全国に施設を展開する『アパホテル』は、もともと発祥地である石川県で局地戦を展開していた。石川県の観光地としては金沢市が有名だが、アパホテルはあえて人口の多いエリアには出店せず、金沢市を三角で取り囲むように(※3点攻略法と呼ばれる)展開エリアを広げていった。
この戦略が見事に功を奏し、石川県ではナンバーワンのシェアを誇るホテルへと成長。この実績を作り上げた後に、アパホテルは東京や大阪などへの進出を実現させている。
4.セイコーマート
コンビニエンスストアを展開する『セイコーマート』は、大手3社に打ち勝つため営業エリアを北海道に絞っている。また、安価な総菜をオリジナルブランドとして提供したり、独自のイートインブランドを構築したりなど、独自の付加価値をつくることで大手との差別化を図ってきた。
また、あえて人の少ない郊外に店舗を増やしている点も、セイコーマートならではの工夫だろう。ターゲットとなる人口が少なくても、競合がいなければシェアを独占できる。
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文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)