会社が赤字に転落したニュースでは、繰延税金資産という言葉を聞くことがある。
新型コロナウイルスの感染拡大による業績への影響が不確実だとして、将来の税金還付を見込んで過去に計上した繰り延べ税金資産を取り崩し、最終赤字となった。
取り崩すという表現があるが、具体的な意味がよくわからない方もいることだろう。今回は、繰延税金資産の概要をはじめ、会計処理の仕訳や回収可能性などについて解説する。
目次
繰延税金資産とは
企業会計と税務会計の差が将来的に解消されたとき、課税所得を減額する効果を持つ差異は、将来減算一時差異という。
繰延税金資産とは、将来減算一時差異に関して、将来の課税所得から減額できる額を資産として計上する会計科目である。
前払いした税金がいずれ戻ってくる想定のもと、払いすぎた税金相当額を貸借対照表の資産の部に計上する勘定科目といえば、わかりやすいかもしれない。
業績が悪化すると、繰延税金資産に価値がなくなったとみなされる。結果として、計上していた繰延税金資産を取り崩して、損失処理しなければならない。
繰延税金負債との違い
繰延税金資産と反対の言葉に、繰延税金負債もある。
企業会計と税務会計の差が将来的に解消されたとき、課税所得を増額する効果を持つ差異は、将来加算一時差異という。
繰延税金負債は、将来加算一時差異に関して、企業会計と税務会計の差が解消したときに、税金を増やすことがあるものを計上する。
支払いが猶予されている税金をいずれ支払う想定のもとで、未払いの税金相当額を貸借対照表の負債の部に計上する勘定科目といえば、わかりやすいかもしれない。
企業会計と税務会計で差が生じる理由
企業会計は会社の状態を正確に表すための処理であり、一方、税務会計は公平に納付すべき税金を計算するための処理である。
企業会計は会社の事情を細かく考慮するが、税務会計は会社の事情には細かく踏み込まず、両者に差が出てしまう。
繰延税金資産に関する会計・税務処理
繰延税金資産に関する会計・税務処理について解説する。
繰延税金資産の会計処理
1年目に企業会計と税務会計で300の差が生じ、3年目に解消して100の税金が減少するとして、仕訳を考えてみたい。
【1年目】
借 | 繰延税金資産 | 100 | 貸 | 法人税等調整額 | 100 |
---|
将来における税金の軽減額である100を繰延税金資産に計上する。この場合、法人税等調整額は貸方に計上され、利益に相当する額として損益計算書に計上される。
【3年目】
借 | 法人税等調整額 | 100 | 貸 | 繰延税金資産 | 100 |
---|
繰延税金資産を取り崩す場合、法人税等調整額は借方に計上され、費用に相当する額として損益計算書に計上される。
繰延税金資産として計上すべき金額は、下記の通りだ。
繰延税金資産=企業会計と税務会計の差額×実効税率(差が解消される時点)
実効税率は、資本金や会社の所在地などによって異なるが、東京都にある資本金1億円以下の会社であれば約35%となっている。
繰延税金資産の税務処理
企業会計で、繰延税金資産や法人税等調整額を計上した場合であっても、税務会計ではそれを認識できない。計上した場合、税務上では別表4や別表5(1)などで調整する。
会計処理の例をもとに、法人税申告における記載を確認してみよう。
【1年目】
別表4は下記の通り記載される。
区分 | 留保 | 社外流出 | |
---|---|---|---|
減算 | 法人税等調整額 | 100 |
別表5(1)は下記の通り記載される。
区分 | 期首 | 当期の増減 | 期末 | |
---|---|---|---|---|
減 | 増 | |||
繰延税金資産 | △100 | △100 |
【3年目】
別表4は下記の通り記載される。
区分 | 留保 | 社外流出 | |
---|---|---|---|
加算 | 法人税等調整額 | 100 |
別表5(1)は下記の通り記載される。
区分 | 期首 | 当期の増減 | 期末 | |
---|---|---|---|---|
減 | 増 | |||
繰延税金資産 | △100 | △100 | 0 |
繰延税金資産に計上できる例4つ
繰延税金資産に計上できる例を4つ挙げていく。
計上できる例1.減価償却
繰延税金資産に計上される例として、減価償却の差異がある。
例えば、価格が10,000である機械の減価償却を定額法で行うとしよう。企業会計では4年で減価償却したが、税務会計では5年となっていれば、企業会計と税務会計で差が出る。
会計の種類 | 減価償却費 |
---|---|
企業会計(4年) | 10,000×0.250 = 2,500 |
税務会計(5年) | 10,000×0.200 = 2,000 |
差額 | 500 |
年間で500の差が発生しているとわかるだろう。1年目~4年目と5年目の仕訳は以下の通りだ。なお、実効税率は35%とする。
【1年目~4年目】
借 | 繰延税金資産 | 175 | 貸 | 法人税等調整額 | 175 |
---|
差額500に実効税率(35%)をかけた175が、繰延税金資産に計上される。
【5年目】
借 | 法人税等調整額 | 700 | 貸 | 繰延税金資産 | 700 |
---|
税務会計のみで減価償却が行われるので、2,000に実効税率(35%)をかけた700の繰延税金資産を取り崩す。取り崩す金額は、1年目から4年目まで積み立てた175の4年分でもある。
減価償却累計額は、企業会計も税務会計も同額となり、繰延税金資産はなくなる。
ちなみに、計上される減価償却累計額と繰延税金資産の関係は、以下の表の通りだ。
1年目 | 2年目 | 3年目 | 4年目 | 5年目 | |
---|---|---|---|---|---|
企業会計上の減価償却累計額 | 2,500 | 5,000 | 7,500 | 9,999 | 9,999 |
税務会計上の減価償却累計額 | 2,000 | 4,000 | 6,000 | 8,000 | 9,999 |
差額 | 500 | 1,000 | 1,500 | 1,999 | 0 |
繰延税金資産 | 175 | 350 | 525 | 700 | 0 |
計上できる例2.賞与引当金
繰延税金資産に挙げられる例として、賞与引当金がある。
企業会計では、基本的に期間の経過によって見積もり計上される。しかし税務会計では、支払義務が生じた時点で経費となる。
そのため、期間をまたぐ場合に企業会計と税務会計で差が生じるが、支払いが行われたときに差は解消される。
計上できる例3.棚卸資産の評価損
繰延税金資産に計上される例として、棚卸資産の評価損もある。
企業会計では、商品が売れ残った場合に評価損を計上するが、税務会計では、計上できないこともある。
その際、差額に実効税率をかけた金額を繰延税金資産として計上し、売却や廃棄によって商品がなくなったときに取り崩す。
計上できる例4.貸倒引当金
繰延税金資産として計上される例として、貸倒引当金も挙げられる。
あらかじめ将来の貸し倒れに備えて見積もるが、税務会計では引当金として計上できる金額が決まっている。
しかし、企業会計では現実に近づけるように設定するため、税務会計で決められた金額以上に設定することも多い。
繰延税金資産は、企業会計と税務会計の差額に実効税率をかけた金額を計上する。返済時や貸し倒れ時に差が解消されるため取り崩す。
繰延税金資産に計上できない例2つ
繰延税金資産に計上できない例を2つ確認してみよう。
計上できない例1.交際費
中小企業については800万円までなど、交際費は経費として計上できる部分があるが、税務上では経費と認められないケースもある。
企業会計と税務会計で差が生じているが、この差が将来解消されることはない。そのため、余分に支払うことになった税金は、繰延税金資産に計上できない。
計上できない例2.罰金
会社が法律に違反して支払った罰金も、税務上では経費とは認められない。
企業会計と税務会計で差が生じているが、将来的に継承されないため、繰延税金資産に計上できない。
繰延税金資産の回収可能性について
繰延税金資産は、回収可能性がある場合に計上が認められる。繰延税金資産の計上可否や、回収可能性がなくなったケースについて説明していく。
回収可能性の観点
繰延税金資産は、企業会計と税務会計の差が解消されるとしても、支払う税金が減少しないとわかる場合は計上できない。
回収可能性については、およそ以下の観点から決められる。
・将来、税務会計上の利益で認識されている将来減算一時差異をどれだけ減少できるか
・現在や過去の税務会計における欠損金(赤字)の有無
・将来減算一時差異と同じ年に解消する将来加算一時差異を相殺しきれるか
実際に繰延税金資産の計上可否は、将来の収支見込を計算したうえで、制度に詳しい公認会計士等に相談するのが望ましい。
回収可能性がなくなった場合
回収可能性がなくなった場合は、その年に繰延税金資産をすべて取り崩して消滅させる。例えば、100ある繰延税金資産を取り崩す場合の仕訳は下記の通りだ。
借 | 法人税等調整額 | 100 | 貸 | 繰延税金資産 | 100 |
---|
企業会計と税務会計の差異が解消されたときと同じ仕訳であり、法人税等調整額が現れる。
回収可能性がなくなったときは通常、赤字幅が拡大するケースが多い。
繰延税金資産を理解して適切に会計・税務処理を行う
以上、繰延税金資産について説明した。
具体的な仕訳の例や税務処理を確認することで、繰延税金資産の取り扱いについてもイメージが湧いたのではないだろうか。
繰延税金資産を正しく理解して、適切な会計・税務処理を実行していきたい。
文・中川崇(公認会計士・税理士)