
背任罪とは、任務に背く行為をして会社などに損害を発生させると成立する罪である。日産前会長のカルロス・ゴーン氏が特別背任罪に問われたことから、「何をすれば罪に問われることになるのか」と気になる人も多いだろう。この記事では、背任罪の構成要件や時効、事例、および横領罪とは何が違うのかなどについて、わかりやすく解説していく。
背任罪とは?



背任罪とは、刑法247条に規定されている犯罪だ。条文は以下のものとなっている。
刑法第247条(背任)
他人のためにその事務を処理する者が、自己もしくは第三者の利益を図りまたは本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
背任罪の構成要件と罰則、時効、および特別背任罪との違いについて以下で詳しく見ていこう。
背任罪の構成要件4つ
背任罪の構成要件は以下の4つに分解できる。
(1)他人のためにその事務を処理する者
(2)自己もしくは第三者の利益を図りまたは本人に損害を加える目的
(3)その任務に背く行為
(4)本人に財産上の損害を加えたとき
それぞれの具体的な内容は以下のようになる。
(1)他人のためにその事務を処理する者
背任罪の成立には、他人のために何らかの事務処理をしていることが必要だ。たとえば、会社に雇われた社員が、会社の業務を行っている場合などが当てはまる。
ただし「事務」は、財産上の利益に関するものでなければならない。財産と関係ない事務処理をまかされているだけの場合には、背任罪の主体とならない。
(2)自己もしくは第三者の利益を図りまたは本人に損害を加える目的
背任罪が成立するには、その行為の目的が「自己もしくは第三者の利益を図る」こと、または「本人(委託者=会社)に損害を加える」ことでなければならない(図利加害目的)。ここで「利益」は経済的なものだけでなく、立場や身分、信用など社会的なものも含まれる。
行為が本人(会社)の利益になると純粋に信じただけのものである場合には、背任罪は成立しない。会社の利益を図る目的と、自己や第三者の利益を図る目的とがどちらも含まれる場合には、自己や第三者の利益を図ることが主な目的であったとすれば、図利加害目的は認められるとされている。
(3)その任務に背く行為
「その任務に背く行為」は、当然そうすべきと法的に期待される行為に反することを行うことだ。「法的に期待される行為」は法令や契約、信義則などを踏まえ、事務処理の内容や性質、さまざまな事情などを総合的に考慮して判断されることになる。具体的には、以下のようなものが当てはまる。
・銀行の融資担当が、会社のルールでは審査に通らない人に、個人的な理由から貸付をする(不正貸付)
・不動産の価値を正しく鑑定すべき不動産鑑定士が、本来の価値を大幅に上回る価格で不動産を評価する
・社外秘の情報を外部に漏らす
(4)本人に財産上の損害を加えたとき
背任罪の成立には、本人(会社)に財産上の損害が発生しなければならない。任務に背く行為をしても、会社に損害が発生しなければ背任罪は成立しない。ただし、この「損害」には、既存の財産が減少する「積極的損害」と、得られるはずの利益が得られなかった「消極的損害」の両方が含まれる。
背任罪の罰則
背任罪の罰則は5年以下の懲役刑、または50万円以下の罰金刑だ。
背任罪の時効
背任罪の時効は5年である。したがって、背任罪に当てはまる行為をしても、それから5年が経過すれば逮捕や起訴などはされない。
特別背任罪との違い
特別背任罪は、日産の会長だったカルロス・ゴーン氏がこの容疑で逮捕されたため、記憶に新しい人も多いだろう。
特別背任罪は会社法第960条1項で定められていて、構成要件は背任罪と基本的に同じである。それでは何が「特別」かといえば、行為者が背任罪とは違うのだ。会社の取締役や支配人など一定の地位にある人が背任罪に当てはまる行為をすれば、特別背任罪に問われることになる。
会社の経営に大きな影響を及ぼす人を処罰の対象としているため、罰則も「10年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金、またはこれを併科する」と格段に重くなっている。時効も、背任罪が5年であるのに対して7年だ。
背任罪が未遂の場合はどうなる?
背任罪が未遂に終わった場合は、どうなるのだろうか。この場合、本人(会社)に損害が発生しなければ背任罪は成立しないが未遂だから許されるというものではない。刑法第250条では「この章の罪の未遂は、罰する」とあり、背任未遂でも処罰される可能性があるのだ。
横領罪には、未遂罪というものはないが背任罪の場合、結果的に財産上の損害が発生していなくても背任行為に着手していれば背任未遂罪が成立する可能性がある。背任罪が未遂となるかどうかは、財産上の損害発生の有無によって判断される。
背任罪と横領罪の違いは?
背任罪と類似した犯罪として横領罪がある。「背任罪と横領罪はどう違うのか?」と気になる方もいることだろう。ここでは背任罪と横領罪の違いについて見ていこう。
横領罪の規定がある刑法252条は以下のとおりだ。
刑法252条(横領) 自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。 2 自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。
横領罪と背任罪は構成要件が重なる部分があり、一つの行為が横領罪にも背任罪にも当てはまることがある。両者の違いは、以下のとおり行為と目的から判断され、刑罰も異なったものとなっている。
行為の違い
背任罪と横領罪の第一の違いは「行為」である。横領罪を構成する行為が「他人から預かって保管している物を自分の物にしたり、勝手に処分したりすること」に限定されているのにたいし、背任罪は「任務に背いて損害を与えること」とだけ規定され、特定の行為を限定していない。そのため、横領罪が適用できなくても背任罪なら成立するケースもある。
目的の違い
背任罪と横領罪の次の違いは「目的」だ。横領罪の目的が、他人の物を「自分の物にする」ことであるのに対し、背任罪は自分の利益だけでなく「第三者の利益を図る」ことも成立要件とされる。したがって、自分には経済的利益がなくても成立することがある。
刑罰の違い
背任罪と横領罪は刑罰も違う。横領罪の刑罰が「5年以下の懲役」であるのに対し、背任罪は「5年以下の懲役または50万円以下の罰金」だ。
罰金のみで済ませられることもある背任罪と比較して、懲役を受けなければならない横領罪の方が、刑罰が重いことになる。したがって、横領罪と背任罪の両方が成立しうる場合には、より刑罰が重い横領罪での処罰となる。
ちなみに、業務上で横領を行った場合には「業務上横領罪」が適用される。業務上横領罪は刑罰が「10年以下の懲役」となっており、背任罪や横領罪と比べて格段に重くなっている。
背任罪の事例
不正融資などは背任罪の典型例といえる。背任罪と特別背任罪に関する実際の事例を見てみよう。
・地方公共団体である県の副知事、担当部局の部長、課長の各要職にある被告人3名が、すでに県内の協業組合が県から合計14億円余りの貸付を受けていたにもかかわらず、当該協業組合に対して10億円余りの不正融資を行い、県に損害を与えた行為が背任罪となった。被告らは、協業組合から事業開始後まもなく倒産の危機にあることを訴えられた。
協業組合の代表理事らが工事業者と結託して県の指導により貸付時の条件とされていた自己資金を調達せず増資を偽装するなどによって、貸付金を県からの詐取と知りながら不正融資を行ったのである。被告人3名は、それぞれに懲役2年2月、懲役1年8月、懲役1年6月の実刑が言い渡された。【高松高裁平成17年7月12日判決 平成15(う)188背任被告事件】
・「日産前会長のカルロス・ゴーン氏が、私的な投資で発生した損失を日産に付け替え、18億5,000万円の損失を日産に負わせた。また、契約を自分の資産管理会社へ戻す際、信用保証を取り付けてもらった知人に対し、日産の子会社から16億3,000万円を入金させた」
特捜部は、損失の日産への付け替えと子会社から知人への入金の2つについて、特別背任罪が成立すると判断している。

・「信用組合の専務理事が理事長の指示に従い、回収が困難とはっきりと認識しながら、十分な担保を確保せずに貸付を行った」 理事長の指示があっても、最高裁において特別背任罪が認定された事例である。

・「会社の代表取締役が他社の従業員と共謀し、架空取引をくり返すことにより計451万円を入金させた」 損害額が大きいことから、懲役1年6ヵ月、執行猶予3年の判決が下っている。

背任罪で逮捕される際の流れ
背任罪で逮捕されるまで、および逮捕されてからの流れを見ていこう。


逮捕されるまでの流れ
背任罪の事件は、不正貸付や架空取引などが会社に発覚するところから始まる。不正を知った会社は事実関係を調査し、不正を犯した社員に対して損害賠償請求をすることが一般的だ。社員と示談交渉し、示談が成立しなければ、会社は警察に被害届を出したり、あるいは刑事告訴をしたりする。
ただし、犯行が悪質と会社が判断した場合には、示談交渉なしにいきなり刑事告訴されるケースもある。被害届提出や告訴を受けた警察は、立件の必要があると判断すれば捜査を進める。捜査の過程で、警察が必要と判断すれば逮捕されることになる。
逮捕後の流れ
逮捕後は、事件は以下のように進んでいく。
・送致
逮捕後48時間以内に警察は、検察へ身柄を引き継ぐ(送致する)かを判断する。送致されない場合には釈放される。
・勾留
検察へ送致されると検察は、引き続き身柄を拘束(勾留)する必要があると判断した場合には、裁判所に対して勾留請求を行う。裁判所は、罪証隠滅や逃亡のおそれなど勾留要件を満たすと判断すれば、勾留を認める。勾留は原則として10日間で、やむを得ない事由があると判断されれば、さらに最大10日間まで延長が認められる。
・起訴
勾留が満期となる前に、検察は起訴か釈放かを決定する。起訴されれば刑事裁判が行われることになる。
・裁判
裁判には、法定に出廷して行う正式裁判と、法定に出廷する必要がない略式裁判の2種類がある。懲役刑が求刑される場合には正式裁判が行われるが、罰金刑が求刑される場合は略式裁判となることもある。
日大理事逮捕に見る背任罪
2021年11月に世間をにぎわせた日大理事逮捕の事件から背任罪が成立するポイントについて解説する。この事件は、日大理事が日本大学事業部の取締役として業務に関わっていた事件で、事件の概要は、以下の通りだ。
日大は、2019年12月の医学部付属板橋病院の建替工事の際に「プロポーザル」と呼ばれる設計・監理業者を選ぶ提案型の審査の業務を日大の完全子会社の日本大学事業部に委託。日大事業部は、都内の設計事務所と24億4,000万円で契約し2020年7月に第1回目の支払いとして約7億3,000万円を支払った。
この都内の設計会社の提案書は、総額20億円前後だったが日大理事が約26億円に水増しするよう に設計会社側へ指示した疑いがあったのだ。また同設計会社を選ぶ際にも日大理事によって評価点が水増しされて選ばれたともいわれている。
2020年8月に理事の指示によって、コンサルタント代金という名目で、設計事務所から前理事長が全額出資したペーパーカンパニーの疑いがある会社に、2億2,000万円が送金された。さらに翌月同ペーパーカンパニーから理事の知人が所有する都内のコンサルタント会社に6,600万円が送金された。
このうち3,000万円は、11月に知人側の都内別会社に送金されている。また医療法人グループ側からは、複数の会社を通じて日大理事に2,500万円が支払われているそうだ。特捜部は、金銭のやり取りを聴取するとともに同理事が日大に不要な2億2,000万円を含む契約を結ばせ大学側に損害を与えたとの疑いをかけた。
ここで背任罪が成立するポイントを再確認してみよう。
(1)他人のためにその事務を処理する者
(2)自己もしくは第三者の利益を図りまたは本人に損害を加える目的
(3)その任務に背く行為
(4)本人に財産上の損害を加えたとき
背任罪が成立するポイントを踏まえると以下のことがいえる。
日大理事が日本大学事業部の取締役として業務に関わっていれば「他人のために事務を処理する者」となる。また医療法人グループ側から複数の会社を通じて日大理事に2,500万円が支払われているとすれば「自己もしくは第三者の利益を図る」ことになり図利加害目的(とりかがいもくてき)が認められるといえる。
設計会社を選ぶ際に日大理事により評価点が水増しされて選ばれた点も任務に背く行為といえるだろう。この理事が日大に不要な2億2,000万円を含む契約を結ばせたことが本当であれば、大学側に財産上の損害を加えたことになる。
背任行為をしてしまった場合はどうすれば?
背任行為をしてしまった場合には、逮捕され、勾留・起訴されることもある。処分や刑罰を少しでも軽くするためにはどうすればよいかを見ていこう。
会社と示談交渉をする

最初にすべきことは、会社と示談交渉を進めることだ。示談が成立した場合には、会社は被害届提出や刑事告訴を思いとどまることがある。被害届提出や刑事告訴が会社からされない場合は、刑事事件化されて逮捕されるなどの可能性は大幅に低くなる。
ただし、背任罪の被害額は、非常に多額になるケースも少なくない。損害金の一括弁済が難しい場合には、減額や分割払いをお願いするのもよいだろう。
もし逮捕されてしまったら
もし逮捕されてしまったらすぐに弁護士へ依頼するしかない。背任罪や特別背任罪で逮捕されれば拘留される可能性が高いため、刑事事件に強い弁護士に依頼して身柄解放に向けた刑事弁護をしてもらうのがよいだろう。
早い段階で被害を弁償することができれば不起訴となることも考えられる。また背任行為の事実を争うのには準備が必要だ。弁護士に示談の交渉や刑事弁護をしてもらうなど早い対応が必要であることに留意しなければならない。
弁護士に相談する

背任行為が会社に発覚した場合には、できるだけ早い段階で弁護士に相談しよう。弁護士への相談で、以下のものが期待できる。
・会社との示談交渉を進める
・逮捕や勾留決定された場合に釈放を求める
・取り調べに対するアドバイスをする
・不起訴処分や執行猶予を目指して有利な証拠を集める
・十分な証拠がある場合には無罪を主張する
背任行為は弁護士に相談しよう

背任罪は、自分や第三者の利益を図ることを目的とし、任務に背いて会社に損害を与えた場合に成立するものである。逮捕・起訴された場合は、5年以下の懲役刑または50万円以下の罰金刑を受ける可能性もある。背任行為をした場合には、まずは会社と示談交渉を進めることが重要だ。弁護士に相談し、処分・刑罰を少しでも軽くするよう、誠意をもって対応しよう。
背任罪に関するQ&A
Q1.背任罪とは何ですか?
A.背任罪とは、任務に背く行為をして会社などに損害を発生させると成立する罪であり刑法第247条に規定されている。背任罪が成立する構成要件は、以下の4つ。
・他人のためにその事務を処理する者
・自己もしくは第三者の利益を図りまたは本人に損害を加える目的
・その任務に背く行為
・本人に財産上の損害を加えたとき
これらの有無によって背任罪の成立が判断される。
Q2.背任罪の罰則は?
A.背任罪の罰則は、刑法第247条で「5年以下の懲役刑、または50万円以下の罰金」と刑法で定められている。また特別背任罪は、会社法第960条1項で定められており構成要件は背任罪と基本的に同じだ。しかし会社の取締役や支配人などの一定の地位にある人が対象となる。特別背任罪は、会社の経営に大きな影響を及ぼす人を処罰の対象としている。
そのため罰則も「10年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金、またはこれを併科する」と背任罪に比べて格段に重い。
Q3.背任罪と横領罪、どっちの罪が重い?
A.背任罪と横領罪では、以下のように刑罰が異なる。
・横領罪:5年以下の懲役
・背任罪:5年以下の懲役または50万円以下の罰金
罰金のみで済む可能性がある背任罪に対し、懲役を受けなければならない横領罪のほうが罰が重いといえる。また横領罪と背任罪の両方が成立しうる場合には、より刑罰が重い横領罪での処罰となる。なお業務上で横領を行った場合には「業務上横領罪」が適用され刑罰は「10年以下の懲役」とさらに重い。
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文・金城 寛人(中小企業診断士)