高機能×安さで客殺到~行列のできる作業服専門店
そのファッションショーの舞台の上にはなぜか氷が置かれている。そこに土砂降りの雨や暴風が。モデルがずぶぬれになりながらポーズを決める。名付けて「過酷ファッションショー」。これを手がけたのがワークマン。ファッショナブルなのに過酷な状況でも耐えられる機能性をアピールしていたのだ。
もともとワークマンは建設現場などで働く人のための作業服専門店。だが、2018年から新業態のワークマンプラスを展開し、イメージを一新した。高機能と低価格はそのままに、一般の人でも着やすいカジュアル性をプラスしたのだ。
ワークマンプラスはいま、出店ラッシュをかけている。この日は千葉・木更津市に木更津潮見店がオープン。朝の10時、店の外まで大行列ができていた。
この日の目玉商品は「フュージョンダウン」(3900円)。魅力は安さだけではない。表示には「洗える」と書いてある。中綿は天然ダウンとポリエステルのミックス。洗濯に弱いダウンを、撥水性のある特殊なポリエステルがガードするため、洗ってもふんわり感が落ちにくい。さらに「穴が開いてもふさがる」と書いてある。
「こちらはリペアテックというワークマンが新開発した素材になります。自己修復する魔法の生地です」(商品開発担当・中野登仁)
これだけの機能がついているから、オープンしたばかりのこの店でもすぐに完売した。
「ヒーターベスト」(3900円)にも人だかりが。一見ごく普通の防寒ベストだが、ポケットに別売りの小型バッテリーを入れてオンにすると、腰と首の後ろのヒーターが発熱する。スイッチで3段階に温度が変わり、最長で16時間持つという。
靴のコーナーにも防寒対策に注目のアイテム「LIGHTスリッポン」(1900円)が。脱いだり履いたりが楽な上に、表は水を弾き、汚れが付きにくい加工が施されている。中にはボアがついていて温かい。
この日は社長・小濱英之(51)も接客に。ワークマンプラス成功の立役者であり、2019年4月、部長から重役を飛び越えて社長に就任した注目の経営者だ。
「ワークマンはプロの客をメインターゲットにしていたけど、客層を拡大するのに一般の客にも来てくださいというイメージで、作業 プラス アウトドア、作業 プラス スポーツにも使えますという『プラス』です。客層もプラスにしたいという『プラス』も入ってます」(小濱)
職人が認める機能性と安さ、そこにファッション性もプラスして、小濱は、ワークマンプラスをこれまでに250店以上出店してきた。
キャンプにも自転車通勤にも~超破格ビジネススーツも登場
今年、そんな小濱が首をひねるほど売れ出した商品が綿ヤッケの「アノラックパーカー」(1900円)だ。もともとは溶接工向け。綿だから火の粉が飛んできても燃えにくい。それが突然、ある趣味の人たちに爆発的に売れ出したのだ。
「たき火をする人が、高いダウンだと穴が開くので、これを着れば自分の服も守れるし、気兼ねなくたき火が楽しめるので人気になりました」(小濱)
コロナの影響か、ソーシャルディスタンスが取れるレジャーとして大人気のキャンプブームに見事にはまったという。キャンプ場では実際のユーザーから「アウトドアのメーカーになると数万円はくだらない。それを安く済ませて他のキャンプギア(道具)を買ったりもできますし」という声が聞かれた。
一方、コロナ禍で密を避けるため、自転車通勤を勧める企業も増えている。実際、店には自転車通勤用のウェアを買い求める客の姿が。「BAGinレインジャケット」は、後ろのジッパーを開くと背中の部分が広がる。リュックを背負ったまま着ることができるから、雨が降っても荷物をぬらさない。
来年2月にはワークマン初のビジネススーツも発売予定。東京・台東区の製品開発センターで見た試作品にはとんでもない機能がついていた。オレンジジュースやケチャップをかけても、染み込まずに滑っていく。生地に特殊な撥水加工がしてあり、ほとんどの汚れを弾いてしまうのだという。このスーツを「ジャケット2900円。パンツ1900円でやろうと考えています」(小濱)。
47都道府県で唯一ワークマンがなかった宮崎県に11月26日、都城上川東店が初出店。開店時間の朝7時には大行列ができていた。「ただいまオープンします。今後ともよろしくお願いします」という宮本宏幸店長のあいさつに拍手が沸いた。
アパレル不況が進む中、ワークマンは絶好調。いまや902店舗を展開し、ユニクロを上回る勢いだ。
「最終的には1500店舗を日本に出して、安くていい商品を開発し続けるというのがワークマンの使命かなと思っています」(小濱)
女性客が殺到する新業態~商品開発の舞台裏
10月16日、横浜市桜木町の商業施設「コレットマーレ」に400人以上の行列が。お目当ては「ワークマン女子」。小濱が仕掛けた新たな店だ。
花柄をあしらった「レディース高撥水シェルジャケット」は水を弾き汚れが落ちやすい機能がついて値段は1900円。作業服のイメージを払拭したおしゃれなデザインだ。
実際には男性ものも置いてあるが、それを感じさせない店づくりが特徴。さらに、女性が楽しめる工夫がいろいろある。
例えば靴売り場の床には絵が。見ていると、女性客がそこで写真を撮り始めた。これはSNSに写真を投稿する人のためにデザインしたもの。店内の写真撮影は自由、SNS映えするスポットを店内に作り、楽しめるようになっている。アップしてくれて拡散すればいい宣伝になるというわけだ。
ワークマンにはデザイナーがいない。だがその代わりの役割を果たす人たちがいる。
茨城・桜川市。山林で活動する女性は、ワークマンのモノづくりのキーパーソン、Nozomiさんだ。彼女は畑を荒らすイノシシを捕獲する、免許を持った罠猟師。この活動をするため、2年前に東京での会社勤めをやめ、移住したという。
Nozomiさんがベストの下に着ているのは「ワークマンさんと共同開発させていただいたブルゾン。後ろにも大容量のポケットが。荷物が多いので、猟師の目線でいいと思う機能を提案しました」。
Nozomiさんは自分のユーチューブチャンネルを持っており、そこで、気に入ったワークマンの商品を勝手に紹介していた。これに目をとめたのが、営業企画部でSNSを担当する丸田純平だ。「猟師っていう全くの異業種。ワークマン製品を好きでいてくれるという2点から」(丸田)Nozomiさんに連絡を取り、商品づくりのアドバイスをするアンバサダーになってもらった。
この日はNozomiさんとリモートで商品開発会議。来年の春夏に向けた新作の「防虫アノラックシェルパーカー」について意見を聞いた。虫がつきにくい成分が生地に加工されているという。
「私は山に入る時、マダニの侵入を防ぎたい。なので、もっと袖口とかでダニが入りづらいデザイン、マジックでつぼまるようになっていたらありがたいというのがあります」とNozomiさん。後日、試作品を送って実際に着てもらうという。こうした繰り返しで商品化につなげているのだ。
こうしたアンバサダーは他にもいる。ママさんブロガーのサリーさんとはキャンプ用のウェア「コットンキャンパー」を開発。ねこまるさんとは「高撥水性シェルジャケット」を開発した。こうしたさまざまな分野を担うアンバサダーがすでに30人以上もいるという。
「こうやってコミュニケーションがしっかりとれて意見を交換できて、商品テストまでやっていただけるとなると、本当にかけがえのない存在です。アンバサダーとともに開発するというのは、今後の進化させるべき開発の形なんじゃないかと思います」(商品開発担当・中野登仁)
作業服をカジュアルに~ヒット請負人の大出世物語
群馬・伊勢崎市にあるワークマン関東信越本部。全国に900ほどあるフランチャイズ店を326人の社員が支え、さらに商品開発も担っている。
ワークマンは2年前にもカンブリア宮殿に登場。その時の社長は栗山清治氏だった。栗山氏が社長に就任した2009年、ワークマンはどん底状態にあった。スタジオトークはその話題に及ぶと、栗山氏は「何をやっても売れない。女性が入りにくい。それでお客さんを作ってきたところがあって。なかなか変えにくかった。そういう意味では変えないと次はない」と語っていた。
2009年当時、リーマンショックによる建設不況で職人の来店が減り、売り上げが減少。思い切った改革が必要だった。
客層を拡大するため新商品の開発に乗り出すワークマン。栗山氏がこの難事業を託したのが、当時、商品開発の責任者をしていた小濱だったのだ。
「客層を拡大しなくてはいけないということで、今までにない商品を増やしていかないと」(小濱)
その時、小濱はある店長が「職人さんたちは休みの日もうちの作業着を着ているらしい。釣りにちょうどいいんだそうです」と話していたのを思い出す。
小濱はひらめいた。目をつけたのが防水機能に優れたカッパの改良だった。
「今あるカッパで、もう少しおしゃれで動きやすくて、作業以外でも使えるものを作れないか」(小濱)
小濱はアイデアをまとめると中国へ。品質のいいものを安く作ってくれる工場を、中国中を回って探し出した。そして出来上がったのが、透湿防水防寒スーツ「イージス」だ。
街中でも着られるポップな色合い。最大の売りは高い防水性で、普通の傘の30倍。これに蒸れにくさや防寒の機能までつけて、上下6800円で売り出した。
するとまず、バイクライダーの間で話題になった。続いて釣り人たちにも。釣り場はワークマンカラーに染まっていった。
小濱が仕掛けた次の一手は、カッパに伸縮性も加えたストレッチ素材のレインスーツ。動きやすく、よりスポーティなシーンで使えるものを開発した。狙いは当たり、累計100万着を超える大ヒット商品となった。
こうした新商品をひっさげて、2018年9月、ワークマンは東京・立川市のショッピングセンター「ららぽーと立川立飛」に新たなコンセプトの店「ワークマンプラス」をオープン。この店の運営も小濱が任された。
アウトドアやスポーツ系の割合を増やし、店を明るい雰囲気に。初めてマネキンも設置した。するとショッピングセンター内ということもあってか、特に女性客が増えていった。 その成功を見届けるように2019年4月、栗山氏が社長を退任。後継に指名されたのが、小濱だったのだ。
「ワークマンプラスが立ち上がり、新業態で新たにワークマンが生まれ変わる時、第2の創業だと。やはり新しい風が必要なんだと。正直、突然すぎてうれしいも大変だとも感じなかった。じゃあやってやろうという気持ちだった」(小濱)
新社長・小濱はワークマンプラスの出店を加速。リーマンショック以降、売り上げは右肩上がりで、去年ついに1200億円を突破した。今後はさらに、ワークマンプラスとワークマン女子で攻勢をかけていく。
~村上龍の編集後記~
作業服専門店として、このコロナ禍においても、4-6月期の営業利益が前年同月比で約30%アップ。客のことを考えてきたために、たとえば大手のゼネコンが一斉に工事を止めても、個人客が支えた。「ワークマンプラス」も「#ワークマン女子」も同じ。「これを作ったら儲かる」ではなく「客が望むものを」と考えて成功した。今の時代、ファッション性はあとで客が決めてくれる。加えて大胆なSNS戦略。有名タレントやスポーツ選手を使って売り上げが伸びる時代ではない。SNSで売り上げが伸びるのは、その企業が民主的である証だ。
<出演者略歴>
小濱英之(こはま・ひでゆき)1969年群馬県生まれ。1990年、高崎商科短大卒業後、ワークマン入社。2011年、商品部海外商品部長就任、PB製品開発を立ち上げ。2016年、執行役員商品部長。2017年、取締役スーパーバイズ部長。2019年、代表取締役社長就任。
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