気象予報士が170人~天気のエキスパート集団
7月初旬、九州を襲った豪雨で熊本県を流れる球磨川の堤防が決壊し、各地で氾濫。九州では死者76人、行方不明者3人を出す大災害となった。
その20日後、九州地方に再び大雨が降る。その現場の一つが福岡県南部の八女市。昼前に雨は上がり曇り空に。しかし、中心部から東に30キロ、山あいに集落が点在する矢部村地区に行くと、道が川のようになっており、木もいたるところでなぎ倒されていた。
八女市役所ではこうした災害時に、必ずあるところに連絡して今後の気象状況を確認するという。それが民間気象会社のウェザーニューズだ。
天気予報は、国の機関である気象庁が1日3回出している。それを補うのが民間気象会社。社会や個人のニーズに合わせたよりきめ細かな情報を提供する。ウェザーニューズもその一つだ。
「精度は非常に良い。参考にさせてもらっています」(防災安全課・齊藤司さん)
中でも頼りにしているのが自治体向けの防災気象サービスだという。気象庁は福岡県を大まかに4つの地域に分けて予報を出している。だから八女市は広い筑後地方の予報から被害予測を立てなければならない。これに対してウェザーニューズは、八女市だけでも6つの地域に分けて予報を出している。その強みは、細かい地域まで予報してくれる点だ。
「気象庁が発表する情報は、『筑後地方で多いところで何ミリ』という表現。ウェザーニューズが出す、細かいエリアごとにピンポイントで天気が分かることで、市の一部地域だけに避難の呼びかけをすることが可能になります」(齊藤さん)
今年7月、八女市は豪雨のための避難所を延べ58ヵ所開設したが、ウェザーニューズの情報のおかげで、必要なところに重点的に人や物資をつぎ込むことができたという。
ウェザーニューズと契約する自治体は、全国でおよそ250に上る。
ウェザーニューズの本社は千葉市美浜区の幕張新都心にある。創業は1986年、従業員の数はおよそ1000人。そのうち170人が気象予報士の資格を持つ天気予報のエキスパート集団だ。
フロアの一角はスタジオになっている。自社でキャスターを抱え、お天気ニュースを24時間365日、ライブ配信しているのだ。
「だいたい1人3時間くらいの担当で、今は10人くらいで交代してやっています」(キャスター・眞家泉)
自身も気象予報士である社長・草開千仁(55)は、気象庁とウェザーニューズの違いを、「ひと言で言うと(気象庁の)『みんなの気象台』に対して(ウェザーニューズは)『あなたの気象台』ということ。『あなたの』というのは、あなたの頭の上。あなたの対応策ということ。これは明らかに気象庁さんが出している天気予報とは別のものです」と説明する。
人気ナンバーワンアプリ活用法~高精度天気予報の秘密
「あなたの気象台」がよくわかるのがウェザーニューズの天気アプリだ。メニューが盛りだくさんで、たとえばゴルフ場の天気や星空の情報など、さまざまなニーズに応えている。
その中には天気痛予報というメニューも。天気痛とは、主に気圧など気象状況の変化から頭痛や関節痛などが起きること。天気痛に悩む人は全国に1000万人以上いるという。
愛知・長久手市・愛知医科大学病院には、日本で初めての天気痛専門の外来がある。佐藤純医師の診察を受けている高校3年生の宮崎伶真さんは、気圧が急に変わると寝込むほどの頭痛に襲われ、学校を休むことが度々あった。いま宮崎さんは、毎晩寝る前、天気痛予報をチェックする。予報は「安心」から「警戒」まで4段階に分かれていて、「警戒」が出た時には処方された薬を飲んでから寝る。そのおかげでずいぶん楽になったという。
「アプリでいつ痛みが起こるか分かるので、予定が立てやすくなりました」(宮崎さん)
スマホの天気アプリでは、ウェザーニューズのアプリが「Yahoo!天気」や「tenki.jp」を抑えてダウンロード数第1位。その数は2000万以上に及ぶ。
千葉市花見川区のスガハラ幼稚園が活用しているのは、ウェザーニューズのアプリだけが持つ「5分天気予報」。その場所の1時間先までの天気を5分ごとに予測してくれる。この日アプリでは、8時50分ごろから雨が強まり、9時15分にはやむという予報だった。5分天気予報を見て外遊びの時間をずらすなど、天気への対応がしやすくなったという。
「天気を先読みするのにとても役に立っています」(野崎奈々子先生)
予報の正確さがウェザーニューズの売りだ。実際、雨の予報の精度は、気象庁の平均が80%台なのに対して、ウェザーニューズは90%以上になる。
気象庁が出す予報の基になっているアメダスは全国に1300ヵ所。だがウェザーニューズはそれ以外に自前の観測機を持っている。しかもその数はアメダスの10倍、1万3000地点に及ぶ。さらに、民間で初めて気象を観測する超小型衛星まで打ち上げている。
ウェザーニューズの高精度の最大の武器は、ウェザーリポーターと呼ばれる、いわばウェザーニューズのサポーター会員の存在だ。
ウェザーニューズ本社の予報センターの気象予報士のパソコンにはたくさんの写真が。ここには全国から毎日、ウェザーリポートという写真付きの報告が届く。その数、1日2万件。送ってくれるウェザーリポーターは全国47都道府県の隅々にいるという。
このウェザーリポートを最も活用している部署がゲリラ雷雨防衛隊本部。ゲリラ雷雨とはいわゆるゲリラ豪雨のことで、短時間で局地的に降る大雨のこと。雨雲が急速に発達するためレーダーなどで捉えにくく、予測が極めて難しいと言われてきた。だが、「ゲリラ雷雨防衛隊本部」の予測は的中率90%台。それを支えているのがウェザーリポートだ。
送られてきた雲の写真には、危険な雲を示す赤や、要注意な雲を意味する黄色の枠がついている。雲の形や色・大きさから、ゲリラ豪雨の雨雲になる危険度をAIが自動判別しているという。
「雨雲が出てくるところを予想するのが一番難しいので、そこはサポーターの皆さんの力を借りたいところです」(ゲリラ雷雨防衛隊・柿沼茜)
この日は、東京と埼玉の県境に赤い枠の雲が増えてきた。リポートにも「曇ってきました」「風出てきました」という書き込みが。さらに30分後、赤い枠の雲がどんどん増えていく。投稿写真でも、時間を追うごとに雲が成長し、色が黒くなっていることが分かる。柿沼は埼玉県・所沢付近にゲリラ雷雨のアラームを発信。この時点で空を見ると、黒い雲に覆われてはいるが、まだ雨は降っていない。しかし30分後、雨は本当に降ってきた。
こうした高い予測精度を武器に、ウェザーニューズは天気と関わるあらゆる分野でビジネスを拡大。売り上げは右肩上がりの180億円に上る。
「77億人のあらゆる人に天気に関するリスクがある。必要なら皆さんからの情報も得ながら、一人一人の役に立つ情報を提供していく。『77億人の情報交信台』というのがウェザーニューズの目指すべきゴールだと思っています」(草開)
進化し続ける天気予報~「気象情報で命を守る」
天気予報は自然災害とともに発達してきたともいえる。
1959年、5000人以上の死者・行方不明者を出した伊勢湾台風。当時の観測レーダーでは、接近してくる台風を早期に発見できず、被害の拡大につながった。
この伊勢湾台風をきっかけに5年後、気象庁は富士山の山頂に気象レーダーを設置。これにより、観測範囲が半径300キロから800キロへと飛躍的に拡大した。
さらに1977年、日本初の実用気象衛星「ひまわり」が打ち上げられた。3時間に1回、実際の雲の写真が送られてくることで予報の精度は格段に向上した。その「ひまわり」もいまは9号に。写真はカラーになり、撮影間隔が2分半になったことで、積乱雲の発達する様子が動画のように分かるようになった。
世界最大級の民間気象会社となったウェザーニューズも、その誕生はある気象災害がきっかけだった。
1970年、福島・小名浜港で爆弾低気圧に遭遇した貨物船が沈没。船員15人が亡くなった。この船を小名浜に行かせたのが、当時商社で船の手配を担当していた石橋博良。自らの判断が招いた悲劇に、石橋は「正確な気象情報で、船乗りの命を守りたい」と思った。そして商社をやめ、後にウェザーニューズを創業した。
まず始めたのが、世界中の海の気象や海流のデータを分析し、船に安全で最適なルートを提案する航海気象サービス。今では世界に2万隻ある外航船舶のおよそ半数をサポートしている。
同様のサービスは空でも。世界20の国と地域の民間航空機をサポート。その数、1日1万3000便。安全はもちろん、航空会社にさまざまなサポートを行なっている。
「スタッフはもちろん天気予報のプロですが、もう一つは天気の予報を通じて実際のエアラインに対して、例えば余分燃料はこのくらいでいいとか、このルートじゃなくてこっちのルートを行ったらいいということまでアドバイスも行います。一定の航空知識がないとそういうサービスというのは難しい。逆に言うと、知識があるからサービスできる」(草開)
例えば飛行機の場合、悪天候でルート変更したり、途中で引き返すようなことがあれば、それだけ燃料代もかさむ。天気のせいで無駄なコストがかからないよう、時には欠航を勧めるなど、踏み込んだアドバイスをすることもあるという。
さらにスポーツでは、試合中の天気を予測し、作戦を立てるヒントも提供している。
創業者の石橋が草開たちに叩き込んだことがある。
「お客様からさまざまなニーズ、気象に関するリクアイアメントがある中で、何に最も優先順位を置くかという時に、もしも迷ったら、まず最優先は安全なんだと」(草開)
「セーフティーを最優先に」「気象情報で命を守る」というウェザーニューズの原点は、今も受け継がれている。
千葉・印西市・日本医科大学千葉北総病院はドクターヘリの拠点となっている。出動範囲は千葉県全域と茨城県南部。年間1200件ほどの出動要請がある。
ドクターヘリの運航管理担当者は毎朝、ウェザーニューズに連絡を入れて、その日の天候の推移、大気の不安定度、発雷の確率などを確認する。さらに現場に向かうドクターヘリをサポートするのがウェザーニューズの運航管理システムだ。モニター上の地図に、ヘリの飛行ルートと天気の情報を表示できる、この分野では画期的なシステムだという。
地図を見ると、ところどころに「S」のマークが付いている。マークはヘリの飛行をサポートするライブカメラの位置。「S」はサポートの意味だった。
高尾山登山口にある老舗おそば屋さんの壁に設置されたライブカメラが撮影しているのは山の尾根。肉眼で周囲を確認しながら飛ぶヘリにとって、尾根が見えるかどうかは安全に関わる大問題だ。ライブカメラの映像を見て、飛行ルートを大幅に変えたり、引き返したり、といった決断が下せるというのだ。
「一画面で判断できるという部分ですごく頼りになると思うし、頼りにしています」(朝日航洋機長・宮田貴資さん)
ウェザーニューズは全国に500台のカメラを設置。空の状況をライブ配信し、ドクターヘリの安全な飛行をサポートしている。
ハウ・ワンダフルな事業を~ウェザーニューズの挑戦
ウェザーニューズではあらゆる気象ニーズに応えるために、さまざまな観測装置を自社で開発している。
2005年に開発した花粉観測機「ポールンロボ」。口から空気を吸い込み、目の色で花粉の量を教えてくれる花粉症の人にはありがたいもの。毎年1月中頃から、病院や公共機関に設置。アプリの有料会員に貸し出しもしている。
「とかく何か事業を行う時は、儲かるか儲からないかを考えがちだけれども、ビジネスの優先順位として、ハウマッチの前にハウワンダフルがある。ハウワンダフルというのは何かというと、楽しいことをやろう。楽しいことは何かというと、まだ誰もやったことのない新しいことをやろうよ、と」(草開)
8月、長野県南部の伊那市で、「ハウワンダフル」な取り組みが始まろうとしていた。山あいの集落に暮らす買い物弱者のために、スーパーで注文した商品をドローンで運ぶという宅配サービスだ
ウェザーニューズの上山亮佑がドローンポートの隣に置いたのは気象観測機、ソラとアンテナを合わせた「ソラテナ」。設置場所で観測した気象データから、ドローンが飛ぶ上空150メートルまでの、風向きや風速などを解析するシステムだ。
ドローン墜落の一番の原因は風。万が一墜落すれば大事故になりかねない。その事故を防ぐ役割を担うのが「ソラテナ」だ。
注文した商品を積み込んでテイクオフ。目的地の集落は7キロ先だ。オペレーターのタブレットには、ドローンカメラの映像とソラテナの気象データが表示されている。気象条件は安定し飛行に問題はない。10分後、目的地に到着した。
男性客は「利用できるのは火曜日と水曜日と金曜日。この3日は利用して、お世話になれたらと思っています」と言う
今後、ますます利用が進むドローン。その安全な飛行を「ソラテナ」が支える。
~編集後記~
「仕出し弁当屋の悩み」がウェザーニューズを象徴する。「東京地方、明日は曇り、ところにより雨、午前中の降水確率は20%、午後は60%」という情報からは仕出し弁当屋は判断できない。欲しいのは午前6時に弁当を注文した団体が中止を決定するほどの雨がグラウンドで降っているかという、より細かな情報だ。それが可能になって初めて「あなたの気象台」が実現する。
創業の理念は、草開さんに見事に受け継がれている。それは、気象がいまだわからないことが多いからではないか。努力に終わりがないからではないだろうか。
<出演者略歴>
草開千仁(くさびらき・ちひと)
1965年、東京都生まれ。青山学院大学理工学部卒業後、1987年、ウェザーニューズ入社。2006年、代表取締役社長就任。
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