菅義偉首相が、中小企業の再編、経営統合の促進に動き出す。中小企業の税制や補助金制度を定義する「中小企業基本法」の見直しに言及し、国内企業の生産性向上と競争力強化を促す考えだ。しかし、早急な改革により過度な企業再編を加速させてしまえば、多くの中小企業が廃業となり、業界淘汰が進みかねないとして慎重な意見も多い。
菅首相が中小企業再編を急ぐ理由は何か。具体的には、どの企業や業界が目先のターゲットになるのかを追った。
なぜ菅首相は再編を急ぐのか
菅政権が中小企業基本法の見直しを行う背景には、国内経済の回復をなんとしてでも急ぎたいという菅首相の思いがある。特に、コロナウイルスに伴う経済活動の停止により、4~6月の国内GDPが前期比7.8%減と、リーマンショック時の落ち込みを超える減少を記録し、国内経済の低迷を懸念する声が高まったことも大きいだろう。同法の改正はどのような影響を与えるのか、企業再編にともなってどのような効果が期待されるのかを見ていきたい。
税制上の理由からあえて成長を急がない中小企業がいる
中小企業基本法では、業種業界別に、「中小企業者」や「小規模企業者」といった企業の規模の定義を行っている。例えば、製造業であれば資本金3億円以下または、従業員300人以下が中小企業者となり、卸売業であれば資本金1億円以下または、従業員100人以下がそれにあたる。
そして、中小企業では、大企業では得られないさまざまな税制メリットが存在することがポイントだ。例えば、法人税の軽減税率が適用されたり、繰越欠損金の控除が適用されたりする以外にも、中小企業を支援するさまざまな補助金があるなど、企業の財政に大きな影響を与える。
このような背景により、本来は資本増強や人員強化を図り、事業規模を拡大させるポテンシャルのある企業であっても、税制優遇や補助金を受けるためにあえて法律上の中小企業として登録を続けるような企業が存在していることも事実だ。
菅政権はここに目を付け、税制の優遇措置や補助金を受けることのできる中小企業の定義を変え、企業再編や経営統合を促すことを狙っている。
再編により業界の生産性を向上させ、賃金引き上げも狙う
業界再編を促すことで、日本のインフレ目標達成に近づくという狙いもある。M&Aや統廃合は一般的に、事業リソースの強化やシェア拡大等のビジネスシナジーの他、非利益部門の撤退や費用削減といったコストシナジーも期待され、企業活動全体として生産性を向上させることが期待できる。
企業の生産性が高まれば、そこで得た利益を企業は事業投資に回すだけでなく、株主に還元したり、従業員に還元、すなわち賃金の引上げを行ったりする。そして、賃金が上がれば消費需要が拡大し、景気が盛り上がるというのが通常の景気シナリオだ。
日銀はかねてより「2%の物価上昇率」を目標としたインフレ施策を掲げ、国内景気の活性化を図ってきた。それを、賃金の上昇という観点から達成しようという菅政権の思惑が見て取れるだろう。
今の時点で具体的に言及されている業界は
では、現実としてどの業界、またどの企業に矛先が向かうのだろうか。現時点で菅政権は、2つの業界に言及している。
携帯通話料金の引き下げ
まず菅政権が目玉制作として取り上げたのは、「携帯電話料金の引き下げ」である。携帯キャリア3社が、複雑な料金体系や「2年縛り」といった解約しにくいプランの提供で多くの利益を上げている実態を指摘し、料金引き下げを強く遂行する構えだ。
携帯キャリアは国内大手3社の寡占状態が続いている中、新たに楽天が第4のキャリアとして新規参入しようとしており、各社とも顧客シェアを守るため料金引き下げの流れになりやすい業界トレンドであると言えよう。
しかしこの政策については、「選挙対策だ」と見る声も多い。すでに任期まであと1年に迫る衆議院の解散を控え、国民にとって分かりやすく効果の大きい施策を掲げることで、支持率の確保を狙っているという指摘もある。
地方銀行再編
さらに菅政権は、地方銀行の再編にも意欲的な姿勢を見せている。9月2日の記者会見で、「将来的には地方の金融機関の数が多すぎるのではないかと思っている」と発言し、自らが唱える地方銀行再編論を改めて強調した。
実は菅首相は、今年5月に制定した、地方銀行同士の統合・合併を独占禁止法の適用除外とする特例法にも深く関与するほど、地銀再編に関して意欲的であった。低金利政策が続き銀行の貸出金利による収益力が低迷する中、銀行側が再編をどう受け止めるかについて注目が集まっている。
どの業界、どの企業がまずターゲットになるか
菅首相が深く関与していた地方銀行の他にも、再編のターゲットとなりそうな業界はいくつか想定されている。特に、コロナウイルスの影響で業績や経営状態が大きく落ち込んだ小売業、飲食事業、宿泊業などが次のターゲットになるのではないかという声も囁かれている。
これらの業界では、大多数が中小零細企業として存在し、非常に厳しい財務状況に陥っている企業も少なくない。コロナウイルスによる集客力の低迷が、さらに追い打ちをかけた状況だ。このような企業について、統合再編を促し、国内産業の競争力を回復させるのはもはや自然な流れともいえるだろう。
中小企業の再編は、経営効率を高め、生産性を向上する劇薬になりうる一方で、統合後の経営の難しさや人員削減に伴う雇用不安の増大など、デメリットとなる要因も多い。菅政権がどの業界に焦点を当て、大胆な再編を実行していくのかに注目が集まっている。
文・森琢麻(M&Aコンサルタント)