企業経営において「ビジネス戦略」が重要であることは議論の余地がないだろうが、適切なビジネス戦略を立案できるか否かは、各社の取り組み方にかかっている。ここでは、ビジネス戦略に関わるフレームワーク等を紹介しながら、ビジネス戦略を立てるステップを紹介する。
目次
ビジネスを成功に導く「戦略」とはどのようなものか?
「戦略」という言葉は、ビジネスにおいては経営戦略、事業戦略、自然界においては生存戦略、ゲーム理論でいう支配戦略など、さまざまな場面で利用される言葉である。戦略は、もともと軍事的な意味合いが濃い用語であったが、徐々に他の用途にも使われるようになってきている。
戦略の辞書による定義を見てみると、「大辞林」では以下のように記載されている。
「長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法。戦略の具体的遂行である戦術とは区別される」
また、「Cambridge Dictionary」によると、「strategy(戦略)」の意味は以下の通りである。
“a detailed plan for achieving success in situations such as war, politics, business, industry, or sport, or the skill of planning for such situations”
戦略とは、戦争をはじめ、ビジネスなど特定の競争下において目的を達成するための計画のことを指しているのだ。
ビジネスに「戦略」が重要な理由は?
ビジネスに戦略がなかった場合、どのようなことが起こるのだろうか。
ビジネス戦略が無い状態では、現状の分析に基づく目標や計画の設定ができないため、目の前の問題に場当たり的に対応することになり、経営において本来やるべきことが疎かになる可能性もある。経営に隙があれば、競争相手に顧客を奪われて経営資源が不足し、事業の存続が危ぶまれる事態にもなりかねない。
事業を存続させるためには、大局的に市場や自社を俯瞰して自社が解決すべき課題を明確にした上で、自社ビジネスの目標を立てなければならない。そして、企業や事業の魅力をアピールして経営資源を確保し、優先順位をつけて経営資源を投下することで、市場競争に勝ち抜くことが必要である。
この一連の事業活動を設計し、迷った場合の支えとなるものが、ビジネス戦略ではないだろうか。
経営戦略、事業戦略、機能別戦略の違い
ビジネス戦略においては、「経営戦略」「事業戦略」「機能別戦略」の整合性が高いことが重要であるとされるが、それぞれの違いはどのようなものであろうか。
「経営戦略」とは全社的な計画であり、ミッションやビジョン、事業ポートフォリオの決定や構築等を決定するものである。これに対して「事業戦略」とは、個々の事業において市場競争に勝ち抜くための方策を考えるものである。これには、ビジネスモデル、市場や競合の分析、事業内の各機能の資源配分等を決定する必要がある。
単一の事業を営む企業であれば、経営戦略と事業戦略は一致するが、複数の事業を営む場合は、複数の事業戦略を束ねることで経営戦略を成す。
「機能別戦略」とは、事業戦略をさらに細分化して、開発から購買、生産、販売、アフターサービス、人事、財務等の機能についての方針を立てることである。
ビジネス戦略立案のためのフロー
ここからはビジネス戦略立案のためのフローについて順番に見ていこう。
ミッションやビジョン、バリュー等を決定する
ビジネスの戦略を決めるに先立って、ミッションやビジョン、バリュー等について明確にしておかなければならない。
「ミッション」は日本語で言えば「使命」であり、企業経営において、何を実現してどのように社会に貢献したいのかを明確にしたものである。自社の使命を果たすために、ビジョンやバリューといった方針・施策等が立てられることになる。例えば、Googleのミッションは以下の通りである。
“organize the world’s information and make it universally accessibible and useful”(世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすること)
「ビジョン」とは、中長期的に企業が目指す姿を指す。ビジョンの実現を目指して、戦略に基づいた戦術やオペレーションが決められることが望ましい。例えば、株式会社日立製作所は、「日立グループ・ビジョン」として以下を掲げている。
「日立は、社会が直面する課題にイノベーションで応えます。優れたチームワークとグローバル市場での豊富な経験によって、活気あふれる世界をめざします」
「バリュー」は、行動指針や価値観を指す。役職員はこのバリューに基づいて日々ビジネスを行うことになる。例えば、メルカリのバリューは以下である。
- Go Bold 大胆にやろう
- All for One 全ては成功のために
- Be a Pro プロフェッショナルであれ
すべての企業が、「ミッション」「ビジョン」「バリュー」を持っているわけではなく、各企業が独自に判断して、いずれかを定めることになる。例えば、ソフトバンクグループ株式会社は、経営理念を「情報革命で人々を幸せに」と置き、ビジョンを「世界の人々から最も必要とされる企業グループ」としている。
また、ソフトバンクバリューとして「努力って、楽しい」を掲げ、特に大切にしたいバリューとして「No.1」「挑戦」「逆算」「スピード」「執念」を掲げている。これらを行動指針として、激しく変化する事業環境を勝ち抜くことを目指しているのだ。
最初に設定したミッション等を、途中で変更することもある。これらはビジネス戦略や日々の行動の基準となっているため、頻繁に変更するものではないだろうが、一度定めたものに固執するのではなく、社会の変化に応じて柔軟に変更することも重要である。
例えば、Facebook, Inc.は、元来掲げていたミッションである“making the world more open and connected”を達成したわけではないが、社会状況の変化によって、より踏み込んだ事業活動が必要と判断し、“ give people the power to build community and bring the world closer together”という新しいミッションに変更したのである。
顧客や市場、業界や競合、自社の分析を行う
企業の数だけビジネス戦略があるが、他社のビジネス戦略を真似ても自社に有効とは限らない。また、大局的に捉えなければ検討が片手落ちになり、競合の後手に回ってビジネスチャンスを失う可能性もある。ビジネス戦略を立案における一つの解としては、既存のフレームワークを用いて体系的に分析することであろう。
戦略を決めるにあたっては、いわゆる「3C分析」が有効とされている。
「Customer」は市場と顧客に該当し、市場規模や成長性、顧客は誰か、顧客のニーズは何か、といったことを把握する。「Competitor」は業界と競合に該当し、競合の業界におけるシェア、ターゲティングやポジショニング、特徴等を把握する。「Company」は自社を指し、自社の市場におけるシェアや特徴、経営資源等を把握することになる。
3C分析のほかにもいくつか押さえておくべきフレームワークがある。ここでは「ファイブフォース分析」「SWOT分析」「VRIO分析」を紹介する。
・ファイブフォース分析
ファイブフォース分析は、市場の収益性や魅力を分析するフレームワークであり、以下の5つの要因について分析をする。
1.仕入先など売り手の交渉力
2.顧客など買い手の交渉力
3.競合の数や寡占度合など競争企業間の関係
4.新規参入者の脅威
5.代替品の脅威
それぞれが強い業界ほど自社にとっては不利な環境であり、収益性が低くなるとされる。
・SWOT分析
SWOT分析は、自社と外部環境の分析を行うものである。強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)を分析することで、自社の課題を明確にすることができる。
・VRIO分析
VRIO分析とは、自社内における経済価値(Value)、希少性(Rarity)、模倣困難性(Imitability)、組織(Organization)の4つの要素を分析するものである。自社が保有する、競争に勝ちうる能力を把握することができる。
ビジネス戦略実行のための施策・仕組みを構築する
ビジネス上の課題が明確になったら、目標を決定した上で優先順位を設定し、経営資源を投下することになる。経営資源とは、従来はヒト、モノ、カネの3つであったが、情報や時間、知的財産も重要な経営資源である。自社のビジネス目標達成に向けて、どのような組織や設備等にカネを投下していくのかを決定しなければならない。
ビジネス戦略では、やらないことを決めることも重要である。経営分析のフレームワークを通じて、自社がやるべきこととやるべきでないことを明確にして、保有する経営資源をどのように投じていくのかを決定する。
ビジネス戦略の立案では、こうした大局的な視点から全社戦略や事業戦略を定めるが、その達成のための具体的なオペレーションについては、戦略ではなく「戦術」の範疇である。ビジネス戦略は1つであることが多いが、戦術は複数立案することもある。
ビジネス戦略立案の際に大切なことは?
ではビジネス戦略の立案ではどのようなことに注意すればいいのだろうか。
1.「強み=他社にはない独自の能力」を明確にして差別化ポイントを把握する
自社が持つ能力で、他社より優れた商品やサービスを提供でき、持続的にビジネスの競争において優位性を生み出すことができるものを正しく理解することが重要である。これをコア・コンピタンスという。3C分析、SWOT分析、VRIO分析等を通じて、コア・コンピタンスを定義し、どこが自社の「勝ち場」であるのかを正しく把握することが必要である。
2.自社の強みを重視する顧客と売りたい顧客をすり合わせる
マーケティングで有名なフィリップ・コトラー博士による理論の1つに「STP」がある。「STP」とは、「セグメンテーション」「ターゲティング」「ポジショニング」の略である。
「セグメンテーション」は、市場や顧客を切り分けることである。商品やサービスは、市場全体を狙うと総花的でぼやけてしまう。対象を絞りこむため、市場を年齢や性別、居住地、購買行動等を切り口としてグルーピングするとよい。
「ターゲティング」は、市場や顧客を絞りこむことである。「日本に住んでいる20代のビジネスマンで、未だ当社商品を購買したことがないグループ」というように、商品を提供する対象を絞り込んだ方が、より強い訴求力を持つとされる。
「ポジショニング」は、ターゲットとしたグループから、どのように自社の製品やサービスが認識されるかを決めることである。絞りこんだ市場の中でも、高単価路線もあれば、唯一無二の機能を有する商品を提供するなどのポジショニング戦略がある。
3.現実味のあるビジネス戦略を立てて確実に実行する
ビジネス戦略は立案して終わりではなく、事業戦略や機能別戦略などを立てた上で、市場競争を勝ち抜くための具体的な戦術に落とし込まなくてはならない。戦術に無理が生じているのであれば、事業戦略や全社戦略まで立ち戻り、現実的な戦略と戦術を立案する必要がある。
また、ビジネス戦略や戦術が確実に遂行されるように、適切な人材を配置した組織を構築しなければならない。縦割りや部門最適となるような意思決定をしないためにも、各部門が連携できる仕組みにしておくことも重要である。
ビジネス戦略立案は個々の企業にあわせたものを
ビジネス戦略の立て方にはルールがあるわけではなく、各企業固有のものである。ビジネス戦略立案に活用できるさまざまなフレームワークをうまく使うとともに、他社の成功事例も参考にしながら、競合との競争に打ち勝つビジネス戦略を検討するとよい。
もちろん、ビジネス戦略は立てて終わりではなく、その遂行に必要な仕組みを作ることも非常に重要であり、構築や遂行状況のフォローを入念に行っていただきたい。
文 新井良平(バックオフィスLABO代表)