全部取得条項付種類株式は、一般的に発行される普通株式とは異なる種類株式の一種である。株主総会の特別決議を経れば、会社がそのすべてを強制的に買い上げられるという、特別な株式だ。
オーナー株主が少数株主を排除したい場合や、会社を立て直すために100%減資するような場面で活用される。会社にとって大きな効力を持つ全部取得条項付種類株式について、概要や取得までの流れなどを解説する。
目次
全部取得条項付種類株式とは
株式会社が発行する株式は、すべて一律に平等の権利が付与されている状態が望ましいとされる。しかし、会社経営をより有利に進められるよう、株式には種類が設けられている。株式の種類について確認し、その中の全部取得条項付種類株式とはどのような株式なのか、理解を深めておこう。
普通株式と種類株式
株式は、普通株式と種類株式に大別される。普通株式とは、株式ごとに与えられた権利が平等であり、経営参加や配当受取の権利が株式を保有するすべての株主に対して平等に与えられる株式である。
一方種類株式とは、異なる権利内容を持つ株式のことだ。種類株式には、以下の9つの権利がある。それぞれが、会社法第108条で異なる種類の株式として定められている。
・余剰金の配当
・残余財産の分配
・議決権制限種類株式
・譲渡制限種類株式
・取得請求権付種類株式
・取得条項付種類株式
・全部取得条項付種類株式
・拒否権付種類株式
・取締役・監査役の選任についての種類株式
種類株式を組み合わせたり使い分けたりすることで、経営においてさまざまな効果を期待できる。たとえば、余剰金の配当に関する優先株式を発行すれば、より多くの配当を得たい人から資金調達をしやすくなる。また、将来の後継者に普通株式を発行し、他の株主には議決権のない議決権制限種類株式を発行すれば、経営権の分散を防げるだろう。
全部取得条項付種類株式は種類株式の1つ
株主総会の決議により、すべての株式を会社が取得できる株式が全部取得条項付種類株式だ。発行するためには種類株式会社に変更することが求められ、変更から株式取得までのすべてのプロセスにおいて、株主総会の特別決議を必要とする。
取得対価は金銭だけでなく、種類株式・社債・新株予約権などを指定でき、対価を無償とすることもできる。金銭などを交付する場合、分配可能額を超えて株式を取得することはできない。
種類株式の一種である、取得条項付種類株式との違いも押さえておこう。取得条項付種類株式は、すべての株式または一部の株式に関し、会社に一定の事由が発生したことを条件とし、会社の意思のみで買い取ることができる株式である。
取得条項付種類株式は、株式を取得する段階では会社側が有利だが、発行する際は株主全員の同意が必要になる。一方全部取得条項付種類株式は、株主総会の特別決議を経れば発行できるため、決議に必要な株主が出席すればいい。
全部取得条項付種類株式のメリット
全部取得条項付種類株式を発行することにより、スクイーズアウトと呼ばれる少数株主の排除や会社再建などの100%減資、敵対的買収の防衛などができる。
・スクイーズアウト
会社が保有するすべての普通株を全部取得株に変更すれば、会社は全株主が保有する株式を取得できる。これを利用し、少数株主の株式を取得することで支配権を強化したり、会社経営にとって都合の悪い株主を排除したりすることができる。
株式の変更には、議決権の2/3以上で可決される株主総会の特別会議を経る必要がある。しかし、全体の2/3以上の株式を保有する大株主がいれば、少数株主の意思にかかわらず可決できるため、保有株式が1/3以下の株主はすべて排除できることになる。
・100%減資
会社再生手続や民事再生手続においては、債務超過の会社を立て直すために、既存株主が保有するすべての株式を一旦ゼロにし、新しい株主を探して株式を割り当て、出資してもらうという手法が取られることがある。この方法が、いわゆる100%減資だ。
旧商法時代は、100%減資を行う際に株主全員の同意を得なければならず、特に株主が多い会社では手続き上のネックになっていた。しかし、株式の種類を全部取得条項付種類株式に変更することができるようになり、オーナー株主の同意を得られれば、すべての既存株主から株式を引き取ることができるようになった。
全部取得株を取得した上で新しく株式を発行し、会社再建の新スポンサーに出資してもらえば、会社の立ち直りを目指せるようになったのである。
・敵対的買収の防衛
原則として株式は自由に譲渡できるため、中小・零細企業のような会社は、外部から新しい株主が入ることで経営権を脅かされることがある。
全部取得条項付種類株式を発行し、経営権を握りたい株主の株式を一旦取得できれば、敵対的買収を防ぐことができる。敵対的買収の防衛においては、取得対価として議決権制限の付いた種類株式が交付される。
全部取得条項付種類株式を定める定款の変更方法
全部取得条項付種類株式は、以下3つのプロセスを経て発行・取得される。
1.種類株式発行会社への定款変更
2.普通株式→全部取得条項付株式への定款変更
3.全部取得条項付株式の取得
これらのそれぞれで株主総会特別決議が必要だが、実務上は1回の株主総会でまとめて行えるとされている。1と2の定款変更について、それぞれの変更方法を確認しておこう。
種類株式発行会社への定款変更
会社が全部取得条項付種類株式を発行できるようになるためには、普通株式発行会社から種類株式発行会社に変更しなければならない。種類株式発行会社になると、2種類以上の株式を発行することができる。
種類株式発行会社になるためには、株主総会の特別決議を経て、その旨を記載した定款に変更する必要がある。特別決議とは、議決権を行使できる株主のうち議決権の過半数を有する株主が出席し、当該株主の議決権における2/3以上の賛成を要する決議のことだ。
普通株式を全部取得条項付株式に変更するための定款変更
普通株式を全部取得条項付株式に変更するためには、株主総会の特別決議により、以下の3点を定款に記載する必要がある。
・全部取得条項付株式の発行可能総数
・全部取得条項付株式の取得対価の価額の決定方法
・全部取得条項付株式を取得する株主総会の決議をすることができるか否かについての条件を定めるときは、その条件
原則として、種類株式を発行する場合は通常の株主総会だけでなく、種類株主となる株主のみが出席する株主総会の特別決議も必要になる。これは、種類株主に不利となる定款変更がなされることを防ぐためだ。
定款の変更にあたり、株式の種類変更の効力が発生する20日前までに、会社は株主に対して変更する旨の通知を行う必要がある。また、変更に反対する株主が買い取りを請求する場合も、効力が発生する20日前から効力発生日前日までに、請求株式数を明らかにしなければならない。
少数株主からの株式買い上げを目指す場合は、全株主が保有するすべての株式を全部取得条項付株式に変更することで、次項で説明する株式の取得により少数株主に株式が残らなくなる。
全部取得条項付種類株式の取得の流れ
全部取得条項付種類株式が、最終的に会社が株式を100%保有すること目指して発行されるものであることは、これまで説明してきたとおりだ。ここからは前項で挙げた3つのプロセスのうち、最後の株式取得の部分について解説する。
定款変更により普通株式から変更された全部取得条項付種類株式は、株主総会の特別決議により会社が買い取ることができる。取得対価として選ばれるものには、現金のほか、種類株式・社債・新株予約権・新株予約権付社債などがある。
株主A・B・Cが、それぞれ普通株式70株・20株・10株を持っているケースを考えてみよう。少数株主を排除したい場合、その対象はBとCになる。定款変更により、それぞれの株式を普通株式から全部取得条項付種類株式に変更した後、株主総会により会社が全株主から強制的にすべての株式を買い取ることを決議する。
この際の取得対価を、現金ではなく新たに発行する普通株式とし、以前の普通株式とは異なる比率に調整することで、少数株主の手元に株式が残らないようにするのが一般的だ。全部取得株:普通株=50:1に設定すれば、A・B・Cの保有株はそれぞれ1.4・0.4・0.2となり、BとCに交付した端数の株式に対しては、金銭を交付することになるだろう。
このように、株主Aのような2/3以上の議決権を持つ株主が存在する場合は、株式の変更や普通株を対価とした買い上げなど、一連のプロセスをすべて株主総会の特別決議で完結できる。自分以外の株主を、いつでも退場させることができるのだ。
なお、取得対価は目的によって使い分けられている。たとえば、会社再建などで100%減資を目指す場合は対価を無償とし、敵対的買収を防ぐ場合は、議決権制限の付いた種類株式が対価として交付される。
対価として金銭などを交付する場合、分配可能額を超過して取得することはできないことに注意したい。なお、反対する株主は株主総会実施日から20日以内に、裁判所に対して全部取得株の取得価格決定の申し立てを行うことができる。
会社経営を有利に進められる制度を活用しよう!
全部取得条項付種類株式は種類株式の一種であり、スクイーズアウト・会社再建の100%減資・敵対的買収防衛などに活用される。全部取得株を発行するには、株主総会の特別決議が求められる。概要や取得までのプロセスを理解し、会社を守りながら経営を有利に進めていこう。
文・八木真琴(ダリコーポレーション ライター)