まるでSF映画?~ゴーグルでVR手術
これまで番組にはすご腕と言われる医師が何人も登場してきた。
例えば、他では手術不可能と言われた患者も躊躇なく引き受ける脳神経外科、上山博康医師。脳動脈瘤を取り除く手術で2万5000以上の実績を持つ。直径0.02ミリの糸で、0.5ミリの血管を縫い合わせる超繊細な神ワザの持ち主だ。
一方、心筋梗塞などの心疾患のカテーテル治療の第一人者、「千葉西総合病院」の三角和雄医師は年間3000もの手術をこなす。血管の内側を削るドリルの世界一の使い手とも言われている。
さらに、千葉・鴨川の人気病院「亀田総合病院」の福間英祐医師は、乳がんで胸を失う危機にある数多くの女性を救っている。乳がんを凍らせる世界初の凍結療法を確立した。
いずれも「神の手」と言われるドクターたち。しかし、そんなドクターは滅多にいない。
東京・文京区の「都立駒込病院」。翌日に手術を控えた山口久夫さん(72)が、担当する肝胆膵外科・脊山泰治医師から説明を受けていた。脊山医師が山口さんにVRゴーグルの装着を促す。山口さんが見ているのは、自分の内臓のVR画像だった。指で動かすこともできる。
今回、山口さんは膵臓に腫瘍が見つかった。膵臓のある部分から右側を切り取るのだが、山口さんの場合、門脈の後ろを通るはずの動脈が前に出ている。肝臓につながる大事な血管で、これを切らないよう細心の注意が必要だという。
端からは、2人が何もない空間を指さしながら話しているように見えるが、本人たちには見えている。
「患部がどうなっていて、どんな手術をしていただけるか、非常によく分かりました。何も知らないことも安心だけど、今はより知った方が安心なんだと思います」(山口さん)
翌日、山口さんの手術開始。手術はおなかを切らない腹腔鏡で行われる。モニターの画面で膵臓の腫瘍が確認できた。
ここで脊山医師がVRゴーグルを装着。すると山口さんの内臓がVRで目の前に。他のスタッフもゴーグルを着け、指を動かし始めた。同じ画像を共有しているのだ。問題の動脈の位置をみんなで確認。執刀医のやろうとしていることが他のスタッフにも正確に伝わるのだ。VRで確認したことで、この後、大事な血管を傷つけることなく手術を終えることができた。
「僕自身のレベルもVRのおかげで絶対アップしている。特別な人しかできない手術は意味がない。他の医師がまねて、患者さんに提供できるのが良い手術だと思っています」(脊山医師)
ベンチャー企業が開発~国内外110施設が導入
東京・青山のマンションの一室にあるベンチャー企業に、この画期的なシステムを作った男がいた。現役の外科医でもあるホロアイズの杉本真樹(49)。アップル社が「世界を変え続けるイノベーター(2014年)」に選んだ、国際的な注目を集めるドクターだ。
「医師の安心なんですよ、医療の安全って。我々が安心してできないと、そもそもの安全は確立できない。こういうのは一つの安心の材料になると思う。我々が間違いないと確信を持って正しいことができる、そのためのツールは利用すべきです」(杉本)
病院で撮影するCTやMRIの二次元画像は、実は体を輪切りにして何枚も撮っている。このデータを、杉本の会社のシステムにアップすると、VRで見られる3次元データに変換されるのだ。
その使用料が超破格。1症例1万円、年間契約なら71万円で使い放題となる。さらにVRゴーグルはゲーム用として買う人も多い市販品だ。
初期投資が少ないため病院側も導入しやすい。血管、内臓、脳や骨など、あらゆる疾患に対応できるため、現在、国内外で110の施設が導入、症例数は1000を超えている。
このシステムを有効に使っているのが、東京・千代田区の「東京歯科大学水道橋病院」。
この日は、顎変形症の手術。下顎が発育せず小さすぎるため、歯のかみ合わせが大きくずれてしまう。そこで、顎の骨を切って前に出すという。
このために作ったVRデータは、現在の患者の顎ではなく、「手術後はこうしたい」という理想の形。これを患者の顎に重ねながら、手術するのだ。お手本をなぞりながらできるから、手術が格段にやりやすくなった。
「術前から抱えている不安や見えないところに関しての問題点の解決にVRは有用だと考えます。精神的なストレスの軽減にもつながっている」(口腔外科・菅原圭亮歯科医師)
さらに、この病院ではVRを教育にも生かそうとしていた。集められたのは若手の歯科医師14人。CTの二次元画像から、骨の内側に血管がどう走っているかをイメージする。経験を積んだベテランなら判別がつくが、若手の医師には難しい。それがVRなら一目瞭然となる。
研修医の1人は「VRだと骨の下からも見ることができて、血管がどう走っているかもイメージがつきやすかったです。目の前に見えているので分かりやすい」と、語っていた。
病院側はVRによって、全体の底上げにつながると期待している。片倉朗病院長は「外科系の手先や解剖の基本で差がつかないようにしていきたい。若い先生を育てて医療に貢献できる人をたくさん育てるのが私たちの役目。それにVRを役立てられたら一番いいと思います」と言う。
「医療はどうしても古いものを踏襲するだけで新しい風が吹かない。新しい治療法やより良い方法を見つけていくプロセスが楽しいと思うんです」(杉本)
異色の医師×ゲーム開発者~大物投資家も大注目
千葉・市原市にある「帝京大学ちば総合医療センター」。この日、杉本が訪ねたのは、かつての上司、外科の幸田圭史教授だ。若いころの杉本はかなりの異端児。その良き理解者が幸田教授だった。
「アイデアが尽きないのがすごい。昔から『今度はこういうものにしよう』とか、こっちが考えつかないことをやる。出来上がるまで努力は見せないんだよ、いつも。こっそりやっている」(幸田教授)
杉本は1971年、東京生まれ。帝京大学医学部を卒業、2004年に「ちば総合医療センター」に赴任した。当時は地域唯一の大病院。外来患者が殺到したため医師は疲弊し、退職が相次いでいた。
「まず、この環境を変えなければいけないと思ったんです」(杉本)
改善点を探すうちに、杉本は医師にとっては当たり前のあることに疑問を抱く。それは、多くの医師が、レントゲンやCTの2次元画像を見て、頭の中で3次元の体の中をイメージしていたこと。これに時間と労力をとられていた。常識を疑い、変えることを決意。そんなとき見つけたのが、CTのデータを3次元化できるパソコンソフトだった。
「3次元が簡単に作れたんです。しかも自分のパソコンで見られたことに非常に衝撃を受けました。『ここかな』と思った。このデジタルのデータをみんなで共有できたら、素晴らしいことが起きるんじゃないかと」(杉本)
さっそく杉本は3次元画像を自作。画面に出しながら手術を行ったり、患者の体の上にプロジェクションマッピングのように3次元画像を重ねるなどの工夫を加えた。これによって、手術が格段にしやすくなり、スピードも上がった。
杉本の取り組みに対して、学会の重鎮からは批判の声も上がった。その一方で、若手医師は杉本のやり方を支持するように。いつしか杉本は、最先端の取り組みをする医師として注目を集めるようになっていった。
そんな杉本の取り組みを知って、意外な人物がアプローチしてきた。ゲームのエンジニアの谷口直嗣だ。谷口はコナミや任天堂のゲームを開発、ヒットを連発してきた。 「人のやらないことをやるのが価値だと思っているんです。逆に他人がやっていることは僕はやらなくてもいい」(谷口)
谷口に医療の知識は全くなかったが、ゲームのプログラミング技術を使ってあっという間にVR動画を制作。ゲーム用のVRゴーグルで、自身の頭蓋骨の中を体験できるようにしてみせた。
「谷口さんがいなかったら今はないと思います。世の中が今どういう状況か、病院の中にいると分からない。そこから引っ張り出してくれた」(杉本)
2016年、2人は共同でホロアイズを創業。開発したVRを杉本が医療関係者に営業、徐々に広まっていく。
この動きに経済界の大物が注目する。900社以上に投資する国内屈指のベンチャーキャピタル、SBIインベストメントの北尾吉孝会長だ。北尾氏といえば、2005年、ライブドアが仕掛けたニッポン放送の買収劇に「ホワイトナイト」として登場、幕引きを図ったことで知られている。そんな金融界のカリスマが、去年、ホロアイズに2億円もの出資を決めた。
「本当にこの人が起業家として志をちゃんと持っているかどうかが大事。単なるお金儲けで事業を起こすということだったら、僕は投資しなかった。『医は仁術なり』と言われるように、そういう気持ちで『世のため人のためにやるんだ』と。そういう思いの2人が1つになり新しい領域を切り開いていく。だからこそ僕は当時としては高額な企業価値評価ですぐに投資を決めたということです」(北尾氏)
世界初のがん手術~「名医の技術」を広める
今年3月、杉本のVRシステムが医療界に革命をおこす。東京・品川区の「昭和大学病院」の腹腔鏡手術の名医、消化器・一般外科の青木武士医師が、VRシステムを使って世界初の手術法に挑むという。
「すごいことです。これがもしできたら、1つの大きな手技になると思います」(青木医師)
この日、手術するのは肝臓がん。組織を光らせる薬剤を、がん周辺の細い血管に直接注入すると、がんを含めた切るべき範囲が黄緑色に光る。これにより、切除を最小限にすることができるのだ。
しかし、腹腔鏡手術ならではの難しさがある。腹腔鏡の場合、二酸化炭素でお腹を膨らませたうえでカメラを入れる。分かるのは、一定方向からの限られた映像。それを頼りに、お腹の上から血管に針を刺すのが難しい。間違うと大量出血につながりかねない。
「穿刺技術も確立されていないし、どうやって刺したらいいかも全く分からない。外科医が手探りでやってきた」(青木医師)
その解決法になるのではないかと、この患者の皮膚と内臓のVR画像を作った。さらにこのVRには、執刀医の青木医師が針を入れるためのガイドとなるラインを入れた。ガイド通りに行えば、おなかの上からでも、わずか1、2ミリの細い血管に、正確に刺せるはずだ。
本番では一発で正確に針を刺せた。この方法が確立すれば、「神の手」しかできなかった難しい手術も、多くの医師ができるようになる。そうなればより多くの患者を救えるのだ。
「刺すまでに1時間近くかかることもあるので、この方法が確立できれば、外科医にとって非常にありがたいんじゃないですか」(青木医師)
VRシステムが医療の新たな1ページを開いたのだ。
救命医療で本領発揮~コロナ対策にも可能性
国内屈指の救命救急体制を持つ東京・板橋区の「帝京大学医学部附属病院」。2年前、ある重傷患者が運ばれて来た。しかし、この病院でさえその命を救うことはできなかった。
この日、医師たちが研修会を開いた。2年前の症例は、VRが使える今なら救えるかもしれないと考えたのだ。
「7階からの墜落で多発外傷で亡くなってしまったが、その後色々と分かり、こうしたらよかったということを、今日再現してみようと思います」(救命救急センター・伊藤香医師)
患者に見立てたマネキンで検証する。すぐさまCTを撮ると、撮ったデータは10分以内にVRにできる。当時は、実際に開いてみなければ分からない損傷もあったが、これなら瞬時に、全身の状態が分かり、処置の優先順位をつけられる。何カ所も折れた肋骨。その奥には、当時は見つけられなかった多くの出血があった。
こうしてVRシステムは、次の命を救うためにも使われている。
「今後、こういうことを重ねることで、私たちのスキルも上がって、チーム全体のトレーニングにもなる。救命できる患者さんの数が増えればいいなと思っています」(伊藤医師)
さらにVRシステムには別の可能性も広がっている。センサーで別の場所にいる医師の体をスキャンしてVR化。するとゴーグルをつけた患者には、目の前で診察を受けているように見える。杉本はこの仕組みが広がれば、遠隔医療などにも使えると考えているのだ。
~村上龍の編集後記~
実際に画像を見たが、説明はほとんどわけがわからなかった。元来、ITの技術に疎い上に、保守的で、そんなにうまくいくわけがないと思ってしまう。そんなわたしに、杉本さんはとてもていねいに、また情熱的に解説を試みた。
2次元のデータが集積されて3Dに変換される、というところがわからない。3Dプリンタみたいものかなとイメージし、これはわからなくてもいいのだと途中からそう思った。
重要なのはわたしが理解するかどうかではない。医療にどれだけ貢献するかだ。それに関して、間違いないということは理解した。
<出演者略歴>
杉本真樹(すぎもと・まき)1971年、東京都生まれ。帝京大学卒業。医学博士。2016年、ホロアイズ創業。
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