中小企業において、事業承継は大きな課題です。当事者だけで事業承継を行うのは大変ですが、事業承継に強い税理士事務所に依頼することで、円滑に承継できる可能性が高くなります。今回は、事業承継における税理士の必要性を考えた上で、税理士を探す際のポイントや注意点について見ていきましょう。
目次
円満な事業承継に税理士が必要なワケ
「円満な事業承継を行いたい」と思うのは、どの中小企業も同じですが、経営陣だけで事業承継を行うのは困難です。それは、以下の3つの障壁があるからです。
事業承継にはさまざまな税金がかかわってくる
事業承継は、その方法に応じて事業承継にかかわる人に税金が課せられ、親族内承継か親族外承継かで、課せられる税金の種類が異なります。
親族内承継の場合、経営者が生きている間に後継者へ財産を引き継ぐ場合は贈与税、死後に財産を引き継ぐ場合は相続税が課せられる仕組みです。贈与税・相続税ともに、後継者が税金を支払います。
一般的に親族以外へ事業承継を行う場合、経営者は財産を後継者に売却します。その際、経営者には売却益に対し、所得税(譲渡所得税)が課されるため注意が必要です。
なお、後継者が不動産を経営者から引き継いだ場合(生前に贈与した場合)、後継者は不動産取得税を都道府県に納める必要があります(相続の場合は課せられません)。また、不動産所有権の移転登記を行う際には、登録免許税を納めることが必要です。
このように、事業承継にはさまざまな税が課せられますが、事業承継に伴う相続税・贈与税の負担を軽くする、事業承継税制という制度があります。この制度を利用すると、実質的に納税が免除されます。ただし、制度そのものは非常に煩雑です。
そのメリットを享受するためには、多くの要件をクリアしたり、手続きを行ったりしなくてはなりません。要件から少しでも外れると、それまで猶予されていた税金を一括で納付することになります。専門知識を持つ人でなければ、この制度を適切に活用するのは難しいのです。
その2.事業承継では「承継者以外の相続人」への配慮が必要
事業承継では、被承継者と承継者のことだけ考えればいいように思えます。しかし、承継者以外に相続人になる人がいる場合は、彼らのことも考えなくてはなりません。承継するものが事業用資産や自社株が大半ならば、承継者と他の相続人の間に不公平が生じます。円満な事業承継を行うには、専門家の知恵を借り、コストを抑えつつ周到に準備をする必要があります。
その3.相続そのものが複雑
さらに相続そのものも、一般の人にとっては複雑でわかりにくいものです。相続では、さまざまな手続きが必要になります。死亡届や葬儀の手配、遺言書の捜索や検認、被相続人の生前の所得についての準確定申告や遺産分割協議、名義変更や相続税の申告などがあります。
書店には相続に関する本がたくさん並び、ネット上にも情報があふれています。しかし実際には世帯によって事情が異なるため、本やメディアの情報だけで対応できるわけではありません。普通の相続よりも複雑な事業承継では、なおさらです。
これらの理由から、円満な事業承継を行うには専門家、特に税理士の手を借りる必要があるのです。
事業承継に詳しい税理士が少ないのはなぜか
しかし、残念ながら事業承継に詳しい税理士は多くありません。その理由は以下の2つです。
その1.資産税に強い税理士が少ない
第1の理由は、相続税や贈与税、固定資産税などの資産税に強い税理士がそもそも少ないことです。事業承継は自社株や事業用資産の引き継ぎに伴う税金が大きく関係します。「税理士なら相続税や贈与税を知ってて当然」と思うかもしれませんが、現実はそうではありません。なぜでしょうか。
税理士事務所も、自分や従業員の生活がかかっているので安定収入を求めます。そのため法人や個人との顧問契約を増やして、安定収入である顧問料や年1回の決算、確定申告の報酬を得ることを目指します。毎月発生する個人や法人の税務会計と異なり、相続や贈与は頻繁に依頼されるものではありません。
特に相続は実地調査や話し合いに手間と時間がかかるため、相続案件が発生するとかかりきりになることも珍しくありません。複雑な案件だと、依頼が来ても断る税理士もいます。このため、資産税に強い税理士は少ないのです。複雑な事業承継に強い税理士は、もっと少ないです。
その2.事業承継後のトラブルを嫌う
「事業承継税制は複雑である」とお伝えしました。複雑だと感じるのは一般の人だけではありません。制度を正しく理解することは、税理士にとっても難しいのです。しかも事業承継税制は、手続きや要件をクリアしないと、猶予された税金を一括で納付しなければならないというリスクがあります。
承継後のリスクやトラブルを嫌い、事業承継が絡む相続や贈与の案件を避ける税理士は少なくないのです。
事業承継に強い税理士事務所の特徴3つ
これらを踏まえて、事業承継に強い税理士事務所を見つける方法を考えていきましょう。探す際ポイントは以下の3つです。
特徴1.資産税に特化している
「資産税に強い税理士事務所は少ない」とお伝えしましたが、それを商機と捉えてあえて資産税に特化する税理士事務所もいます。このような税理士事務所は、資産税に特化することでさまざまな相続・贈与の案件を引き受けているため、多くのノウハウを蓄積しています。少子高齢化に伴い事業承継案件が増えている昨今、事業承継に関する制度を研究している事務所もあります。
特徴2.複数の税理士が在籍している
事業承継税制は複雑なので、1人の税理士が制度を理解し、手続きを確実に行うのは困難です。そのため、複数の税理士が在籍している事務所を選ぶといいでしょう。専門家が複数いれば、1人では見落としてしまうポイントを確認することができるため、確実に税制を活用できるからです。
また、事業承継では税金以外にも財産の名義変更や許認可、届出といったさまざまな手続きが発生します。そのため、税理士以外の士業が在籍していたり、他の士業の事務所と提携していたりする会計事務所を選ぶといいでしょう。
特徴3.税理士事務所が認定支援機関である
事業承継税制による相続税・贈与税の納税猶予を受けるためには、事前に都道府県知事に特例承継計画を提出する必要があります。これには、認定経営革新等支援機関(通称「認定支援機関」)からの指導・助言を受けた旨を記載しなければなりません。
認定支援機関とは、国によって専門知識や実務経験が一定レベル以上であることを認められた経営支援機関です。中小企業や小規模事業者が安心して経営相談をできるようにするために始まった制度で、商工会議所や商工会の他、税理士や弁護士などの士業も認定支援機関になることができます。
認定支援機関である税理士事務所に依頼すれば、事業承継税制だけでなく、信用保証協会の保証料が減額されたり、補助金申請がしやすくなったりします。
事業承継に強い税理士の探し方
上記のようなポイントをもとに、事業承継に強い税理士が見つかる方法をご紹介します。
税理士法人のホームページを調べる
事業承継に強い税理士を探す上で、手間・費用がかからない方法はインターネットです。検索する際、「事業承継 税理士」や探したい地域を検索窓に入れると、事業承継に力を入れている税理士が見つかります。
事業承継に強そうな税理士が複数見つかったあとは、上述した3つのポイントに照らし合わせてホームページを見比べて検討しましょう。具体的なサービス内容や税理士がサポートした事例、料金について記載されていれば、積極的に事業承継の案件を引き受けている税理士といえるでしょう。
中小企業庁認定経営革新等支援機関の検索を利用する
上述した「認定支援機関」となっている税理士事務所は、中小企業庁の「認定経営革新等支援機関検索システム」で調べることが可能です。都道府県別に検索し、検索条件で「税理士」だけを絞り込んで抽出できます。
検索結果には、税理士の氏名とともに「事業再構築補助金」「経営改善計画策定支援事業」「事業承継・引継ぎ補助金」などの支援実績が公表されているため、参考にしましょう。表示方法を選び、「事業承継・引き継ぎ補助金」の実績の多い順に税理士(税理士法人)を表示させることも可能です。
税理士紹介サイトを活用する
インターネット上には、さまざまな税理士紹介サイトがあります。Web上で相談内容や予算などを問い合わせると、条件に合った税理士を紹介してくれます。無料で紹介してくれるサイトもあるので、気軽に使ってみましょう。
口コミ
同業者の集まりの場などで事業承継について話題を出せば、事業承継をサポートした税理士の名前が挙がる可能性があります。口コミは、インターネットではわからない税理士の人柄や仕事の様子を知ることができます。
気になる事業承継の報酬の相場は
事業承継に強い税理士事務所を探す際のポイントがわかったところで、気になるのが報酬です。事業承継に伴う報酬は税理士事務所によって異なりますが、目安は以下のとおりです。
・特例事業計画の策定・認定支援機関としての押印・提出:10万~80万円
・納税猶予の相続税申告書の作成・提出:10万~20万円
・都道府県庁への年次報告、税務署への継続届出の提出:5万~15万円
・株価算定・相続税評価額:15万円~
上記はあくまでも目安です。個別メニューを用意して、必要な手続きだけをピックアップして依頼できるところもあれば、事業承継税制の申請手続きを丸ごと引き受けて100万~300万円の報酬とは別に、節税策の提案に伴う報酬が必要になるところもあります。
事業承継を行うと、税理士への報酬や資産の引き継ぎにかかわる税金など、さまざまなコストがかかります。このような負担を少しでも減らす方法として、国の支援制度となる「事業承継・引継ぎ補助金」があります。
事業承継・引継ぎ補助金とは、事業承継やM&Aの実行、およびその後の取り組みなどで発生する経費の一部を補助する制度です。補助金には「経営革新枠」「専門家活用枠」「廃業・再チャレンジ枠」の3つがあります。
専門家活用枠とは、M&Aを行った場合、税理士やM&A仲介会社などの専門家に支払った報酬などについて、50万~600万円の範囲で2分の1以内(要件を満たせば3分の2以内)の補助が受けられるというものです。M&Aによる第三者への事業承継を考えている場合、この補助金を活用して、税理士への支払いコストを下げられる可能性があります。
ただし、対象となる専門家は中小企業庁が認定する「M&A支援機関」となることが条件です。M&A支援機関として認定されている専門家として、M&A仲介会社や税理士、公認会計士などの士業、金融機関などがあります。M&A支援機関は、中小企業庁の「M&A支援機関登録制度」サイト内にあるデータベースで調べることが可能です。
なお、事業承継・引継ぎ補助金を活用するには、上述した認定支援機関などに相談し、補助金を取り扱う事務局に申請を行う必要があります。審査に通って交付が決まったあと、M&Aを実行して実績を報告し、検査を経て補助金が交付されます。
依頼する前に経営者がやっておきたい3つのプロセス
税理士事務所に事業承継のサポートを依頼するにしても、舵取りをするのは事業を経営する当事者です。よって「事業承継とは何か」をある程度理解し、方向性を決めておく必要があります。特にやっておきたいのは、以下の3つです。
「どういう事業承継を行いたいか」を明確にする
事業承継を大別すると「親族内承継」と「親族外承継」の2つです。親族外承継は、さらに「社内の役員・従業員などへの承継」と「外部など第三者への承継(M&Aも含む)」に分かれます。親族内承継であれば贈与や相続、親族外承継であれば譲渡といった具合に譲り渡す手段が変わり、課せられる税金がそれぞれに異なるため、注意しましょう。
また、承継先やその手段に応じて関与する専門家の数も変わります。贈与や相続といった手段で親族内承継を行う場合、税理士が中心になって手続きを進めることが可能です。
しかし、M&Aを活用した第三者への承継の場合、M&A仲介業者がマッチングや買い手側との交渉を取りまとめます。また、税理士はM&Aの過程で売り手企業の企業価値算出やデューデリジェンス(企業の財務リスクなどをチェックする業務)などの業務を担うのが一般的です。
もっとも、近年は税理士法人・会計事務所でも、M&Aにかかわる業務全般を手がけているところがあります。
これらを踏まえて、経営者はどういう事業承継を行いたいかを明確にしておく必要があります。
親族や関係者と話し合い、意思を確認する
依頼した税理士事務所に豊富な経験やノウハウがあるとしても、経営者やその一族、取引先などの人間関係まで円満にできるわけではありません。
経営者と承継者、承継者と他の親族や従業員の仲が悪く、トラブルにつながりそうな要素があると、資産税専門の税理士事務所であっても依頼を断られることがあります。人間関係のトラブルが絡む事業承継への関与は、税理士にとって違法行為になる可能性があるからです。人間関係のトラブルがあると、事業承継が立ち行かなくなるだけでなく、余計なコストがかかることにもなりかねません。
税理士事務所に依頼する前に、現経営者と後継者候補、親族や役員・従業員などと何度も話し合い、意思疎通を図って事業承継の方向性を一致させるようにしましょう。
事業承継の準備に10年かける
通常の相続に事前準備が必要なのと同じで、事業承継にも準備が求められます。承継後も事業が順調に進むためには、後継者候補の育成や周囲との連携、家族の理解、相続税対策や納税資金などの準備が必要です。これらは一朝一夕でできるものではなく、10年かけて行うことが望ましいとされています。
経営者としては、引退や死を予測するような行動は避けたいかもしれません。周囲を不安にさせてしまうおそれがありますし、自分としてもまだまだ現場で指揮を執っていたい、必要とされていたいという気持ちもあるでしょう。
しかし、いつかは必ず経営者が交替する時はやってきます。自分の気持ちをぐっとこらえて事業承継の準備に取り掛かれば、経営者がこれまで培ってきたノウハウや技術、従業員の笑顔が今後も長く続く可能性が高くなります。
実際の事業承継の手続きは、とても大変です。経営者1人で抱え込まず、実績とノウハウのある税理士事務所と連携して早めに対策を練ることが成功の秘訣です。多くの税理士事務所は、無料あるいは1~2万円で相談を受け付けています。まずは足を運んで、相談してみることをおすすめします。