税理士
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鈴木 まゆ子
鈴木 まゆ子(すずき・まゆこ)
税理士・税務ライター。税理士・税務ライター|中央大学法学部法律学科卒業後、㈱ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て2012年税理士登録。「ZUU online」「マネーの達人」「朝日新聞『相続会議』」などWEBで税務・会計・お金に関する記事を多数執筆。著書「海外資産の税金のキホン(税務経理協会、共著)」。

中小企業において、事業承継は大きな課題です。当事者だけで事業承継を行うのは大変ですが、事業承継に強い税理士事務所に依頼することで、円滑に承継できる可能性が高くなります。今回は、事業承継における税理士の必要性を考えた上で、税理士を探す際のポイントや注意点について見ていきましょう。

目次

  1. 円満な事業承継に税理士が必要なワケ
    1. その1.事業承継税制が煩雑
    2. その2.事業承継では「承継者以外の相続人」への配慮が必要
    3. その3.相続そのものが複雑
  2. 事業承継に詳しい税理士が少ないのはなぜか
    1. その1.資産税に強い税理士が少ない
    2. その2.事業承継後のトラブルを嫌う
  3. 事業承継に強い税理士事務所の特徴3つ
    1. 特徴1.資産税に特化している
    2. 特徴2.複数の税理士が在籍している
    3. 特徴3.税理士事務所が認定支援機関である
  4. 気になる事業承継の報酬の相場は
  5. 依頼する前に経営者がやっておきたい3つのプロセス
    1. 「どういう事業承継を行いたいか」を明確にする
    2. 親族や関係者と話し合い、意思を確認する
    3. 事業承継の準備に10年かける

円満な事業承継に税理士が必要なワケ

「円満な事業承継を行いたい」と思うのはどの中小企業も同じですが、経営陣だけで事業承継を行うのは困難です。それは、以下の3つの障壁があるからです。

その1.事業承継税制が煩雑

事業承継に伴う相続税・贈与税の負担を軽くする、事業承継税制という制度があります。この制度を利用すると、実質的に納税が免除されます。ただし、制度そのものは非常に煩雑です。

そのメリットを享受するためには、多くの要件をクリアしたり、手続きを行ったりしなくてはなりません。要件から少しでも外れると、それまで猶予されていた税金を一括で納付することになります。専門知識を持つ人でなければ、この制度を適切に活用するのは難しいのです。

その2.事業承継では「承継者以外の相続人」への配慮が必要

事業承継では、被承継者と承継者のことだけ考えればいいように思えます。しかし、承継者以外に相続人になる人がいる場合は、彼らのことも考えなくてはなりません。承継するものが事業用資産や自社株が大半ならば、承継者と他の相続人の間に不公平が生じます。円満な事業承継を行うには、専門家の知恵を借り、コストを抑えつつ周到に準備をする必要があります。

その3.相続そのものが複雑

さらに相続そのものも、一般の人にとっては複雑でわかりにくいものです。相続では、様々な手続きが必要になります。死亡届や葬儀の手配、遺言書の捜索や検認、被相続人の生前の所得についての準確定申告や遺産分割協議、名義変更や相続税の申告などがあります。

書店には相続に関する本がたくさん並び、ネット上にも情報があふれています。しかし実際には世帯によって事情が異なるため、本やメディアの情報だけで対応できるわけではありません。普通の相続よりも複雑な事業承継では、なおさらです。

これらの理由から、円満な事業承継を行うには専門家、特に税理士の手を借りる必要があるのです。

事業承継に詳しい税理士が少ないのはなぜか

しかし、残念ながら事業承継に詳しい税理士は多くありません。その理由は以下の2つです。

その1.資産税に強い税理士が少ない

第1の理由は、資産税に強い税理士がそもそも少ないことです。事業承継は自社株や事業用資産の引き継ぎに伴う税金、すなわち相続税や贈与税、固定資産税など資産税が大きく関係します。「税理士なら相続税や贈与税を知ってて当然」と思うかもしれませんが、現実はそうではありません。なぜでしょうか。

税理士事務所も、自分や従業員の生活がかかっているので安定収入を求めます。そのため法人や個人との顧問契約を増やして、安定収入である顧問料や年1回の決算、確定申告の報酬を得ることを目指します。毎月発生する個人や法人の税務会計と異なり、相続や贈与は頻繁に依頼されるものではありません。

特に相続は実地調査や話し合いに手間と時間がかかるため、相続案件が発生するとかかりきりになることも珍しくありません。複雑な案件だと、依頼が来ても断る税理士もいます。このため、資産税に強い税理士は少ないのです。複雑な事業承継に強い税理士は、もっと少ないです。

その2.事業承継後のトラブルを嫌う

「事業承継税制は複雑である」とお伝えしました。複雑だと感じるのは一般の人だけではありません。制度を正しく理解することは、税理士にとっても難しいのです。しかも事業承継税制は、手続きや要件をクリアしないと、猶予された税金を一括で納付しなければならないというリスクがあります。

承継後のリスクやトラブルを嫌い、事業承継が絡む相続や贈与の案件を避ける税理士は少なくないのです。

事業承継に強い税理士事務所の特徴3つ

これらを踏まえて、事業承継に強い税理士事務所を見つける方法を考えていきましょう。探す際ポイントは以下の3つです。

特徴1.資産税に特化している

「資産税に強い税理士事務所は少ない」とお伝えしましたが、それを商機と捉えてあえて資産税に特化する税理士事務所もいます。このような税理士事務所は、資産税に特化することで様々な相続・贈与の案件を引き受けているため、多くのノウハウを蓄積しています。少子高齢化に伴い事業承継案件が増えている昨今、事業承継に関する制度を研究している事務所もあります。

特徴2.複数の税理士が在籍している

事業承継税制は複雑なので、1人の税理士が制度を理解し、手続きを確実に行うのは困難です。そのため、複数の税理士が在籍している事務所を選ぶといいでしょう。専門家が複数いれば、1人では見落としてしまうポイントを確認することができるため、確実に税制を活用できるからです。

また、事業承継では税金以外にも財産の名義変更や許認可、届出といった様々な手続きが発生します。そのため、税理士以外の士業が在籍していたり、他の士業の事務所と提携していたりする会計事務所を選ぶといいでしょう。

特徴3.税理士事務所が認定支援機関である

事業承継税制による相続税・贈与税の納税猶予を受けるためには、事前に都道府県知事に特例承継計画を提出する必要があります。これには、認定経営革新等支援機関(通称「認定支援機関」)からの指導・助言を受けた旨を記載しなければなりません。

認定支援機関とは、国によって専門知識や実務経験が一定レベル以上であることを認められた経営支援機関です。中小企業や小規模事業者が安心して経営相談をできるようにするために始まった制度で、商工会議所や商工会の他、税理士や弁護士などの士業も認定支援機関になることができます。

認定支援機関である税理士事務所に依頼すれば、事業承継税制だけでなく、信用保証協会の保証料が減額されたり、補助金申請がしやすくなったりします。

気になる事業承継の報酬の相場は

事業承継に強い税理士事務所を探す際のポイントがわかったところで、気になるのが報酬です。事業承継に伴う報酬は税理士事務所によって異なりますが、目安は以下のとおりです。

・特例事業計画の策定・認定支援機関としての押印・提出:10万~80万円
・納税猶予の相続税申告書の作成・提出:10万~20万円
・都道府県庁への年次報告、税務署への継続届出の提出:5万~15万円
・株価算定・相続税評価額:15万円~

上記はあくまでも目安です。個別メニューを用意して、必要な手続きだけをピックアップして依頼できるところもあれば、事業承継税制の申請手続きを丸ごと引き受けて100万~300万円の報酬とは別に、節税策の提案に伴う報酬が必要になるところもあります。

いずれにしても多額のコストがかかるので安易に決めるのではなく、いくつかの税理士事務所を検索して比較したり、実際に相談に行ってみたりして検討するといいでしょう。

依頼する前に経営者がやっておきたい3つのプロセス

税理士事務所に事業承継のサポートを依頼するにしても、舵取りをするのは事業を経営する当事者です。よって「事業承継とは何か」をある程度理解し、方向性を決めておく必要があります。特にやっておきたいのは、以下の3つです。

「どういう事業承継を行いたいか」を明確にする

一口に事業承継と言っても、多種多様なケースがあります。事業承継の方法には、生前の事業譲渡(M&A)や贈与、相続があります。また、承継先が現経営者の配偶者や子、兄弟姉妹など親族か、役員や従業員などの親族以外か、同業他社かによっても考えるべきことは変わります。業種や事業規模、従業員数とその構成、経営方針や理念によっても事業承継の方法は変わるのです。

これらを踏まえて、経営者はどういう事業承継を行いたいかを明確にしておく必要があります。従業員や取引先がいる場合は、事業承継のやり方によっては彼らの生活に影響が出ることも忘れてはなりません。

親族や関係者と話し合い、意思を確認する

依頼した税理士事務所に豊富な経験やノウハウがあるとしても、経営者やその一族、取引先などの人間関係まで円満にできるわけではありません。

経営者と承継者、承継者と他の親族や従業員の仲が悪く、トラブルにつながりそうな要素があると、資産税専門の税理士事務所であっても依頼を断られることがあります。人間関係のトラブルが絡む事業承継への関与は、税理士にとって違法行為になる可能性があるからです。人間関係のトラブルがあると、事業承継が立ち行かなくなるだけでなく、余計なコストがかかることにもなりかねません。

税理士事務所に依頼する前に、現経営者と後継者候補、親族や役員・従業員などと何度も話し合い、意思疎通を図って事業承継の方向性を一致させるようにしましょう。

事業承継の準備に10年かける

通常の相続に事前準備が必要なのと同じで、事業承継にも準備が求められます。承継後も事業が順調に進むためには、後継者候補の育成や周囲との連携、家族の理解、相続税対策や納税資金などの準備が必要です。これらは一朝一夕でできるものではなく、10年かけて行うことが望ましいとされています。

経営者としては、引退や死を予測するような行動は避けたいかもしれません。周囲を不安にさせてしまうおそれがありますし、自分としてもまだまだ現場で指揮を執っていたい、必要とされていたいという気持ちもあるでしょう。

しかし、いつかは必ず経営者が交替する時はやってきます。自分の気持ちをぐっとこらえて事業承継の準備に取り掛かれば、経営者がこれまで培ってきたノウハウや技術、従業員の笑顔が今後も長く続く可能性が高くなります。

実際の事業承継の手続きは、とても大変です。経営者1人で抱え込まず、実績とノウハウのある税理士事務所と連携して早めに対策を練ることが成功の秘訣です。多くの税理士事務所は、無料あるいは1~2万円で相談を受け付けています。まずは足を運んで、相談してみることをおすすめします。

文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)