JT(日本たばこ産業)は煙草の製造・販売事業にとどまらず、食品や医薬品事業にまで拡大している。現在は世界的にも屈指の煙草メーカーとなったが、その過程で多角化の推進や海外シェアの拡大を図るためにM&Aを活用した。今回はJTが実施したM&Aの事例に迫っていこう。
目次
そもそもJTとは?
そもそもJTとは、かつて三公社五現業と呼ばれた公共企業体の一つだった。
三公社とは、JTの前身である日本専売公社、日本電信電話公社(現NTTグループ)、日本国有鉄道(現JRグループ)である。ちなみに、五現業は郵便・国有林野・造幣・印刷・アルコール専売事業だ。
1898年の葉煙草専売を機に、日本は国の直営事業として煙草の製造・販売を行ってきた。国の収入源だったが、終戦直後の1949年に日本専売公社が大蔵省(現財務省)専売局から引き継いだ。
三公社はいずれも民営化され、日本専売公社も1985年に日本たばこ産業となった。日本たばこ産業が設立されると、専売制の廃止とともに煙草の輸入が自由化されている。同社は民営化されると同時に、自由競争市場で戦うことになった。
JTがM&Aを実施した背景
JTが設立された当時は今よりも喫煙者の割合が高かった。しかし、日本は1970年代から高齢化社会へと突入し、人口のピークアウトとともに国内の煙草市場が縮小していくことは明らかだった。
その一方で、誕生したばかりのJTにおける海外売上高比率は極めて低かった。JTは設立当初から「国内企業からグローバル企業へ」という目標を掲げていたという。
こうしたことから、1999年に同社は日本たばこインターナショナルを設立して海外への進出を図るが、競合する海外の煙草メーカーは巨大で、そう簡単には太刀打ちできなかった。そこで選択したのがM&Aという手段だった。
海外の煙草メーカーを傘下に収め、世界の名高いブランドやバリューチェーン、人材を一気に獲得する方針を取った。
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JTが実施した海外のM&A
JTはM&Aで世界的な地位を獲得するに至った。その決め手は海外におけるM&Aである。
海外のM&A事例1.RJRナビスコ
JTは、1992年に英国のマンチェスター・タバコ・カンパニーとロシアのAS-ペトロを買収するなど、90年代初頭から動き始めた。JTの海外進出において初の重要取引は、1999年にRJRナビスコから米国外煙草事業部門(RJRI)を買収したことだった。
RJRナビスコとは、米国最大手の煙草メーカーだったレイノルズ・インダストリーズがオレオやリッツなどのスナック菓子を手掛けるナビスコ・ブランズを1985年に買収して設立された企業だ。
その米国外の煙草事業部門であるRJRIは、ウィンストンやセーラム、キャメルをはじめとする200弱のブランドを有し、70カ国に販売網を展開して世界第3位のシェアを誇っていた。
だが、多額の負債を抱えていたのも事実で、RJRナビスコ社のほうから同部門の買収の入札を打診されたという。JTはこれに応じ、日本企業によるM&Aとして当時の史上最高額である約9,400億円(78億ドル)で落札を果たした。
買収の8カ月後にはRJRIの統合計画をまとめ、海外煙草事業を専門に手掛けるJTI(JT International)を設立。このM&Aによって、JTは世界第3位の煙草メーカーに躍り出た。
海外のM&A事例2.ギャラハー
JTはさらにその先を見据えていたようだ。RJRIの買収から数年後、英国の煙草メーカーであるギャラハーに狙いを定めた。同社を獲得することで、英国、アイルランド、オーストリアなどの新たな市場を開拓できると考えたようだ。
2007年に約1兆7,800億円でギャラハーを買収し、わずか100日間で統合計画をまとめたという。
このM&Aによって、JTは世界の広範囲に販路を拡げ、海外での販売本数を一気に増加させた。世界第1位のフィリップモリス(PMI)や世界第2位のブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)と互角に渡り合えるポジションを確立した。
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JTが国内で実施したM&A
JTは、先述したような海外進出を推進する一方で、国内で多角化戦略にも力を入れた。民営化とともに新規事業の積極的展開を図るために事業開発本部を立ち上げ、1990年7月までに同本部を改組して医薬事業部や食品事業部などを設置した。
国内のM&A事例1.医療事業
医療事業の目的は、「国際的に通用する特色ある研究開発主導型事業の構築」と「オリジナル新薬を通じた存在感確保」だという。
目的を果たすうえでもM&Aの活用が有効だと判断し、1998年にTOB(株式公開買付)を実施して鳥居薬品の過半の株式を取得した。
同社は腎・透析領域や皮膚・アレルゲン領域、HIV領域に強みをもつ製薬会社だ。傘下に収めると同時に協業体制を確立し、新薬の研究開発はJTに集約して、医薬品の製造・販売は鳥居薬品に統合するという役割分担を明確にした。
新薬の研究開発には多額の投資と長い歳月が必要だが、鳥居薬品はJTと協業することでその重荷から解放されたといえる。
また、JTは鳥居薬品の得意領域における知見を獲得し、特定疾病の研究開発に的を絞ることに成功した。
国内のM&A事例2.食品事業
JTは医薬事業と同じく多角化の一環で、新たに食品事業も立ち上げていった。ただ、食事事業は紆余曲折を経てきたといえよう。
民営化から3年後にあたる1988年には飲料事業に参入し、清涼飲料水「桃の天然水」や缶コーヒー「ルーツ」などのヒット商品が誕生した。
しかし、競合が熾烈で今後の成長性を見込めないと判断し、1998年に子会社化していたジャパンビバレッジホールディングスの株式をサントリー食品インターナショナルに売却し、2015年に撤退することになった。
一方、1998年には米国食品大手のピルスベリー(現ゼネラル・ミルズ)の日本法人であるピルスベリージャパンの食品事業を取得。米国のピルズベリーと手を組み、食品加工の分野に本格進出。その翌年には、旭化成工業の食品事業も獲得している。
さらに2008年には、不祥事が発覚して窮地に陥っていた冷凍食品大手の加ト吉(現テーブルマーク)を完全子会社化。
2019年1月には中間持株会社であったテーブルマークホールディングスを解散した。JTは、孫会社であったテーブルマーク株式会社、富士食品工業株式会社、株式会社サンジェルマン社を子会社とする組織再編を行っている。
テーブルマークが手掛けているのは、冷凍麺や冷凍米飯、パックご飯、冷凍パンといったステープル(主食)関連の食品加工事業だ。これに対し、富士食品工業は調味料の製造を担っており、サンジェルマンは同ブランド名でベーカリー事業を展開している。
海外でのM&Aと比べればいささか地味な印象を抱くかもしれない。また、試行錯誤の形跡もうかがえるが、積極果敢に取り組んできたことは明らかであろう。
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JTのM&Aは「主体性」と「謙虚さ」がキーワードに
JTのM&A戦略は、「主体性」と「謙虚さ」がキーワードとなっている。「自らの将来は自らが拓く」という主体性によって、投資銀行やM&Aコンサルタントには依存せず、自社で独自に買収先の選定や交渉を進めてきたという。
買収後は最大限のシナジー効果が生まれるよう、買収先に大幅な権限委譲を行ってきた。JTのM&Aは、「相手の優れたところを積極的に認め、ともに学び合う」という謙虚な思想をベースとしている。
RJRナビスコからのRJRIを買収したときも、謙虚さを貫いていたといえる。旧RJRIの執行役員を経営陣に残留させ、彼らに世界規模の煙草事業を委ねたのだ。
旧RJRIの執行役員とともに発足したJTIは、グローバル展開の司令塔として機能した。その結果、2007年のギャラハー買収も実現したのだろう。
JTのM&Aはグローバル化の成功事例
日本の企業が海外の企業を傘下に収めた場合、失敗しがちなポイントがある。それは、買収先に自分たちの流儀を浸透させようとすることだ。
買収先の反発を招きかねないほか、一朝一夕に進まないため、「時間をお金で買う」というM&Aの基本を貫くうえでも支障をきたす
JTのM&A戦略こそ、日本企業をグローバル化していく最適解の一つといえる。
今後、JTはM&Aの対象を新興国市場にも広げていく方針だという。先進国の企業とは異なる課題も出てくるだろうが、これまでに培ってきた知見が生かされるはずだ。
文・大西洋平(ジャーナリスト)