デザイン経営
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かつての日本は、間違いなく世界市場の中心だった。1989年の世界時価総額ランキングでは、トップ5がすべて日本企業。しかし現在は、GAFAをはじめとした海外企業が台頭し、日本企業の存在感は薄れている。

時代は変わった。この大変革にどう対応していくべきか。現在世界の有力企業は、ブランド力とイノベーション力の向上を図るため、デザインを重視した経営を進めている。このデザイン経営こそが、新時代を切り開く鍵になるかもしれない。

目次

  1. デザイン経営とは?経済産業省・特許庁が発表
    1. デザイン経営の定義
  2. 経営におけるデザインの重要性
  3. デザイン経営の実践
  4. 一流の世界企業はデザインを重視している!ただデザインを重視すればいいわけではない?
    1. 顧客のあらゆる体験を考える
  5. ネット、ビッグデータ、そしてデザイン

デザイン経営とは?経済産業省・特許庁が発表

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2018年に経済産業省・特許庁は、「『デザイン経営』宣言」を発表した。これは、「産業競争力とデザインを考える研究会」による提言をまとめた報告書だ。デザインの重要性やその実践が記された、実に画期的な内容で、まさに現代の経営の方向を指し示す格好の資料となっている。

「『デザイン経営』宣言」の中でも強調されているが、これからの時代の経営は、「ブランディング力」と「イノベーション力」が何よりも重要になってくる。それらを手に入れるには、デザインの力が必要だ。供給側の思い込みを排除し、顧客のあらゆる体験を想定し、既存の事業に縛られない経営手法。これこそが、デザイン経営だ。

デザイン経営の定義

「『デザイン経営』宣言」によれば、デザイン経営とは「デザインを企業価値向上のための重要資源として活用する経営」のことだ。具体的には、①経営チームにデザイン責任者がいること②事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること、という2点が条件として設定されている。

基本的なサイクルとしては、まず企業のデザイン力を向上させるために、デザインに投資をする。デザイン力が身につくことによって、確かなブランディングやイノベーションの創出を促す。それによって企業の競争力が強化され、それによって生み出された収益をまた新たなデザインに投資する。このプロセスを繰り返していくことで、デザインを中心とした盤石な経営体制が整い、十分な競争力を養っていくことができる。

しかし、投資はそう簡単にできるものではない。リソースは有限であり、投資の常識は「リスクやリターンをしっかり計算すべき」だ。「『デザイン経営』宣言」では、デザインの投資効果に触れている。British Design Councilは、「デザインに投資をすると、その4倍の利益を得られる」と発表している。各国の調査を見てみても、「デザイン経営」は満足いく費用対効果が得られると考えて良さそうだ。

経営におけるデザインの重要性

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ところで、デザイン経営におけるデザインとは何だろうか。デザインについて、もう少し深掘りしてみよう。

たとえば、アップルのロゴマークは世界中に浸透している。お洒落なカフェでMacBookを広げて作業をすることが、ある人々にとってはステータスにさえなっている。シンプルなボディにはめ込まれた、アップルのロゴ。これはスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックが、デザイナーのロブ・ジャノフに依頼したものだ。このロゴは、アップルのブランド力を象徴していると言えるだろう。

もちろん、デザインはロゴだけではない。「『デザイン経営』宣言」にも取り上げられているが、私たちが毎日使う歯磨き粉のチューブもまた、デザイン思考の産物なのだ。

かつての歯磨き粉のチューブは細長く、お尻のほうから押し出すようにして使わなければならなかった。そこで開発されたのが「自立型チューブ」だ。内側はつるつるになっており、立てておけば、中身は自然と出口のほうへ降りていく。これによって、量が減ってもすぐにペーストを出せるのだ。忙しい朝にわざわざペーストをしごき出すという手間を、デザインの力によって見事に解消したわけだ。

デザインは、ロゴマークや外装といった見かけのものばかりではない。目に見えるものも目に見えないものも、顧客の体験すべてに焦点を当て、より快適で充実したライフスタイルを提供するのが「デザイン」なのだ。

近年はデザインを重視する企業が増えたが、普及しているとは言い難い。企業のホームページを覗いてみても、未だにスマートフォン表示に対応していないものが散見される。「企業の顔」であるはずのホームページが、あまりにも古いデザインだったり、しっかりと整備されていなかったりするわけだ。

就活生は、企業側が考えているよりも会社のホームページをよく見ているし、デザインについても深く考えている。「自社のデザインはどうか?」「しっかり整備されているか?」といったことを考えることは、非常に重要だ。

デザイン経営の実践

では、デザイン経営を実践するにはどうしたらいいのだろうか。「『デザイン経営』宣言」には、「複数の取り組みを一体的に実施することが望ましい」という記述がある。「複数の取り組み」は、以下のようにまとめられている。

①デザイン責任者の経営チームへの参画
②事業戦略・製品・サービス開発の最上流からデザインが参画
③「デザイン経営」の推進組織の設置
④デザイン手法による顧客の潜在ニーズの発見
⑤アジャイル型開発プロセスの実施
⑥採用および人材の育成
⑦デザインの結果指標・プロセス指標の設計を工夫

一見しただけではわかりにくいものについて、解説しよう。

先ほどの歯磨きチューブの例は、④に当てはまるだろう。「当たり前だと思って受け入れているが、実は改善の必要があるもの」を見つけ出し、そのニーズを満たすような新しいものを開発する。これが、デザインの醍醐味だ。徹底的に顧客側に立つことによって、様々な事実を発見できる。いかに深く観察するかが、新しいニーズを掘り当てるための鍵だ。

⑤の「アジャイル型開発プロセス」は2000年代に登場した開発手法で、小さなユニットで実装とテストを繰り返し、短期間でプロジェクトを遂行するというものだ。かつては、「ウォーターフォール型」という開発手法が主流だった。「企画・要件定義・設計・実装・テスト」と、滝のように上から下へ開発を進めていくものだ。

しかしウォーターフォール型開発は、原則として前の工程には戻らないため、欠陥が発見された際に柔軟な対応ができない。アジャイル型であれば適宜修正を加えることができるので、その点ではウォーターフォール型よりも優れている。デザイン経営においては、「観察・仮説構築・試作・再仮説構築」を反復することによって、質とスピードの両取りを目指している。

⑥の採用および人材の育成も重要だ。「『デザイン経営』宣言」の別冊、「『デザイン経営』の先行事例」では、主に日系企業の取り組みがまとめられている。たとえばソフトバンク株式会社のデザイナーたちは、デザイン専門で取り組んできた人や、企画分野出身の人など、多様なバックグラウンドを持っている。

デザインの仕事は、美術を学んだ人にしかできないというわけではない。営業や企画などの業務に携わってきたからこそ、「良いデザイン」を生み出せることもある。人材を発掘するだけでなく、育成することもまた重要なのだ。

一流の世界企業はデザインを重視している!ただデザインを重視すればいいわけではない?

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章タイトルにもあるように、一流の世界企業はデザインを重視している。先ほどはアップルを例に挙げたが、その他の世界的大企業も非常に優れたデザイン力を有している。

日本国内にも、デザインを重視する企業は多い。かつて世界市場の中心的な存在だった、国産メーカー勢の実力は伊達ではない。では、国内企業と世界的大企業の差は何か。それは、「目に見えないところを含めてデザインする力」だ。「日本企業は良いものを作るが、売り方が下手だ」というセリフをよく聞く。「製品の質が良い」に留まり、顧客のすべての体験をデザインできていないのだ。

顧客のあらゆる体験を考える

顧客は、単に商品を使うだけではない。広告を見て、商品を買おうと決断し、お店に足を運んでそれを購入する。顧客が実際に商品を使うまでには、実に複雑な意思決定があり、それを取り巻く世界がある。顧客のあらゆる体験を特別なものにすることがデザインの力であり、デザイナーの腕の見せどころなのだ。

先ほど例に挙げたアップルは、それを体現した企業と言えるだろう。スティーブ・ジョブズの哲学を一言で表現すれば、「シンプル」だ。無駄なものをすべて削ぎ落とした、簡潔なデザイン。ロゴだけでなく、「毎日同じ服を着る」という彼のライフスタイルや、彼のプレゼンの言葉選びにもその哲学が垣間見える。

「キーノート」という新商品のお披露目会や広告、そして直営店のアップルストア。これらすべてに膨大な資金が注ぎ込まれるのと同時に、「シンプル」の哲学が詰め込まれている。人々は、広告やジョブズのプレゼンを見て、アップルストアに足を運ぶ。ストアの洗練されたデザインに酔いしれながら、発売されたばかりの商品を買う。

人々のこうした特別な体験は、まさにアップルがデザインしたものだ。顧客の体験すべてに向き合い、一つの物語を作っていく。それが彼らの流儀なのだ。

ネット、ビッグデータ、そしてデザイン

ビッグデータやAIは、すでに社会に浸透しつつある。電車に乗れば多くの人がスマートフォンの液晶を覗き、Amazonのおすすめ商品を買っている。誰もが利用する検索エンジンにも、人工知能が使われている。ネットやデータがすべてを飲み込む時代が、まさに到来しようとしている。それらのサービスの根幹にあるのが「デザイン」なのだ。

競争力の高いビジネスモデルを築いていくにあたって、間違いなく「デザイン」は重要な役割を果たす。今すぐすべてを実行するのは難しいだろう。しかし、「デザイン」を深く考えてみることによって、未来は良い方向に進んでいくかもしれない。

文・THE OWNER 編集部

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