矢野経済研究所
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11月20日、与党2党は総合経済対策の骨子について国民民主党と協議、「103万円の壁」の引き上げを含む国民民主党の主張を大筋で受け入れることで合意した。これを受けて「103万円の壁」問題はその引上げ幅が焦点となる。国民民主党は最低賃金上昇率を根拠に178万円を提案、一方、基礎控除の趣旨に沿えば生活必需品等に対する物価連動であるべき、との批判もある。地方と国を合わせて7兆円から8兆円と試算される減収の財源問題も論点だ。

社会保険、特定扶養者控除、配偶者特別控除の扱いも放置できない。厚生労働省はこれを機に社会保険の加入要件である「106万円の壁」を撤廃し、一方、国民民主党の公約である給与所得者の “手取り増” に添うべく新たに生じる被保険者の負担を企業に肩代わりさせる言わば “抜け道” 案を検討しているとされる。しかし、この問題は税や社会保険制度の根幹をなす “原則” の問題であって、小手先の対応は必ずや将来に禍根を残す。

人手不足が解消されるとの期待も同様である。総務省によると就業調整を行っている非正規労働者は537万人、その8割が「壁」の範囲内で調整しているとされるが、(株)リクルートジョブズリサーチセンターの最新の調査によると(2024年9月)、就業調整をしている理由の第1位は「心身ともに健康的に働くため」(41.3%)であり、所謂 “年収の壁” は2位(27.8%)、これに「家事・育児・介護など他に優先すべきことがある」(23.7%)が続く。つまり、人手不足問題の解決のためには働き方改革、ジェンダーの問題、少子高齢化対策等との一体的な取り組みが不可欠であるということだ。

いずれにせよ「103万円の壁」問題は実態と制度との乖離を象徴していると言え、これを契機に制度全体を再点検し、長期的な視点に立った開かれた議論を期待したい。その意味で国会が多様性を取り戻し、議論の場としての機能を回復しつつあることを歓迎したい。そう、オルテガを引くまでもなく、自由主義的デモクラシーとは多数者が少数者に与える権利であり、意見の異なる者への寛容と共存を表明することがその本質であるのだから。

今週の“ひらめき”視点 11.17 – 11.21
代表取締役社長 水越 孝