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「働き方改革」は「働くな改革」になりかねない?!

日本は、世界的にも、働く人たちの仕事満足度が極端に低いと言われます。長時間労働や転勤・出張などを伴う働き方が原因と見なされ、官民挙げて働き方改革が推進されてきました。法規制もなされ、長時間労働の是正や休暇取得の促進が行われ、在宅勤務などの柔軟な働き方も広がってきました。

少子高齢化が進む中で労働力人口を確保するため、育児や介護や病気治療と仕事が両立できるようにする必然が高まってきたことも影響しています。ワークライフバランスという言葉も一般化しました。いわば、国を挙げて「働きやすさ改革」に取り組んできたといえます。

私は、多様な人たちが働くためには、こうした働きやすい環境整備は必要と考えていますが、それが働く人たちの仕事満足度を高めることに直結しないと訴え続けてきました。働く人たちにとって、「働きやすい環境」はあくまで衛生要因であり、就労に「動機づけ」をするためには、「働きがい」を高める取り組みがもっとも大切だからです。働く人たちの仕事満足度が低い本当の理由は、働きやすさが不足していることよりも、働きがいを感じられないことなのです。

働き方改革関連法案が成立・施行される中で、私は強い問題意識から、2016年に『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベスト新書)を出版し、働きやすさばかりを追求すると会社も個人の成長もダメになると訴えました。2017年には働きがい創造研究所を設立し、2018年には『一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)を出版。一貫して主張してきたのは、ともすれば「働くな改革」にもなりかねない「働きやすさ改革」よりも、「働きがい改革」の重要性です。

「人的資本経営」が提唱され、社員の働きがい向上への関心は高まりつつあるが…

近年、働きやすさよりも働きがいが重要であると気付いた企業が、やっと動き始めた感があります。きっかけは、まだ育児や介護や病気治療などと仕事との両立を要するライフステージにまで至っていない、Z世代の若者の早期離職が深刻化したことでしょう。働きやすさの改善のみでは問題は解決しないと国も企業もわかってきたわけです。

そこで、従業員のエンゲージメントサーベイを定期的に実施し、上司と部下の1on1ミーティングを取り入れ、キャリア支援策を充実させる。経営幹部層に担当部署の社員の働きがい向上を求め、賞与に反映させる企業まで出てきました。

国が提唱する人的資本経営においても、社員のエンゲージメントが重視されるようになってきました。そもそも日本語に訳しにくかったエンゲージメントを、働きがいと呼ぶ風潮にもなっています。仕事は組織人としての義務であり、社員一人ひとりの働きがいなど考えなくてもいいのではないか、と言われることもあった昭和の価値観を引きずっていた時代からは、隔世の感があります。

私自身、国や自治体など公的機関や経営者団体からの有識者ヒアリングを受ける機会も増えています。テーマは、若者・女性・高年齢者の採用・定着・活躍に必要な取り組みについて。これまで、DX関連や設備投資などへの補助金や助成金施策などを打ってきたものの、それのみでは人材育成や活躍支援は困難という認識。特に地方に若者を呼び込むのは益々困難という問題意識も高まっています。私からは、シリコンバレーならぬ、”若者成長バレー”のような特区を思い切ってつくり、若者が働きがいを持って生き生き働ける、魅力あるロールモデル企業エリアをつくることを提案しておきましたが…。

部下からの評価に戦々恐々の上司たち

多くの企業が、働きがい改革を進めることは歓迎すべきことですが、一方で懸念すべき事態も起こり始めています。それは、現場で社員と向き合う管理職層が元気をなくしつつあることです。

ただでさえ、これまでの働きやすさ改革で、部下に残業はさせられない上に、休暇もしっかり取らせることが求められ、かたや要求される組織業績負荷は重くなるばかり。加えて部下の働きがいまで高めなければならないのですから。定期的に実施される担当部署のエンゲージメントサーベイ結果や、部下たちによる自分への360度サーベイ結果にビクビクし、青息吐息になり、メンタル不調に陥る中間管理職も少なくありません。

実際、私たちが中小企業の管理職の方々に向けて公開型で開講する上司力®セミナーでは、「若手に辞められるのが怖い」という痛切な声が止まりません。

現在40〜50代の中間管理職が若手社員だった1990〜2000年代は、部下が上司の顔色を伺うのが一般的でした。ところが、現在は上司が部下の顔色を伺うようになってきているのです。ハラスメントがご法度とされる風潮が強くなっていることの影響も、大きいでしょう。

アジアで最も昇進意欲が低い日本

懸念すべきは、上司の元気が失われることに留まりません。そうした上司の姿を間近に見る部下たちが、管理職になりたがらないようになってきているのです。課長や部長にでもなろうものなら、あれもこれもと責任を押し付けられ大変だから、気楽な部下のままがいいというわけです。私が営む会社でも、一般社員の昇進・昇格意欲を高めるためにはどうすればよいかという企業からの相談が急増しています。

少し古い調査ですが、パーソル総合研究所の「APAC就業実態・成長意識調査」(2019年)によると、アジア太平洋地域(APAC)14の国・地域で、管理職になりたいと思っている人の割合が高い1位はインドで、86.2%。2位はベトナムで86.1%。3位はフィリピンで82.6%です。残念ながら、日本は最下位で21.4%しかありません(【図表】参照)。

Z世代の早期離職は上司力で激減できる

問題は、昇進・昇格意欲の低下から、さらにエスカレートしつつあります。管理職から一般社員に降格を希望する人が出てきているのです。神奈川県(県庁)でも、自ら希望して管理職から一般職員などへ降格する「希望降任制度」を利用して降任する職員が増加したと報道されました。表向きには親の介護を理由に挙げる人が多いそうですが、本音では責任の重さを忌避しているものと想定されるといいます。

企業組織を挙げて社員の働きがいを高めようと取り組むはずが、推進の要となる現場の上司が疲弊し、降格したがる社員が増えてしまうのでは、本末転倒です。生産性向上やイノベーションはおろか、企業の発展・成長もおぼつかなくなってしまうでしょう。

上司と部下が“外向き・前向き”に対話し、働きがいに邁進できる職場づくりを

そもそも、働きがいとは何なのでしょうか。「働」という漢字は、人偏に動くと書きます。つまり、人のために動くことが、働くことです。よって、働きがいとは、人のために動く喜びだと私は定義しています。企業全体としての究極の働きがいは、顧客や市場、社会のために働く喜びであり、経営理念に通ずるもののはずです。

現場管理職だけで創造できるものではなく、経営が担う役割です。エンゲージメントサーベイや360度サーベイなどのデータを基に、現場上司層に部下の働きがいを高めよと迫る前に、社員一人ひとりにとっての働きがいとは何かを考える場を提供し、それをさらに高めるためにはどうすべきか、上司と部下が一緒になって創意工夫できるよう支援すべきでしょう。

各種サーベイなどはあくまでツールであるため、使い方が重要です。逆説的ですが、エンゲージメントサーベイや360度サーベイを取れ入れたことで、社員の働きがいが高まりにくくなるリスクもあります。上司が部下の業績評価をする立場である中で、部下が上司のマネジメントについてフィードバックをするようになると、互いに腹の探り合いをするようになりかねないからです。

組織の内側に上司と部下の内向きの対立構造をつくってはいけません。社員が内向きになるほど、同調圧力と閉塞感も強くなり、働きがいどころではなくなってしまいます。働きがいある企業ほど、経営層から現場社員に至るまで、ほぼ全員が組織の外にある顧客や社会に意識が向いています。上司と部下が、共に組織の外側を向き、お客様のためにもっと働くにはどうすればよいかを話し合い、行動できる企業であれば、自ずと働きがいも高まっていくものです。

経営者に求められるのは、部下と上司が“外向き・前向き”に対話ができ、働きがいに邁進できる職場づくりだと言えるでしょう。

※本稿は前川孝雄著『Z世代の早期離職は上司力で激減できる』(株式会社FeelWorks刊)より一部抜粋・編集したものです。

Z世代の早期離職は上司力で激減できる
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師

人を育て活かす「上司力®」提唱の第一人者。(株)リクルートで『リクナビ』『ケイコとマナブ』『就職ジャーナル』などの編集長を経て、2008年に (株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、研修事業と出版事業を営む。「上司力®研修」シリーズ、「ドラマで学ぶ『社会人のビジネスマインド』」、eラーニング「パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」、「50代からの働き方研修」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員サポーター、(一社)ウーマンエンパワー協会 理事等も兼職。30年以上、一貫して働く現場から求められる上司や経営のあり方を探求し続けており、人的資本経営、ダイバーシティマネジメント、リーダーシップ、キャリア支援に詳しい。連載や講演活動も多数。
著書は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks)、『部下を活かすマネジメント“新作法”』(労務行政)、『本物の「上司力」』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等約40冊。最新刊は『Z世代の早期離職は上司力で激減できる!「働きがい」と「成長実感」を高める3つのステップ』(FeelWorks、2024年4月1日)

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