社員
(画像=PIXTA)

「会社を売却したら、その後どうなるのか?」

そう不安に思う経営者は少なくないはずだ。自分が大切に育てた会社や事業、社員のその後が気になるのは当然の心理。あるいは所属している社員も同じように将来に不安を感じるだろう。会社売却後どうなるのか、経営者・会社・社員への影響を解説する。

経営者・会社・社員は会社売却後どうなるのか?

会社売却後、一般的に経営者・会社・社員がどうなるかを確認しよう。

経営者は継続か引退

中小企業では後継者を見つけられない場合、会社を存続するためにM&Aを選択するケースが多い。そのため、会社売却と同時に引退を選択する経営者も多い。しかし、会社売却と経営者の引退は必ずしもイコールでなくてもかまわない。会社売却とは、会社の株式を売却する行為だ。

中小企業では、経営者が株主も兼ねていることがほとんどだが、大企業ではむしろ、株主と経営者は別であることが多い。株式を売却し株主でなくなっても、経営者の地位は、役員交代の登記をするまでは継続する。

事業によっては、長い引継ぎ期間を設けた方がスムーズにM&Aが完了する場合もある。そんな時は、買収側の企業と話し合ったうえで、一定期間は経営者が役員として残るケースもある。会社売却と引退は必ずしも同時期である必要はないことを、まずは押さえておきたい。

会社はそのまま存続

会社売却とは、株式を売却する行為だ。株主が、買収側の企業に株主を売却し、対価である金銭を受け取ることで、会社売却は成立する。会社そのものは会社売却後も存続することになる。資産や負債、商品・サービス、顧客と結んだ契約、社名、知的財産権などの見えない資産はそのまま引き継がれる。

もちろん、その後の事業展開や経営判断によって、会社の資産を吸収して会社を潰す判断もありうる。しかし基本的には株主が変わったからといって、会社そのものがなくなるわけではない。

社員は継続雇用

雇用契約は、経営者個人と社員が結ぶものではなく、会社が社員と結ぶものだ。そのため、会社がそのまま存続する以上、雇用契約は自然と継続することになる。

社員によっては、自分の年齢や働き方などをかんがみて、会社売却を機に退職を希望する人もいないではない。特に、経営者と二人三脚で歩んできた同年代の役員などは、一緒に退職したいと望むケースも多いだろう。その場合はもちろん、社員の権利として退職を願い出ることが可能だ。

雇用契約が継続するということは、雇用契約書に記載された雇用条件は、会社売却後も守られることとなる。雇用条件とは、給与や労働時間などだ。しかし、会社売却によっては、役職や仕事内容に変化が生じる場合もある。事業活動に欠かせないキーマンとなる人物がいる場合、事前に意見を聞くなどして、十分にすり合わせることが望ましい。

会社売却による経営者・会社・社員それぞれのメリット

続いて会社売却のメリットについて、経営者・会社・社員それぞれの視点から解説する。

1.経営者は事業の存続と金銭的メリットが得られる

経営者が会社売却を考える理由はたくさんあるが、最も多いのは後継者がいないケースだ。親族や社員の中に後継者たる人物がいない場合、第三者に会社を売却するか、廃業して会社を清算するかという選択を迫られる。

創業者ならせっかくゼロから生み出した商品・サービスを後世に残したいと思うのは自然な感情だ。二代目以降の経営者なら、親から引き継いだ事業を自分の代で終わらせることに、葛藤を感じることもあるだろう。

喜んでくれる顧客のことを想うと、体力的にしんどくても、やめるにやめられないという話もよく聞く。いずれにせよ、「商品・サービスを残したい」というのは経営者に共通する想いのはずだ。会社売却によって、大切に守り続けた事業が今後も存続することは、経営者にとって大きなメリットだ。

また、会社売却は金銭的にもメリットが大きい。廃業して会社を清算する場合、建物の取り壊しや機械の処分などで、数百万円単位の費用がかかることも少なくない。清算後、ほとんど資金が残らないことも多く、むしろ廃棄費用で持ち出しが発生してしまうことすらある。

その点、会社売却では、建物や機械といった資産を売却先にそのまま引き継ぐことができる。廃棄費用が一切かからないことに加え、売却先の企業から対価として金銭を受け取れる。

会社の資産状況や事業の期待値にもよるが、数千万円近いまとまった資金を得られることもあるだろう。会社売却で肩の荷を下ろしセカンドライフを送れるだろう。

2.会社は存続と安定、事業拡大の機会を得られる

会社のメリットは、何よりもまず存続できることだ。加えて、そもそもメリットがなければ買収を検討する企業はないため、M&A後は経営が安定すると予想される。また、M&Aによって事業に相乗効果が発生することも少なくない。相乗効果を目的としたM&Aには、水平型M&Aと垂直型M&Aがある。

水平型M&Aとは、同じ業種・同じ業態の企業同士がM&Aを実行することだ。例えば、とある地域でシェアを持つA社が、隣の地域で同じ業種でシェアを持つB社を買収するといったパターンだ。地域を広げてスケールメリットを活かせば、効率的に事業規模を拡大していける。このようなパターンでは、自社のシェアや顧客との良好な関係性をうまくアピールし、買収側がそれに価値を感じれば、売却額にプレミアムを上乗せすることもできる。

垂直型M&Aとは、開発・製造・流通・販売といったサービスの流れを統合するタイプのM&Aだ。例えば、商品開発・製造のみを行うA社が、流通を担うB社、販売を担うC社を買収するといったパターンだ。サービスをすべて自社で担うことでコスト削減をはかったり、消費者の声を開発にダイレクトに反映させたりできる。

こういったパターンでは、M&Aによる相乗効果についてより想像力を働かせ、期待される今後の事業展開をアピールすることが大切だ。水平型M&Aと同様、買収側が価値をイメージしやすくなれば、売却額にプレミアムを上乗せできるだろう。

3.社員は雇用が守られ、キャリアアップ・スキルアップの機会が得られる

廃業して会社を清算してしまえば、社員は勤め先を失うことになる。しかし、会社売却によって会社が存続すれば、社員の雇用は守られる。長年勤めてきた社員の今後が保証されることは、社員だけでなく経営者にとっても大きな安心につながるだろう。

基本的にM&Aを実行すると会社規模は大きくなり、事業は成長していくことになる。そのため、社員もより活躍の場を広げられることが多い。キャリアアップやスキルアップの機会が増えることは、社員にとってうれしいことだ。会社規模が大きくなることで、福利厚生の充実といった恩恵を受けられることもあるだろう。

会社売却による経営者・会社・社員それぞれのデメリット

成功すればメリットの多い会社売却だが、当然考えておくべきデメリットも存在する。続いては、会社売却のデメリットとそれを防ぐための対策について、経営者・会社・社員それぞれの視点で解説する。

1.経営者の喪失感

後継者がいないという悩み、社員の今後に対する不安、事業を終わらせることへのためらい。会社売却を成功させれば、こういった悩みから解放される。「売却益として受け取った資金で、これまで支えてくれた家族とゆったりとした老後生活を送ろう」と考える経営者も多いはずだ。しかし、実際に会社を売却すると、埋めがたい喪失感に襲われるケースもある。

これはデメリットであると同時に、誰の人生にも訪れるものとして、受け入れていくことが大切だ。人生をかけて情熱を注いできた仕事が突然なくなれば、喪失感を覚えるのは当然だ。しかし、体力的にも精神的にもいつまでも仕事を継続することは難しい。

自分自身の喪失感と向き合いながらも、仕事人生をゆっくりと振り返り、第二の人生を歩むための心構えをしていくことが大切だ。時間の経過とともに、旅行や趣味に没頭し、充実した毎日を送れるようになるはずだ。

2.会社の危機

会社売却によって会社は存続し、成長機会を得ることは事実だ。一方、会社経営には何が起こるかわからない面もある。会社売却後、さまざまなことが起こり、危機に陥ることもないとは言い切れない。

たとえば、製造フローが変わったことで商品に欠陥が見つかったり、意思決定のスピードが変わったことで顧客からのクレームにつながったりといったケースが存在する。

会社売却後も事業が安定的に成長していくことを望むなら、売却前に売却後に想定される事態をできる限り想定し、備えておくようにしたい。長年経営者を務めたからこそ気づけるリスクもある。そういったリスクを買収側に十分伝え、危機を回避することが大切だ。

3.社員のモチベーション低下

人のマネジメントに正解は無い。ある意味、経営において最も難しい部分ともいえる。会社売却が成功し、事業が無事成長していても、社員のモチベーションが低下してしまうケースがある。

企業文化や社風というのは、目に見えないもので形づくられている。会社売却によって、そういったものが失われると、社員が働きがいを見いだせなくなることがある。また、仕事内容や事業領域が変化することで、ストレスを感じてしまう人も少なくない。

買収側の企業文化になじめず、社員の間でいさかいや断絶が生まれてしまうこともあるだろう。こういったリスクは、会社売却前に想定するのはなかなか困難だ。

ひとつ経営者としてできることは、買収側の企業文化や社風を事前にチェックし、社員との相性を考慮しておくことだ。重要な人材が流出してしまえば、会社の存続にとっても大きな痛手になる。会社売却後も事業の発展を望むなら、社員のメンタル面にも十分配慮するようにしたい。

経営者が会社売却を成功させるための6つのポイント

会社売却は、関係者に与える影響が非常に広範囲に及ぶ意思決定だ。会社の出口戦略は、経営者にとって最後の大仕事ともいわれている。それゆえに、会社売却を成功させるため、経営者としてできる限りの努力をするようにしたい。

ポイント1.好調な時こそ会社売却を検討する

会社売却はタイミングが重要だ。「そろそろ売却を……」と思い始めた頃には、利益が下がり資産が目減りし、売却候補先が見つからないといったこともありうる。

好調な時に絶対に売却すべきというわけではないが、会社が一番高く売れるのは「事業が絶好調」の時だ。しかし経営者にとって事業が上手く進んでいる絶好調のタイミングで身を引くのは相当な決断だ。

事業にかげりが見え始めたタイミングだと買い手が見つからないリスクもある。早急に売却候補先を探し、積極的に自社をアピールして会社売却を成功させるか、ぎりぎりまで自分で事業を経営し、その後廃業も視野に入れつつ、時間をかけて売却候補先を探すか。事業の状況を見極めながら、会社売却のタイミングを見計らうことが大切だ。

ポイント2.会社売却の目的を明確に持つ

会社売却に向けて具体的に動き出すことを決めたら、会社売却の目的を今一度自分に問い直してみることが大切だ。

「商品・サービスを後世に残したい」という想いが強いなら、時間がかかっても根気よく売却先の会社を探していく必要がある。また、あまり強気な条件にしない方が、売却候補先を広く募れるかもしれない。

「人間的に信頼できる経営者に事業を任せたい」と思うなら、売却候補先を広く募り、多くの面談を重ねることが重要だ。求める経営者と出会うためにも、M&A仲介業者の担当者との相性も重要になる。

金銭的メリットを重視したいなら、十分にM&Aのノウハウを持つM&A仲介業者を選ぶことが望ましい。また、業種・業界に精通した担当者なら、相乗効果を十分考慮した売却候補先を提案してくれる可能性がある。担当者の専門知識や会社の実績をよく吟味したい。

会社売却の目的によって、重視すべきポイントや、売却に向けた動きは変わってくる。まずは自分の中で、目的を明確にし、ブレない指針を持つことが大切だ。目的さえ明確にしておけば、すぐに売却候補先が見つからなくても、落ち着いて戦略を練り直すことができる。

ポイント3.自社の強みと弱みを理解する

自社をよく知ることが大切だ。「今更そんなことを考えなくても、自社のことは十分にわかっている」と考える経営者もいるだろう。

しかし、「他者から見てどう映るか」という視点で、客観的に捉え直すことが大切だ。

すばらしい技術力を持っていたとしても、その価値を理解できる相手が表れなければ、希望する条件での売却は望めない。技術力があるならそれをどんな業種・業態に対してどのようにアピールするのか、知恵を絞る必要がある。

「競合と比較した場合の自社の強み・弱みは?」「会社売却で不安材料になりそうなことは?」「市場でのシェアや今後の成長見込みは?」といった問いかけを行い、自社の情報を一旦整理してみよう。

ポイント4.信頼できるM&A仲介業者を見つける

会社売却は、基本的にM&A仲介業者を介して行うことになる。会社売却においては法務的・税務的なリスクが数多く存在するため、専門家の手を借りずに実行すると後々深刻なトラブルが発生してしまうケースが多々ある。

くれぐれもその点には注意し、自分自身でも知識を蓄えるとともに、専門家の意見に耳を傾けることが大切だ。

M&A仲介業者は多数存在する。M&A仲介のみを専門に行うコンサルティング会社や、税理士法人や会計事務所が母体のM&A仲介業者、地域密着のM&A仲介業者などである。特定の業種に絞って強みを発揮しているM&A仲介業者も存在する。

大切なのは、複数のM&A仲介業者を比較し、自社に最も合った会社を選ぶことだ。担当者との相性をチェックすることも忘れてはならない。

ポイント5.売却先の会社を見極める

M&A仲介業者と仲介契約を締結したら、いよいよ売却候補先を探していくことになる。売却候補先を探す時は、自社の事業とどのような相乗効果が見込めるか、企業文化は合うかなど、幅広い観点から検討する必要がある。

最低限、「経営者の姿勢」「事業内容と期待される相乗効果」「M&A後の経営方針」「企業文化」はチェックしておきたい。

ポイント6.アーンアウト条項を設ける

最近では、M&Aの契約において、アーンアウト条項を設けるケースがある。アーンアウト条項とは、M&Aの取得対価の一部が買収後の利益目標に基づいて支払われる方式だ。

買収側のメリットは、買収金額に見合うだけのリターンが得られるのか未知数なM&Aのリスクを軽減できる点だ。売り手側のメリットは、売却後に成果を出すことでよりリターンを手にすることができるモチベーションに繋がる。アーンアウト条項は双方にメリットがあるといえる。

利益目標の達成までは売却側が経営に参画するなど、細かな条件は調整する必要がある。でないと、買収側としては、対価を少なくするため利益目標を達成したくないという葛藤が生じるからだ。お互いに納得感を持てる場合は、アーンアウト条項を設けるのも1つの選択肢だ。

文・木崎涼(ファイナンシャルプランナー、M&Aシニアエキスパート)