会社経営者として気になるものの一つが決算書である。決算書は、現在の自社の状況を正確に表し、今後のヒントを与えてくれる。ただ、「会計を知らないと読めない」という思い込みがあるとなかなか一歩を踏み出せないのも事実である。今回は、決算書のもっとも基本的な部分を紹介しつつ、これだけ意識しておけばよいというポイントについて解説する。
目次
経営者が決算書を読めると得られる4つのメリット
景気の動向や経済の先行きが不透明になった今、会社の行方は経営者の判断にかかっている。その指針となるのが決算書だ。決算書が読めると、次の4つのメリットを得ることができる。
自社の経営状況が分かる
決算書が読めるようになると、冷静に自社の経営状況が分かるようになる。多くの場合、預金通帳の明細や請求書の請求状況や回収・支払状況で「今、自社の状況はこれくらい」と皮膚感覚でとらえていると思われる。が、その感じているものは「なんとなくの資金繰り」に過ぎず、経営状況の一部に過ぎない。経費のムダや安定的な収益を見るには、決算書全体を見渡し、冷静に比較分析することが必要だ 。
融資に備えて態勢を整えられる
「固定資産や設備投資を行いたい」「販売網を強化したい」といった投資を考える場合、経営者ならば融資を選択肢の一つとして検討するだろう。決算書の読み方をあらかじめ押さえている経営者ならば、いざというときの融資に備えて日頃から決算書を確認し、融資を受けやすくするために何に配慮すべきかを意識することができる。
取引先の経営状況を把握できる
新たに取引を行う場合も決算書の読み方を押さえておけば、よりよい取引先を選ぶことができる。それだけでなく、取引先が不良債権を抱えている場合、思わぬ連鎖倒産から自社を守ることができる。
投資判断が客観的に行える
経営者によっては、自社での事業だけでなく、他社への投資を検討する人もいるだろう。この投資の場面において、決算書が読めれば、感情ではなく客観的な指標に基づいて投資判断を行うことができる。
経営者が見るべき3つの決算書とは
一口に決算書と言っても具体的にどのような書類から構成されているのかを知らなければ理解していることにならない。ここでは主要な決算書を紹介する。経理など専門家でないなら、次の3つを押さえておけば十分だ。
損益計算書で経営状況をチェック
損益計算書は、会社の決算期間1年間における経営成績を示すものだ。損益計算書は「収入(売上)-費用=利益(損失)」でできている。「今期は赤字(黒字)だ」というのは、この計算式で算出された数字がプラスかマイナスかを 判断した結果だ。多くの経営者はこの最終損益に目を向けがちだが、経営状況を冷静に判断するならば、損益だけでなく「収入(売上)-費用」の部分もしっかり確認する必要がある。
貸借対照表で財産状況をチェック
貸借対照表は、決算期末時点における会社の財産状況を示し、「資産=負債+資本」で表す。資産は会社が保有している財産を言う。負債は文字通り借金であり、いずれは返済しなくてはならないものを言う。資本は株主からの出資やこれまでの利益の積上などから構成され、返済義務のないものを言う。
損益計算書だけではわからない資本活用の効率性 や業種ごとの会社の体質は、貸借対照表から読み取ることができる。
キャッシュフロー計算書で資金の流れをチェック
キャッシュフロー計算書は、平たく言うと「実際の現金の出入り」を示すものだ。バブル崩壊後「黒字倒産」という状況が発生してから重視されるようになった。損益計算書・貸借対照表は債権・債務の発生時期を基準に数字を計上する「発生主義」をルールとして採用している が、これだけでは 会社の現金のありようを正確に把握することができない。しかし現実の経営は、現金がなくては動かない。この会計理論と現実の乖離を調整すべく登場したのがキャッシュフロー計算書である。
キャッシュフロー計算書は「営業活動」「投資活動」「財務活動」の3区分で構成される。なお、法令でキャッシュフロー計算書の作成が義務付けられているのは上場企業のみである。
損益計算書を読むポイントとは?
損益計算書で見るべきポイントは以下の通りだ。
損益計算書で読むべきは「利益が生まれるまでの道筋」
前項では 「経営状況を冷静に分析するなら、損益だけでなく『収入(売上)-費用』も見るべきだ」と述べた。それは 、一つの利益であっても会社の性質や置かれた状況によって意味がまったく異なるからだ。
あなたがある会社への投資を検討している場面を想像していただきたい。「当期利益は1億円」だと知っただけでは判断に迷うはずだ。しかし、本業の安定的な経営によるものなのか、それとも長年保有していた固定資産の売却によるものなのかが分かれば、投資するか否かの決断がしやすくなる。「収入(売上)-費用」はその道筋を示すのだ。
会社を一人の人間に例えると、損益計算書は運動成績表に当たり、3つの要素はそれぞれ次のような意味を示すことになる。
売上(収入):どれだけ手足を動かしたか(運動量)
費用:動きにムダがないか、ムダがあるとしたらどこか
利益:どれだけ進んだか(運動量)
この3要素を押さえつつ、以下、損益計算書の見るべきポイントを解説していく。
ポイント1 :利益の種類から自社が何で儲けているか を知る
「売上(収入)」「費用」「利益」は損益計算書の一か所にだけ表記されるのではない。次の各区分に登場する。
- 売上総利益:「売上-売上原価」。いわゆる「粗利」であり、商品や製品を作った時点での利益を表す。
- 営業利益:「売上総利益-販売費および一般管理費(販管費)」。実際に売り上げるまでに努力した場合の利益を表す。本業によって得た直接的な利益 である 。
- 経常利益:「営業利益+営業外収益-営業外費用」。営業利益に利息や配当、借入利息など財務活動による損益を加味した後の利益を表す。
- 税引前当期純利益:「経常利益+特別利益-特別損失」。固定資産の売却や災害による設備の廃棄など、突発的な事情により生じた損益を加味した後の利益を言う。
- 当期純利益:「税引前当期純利益―法人税などの税金」。各種税金を差し引いた後の最終的な利益。
各種利益の中で経営者が重視すべきは「営業利益」と「当期純利益」だ。特に営業利益については、過去分と比較することで本業の安定度 を知ることができる。当期純利益が同じ金額であっても、どの区分で利益が生じたのかによって、融資や投資の判断は大きく変わる 。
ポイント2 :費用の種類からムダを探る
事業を行う上で費用は欠かせないが、ムダはなるべく省きたいものだ。どこを省くべきかのヒントは、費用の種類から見ることができる。着目したい費用は以下のようになる。
- 売上原価:売上原価は商品販売の場合、売った分の商品が対象となる。しかし製造業の場合、製品となった原材料だけが売上原価となるのではない。製造にかかった水道光熱費や工場で働く人の人件費も売上原価となる。「費用は売上のための努力」であるため、関連する費用はなるべく売上原価に結び付けることとなっている。なお、製造業における総務・経理の人件費は販管費に含められる。
- 人件費:給料だけでなく通勤交通費や年金・退職金の積立費用、保険料・福利厚生費も入る。一般的に人件費は給与の2倍かかるとされている。
- 販管費:先述の人件費以外にも、会社の事務用品や机や椅子、本社の水道光熱費や家賃は会社経営全体にかかわるコストとして販管費に該当する。
- 営業外費用:借金の利子や社債発行費用など、財務的な活動に伴うものが該当する。
- 固定費・変動費:固定費は毎月定期的にかかる費用、変動費は売上や状況に応じて変わる費用を言う。会社により異なるが、一般的に「家賃」「人件費」「借入金利子」が固定費に、水道光熱費や売上原価は変動費に該当する。
事業の先行をより安全にしたい場合、あるいは利益が圧迫された場合には、これらの費用の中のムダな部分を確認し、着手しやすいところから省いていくと立て直しがしやすい。逆に事業拡大をする場合、費用の増大に注意しておくとよい。特に固定費は「一度増えるとなかなか減らせない」という性質があるため、増額の際は慎重に検討したい。
貸借対照表を読むポイント
「貸借対照表は会社の財産状況を示す」と伝えたが、実は貸借対照表の意義はそれだけではない。損益計算書だけでは不十分な経営内容を判断する材料を与えてくれるのだ。
貸借対照表で「会社の体質や賢さ」が分かる
「会社の成績を見るだけなら損益計算書だけで十分ではないか」という経営者もいるかもしれないが、経営 の効率性や資産の活用状況を見るなら貸借対照表は欠かせない。ここでも、投資家の目線になって考えてみよう。
利益100万円を稼ぎ出す会社2 社のどちらかへの投資を考えていると仮定しよう。同じ利益を出す会社であっても、その会社の資産が10万円か1000万円かでは生み出す 利益の重さが違ってくるように思えないだろうか。さらに、同じ1000万円の資産額であったとしても、一方の会社が「負債700万円+資本300万円」、他方の会社が「負債300万円+資本700万円」だとしたら、資本の使い方や会社の金融機関からの信用度 が気になったりはしないだろうか。
このように、貸借対照表から、その会社の特質や業界内での立ち位置、社会からの信用度 や資本活用の効率性を推測することができる。つまり、損益計算書と貸借対照表の両方を見ることで初めて「賢く稼げる会社かどうか」が判断できるのである。
ポイント1 :資産と負債は流動性の高い順に並ぶ
「資産」「負債」「資本」の意義はすでに述べたとおりだが、「資産」「負債」の並び方にもルールがあることを押さえておこう。資産と負債は貸借対照表上、流動性の高い順に並んでおり、その特徴に応じて、次のように区分される。
- 流動資産:1年以内に現金化できる資産(現預金、1年以内に回収できる売掛金、棚卸資産など)
- 固定資産:現金化に1年超かかる資産(建物や土地、製造用の設備、投資有価証券など)
- 流動負債:1年以内に支払わなければいけない負債(買掛金や短期借入金など)
- 固定負債:1年以内に返す必要のない負債(社債や長期借入金など)
これらのバランスを見ることで、「いざというときの備えがしやすいか」「資金繰りに無理はないか」を判断することができる。
ポイント2 :「負債=悪」「資本=善」とは限らない
世間一般では 「借金は悪」「貯金が善」と言われるが、この2つの言葉は会社経営に当てはまるとは言い難い。なぜなら会社の命題は「いかに効率よく利益を上げるか」であり、このためには借金を活用することも必要だからだ。
仮に売上拡大のために設備投資を1 億円分行いたいとする。この時、自己資本が1億円あるからといってまるごと設備投資に充てるのはよいとは言えない。買掛金や固定費の支払いなどがあるため、 経営 を圧迫する恐れがあるからだ。しかし、ここで1億円の借金ができれば、余裕をもって設備投資を行うことができる。景気動向が追い風なら投資額を増やしても問題ないかもしれない。つまり、借金はよく使えば「売上や利益を伸ばす筋肉」となるのだ。
逆に自己資本がたくさんあるからいいとも言えない。投資家からすれば資本を効率よく使っていないことを意味し、場合によっては出資や融資を止めるきっかけにもなってしまう。
キャッシュフロー計算書を読むポイント
キャッシュフロー計算書は、貸借対照表や損益計算書と異なり、あくまでも1年間の現金の出入りを示す。「+」が現金の流入を、「-」が現金の流出を意味する。末尾の「現金及び現金同等物期首残高」は期首時点での手元現金を、「現金及び現金同等物期首残高」は期末時点での手元現金を示す。
キャッシュフロー計算書では、次の3つの区分ごとに見るべきポイントがある。
ポイント1 :営業キャッシュフローで事業収益性を見る
営業活動によるキャッシュフローは「本業からどれだけ現金を得られたか」を示す。そのため、この区分での数字は多ければ多いほどよいとされる。
ポイント2 :投資キャッシュフローで投資状況を見る
投資活動によるキャッシュフローは「将来に備えてどれだけお金を使っているか」を示す。言い換えると「将来の売上や利益のために今、どれだけ会社の体質を強化できているか」を意味するのだ。
注意したいのが、この区分は成長している会社ほどマイナスになりやすいということだ。マイナスを見るとネガティブな印象を受けるが、マイナスの場合 は事業拡大をしているとみるとよい。逆にこの区分がプラスの場合、会社が保有する固定資産や有価証券を売って現金に換えていることを意味する。場合によっては資金不足を補うための売却の可能性もあるので、投資キャッシュフローが 連続してプラス ならば注意が必要だ。
ポイント3 :財務キャッシュフローでお金の貸し借りを見る
財務活動によるキャッシュフローは会社の借金と返済の状況を示す。銀行からの借入や返済の他、株や債券の発行、配当金の支払いもここで表される。業績が良ければ借入金の返済や配当金の支払いが怠りなく行える状況にあるので、通常ここはマイナスとなる。ただ、売上拡大のための借入が行われるとプラスとなるので、 プラスマイナスだけで財務状況の良し悪しを判断する ことはできない。この区分を見る際は他の区分と併せて確認するとよい。
慣れてきたら「安全性」「収益性」「成長性」のための分析もしよう
以上が決算書で最低限押さえておきたいポイントである 。本記事 で解説したのは基礎の基礎だが、決算書の活用はこれだけにとどまらない。一定の計算式を混ぜ込むと、会社の安全性・収益性・成長性を見ることができる。上記の内容に慣れてきたら、それらの 要素も分析してみるとよいだろう。
文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)