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かねていわれてきた「運輸業界の2024年問題」=労働時間の上限規制、改善基準告示改正に直面する年となりました。労働時間規制がもたらす人手不足への対応は、いよいよ待ったなしです。
本記事では、2024年問題が運輸業界に与える影響を確認した後、「業務生産性の向上」「人材採用・定着」の2つの側面から、運輸業界が人材不足に対応していく方法について解説します。
運輸業界における人材不足の状況と今後の推移
運輸業は、全業種の中でも、とりわけ人手不足が強い業種です。下記のデータが示すように、求人倍率は常に全業種平均より上回っています。
▽求人倍率
一般的に、運輸業は労働時間が長い業界です。労働時間が長いから人が集まらずに人手不足になり、人手不足だからすでにいるドライバーは労働時間が長くならざるをえないという悪循環になっている部分もあるでしょう。
▽労働時間
運輸業における2024年問題をおさらい
かねてより「運輸業界(物流業界)の2024年問題」がいわれてきましたが、いよいよその2024年を迎えました。すでにご存じの方も多いでしょうが、この問題について簡単に確認しておきます。
2024年問題とは、トラックドライバーの時間外労働への上限規制、および改善基準告示の改正により、ドライバーの労働時間、拘束時間が短縮され、結果として輸送能力が不足する問題です。
国の検討会では、トラック輸送能力が2024年に14.2%、2030年に34.1%、不足する可能性があると指摘されています。
これは、そのまま、各運輸企業における受注能力の減少を意味します。ここから、すでに進行している「人手不足倒産」が、さらに増加することも懸念されます。
ドライバーの残業時間の上限が、年間960時間に
2024年問題のメインテーマは、トラックドライバーの時間外労働(残業)時間の上限が年間960時間に規制されることです。すでに他業種では導入されている規制ですが、運輸業においては、その業務の特殊性から適用が延期されていましたが、ついに2024年4月1日から適用されます。
(なお、運輸業の企業でも、トラックドライバー以外の一般事務員等の時間外労働時間は他業種と同様の扱いで、年間720時間の上限がすでに適用されています。)
下記のデータからもわかるように、現状では規制対象となるドライバーが、全体では約3割、長距離ドライバーに限れば約4割に上るため、この規制の影響は大きいでしょう。
改善基準告示の改定
運輸業界の2024年問題のもう一つのテーマが、改善基準告示(自動車運転者の労働時間等の改善のための基準)の改正です。
こちらは、2024年4月から、ドライバーの拘束時間や休息時間について以下のような改正が適用されます。
内容 | 現行 | 改正後 |
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1年の拘束時間 | 3,516時間 | 3,300(最大3,400)時間 |
1か月の拘束時間 | 原則293時間、最大320時間 | 原則284時間、最大310時間 |
1日の休息時間 | 継続8時間 | 継続11時間を基本とし、継続9時間 |
「物流の適正化・生産性向上に向けた荷主事業者・物流事業者の取組に関するガイドライン」の策定
物流は「産業の血液」ともいえる重要な役割を担っています。そのため、国も2024年問題や、その後も続く運輸業界の人材不足について対応を図っています。
2024年6月には、内閣の関係閣僚会議において「物流革新に向けた政策パッケージ」が策定され、(1)商慣行の見直し、(2)物流の効率化、(3)荷主・消費者の行動変容の3点から、対応施策に取り組むこととしています。
それを受けて、「物流の適正化・生産性向上に向けた荷主事業者・物流事業者の取組に関するガイドライン」(経済産業省、農林水産省、国土交通省)がまとめられ、荷主事業者と物流事業者のそれぞれが、どんな取り組みをするべきなのかの具体的な指針が示されています。
個々の運輸業者が、生産性向上や人材採用・定着の経営施策を講じる上でガイドラインは参考になりますので、一読をおすすめします。
「物流の適正化・生産性向上に向けた荷主事業者・物流事業者の取組に関するガイドライン」 |
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中小運輸業の人材不足への対応(1)デジタル化の推進
運輸業の人材不足への対応方法には、大きく2つの方向性が考えられます。
1つめは、業務の効率化によって無駄な労働時間を減らす方向です。そしてもう1つが、人材の採用力や定着力を強化する方向です。
いずれの場合においても、欠かせないのはデジタル化の推進です。
デジタル化により、運送時間、庫内作業時間、入出庫にかかる荷待ち時間、荷役作業時間等が、把握、分析できます。この現状把握が、対策を考える上での前提となります。上述のガイドライン」においても、これは運輸事業者において「実施が必要な事項」として挙げられていますし、後に述べる荷主との交渉の際にも、必須のものとなります。
また、システムの導入は、まず直接的に、労働時間管理をはじめとしたバックオフィス業務を削減します。また、積載、配送、荷待ち等の効率化、新規受注開拓の促進など、さまざまなメリットをもたらします。
以下では、運輸業に関わるシステムの種類を確認します。
運行記録や運行管理に役立つシステム
まず、すでに多くの事業所で導入されていますが、デジタルタコグラフの導入は必須です。デジタルタコグラフは、運行データを他のシステムと連動させながら自動的に活用できるメリットがあります。
より高度に、リアルタイムで車両管理をするには、「車両動態管理システム」を導入する方法もあります。車両の状況が常にリアルタイムで把握できるため、顧客からの問い合わせに即答できる、渋滞や荷卸し先での順番待ちを回避できるなど、多くのメリットがあります。
効率的な配車や荷積み、顧客の新規開拓に役立つシステム
「配車支援・計画システム」は、受注情報(荷物)を効率的にドライバーに割り当てるシステムです。従来は、配車担当者の経験でおこなわれ、ホワイトボードなどで示されていた業務をシステム化することで、効率的な荷積み、配送が可能となります。
また、オーダーに応じて都度予定が決定するいわゆるフリー便については、空車情報と荷物情報をマッチングさせる「求荷求車システム」もあります。こういった既存システムを用いたり、あるいは、CRM/SFAと呼ばれる顧客の管理システムを効果的に活用することで、新規顧客獲得につながります。
勤怠管理システム
車両動態管理システムや配車支援・計画システムなどは、それなりに導入コストがかかるため、ある程度規模が大きな事業所でなければ、費用対効果が悪くなる恐れもあります。
小規模な事業所で、ドライバーの勤務時間や拘束時間の管理だけをしたいのであれば、勤怠管理システムを導入するだけでも効果はあります。その際、デジタコのデータと連動できるシステムを選ぶことがポイントです。
IT点呼やアルコールチェッカーの機能を兼ねた勤怠管理システムもあります。
運行管理システム
デジタコデータや運行データ、勤怠データなどと、売上、請求などの経理データなどを連動させながら、総合的に管理できるシステムです。バックオフィス業務全般を大きく効率化させます。
ITシステムの導入には、補助金の活用も検討を
ITシステムの導入のネックは、初期費用、運用費用がかかることです。導入検討の際には、IT導入補助金をはじめとした補助金の活用もぜひ検討されるとよいでしょう。
IT導入補助金の概要についてはこちらのページをご確認ください。
中小運輸業の人材不足への対応(2)物流業務の効率化、合理化
業務効率化により無駄な労働時間を減らす考え方について確認しましょう。
荷主の協力を得ながら、荷待ち、荷役作業の時間を減らす
運輸業で、ドライバーの勤務時間が延びる大きな要因になるのが、想定外の荷待ちや荷役作業の時間です。
これについては、自社だけの努力で効率化できるものではなく、荷主の協力が必要です。
上述の「物流の適正化・生産性向上に向けた荷主事業者・物流事業者の取組に関するガイドライン」においては、荷主事業者に対して、「荷待ち時間・荷役作業等にかかる時間の把握」や「荷待ち、荷役作業等時間を2時間以内(1時間以内を努力目標)とするルール」などが求められています。
こういったガイドラインも根拠としながら、荷主や元請け事業者との話し合いによって、荷待ち時間削減や、荷役作業を荷主負担にすることなどを模索していきましょう。
そのためには、先に述べたように、ITシステムの活用により自社の荷待ち時間や荷役作業コストなどを把握・分析しておく必要があります。
また、以前からある「トラック運送業における下請・荷主適正取引推進ガイドライン」についても、知らない、あるいは読んだことのない運輸業経営者が意外と少なくありません。ご存じなかった方は、荷主や元請け事業者との交渉前に、一読をお勧めします。
「トラック運送業における下請・荷主適正取引推進ガイドライン」 |
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運送の効率化
運送の効率化に関しては、いわゆるモーダルシフトやモーダルコンビネーションの活用、中継輸送、共同輸送の促進などにより、短距離化していく方法があります。
また、倉庫内作業においては、荷主との間で標準化されたパレットの活用、荷揚げ、荷卸しの機械化、物流にかかわる共通データシステムやICタグ導入などによる効率化が考えられます。
自社だけでは困難な面が多いため、荷主あるいは同業他社との協力体制作りがポイントになります。
中小運輸業の人材不足への対応(3)人材採用戦略
新規採用によって人材を増やす、また、定着策によって人材を減らさないようにすることも、人材不足への重要な対応策です。
運輸業界においては、特に若手人材が不足しているため、若手の採用対策は特に重要です。とはいえ、労働力人口の構成全体における若手が減っていることから、高年齢者の活用も考えなければなりません。
採用においては、採用媒体を活用しますが、どのような人材を採用したいのかにより、中心的な採用媒体は異なります。
トリプルメディアの活用により若手応募者を増やす
若手人材を採用するためには、「トリプルメディアリクルーティング」の活用が不可欠になっています。
トリプルメディアの1つ目は「オウンドメディア」です。これは、自社の企業サイトや求人専用サイトなど自社で運用するメディアで、自社と自社の業務を理解してもらうための情報を発信します。
2つ目が「ペイドメディア」で、有料の求人サイトや有料広告のことで、簡単にいえば、自社の「名前を知ってもらう」ためのメディアです。
そして3つめが「アーンドメディア」で、これは共感を得るためのメディアです。具体的にはYouTubeやInstagram、TikTokなどです。
この3つをミックスしながら情報発信することで、若手求職者の信頼を獲得して、応募者増につなげます。
ポイントは、十分すぎるほどの情報を発信しておくことです。
「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉が2023年の流行語になったように、今の若手は時間の無駄を非常に嫌います。
トリプルメディアの活用で、採用の面接に来てもらう段階では、すでに自社について十分に理解しておいてもらい、面接では最終意思の確認をするだけ、という形が、現在の若手が望む採用プロセスの理想型なのです。
未経験者を積極的に採用する
ドライバー業務は経験も重要であるため、即戦力になる経験者を採用したいと考える経営者も多いのですが、経験者はどうしても以前の職場との比較をするために、不平や不満が出やすいという傾向はあります。
その点、運輸業界未経験者は、自社の経営理念や社風を素直に受け入れてくれます。
ただし、運輸業界未経験者は通常、普通免許しか持っていなません。そこで、未経験者を採用する会社では、中型免許や大型免許の取得費用など支援をしている会社も少なくありません。
もしこれまで経験者採用中心であったなら、未経験者に対する中型・大型免許取得支援をおこない、積極的に求職者に積極的にアピールしましょう。
リファラル採用はコストをかけても推進する
いわゆる狭い意味でのメディアとは違いますが、自社の社員をいわば「メディア化」する方法が、リファラル採用やアルムナイ採用です。
リファラル採用とは、自社社員の紹介から応募者を集める方法です。この場合、応募者は、紹介者の顔を立てるという意識が働くので、採用率が高まります。また、紹介者からの話で入社前にリアルに業務の内容を理解しているのでミスマッチが起こりにくいことや、紹介者への義理もあることから辞めにくいというメリットもあります。 ただし、注意しなければならないのは、紹介者が辞めてしまったときに、一緒に辞めてしまうリスクがあることです。
リファラル採用を推進するには、単に「友だちを紹介してほしい」と、口でいうだけではだめです。紹介を受けた人が面接に来てくれ場合にはいくら、また、採用に至った場合はいくらなどと報奨金を出すなどして、具体的に報いる方法を用意しましょう。
リファラル採用1名につき、紹介者に10万円程度の報奨金を支払っている会社はめずらしくありません。
ベテランが戻ってくるアルムナイ採用は積極的にアピールを
アルムナイ採用とは、定年や転職、その他の事情で一度退職した元社員を、再び採用する方法です。平たくいえば「出戻り」ですが、経験者や高齢者を採用ターゲットとする場合は積極的に活用したい方法です。
一度辞めた社員は、戻りたくても、感情的なハードルが生じる場合がありますので、「我が社は、出戻り大歓迎」と、普段から積極的にアピールしておくことがポイントです。
中小運輸業の人材不足への対応(4)人材定着戦略
せっかく採用した社員には、できるだけ長く働いてもらいたいものです。定着率向上ための施策を確認しましょう。
指導者育成で定着率を向上させる
若手社員が辞める原因の多くは人間関係の不満です。
特に、新人時代には、添乗指導員がついて指導をすることになりますが、この添乗指導員の不適切な言動により、若手社員が辞めてしまうのは大きな痛手です。
中高年のドライバーには、職人気質、一匹狼気質の人も少なくありません。そういう人が添乗指導員になると、「自分のときはこうやって指導された」「いわなくても盗んで覚えろ」などの感覚で若手を指導してしまうことがあります。しかし、若手にはそのような感覚は理解できないことが多いでしょう。
また中には、パワハラと捉えられるような言動をする人もいるかもしれませんが、いまの時代にはコンプライアンス上の問題にもなります。
そのため、添乗指導員の育成・教育が非常に重要となります。
しっかりと指導マニュアルを作成して、添乗指導員の育成・教育をするとともに、部下の定着率を人事考課の項目に導入する、定着率の高い指導員は表彰するといった施策も効果的です。
コース設定で、多様な働き方のニーズに応える
2024年問題が複雑なのは、法令遵守は前提として、とにかく拘束時間、時間外労働時間が短ければ短いほど、ドライバーが喜んでくれて人材が集まる会社になるかといえば、必ずしもそうとは限らないということです。
なぜなら、ドライバーには、「なるべく長距離を走り長時間働いて、残業代をバリバリ稼ぎたい」という人も、一定数存在するためです。
そこで、1つの方法として、社内に、なるべくたくさん働きたい人のための「バリバリコース」と、残業はなるべくせずにワークライフバランスを重視した働き方をしたい人のための「バランスコース」といった、複数のキャリアコースを用意して、働く人に選んでもらうという方法があります。
給与なども含めた制度設計は簡単ではなく、運用にも手間がかかるので、どんな会社でも導入できるわけではありませんが、1つの考え方として知っておいて損はないでしょう。
適正運賃で適正な利益を得ることが重要
いくら上述のような施策を講じたとしても、ドライバーに支払う給与水準が近隣エリアの運輸業の平均と比べて低ければ、人材の採用・定着は困難です。
最低でも同県内の平均レベル、できればそれを上回るレベルの給与設定をしたいところです。
「それができれば苦労はしないよ」と思われる経営者もいるでしょうが、それを可能にするのが、荷主との運賃交渉、運賃引き上げです。
2024年問題や、昨今の物価高傾向を踏まえて、運輸業全体の人材不足を解消するため、国交省でも、「標準的な運賃」の改定や多重下請け構造の是正を進めることしています。
2024年の早期には「標準的な運賃」の改定が示される予定です。
そういった行政の動きも背景にしながら、荷主との交渉、話し合いを進め、運賃引き上げを勝ち取っていくことが、今後の運輸業経営には不可欠な要素になるでしょう。
そして、それを進めるためにも、本記事前半で述べたようなITの活用で、自社の業務時間状況や収益・費用の状況を正確に把握、分析しておくことは不可欠です。
また、デジタル化・効率化は、新規顧客の獲得能力の向上ももたらします。それは、既存顧客との交渉を優位に進めることにも役立ちます。
運賃引き上げや荷待ち時間削減などが実現でき、適正な売上・利益が得られるようになれば、労働環境や待遇の向上をもたらし、人材が採用・定着しやすい職場になります。
まとめ
2024年問題が運輸業界に与えるインパクトは大きく、すでに何らかの対応策を講じている経営者も多いでしょう。しかし、業界全体としての人材不足は構造的な問題であり、基本的には今後も長期間続いていくものです。つまり、人材不足対策に終わりはありません。
本記事を参考に、できるところから着実に対策を進めてください。
松尾一志
物流ビジネスコンサルティング部のグループマネージャー。物流企業に対しての業績アップのコンサルタント部隊を率いている。
特にグループ内では、ドライバー採用や人事制度構築などのHR領域の支援を行っている。
それに加えて、新規荷主を獲得するためのマーケティング・営業強化のコンサルティングも行っており、多くの物流企業を業績アップに導いている 。
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